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婚約したの?

6 カミルのメッセージ

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 ハリーを婚活パーティーの会場からアーロンが連れ去った日から、ニコルのアーロンに対する心証が悪くなった。
 一応、会って挨拶を交わすくらいはフツーにしているが、以前のフレンドリーな態度は皆無と云っていい。
 正体を隠していた事、ハリーとの仲、子爵という下級貴族のしかも養子、実は修道院育ち、てゆーかクローン、以上のいずれか、あるいは全てを隠していた事など、アーロンは胸ぐらを掴まれて責められても、ひたすら謝るしかない。
 まあ、責められる程の仲だったかどうかは、責める方の認識の問題になるけど。
───女子のご機嫌損ねるの、て面倒なんだよな~。
 決して、女性蔑視からの発想ではありません、念の為。
 ただ、おそらくは、ニコルちゃんにいろんな事実を隠していた事よりも、違うところで彼女の葛藤があって、アーロンと顔を合わせ辛いのではないかと、アーロンは思っている。
 実はその点が厄介。
 で、そっちの意味で、ニコルの前でハリーが酔った姿を晒してしまったのは、非常にマズい。
 ハリーの姿を目にしたニコルは、応接セットから立ち上がって、顔をしかめていた。
「大丈夫...には、見えないわ。殿下」
 公爵令嬢はハリーに声をかけながら、こちらに近付く。
「あ、お気遣いなく、ニコル様。殿下は少しお酒が過ぎたようですので、私が寝室までお送りします」
「大丈夫だ、ニコル」
 ハリーが一歩前に出て、庇うように片腕をアーロンの前に伸ばした。
───なんだ、これ? オレ、ハリーに守られてる?
 アーロンがハリーの腕を見下ろしていると、ニコルもそこが気になったようで、
「私はアーロン=ゲルステンビュッテルに危害を加えたりはしません、殿下」
「ちっちゃ!───」
 ハリーの声のトーンが変わった。「縮んでないか、ニコル?」
 それは、今のニコルは私服だからですよ、殿下。
 あ然として棒立ちになったニコル。気を取り直して、
「...今はローファーなので」
「いつもは...シークレットブーツなのか?」
 そんな訳ないじゃん!
 アーロンは早くハリーを寝かし付けたいので、ニコルに尋ねた。
「何か、殿下にご用だったのではありませんか、ニコル様」
「あ、そうね。アーロン=ゲルステンビュッテルと、少し話がしたかったんだけど」
 するとすかさずハリーが「ダメだ」と云った。
───イヤな予感!
「アーロンはこれから私と子づく───」
「あーっ! 殿下っ、こんな時間ですっ。早くお休みにならなければ!」
 アーロンは大声でハリーの暴言をなんとか遮る。しかし、ハリー殿下は酔っている。
「なに云ってるんだ、アーロン。お前がいい、て云ったんだから、今夜は子づく───」
「ニコル様! そういった訳ですのでっ、しばらくお待ち下さいっ。すぐに戻りますのでっ」
 ハリーの肩を掴んで180度回転。しかしニコルはため息をついて肩を竦めた。
「いいわ、こちらも急だったし。遅くならないうちに励んで、子づくり」
 聞こえてるだろうな、と思ってたけど、聞こえてた。
───いや、そこはツッコんで欲しかったよ、ニコルさん。
 アーロンは耳まで真っ赤になりながら、ニコルの摂政殿下への挨拶を見届けて、ハリーを寝室まで連れて行った。
「どうした、アーロン? 顔赤いぞ」
「若いお嬢様の前で『子づくり』連呼するとか、萎えるわ」
「えー、ダメじゃん、これから子づくりなのに~」
「わ、ハリーっ、そこさわっ、コラっ、ダメだってばっ...」
 こうしてイブラントの夜は更けていきましたとさっ。





 婚約会見当日。
 国内外合同の記者会見、という事で、英語で質疑応答する、と云われた。が、国民が注目しているので母国語で、と変更になった。
 アーロンのスーツも、当初はNHに発注のスーツは間に合わないとの事で、子爵夫妻と食事をした時のスリーピースで臨む予定だった。しかし、前日に連絡が入り、間に合った。ピンラインチェックのブルーで、やはりスリーピース。
 ハリーは迷っていたが、ベージュを選んだ。
「髪、まとめようかな?」
 ハリーが、控室でアーロンに訊く。
「見えない、タトゥー?」
