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油断禁物

3 初雪

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 次の夏───。
 夏季休暇を早めに取ったアーロンは、クレーメンスの元を訪れた。
 空は青く、山は萌え、日差しの暑い日がやってきていた。
 半年経っても変わらずに、ニューエンブルグ侯爵と、文字通り手を携えてやって来た。
 今回は、息子も一緒だった。
「大きくなりましたね」
 産科医は、まだよちよち歩きの男の子に、相好を崩す。
「だれ?」
 アーロンに抱かれたリーヴァイは、無遠慮にクレーメンスを指差す。彼だけでなく、誰にでも指を差して尋ねる。しかし答えると、
「そうか」
 ろくに復唱もできず、そう答える。この口調がハリーそっくりで、最近のアーロンのツボだ。
 さすがに診察室までは連れて行けないので、シッターのカトリナにリーヴァイを預けて、産科医の前に座った。お決まりの問診をして、アーロンはさっそく、小さなカップを持って採精室に入った。
「待ち時間は、お子さんと過ごすんですか、侯爵?」
 アーロンを待つ間、クレーメンスはハリーに訊いた。ハリーは肩をすくめて、
「ええ、まあ、そうなりますね。息子を連れて来たのは、採精する前の緊張対策ですがね」
「また今回も、二週間の休暇を取ったんですか?」
 クレーメンスの質問は、単なる時間潰しだ。ハリーは分かっていて、適当に相槌を打つ。そして、
「彼は、どんな学生でした?」
 逆に質問した。クレーメンスは何故か機嫌よく答える。
「かなり優秀で、かなりの問題児でした。噂になる程」
 やつぱりね。───あまりに思った通りの答に納得するが、ハリーは表情には出さない。クレーメンスは更に、
「子供が好きで、感情的で、正直、医者には向いてないと思ってましたね、みんな」
「みんな...」
「今も変わってないようですね。他人の目を気にしない。気さくで人に優しい。ちょっと頑固じゃありませんか?」
 質問にハリーが答えようとしたところに、アーロンが戻って来た。
「誰が、頑固だって?」
 ふと、クレーメンスにいたずら心が芽生えた。
「いや。学生時代のお前は、可愛らしい顔でモテた、て侯爵にお話してたんだ」
「はあ!?」
「ほお...」
 侯爵に改めて見つめられ、タジタジのアーロン。先輩に、思わぬ手榴弾を投げつけられた。
「なんです、侯爵?」
 アーロンはハリーに先制攻撃。
「モテたのか?」
「ええ。だからなってました」
 とクレーメンス。敵は連合を組んでいる! アーロンは目を剥いて、
「誰がそんな事...」
「私の妻が」
 そういえば、クレーメンスの左指には指輪が光っている。
「奥さんて、誰?」
「覚えてるかなぁ。可愛らしい顔のアーロンて子とデートした、て云ってたけど」
 固まるアーロン。───だれ? どの子だ?
「裁判の傍聴、航空ショー───」
 ハリーは知る限りのアーロンのデートを連ねる。「『人体の不思議展』」
「それです」
 クレーメンスが人差し指を立てた。
「ああ、彼女か...」
 とは云うものの、アーロンは遠い目。クレーメンスは眉をしかめる。
「覚えてないのか? 当時、美人で噂だった、エルケ=ガーゲルンだぞ?」
「うん、いや、覚えてるっ。えっと、ブロンドの...」
「ブルネット」
「ブルーの瞳...」
「グリーンだよ」
「......」
 もう、何も云ってはならない空気。
───くそぉっ、アーロンこいつのおこぼれとか云われて悔しがって、損した!
