大魔王のラストオーダー

桧垣森輪

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第二話

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 人間界に置き去りにされたラストには後がなかった。

 その昔は、人間界と魔界への行き来は今よりまだ容易だった。
 天上界の神々らが善の力で創造したものが人間界で、反対に悪の結晶が魔界。
 二つの世界は表裏一体であり、魔族はたびたび人間界にて人々を脅かした。

 だが、人間界が文明開化やら新規開拓やらで繁栄するごとに、魔界は次第に圧迫されるようになる。
 そのため、二つの世界を隔てる次元の壁を越えることが、困難になってしまった。

 ラストの外見が人間に近いのは、彼女の母が淫魔サキュバスだからだ。
 淫魔は狙った人間を誘惑し、眠らせ、性行をして精力を奪う。襲われる相手を発情させる必要があるため、敢えて人間体に近づいたとも言われている。
 しかし、人間界と魔界の行き来が困難になると、淫魔たちは死活問題に陥った。
 下級悪魔の淫魔では、人間界に侵入することもできない。
 困った彼女は、こともあろうか大魔王を誘惑し、絶倫大魔王はそれにあっさりと乗る。

 ――その結果生まれたのが、ラストだった。

 残念なことに、ラストには大魔王の強大な魔力も淫魔としての特殊能力もない。できる事といえば、狙った相手を夢中にさせる誘惑チャームくらいだったが、それすらも稀代の勇者には通用しなかった。
 その代わり、淫魔のように精力を貪らなければ生きていけないということもない。
 適度な食事と適度な睡眠があれば、人間界でも生命活動は維持できる。

 だが、決定的に違うのはその見た目。
 頭に角の生えた紅い瞳の魔族が、人間社会に溶け込めるはずもなかった。

 魔界にも戻れない。かといって人間界で生きていくこともできない。
 だったらせめて魔族らしく、勇者を襲って華々しく散ってやろうじゃないの!

 それに、万が一にも勇者を抹殺できたなら、落ちこぼれだの一族の恥だのと日陰者扱いされてきた立場からも脱却できるかもしれない。

「でも、こんなところでどうやって勇者を襲撃するんですか~?」

「ふっふっふ。それについてはちゃんと考えがある」

 ラストがそっと瞳を閉じて、小さな声で呪文を唱える。
 すると、彼女の頭に映えていた角が消え、再び開いた瞳は大魔王の血統の証である紅い瞳から髪と同じ漆黒へと変わっていた。

「どうだ? こうすればただの人間と変わりがないだろう?」

 奥の手として隠していたが、ラストも一定時間であれば人間に化けることができる。数少ない淫魔の血の名残だ。
 オフショルダーの黒のドレスは、清楚な黒のワンピースに変化させた。
 全身黒づくめになったのは、彼女のアイデンティティーなのだから仕方がない。

「人間に化けたからって、どうなるんですか~? 確かに少しは目立たなくはなりましたけど、これだけ居たら、勇者に近づくこともできませんよ~?」

「勇者相手に誘惑チャームは通用しなくとも、ただの人間相手ならば効く。道を開かせて正面で向き合うくらいはできるさ」

 目の前に現れたのが魔族であれば問答無用で斬り捨てられるかもしれないが、ごく普通の美しい人間の女には勇者とて油断するだろう。

 ちょうどそのとき、勇者一行を待つ広場の様子が俄に慌ただしくなった。

「きゃー! 勇者様よおー!」

 昨日の早朝から並んで最前列をゲットしていたミーハーな町娘たちが黄色い歓声を上げる。
 歓声が増すとともに、遥か彼方に微かに見えていたシルエットも徐々に近づく。
 間違いなく、あれは勇者の仲間パーティを乗せた幌馬車。
 その馬車を先導する白馬に跨がっているのが、にっくき勇者だった。

「あの……忌々しい勇者め……!」

 標的の姿を確認したラストは、身を潜めながらも唸った。
 せっかく黒く偽装した紅い瞳が、怒りの炎で元に戻ってしまいそうだ。

 ラストを激怒させているのは、彼が父や同胞たちの敵だからというだけではない。

 闇の住人である魔族を討った勇者は、恐らくはまだ十代の、年若い男。
 魔界にて果てしなく長い時間を生きてきた大魔王は、そんな小僧にあっさりと負けたのだ。
 しかも、有り余る光の力を象徴するかのような輝かんばかりの金髪碧眼という、絶世の美少年ショタだった。

 ――あの美少年を、淫らに悶え乱れさせたい……!

 淫魔としての力をほとんど持たないラストであったが、初めて彼を見た途端、身体中の血が沸き立つほどの興奮を覚えた。

 大魔王を討伐した稀代の勇者が
 ボブの長さに切りそろえられたサラサラの金髪を振り乱しながら
 エメラルドのように光り輝く碧色の瞳を羞恥の涙で潤ませ
 真っ赤な顔をして激しく息を乱す様が
 見たい……!

 完全に、変態嗜好のババアと化していた。

 我を忘れたラストは、鼻息も荒く敢然と勇者に襲いかかった!

 ……んで、負けた。

 命からがら逃げ出したものの、完膚なきまでに打ち負かされた。

 勇者は、恐ろしく強かった。

 その次も、その次も、そのまた次も――
 勇者は、ラストの攻撃をことごとく跳ね返した。

 ……んで、悟った。

 所詮人間と魔族は、相容れない者なのね……!

「生身の勇者を手篭めにしようなんて、到底無理な話だったのだ。魔族は魔族らしく勇者を殺して、後から剥製にでもして愛でるしかないのだな」

 非道にして、外道。
 でもいいの。だってラストは魔族なんだから。

「きゃー! 勇者様ー!」

 いよいよ近づいてきた勇者一行に、ラストよりも先に我慢できなくなった町娘たちが飛び出す。

 ――さあ、今よ……!

 ラストの漆黒の瞳が、妖しげに煌めいた。

 勇者に群がっていた町娘たちの身体がビクリと跳ねる。
 憧れの勇者を前に恍惚としていた表情はそのままに、操り人形のようにさあっと左右へ分かれて道を開く。

 開かれた道の先で勇者と対峙したのは、髪も瞳も服も真っ黒な、美女とも美少女とも見えるラスト

 ――よしよし。やっぱりバレてない……!?

 これまでの傾向によると、ラストが勇者に近づこうとした時点で彼は剣に手を添えていた。
 だが今は、突然目の前に現れた自分をただじっと見つめているだけで、即座に切りかかってくるような気配はない。
 しかも、気のせいかラストに見とれているように見えなくもなかった。

 ――すべては、計画通り。

 勇者と言えど、所詮は子供。
 馬鹿みたいにむやみやたらと襲いかかるよりも、最初からこうやって策を巡らせるべきだった。

 このまま間合いにまで近づいたら、ナイフでひと思いに殺してあ・げ・る。

 内心ほくそ笑みながら、ラストは一歩ずつゆっくりと勇者に向かって足を進めた。
 そしてようやく、その前に立ったとき――

「君、魔族ラストだよね?」

 ――ゴン。

 「――ぎゃあっ!」

 いきなり、鞘に収まったままの剣で頭をぶっ叩かれた。

 ――なんで!? どうして!?

 剣を構える姿さえ、ラストの目には映らなかった。
 混乱する頭を抱えたまま、ラストの身体がゆっくりと後ろに傾く。
 そしてそのまま、意識を失った。

 それにしても、いきなり殴るだなんて……

 規格外の勇者は、やっぱりどこか頭がオカシイ。
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