「長髪の時のアーロンみたいに、リボンで隠れないかな?」
 メイク担当に頼むと、リボンも何本か持っていて、ネクタイと同じワインレッドを選んだ。
「素敵! いい感じですわ、ハリー殿下。でも───」
 ヒゲのメイク担当は、「アーロン卿のスーツに合わせて、ブルーにしましょ」
「じゃあ、アーロンのタイはベージュがいいな」
「奇跡だわ、殿下」
 メイク担当は目を剥いてネクタイを掲げた。小指立ってる。ベージュの生地にブルーのドット柄。
 という事で、服装も直前までバタバタだった。
 控室に紅茶が運ばれ、僅かなティータイム。
「ハリー殿下」
 ノックで入って来たのはニコル。記者名簿を持って来た。いつもの身長で。
「あいつが来てるな」
 ハリーは渋い顔をする。
「あいつ、ですか?」
「ミカエル=ライリラです」
 名前を聞いても、アーロンにはピンとこない。当然だが。
「喧嘩腰、ていうか、こっちを怒らせるような質問の仕方とか、内容なんだ」
 ハリーの説明にアーロンは初めて名簿に興味を持って見た。
「ダメだぞ、アーロン」
「なんですか?」
 アーロンはとぼけるが、ハリーにはお見通しだ。
「ライリラの挑発に乗るなよ!」
「ダメですか?」
「そもそも、ライリラは外国人記者だ。海外に怒った顔が配信されるんだぞ」
 ちょっと怖い顔をして見せるハリーに、アーロン満面の笑み。
「殿下は私が、怒るとお思いですか?」
「お前じゃないっ、私だ!」
 会見前に怒られた。ニコルがあ然としている。
「すみません、ニコル様。殿下は少しナーバスになっていらっしゃるようです」
「誰のせいだよ」
「あっ...!」
 アーロンは反射的に身を捩った。
「本当にっ、黙って笑っててくれ、アーロン」
 腿をさすりながら、アーロンは苦笑いで頷いた。



 会場は、ネット配信でよく見かける場所だった。
 意外に狭く、記者席は学校の席よりも近いようだった。それでも、席毎にノートパソコンを置けるテーブルが付いている。ハリーが会見するのを見かけるが、まさかアーロンが同じ立場になるとは、未だ半信半疑だ。
 司会から紹介をされると、記者達がその場に立ち上がる。
「行こう」
 振り返ったハリーにアーロンが眉を上げて見せると、ハリーはクスッと笑った。
 序盤の質疑応答は国内の記者だけに好意的で、難なく過ぎた。
 特筆するとすれば、
「今日のハリー殿下をご覧になっていかがですか、アーロン卿?」
 指名されたアーロンは隣のハリーをじっと見つめる。期せずして目が合ってしまったハリーは、会見の最中なのに、赤くなって目を逸らしてしまった。
「キレイです」
 耳まで赤くなるハリーの横顔に、フラッシュの雨が降り注いだ。
 中盤になると、宗教的にやんわり咎める発言や、玉の輿狙い的な発言が出てくる。一時的に記者の出入りが激しくなったが、テレビの生中継が終了したらしかった。後は録画、またはネット配信となる。
 それに伴って終盤、アーロンの出自に触れるなど、明らかに棘のある発言が出て来た。
「ゲルステンビュッテル子爵との養子縁組は、ハリー摂政殿下に近付く為ですか?」
「結果的にはそうなりますね」
 とアーロンが答えた後、すぐにハリーが、
「養子縁組は、彼の職務上必要だったからに過ぎません。それ以前から、私達は付き合っていました」
 すると、記者から真偽を問われたアーロン。
「お聞きの通り、殿下は、何人かの人が持っている『階級』というフィルターを通さずに人を見る目を、持っていらっしゃいます。それを残念に思う方もいらっしゃるようですが、私はそんな殿下を、とても尊敬しています」
 会場にため息が漏れた。
 実は、この会見に際して、アーロンとハリーはカミルから託されていた事があった。
 仕込みの記者が、質問に立つ。
「同性愛者の婚約は、我が国では初めてとなりますが、周囲からの反対などはありませんでしたか?」
 この質問には、ハリーが答える。
「昨今、LGBTに関しては認知が広まりつつありますが、法的に認めている国はまだ多くはありません。また一方で、先進国の少子化も深刻な問題になりつつあります。異性感の結婚及び出産が少なくなる事は、いずれ我が国でも起こり得る問題です。それを、その時になってから対策するのでは遅すぎます。その対策の一つとして、同性婚の法制化となった訳です。私達ふたりは、今まで結婚を意識してはいませんでしたが、一緒に暮らす事は考えていました。結婚ができるなら、そうします。それを認めない人が身近にいたとしても」
