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天使が訪れる
3 侯爵の夜
しおりを挟むアーロン=ニューエンブルグ副所長は、大慌てで事務所を出て行った。
デスクから見送ったスタッフは、一斉にため息をつく。
「なんであんなに慌ててたんですか、アーロン先生」
事務員の一人は、理由を知らないようだ。まだ立ったままの秘書が、コーヒーカップを受け取って一口飲む。ホッと一息。
「生まれるんだよ、お子さんが」
「ええっ!?」
「お前が慌ててどうする」
驚いて立ち上がった事務員は、みんなに笑われてしまった。
ハリー=ニューエンブルグ侯爵は、この日何杯目かの紅茶を───飲もうとして、カップを置いた。
───いっそスピリタスでも飲みたい気分だ。
もうかれこれ一時間も経っただろうか。ハリーは連絡を受けて駆けつけてから、ずっと応接室にいた。
時間を持て余して飲んだ紅茶で、お腹がタプタプだ。
少し距離をとって立つ女性は、最近契約したベビーシッター、カトリナ=クロイツ。一応子爵家の流れをくんでいる。アラフォーだが、上品で子供に慣れている。
もう一人、ドアに近い場所に立っているのは、ハリーの秘書、トラウゴット=ヴォルタース。携帯電話を耳に当て、
「到着されました、侯爵」
「アーロンか?」
「はい。お迎えに行って参ります」
大股で歩いて行くのを、病院の院長が慌てて追いかけた。
「コーヒーでも、淹れて差し上げましょうか?」
その場で、カトリナが云った。
「え?」
「アーロン先生に」
「あ、ああ。そうしてやってくれ」
勘違いに気付く事で、ハリーのイライラが削がれた。そこへ、バックヤードからトラウゴットに先導されて、アーロンが到着した。院長は遅れて来て、崩れるように椅子に座った。肩で息をしている。
「侯爵───」
アーロンはハリーの手を取る。「お待たせしてすみません」
「仕事の方は大丈夫なのか?」
アーロンの顔を見ると、ハリーはホッとする。
「はい。スタッフに追い立てられました」
バックヤードが長かったようで、額に汗が浮かんでいる。バックヤードには空調も効いていないからだ。
それでもアーロンは嬉しそうに笑った。
「まだ、生まれてませんね?」
「ああ。まだ───あっ」
「あっ」とみんなが声を漏らす。開いたドアの向こうには、看護師。
「生まれました」
「おめでとうございます!」
理事長と院長、乳母、そして秘書が、口々に祝辞を述べる。
「こちらへどうぞ」
看護師は患者のいない病室に案内した。そこで待っていたのは、産科医のクレーメンス=ノイエンドルフと、生まれたばかりの赤ん坊。まだオムツしか着けていない。
「男の子です。抱きますか?」
「はい!」
ブルーの術衣に白衣を羽織っただけのクレーメンスの言葉に、アーロンが勢い込んで手を伸ばす。
「おいで、天使ちゃん」
看護師から、タオルに包まれた状態で受け取った。じんわりと胸が熱くなる。
儚いほど軽く、嬉しいほど重い。まだ体全体がピンクで、フヤケた感じ。泣きはしないが眠そうだ。薄く生えている髪は、ブロンド。
「思ってたより小さいな」
アーロンの腕の中をハリーは覗き込む。目が合ったアーロンが囁く。
「抱いて、ほら」
「む、ムリムリムリ!」
ハリーは慌てて飛びのいて、両手を振る。
「腹をくくりなさい、侯爵」
アーロンは満面の笑みでハリーに迫り、強引に赤ちゃんを抱かせた。
「はあぁあ、嘘だろ」
眉間にシワを寄せて、目で助けを求めるハリー。侯爵の威厳はさっさと逃げてしまった。
「片手でお尻を支えて。そう。もう片方の手は首の後ろに」
アーロンが前から密着して、赤ん坊とハリーの腕を支える。その顔と赤ん坊をハリーは交互に見る。
「重い...」
「私たちの子ですよ」
「ああ。ああ...」
ハリーは案外幸せそうに頷いた。自分で思ってる以上に感動したようだ。
「授乳は済んでますか?」
「ええ。───」
「グリーンだ」
クレーメンスの言葉を遮って、ハリーが云った。アーロンも覗き込む。
「ほら、アーロンの顔をご覧?」
「あぁ、ホントだ。グリーンだ」
瞳の色だ。眠そうにしながらも上を向いた時、目を開いた。
クレーメンスは機をみて要件を伝える。
「退院は二、三日後になります」
ハリーはもう、命の重さに堪えられず、アーロンに受け取りを促す。アーロンはそのまま看護師に渡した。
「検査が済んだら、退院の日が決まるんですね」
赤ん坊を気にしながら、話を続けるアーロン。その様子を微笑んで見ながら、クレーメンスは答える。