 クレーメンスの目が座ってきたので、アーロンは慌てて立ち上がった。そこにハリーが、
「フッたのか?」
「いいえ、フラレました」
 じゃねえじゃん! とクレーメンスが怒鳴る前に、アーロンはハリーを連れて出て行った。



 産科医から連絡があったのは、次の冬だった。
 その日は未明から雪が降っていた。初雪だった。
 リーヴァイが前の晩から熱を出していたが、朝には下がっていた。心配したアーロンは仕事を休もうとしたが、そろそろインフルエンザの予防接種の時期でもあったので、代わりにハリーが休んだ。
 リーヴァイの事はシッターのカトリナに任せて、ハリーはアーロンと産科医のある病院で落ち合った。
「前の施術の時から、半年...5ヶ月でしょうか?」
「5ヶ月だ」
 産科医の後ろを歩きながら、アーロンとハリーはそんな言葉を交わした。
 産科医と向かい合って座るが、彼は話し始めるのを一瞬躊躇した。それが、ふたりの予感を確信に変えた。
「今朝、流産が確認されました」
「...そうですか」
 妊婦が目の前にいない分、喪失感が浅いように、クレーメンスには見えた。
「母体のケアは万全ですが、やはり、メンタル的にダメージを受けています」
「受精卵のせいだ。そう云ってやってくれ、クレーメンス」
 アーロンは今回も、ホストマザーを気遣っていた。
「もちろん、そう云ってあります。何度も云いますが、代理出産の成功率は100%ではありません。誰が悪いという訳ではないと、心得て下さい」
 事実、流産の一般的な原因としては、受精卵の染色体異常が8割と云われている。
「卵子提供のコーディネーターとは、また改めて話をしよう。必要があれば連絡しますよ、先生」
 ハリーはそう云って立ち上がった。座ったままのアーロンを促し、診察室を出た。
「ホストマザーて、出産しないと成功報酬が出ないんだよな」
 帰りの車の中で、アーロンはぽつりと云った。
「ああ。仕方ないさ。───」
 ハリーはアーロンの手を握って、「今日はこのまま、家へ帰るぞ。いいな、アーロン」
 顔色を確認して、ハリーはアーロンに云った。彼が拒否をしても連れ帰るつもりだったが、アーロンはおとなしく一緒に帰った。
 帰るとすぐ、息子の様子を確認するアーロン。カトリナは、さっきまでリーヴァイが起きていた、と云った。
「熱は下がっていらっしゃいましたので、フルーツと温かいスープを召し上がりました。侯爵やアーロン様に会いたがっていらっしゃいましたが、お疲れのようで、先程お休みになりました」
 ぐずってた、て事か。
 アーロンは着替えもせずに、息子の部屋に入った。ハリーは敢えて咎めなかった。顔を見るくらいしかできないから。
 しかし、アーロンは子供部屋からしばらく出て来なかった。
「何をやってるんだろう...」
 ハリーは呟いて、子供部屋に入った。
 アーロンは飽きもせず、リーヴァイの顔を眺めていた。ハリーをチラ、と見て、また息子の寝顔に視線を落とす。
「かわいいよな。一生見ていられる」
「熱はないのか?」
「もう大丈夫だと思うよ」
 アーロンの傍らに寄り添うハリー。するとアーロンが抱き寄せ、そのまましばらく動かない。
「お前があんまり長く戻って来ないから、ふて寝でもしてるのかと思った」
 ハリーの冗談に、アーロンはフッと笑う。そのまま冗談で返すかと思いきや、
「ホストマザーに何かしてあげたいんだけど、どうしたらいいかな?」
 ハリーは取り敢えず、アーロンを連れ出そうとする。
「まず着替えろ」
「......」
 アーロンは拒否するように、ハリーをきつく抱きしめる。
を起こしたいのか?」
 アーロンはやっと歩き出した。
 ハリーも連れ立って、アーロンの書斎に入る。
 すぐに振り返って向き合うアーロンのスーツを脱がせるハリー。怖くて目を合わせられない。
 ジャケットを脱がせ、ベストのボタンを外し、ネクタイを解く。襟から抜き取ろうとして、アーロンに手首を取られた。
「......」
 肩が震えた。弁解をしようとして顔を上げると、ヘーゼルの瞳はすでに、獣のように光っていた。
「んっ...んむ...」
 乱暴に口づけられ、ハリーは息もできない。
 アーロンの勢いに押され、後退るとすぐドアに頭を軽く打つ。それでもアーロンはハリーの口を塞ぎ、喉の奥まで侵入してくる。
 本当に窒息しそうになった時、ハリーはやっと、アーロンの肩を叩いた。
「かはっ!」
 ようやく開放され、ハリーは空気を求めて横を向く。そのまま膝から崩れ落ちた。上下する肩をなんとかしたいが、なかなか落ち着かない。
 するとアーロンはそこから離れる。声も出せずに目で追うと、彼はソファにドサリと座った。
 ハリーは息を整えながら、ゆっくりとアーロンに近付いた。
「ごめん、ハリー」
「いや...」
「ひとりになりたい」
 途端にハリーは頭に血が上る。
───何かと云えば、家族家族、て云うくせに、こいつは...っ!