 会場は黙って聞いていたが、ホッとしたようにため息をついた。質問した記者も、
「ありがとうございます」
 と礼を云ったが、そこで「私からもよろしいでしょうか?」と軽く手を上げたのは、アーロン。
「例えば、グレーの鳩の群れの中に白の鳩が紛れ込むと、グレーの鳩に追い立てられます。突然変異で生まれた黒くないカラスは、黒いカラスにイジメられ、仲間はずれにされます。群れを作って生きる鳥や動物の中では、アルビノという色素の薄い個体は群れに馴染まず、排除されてしまいます。それはその生物が異質を嫌う本能からそうするのであって、憎しみでも嫉妬でもありません。そしてそれは、人間も同じです。姿や見た目だけでなく、慣習や思想、そして性癖も、マイノリティは嫌われます。それは本能だからです。しかし他の生物と違うのは、人間にはより発達した脳があります。寛容、思慮、厚意、尊重...そういった、他者を受け入れる心が、人間にはあります。階級とか、容姿とか、貧富や国に限ることなく、人々がマイノリティを受け入れ、尊重するのになんの躊躇いも感じない世界を、私達は望んでいます」
 ふたりのコメントが、カミルのメッセージだった。海外でも人気のあるハリーが同性と結婚すれば、注目度はかなり高い。婚約会見となればより注目される。その場を借りて、ふたりはカミルに代わって、同性婚の法制化の必要性を説いた訳だ。
 棘のある質問は続く。
「ハリー殿下は、王位継承権の放棄をされましたが、それをどう思われますか、アーロン卿?」
「国民の多くが残念に思っているでしょう。しかし私としては、殿下がどのような肩書を持っていても、あるいは肩書を何も持っていなくても、お傍に寄り添いたいと思っていますし、必要なら、どんなサポートも厭いません」
 時々、アーロンは隣のハリーに目を向ける。お互いに見合わせる瞬間を狙って、無数のフラッシュが激しく光った。
 答えるうちにアーロンは、記者が何故わざわざ、イヤな質問をするのか分かってきた。こちらが長々と答えるからだ。
 また、会場がザワつく質問があった。
 先に、J国の他愛ない質問に、ハリーが答えた。
「J国の人はとても親切で、以前訪れた時にトラブルに見舞われましたが、手を尽くして助けてくれました。是非また訪れたい国の一つです」
 J国の記者が喜ぶその隣で、彼は手を上げた。
「R国のデイリーR社、ミカエル=ライリラです」
 先程からずっと、何度も手を上げていたが、司会はできるだけ無視してきた。が、さすがに誰よりも早く手を上げてしまっては、指名しない訳にはいかない。ただ、名乗った会社名は、R国で有名な新聞社だった。
「同性愛者の事がよく分からないんですが、ハリー摂政殿下と、アーロン=ゲルステンビュッテル卿、どちらが、どのような立場なんでしょうか?」
 この記者は、分かってて云ってるんだろうか? それとも誰かに云わされてるんだろうか?
 ハリーが失笑し、司会が慌てて何か云おうとすると、ライリラという記者は畳み掛ける。
「えー、即ちそれは、どちらが上か、下か、という質問です」
 ネット配信の画面にビュンビュン文字が通り過ぎ、画像が見えなくなるのが、アーロンには想像できた。
 答えようとすると、隣のハリーがテーブルの上に置くアーロンの腕に手を置いた。アーロンはハリーに、眉を上げて見せた。
「立場、という意味ですか?」
 その瞬間、『そんな訳ないだろー!』というツッコミが画面上を走ったに違いない。
「同性愛者の立場で───」
「記者の方は、くれぐれも節度を持ってご質問をお願いします」
 司会は、ライリラの台詞に被せて云った。
 アーロンには、この記者が真面目に云っているのか、何らかの意図を持っているのか、表情から読み取る事ができない。
 しかし、ハリーは笑顔が消えてしまったので、そういう顔を撮りたいのであれば、目的は達せられたといえる。
「あなたは、R国の記者でしたね」
 アーロンが確認するように尋ねると、会社名と自分の名前を改めて名乗る。
───ケンカすると、ハリーを困らせる事になるし、な...。
 しかし、順調だった会見でハリーの笑顔を消した事への仕返しはしたいアーロン。ライリラに、穏やかに話しかけた。
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