「ええ。またこちらからご連絡します」
秘書のトラウゴットが、侯爵とアーロンの代わりにスマホで赤ん坊の写真を撮っていた。
理事長、院長が赤ん坊を褒めたりする。
「髪の色はきっと侯爵譲りですよ」
「目元や瞳の色はアーロン卿にそっくりですな」
アーロンかハリー、どちらの遺伝子を受け継いでいるのか、まだ判らないんだけどね。
一同はその場を離れながら、
「記者発表はなさいますか、侯爵? それとももう、用意した文書を各機関に送るだけにしますか?」
トラウゴットは冷静だ。若いのにあんまり笑わないし、仕事は常に事務的だ。
「文書だけにする。その前に、陛下に電話だ」
ハリーはポケットからスマホを取り出した。一歩先を歩くアーロンは、トラウゴットの写真データを見て、ふたりのスマホに送るように頼んだ。
「ハリーです。はい、生まれました。男の子です。名前ですか?───」
ヘーゼルの瞳と視線が合う。「リーヴァイ・マルセル・カール=ニューエンブルグです」
アーロンとハリーは、子供の名前を予め決めていた。
『リーヴァイ』は「結びついた」という意味。『マルセル』はハリーの遺伝的父親、つまりカミルの二代前の国王から、『カール』はアーロンの師匠的存在で尚かつ経済的な父親から貰った。
半年程前から考え始め、四ヶ月前には決まっていた。女の子の名前も決めていたが、生まれたのは男の子だったので、必然的にボツになった。
「アーロン...」
ベッドにアーロンが戻ると、うつ伏せで枕を後頭部に乗せたハリーに呼びかけられた。
「起きちゃったの、ハリー」
「いつまで続くか分からないなら、部屋を防音にしよう」
アーロンは苦笑して、ハリーを抱き寄せた。
リーヴァイは夜泣きがひどい。生まれて半年程経って始まったが、その間、影響を受けたハリーは寝不足だった。夜泣きで起こされた後は、ハリーはなかなか寝つけない。
夜泣きが始まってからのアーロンは、時々起きて様子を見に行くので、肌着にシルクのパジャマのボトムを、寝る時も着ている。
最初はいつもの真っ裸にガウン姿で出て行っていたが、シッターがいる手前、服を身に着けろ、とハリーに叱られた。当然、毎回脱ぎ着するのが面倒になり、今に至る。人間て変わるんだね。
リーヴァイが寝付いて戻ってきたアーロンに抱き寄せられたハリーは、アーロンの胸に顔を埋めて背中に手を回す。その手が、服の下に忍び寄る。
「寝ないの、ハリー?」
「眠れないならいっそ、アーロンに気絶させてもらおうかな、て」
アーロンは口角を上げながらも、ダークブロンドをゆっくり梳くだけ。ハリーはアーロンを見上げた。
「あれ、本気?」
真っ直ぐに見つめるアンバーの瞳は、濡れたように潤んでいる。
「もうアーロンの心臓の音じゃ、眠れない」
ここしばらく、アーロンの心音を聞かせて落ち着かせると眠れていたハリーだが、それも限界のようだ。
「声が聞こえたら、リーヴァイがまた起きちゃうよ?」
「我慢する」
ハリーがそう云った途端、アーロンはハリーをベッドに釘付けにして唇を奪う。
「んっ...ふ、ぅ」
ちょっと息を殺し、ため息混じりに小さな声が溢れる。ハリーは積極的に舌を絡めながら、アーロンの肌着を捲り上げる。手探りでアーロンの胸に手を這わせる。胸筋で張った皮膚の手触りが気持ちよく、探り当てたところを指の腹で転がす。
その間にアーロンもハリーのパジャマを捲り上げて脱がそうとするが、本来ボタンダウンだから、ちょっと難しい。
「こんなに固くなってるのに、ホントに感じないのか?」
ハリーは小声で見上げる。アーロンの胸を弄っても、アーロンは無反応。
「何それ、触って欲しいの?」
「あっ...」
アーロンはハリーの腕を頭上に上げて、彼の欲求を一つ、叶える。
「ハリーはいつも敏感だな。こっちも、ここも」
「んっ...やっ、あっ」
脇や背中に触れられるだけで、スイッチを押したように反応するハリー。そろそろ怒り出すかな、というギリギリのタイミングで、アーロンは真顔になる。
「いい加減に...!」
アーロンを叱りつけようとして、ハリーは息を呑む。ヘーゼルの瞳は真剣だが、光ってない。
見下ろす頬に手を伸ばし、指でそっと触れる。アーロンはクスッと笑った。
「笑ったらダメだろ」
「そうなの?」
アーロンはハリーの手を取って、口元に持っていく。
「なんで笑うんだよ」
「だってハリー、初めてみたいな顔してるから、カワイイんだもん」
その途端、カッと頬が熱くなり、ハリーは目眩を感じる。恋人として付き合ってから長いのに、アーロンはまだこんなトリッキーなカードを隠し持ってるのか!?