 ハリーは強引に、アーロンの膝に跨った。
「傍にいてやる。───」
 声が震えていた。「今お前を、ひとりにはできない」
 顔も上げずにハリーの胸元に向いているだけのアーロンを、ハリーは抱きしめた。
「いくらでも甘えろ、アーロン」
───その為に殺されたって、構うもんか。
 今のアーロンはそれくらいおかしい。ハリーに何ができる訳ではない。それでも、アーロンの傍にいてやれるのは、自分だけだ。
「オレはいつだってお前の傍にいる」
 アーロンはやっと、ハリーの腰に腕を回し、その腕に力を込めた。
「んっ」
 服の上からハリーの腹に、唇を寄せるアーロン。ハリーの声に触発され、アーロンは両手を服の中に入れる。
「は...ぁむっ」
 反射的に腰を引くハリーから服を剥ぎ取り、泡立つ肌を撫でる。愛撫に震えながら、ハリーは声を抑えて吐息を溢す。
「ふ、くっ...んっ」
 腰骨の辺りを強く吸われ、チリ、と痛みが走る。その後も、熱い舌が肌を這い、ハリーの腰がムズムズしてくる。
「あっ...」
 胸の頂きを指で弾かれ、捏ねられ、摘まれる。
 ハリー自身もされるがままではなく、意図はないが、アーロンの腕を撫でる。存在をちゃんと、確かめていたい。
「んああっ!」
 腰に触れられ、声を上げてしまう。そしてとうとう、すべての服が取り去られてしまう。ソファに転がされ、足を開かれる。
 アーロンはハリーを扱きながら、持ち上げたハリーの膝裏を押さえ、今度は舌で胸の粒を弄る。
 不意に手を止めると、アーロンは自分の服を脱ぎ、大きくなった自身を、ハリーの目の前に晒して迫る。
───乱暴だ...。
 甘えろと云ったのは自分なのに、ハリーはなんだか辛い。
 アーロンは硬くなったモノをハリーに咥えさせた。自分で腰を動かす。喉の奥まで突っ込まれ、ハリーは苦しくなって涙ぐむ。
───こんなの、違うよな、アーロン?
「んむ、ぐ...ぅ」
 ハリーの整った顔が歪み、目尻を涙が伝う。
 アーロンは腰を引き、ハリーを起き上がらせた。すぐに体の向きを変えられ、後ろ向きに抱きすくめられる。
 バックでんだ、と察するハリー。アーロンの好む体位だ。
「ぁ、んっ!」
 立ったまま、首筋を甘噛みされる。
 室内は少し肌寒く、それだけにアーロンと肌を接している背中や腕は、温かい。最も熱いのは、首筋を這う、アーロンの舌。獣のような荒い息遣いが、項や耳の後ろを行き来する。
「ハリー...」
 アーロンはダークブロンドに顔を埋めて呟いた。
 アーロンの扱いが変わった。
 後ろからハリーの手を取り、ソファの背もたれに誘導する。その手の強さが全然違う。
───でも、バックなんだ。
 そう思いながらも、ハリーの緊張も緩んでいる。いつものアーロンに戻った気がした。
 後ろから覆いかぶさるアーロンに対し、ハリーは背中を反らせ、腰を突出す。無防備な背中のあちこちを強く吸われ、足の付け根を開かれる。
───あ...見ないで!
 背中が冷え、代わりに後ろに吐息がかかる。
「あっあっ、やっ!」
 熱い吐息と舌が、恥ずかしいところに感じる。
「や、あ、そこ...は...っ!」
 先端に触れられ、腰が跳ねる。その指はハリーの蕾にあてられ、入ってきた。
「はあ...んっ」
 手はソファにあって、ハリー口を塞げない。吠えるように、声を上げてしまう。しかしそれを気にする間もなく、侵入した指はハリーの内側をうごめき、探りながら奥へ進もうとする。
「ぁあ、は、ぁ、ん、んム、ふ...あっ!」
 キュッと締まり、ハリーは自分でも、軽くイッたのが分かった。アーロンの指を咥え込んだまま、意識が霞む。
「ん...」
 指を抜かれて意識が戻る。そして、段違いの感覚。
「ああっ!」
 アーロンが入ってきた。ズブズブと深く侵入し、アーロンの肌と密着する。そして...。
「ひぁっ、ぁあ、はあっ、あっ」
 アーロンが動くたび、ハリーの声が漏れ、彼を煽る。快感とともに、ハリーを揺さぶる。全身が熱くなる。
「あぁ、やぁ、だめ...あーろ...っ!」
 アーロンの動きは内壁を擦り、ハリーの敏感なところを刺激する。足の指が跳ね上がりそうな快感に、もう何もかもがどうでもよくなる。もっと、もっとと求めるだけ。
「あ、や、あ...あーろ、も、と、ああっ、らめ...っ!」
 アーロンに、無防備な欲を掴まれ、ちょっと刺激を受けただけで、ハリーは意識を飛ばした。
 アーロンに腰を支えられたまま、突っ張った足とは対照的に、ハリーの上半身は、力なくぶら下がっている。
「アーロン...」
 密着していた腰が離れ、ハリーの意識がおぼろげに戻る。
「このまま待ってて、ハリー」
 一瞬離れたアーロンが、後ろからハリーを清めてくれる。ローブを掛け、ハリーの頭を包み込むように抱きかかえて、ソファに寝かせた。
「寒くない?」
 膝枕をされ、汗で顔にかかる髪を避けるアーロン。ハリーが見上げたヘーゼルは、優しく細められる。
 ハリーがまぶたでゆっくり頷くと、アーロンは横たわるハリーの体を抱え上げ、肩を抱きしめる。
「傍にいてくれてありがとう、ハリー」
 頬ずりしながらアーロンは囁いた。
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