───間違いなく天然だ、アーロン!
分かってる。分かってはいるが、未だに翻弄される自分に呆れるハリー。
「もしかして赤くなってる、ハリー?」
「ば、か...赤くなっ、む、んっ」
暗がりなんだから冷静ならアーロンからは見えないと判断できるのに、指摘されたらつい慌てちゃうハリー。これではアーロンに『カワイイ』と云われても仕方ない。そのまま唇を塞がれ、今度は彼の舌に翻弄される。
「はん...む...あっ」
その間にも、アーロンの手はハリーの肌をさわさわと撫でる。
「ひぁっ!」
大きな手は、パジャマの上からハリーを鷲掴みにした。
「もう、こんなになってる、ハリー」
なんだかハリーは悔しくなる。
───最初はオレがリードしかけてたのに...!
「おまえこそ...っ!」
ハリーも負けずにアーロンに手を伸ばし、その感触に戦慄する。
「今夜のハリーは積極的だな。───」
耳元で熱く囁く。「オレの、欲しい?」
ヘーゼルの瞳が、爛々と光ってハリーを見下ろす。ハリーの甘い期待は、絶望に限りなく近い。
「きて...アーロン」
アンバーの瞳を潤ませて、震える声でねだられて、アーロンは欲情を抑えられない。
「ハリー...!」
眠れないから、とねだるハリーに対して、一回イカせられれば眠れるだろう、とアーロンは思っていた。だから、自分は冷静に、ハリーに奉仕するだけのつもりだったのに、
───ハリーに本気で煽られたら、秒殺だな、オレ。
興奮してシルクのパジャマを引きむしってしまいそうだ。アーロンはなんとか理性を保って、素早くハリーを裸にする。
「あっ、んむ...っ!」
ハリーのモノを撫でると、ハリーは声を上げてしまい、慌てて自分で口に手を当てる。
「ハリーのいやらしいとこ、見ちゃお」
「なにっ...やぁっ」
両足をおおきく開かせた。アーロンを誘うように膨らんだソコは、アーロンにガン見されて、それだけでプクリとヨダレを溢れさせる。
「あーろ...ぁっ!」
下腹部に熱い息がかかる。反射で閉じかける足の内腿を、大きな手が押さえ付ける。ハリーはそれさえ敏感に感じてしまい、ピクリと反応する。そして、後ろが疼くのを自覚する。
アーロンは性急にローションを手に取り、ハリーの蕾に指を這わせる。
「はぁっ...あーろ...!」
ハリーはアーロンの指を難なく飲み込む。長い指は独立した生き物のように、内壁を細かくタップしながら奥へ進み、
「あっ! やっ、だめ...っ!」
ハリーは軽く達した。身体の緊張が解れて弛緩する。
───ごめん、ハリー。オレ我慢できない!
アーロンは指を抜き、自身をハリーに突き立てた。
「はぁっ、あぁ...」
ハリーのソコは吸い付くようにアーロンを飲み込んでいく。乱暴にするのが忍びなくて、アーロンはゆっくりと抽挿を繰り返しながら、最奥へと進む。
「あーろ...あ、む、ぁ」
「愛してるよ、ハリー」
「あ...お、れも...てる」
───カワイイ、ハリー。
アーロンは自分の口を塞ぐハリーの手を退け、半開きの唇に口づけた。下半身の激しい動きに熱い息を溢しながら、互いに甘噛みするように、角度を変えてキスを交わし、舌を絡ませる。
───ヤバい。歯止めが効かなくなる!
アーロンはなんとか理性で自分の暴走を抑える。上体を起こして、ハリーの体を半回転させた。
「あ、やぁ、あーろ...んむぅ」
ハリーは枕に顔を埋めて声を抑える。その背中に覆い被さり、アーロンは手を伸ばしてハリーの中心を握った。
「ああっ、だめだめだめっ、あーろ、あああっ!」
と、たぶんハリーは叫んでいる。ちゃんと枕が役に立っていて、ちょっと高い声のうめき声。
アーロンは自分の腰を動かしながら、握ったハリーの欲も同時に扱き、ハリーと一緒に頂きを目指す。
「ハリー、愛してる...!」
「んああっ、アーロンっ!」
ふたりは揃って絶頂に達して果てた。
応援ありがとうございます!
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