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摂政最後の事件...!?
7 B国にて
しおりを挟む霧雨の粒が、少し大きくなったようだった。肩に当たる雫が、音を立てている。
「そろそろ終わりにしよう、アーロン」
エドガール=ベルジュが、フードを傘にして、アーロンを見上げた。
「はい。先に戻ってて下さい。こいつをやっつけてから行きます」
アーロンは家の壁にびっしりと貼り付いた蔦を、端から延々剥ぎ取っているところだった。
「家を一周するまで終わらないぞ!」
エドガールはアーロンに近付き、鎌を振りかざした。
「明日はいよいよ、モクレンの枝を剪定しよう、アーロン」
夕食の後、紅茶を飲みながらエドガールは意気揚々と云った。
「まだ蔦が残ってますよ?」
「あんなものはまたすぐに貼り付いてくる。きりがない。それよりモクレンのあの垂れた枝を切っておきたいんだ」
「分かりました」
折れた枝の事だ。今日にもできたのに、今気付いたのだろうか?
「それなら、明日はそれが済んだら、買い物に付き合って頂戴ね、アーロン」
「いいですよ」
エドガールの妻、クローデットに対して、アーロンは気軽に答えた。しかし夫が待ったをかける。
「買い物は先週末に行っただろう! 今週は私に付き合う約束だ!」
「もう紅茶がそれで終わりです」
エドガールの飲んでいるのが最後らしい。
「紅茶がなければワインを飲めばいい!」
「ワインはステファンが飲んでしまいました」
「買って来ればいいじゃないか!」
「だから、買いに行くんじゃないですか、アーロンと」
「メイドと一緒に行けば、アーロンは必要ないだろう!」
この夫婦はしょっちゅうこんな調子で云い争う。熱し易く冷め易い。ステファンはいつも放置していた。
「そういえば、ステファンは遅いですね」
とアーロンが云った途端、彼の携帯が鳴った。
『今から戻ります』
ステファンはそれだけ云って、電話を切った。
アーロンが病院で意識を取り戻すと、退院の用意ができていたので、ドクターの制止も聞かず、ステファンはアーロンを連れ出した。
聞くところによると、その直後に軍が病院に乗り込んだそうだ。国境越えは、リリーが協力してくれた。彼女がステファンやアーロンと繋がっている事は誰も知らないので、軍の追跡は途切れた。
今はB国のステファンの実家のゲストルームを借りて、療養していた。
移動に際して付き添ってくれた中に、ユリアーネがいたのは驚いた。
「世の中狭いわね」
ユリアーネは以前、レムケの名刺をハリーから貰った。それを元に、レムケをこっそり調べていたらしい。時々、興味本位でそんな事をしていたようだった。
しかし今回は相手が悪く、レムケを調べている事がバレて、捕まった。レムケの裏の仕事をしていたステファンに、暗殺の司令が出たが、彼は彼で、時々会社を無視して、ターゲットの命を救っていた。ユリアーネはその一人だった。
「家に帰っても見つかって殺されるだろうし、元々ハリーとは連絡がつけられなくなっていたし、ステファンの好意に甘えて、隠れ家を提供してもらっていたの」
ハリーもきっと、こんな事実は知らないだろう。
ここで微妙な沈黙が流れた。
「先生と私の事は訊かないの?」
ユリアーネはステファンをからかうように云った。ステファンは面倒くさそうに、
「云いたければ、どうぞ」
「ハリー繋がりよ。私のお店のテナントのオーナーがハリーで、先生はそのお店のお客様」
ユリアーネは嬉しそうに云った。
アーロンは、傷も治り易く造られていたので、ステファンの家に来てから二週間程になるが、庭の手入れを手伝えるくらいに回復していた。
電話を終えたアーロンは、ステファンの両親に内容を伝えた。云い争いはいつの間にか、ステファンのワイン好きの話で盛り上がっていた。
しばらくすると、表でクラクションが鳴った。
「ステファンでしょう」
アーロンはベルジュ夫妻にそう云って、席を立った。門扉が閉まっているので、開けてやらなければならない。
家の外に出ると、雨は止み間らしく、空気はしっとりとしていた。
車用の門扉は手動なので、誰かがスライドさせて開けなければならない。鉄製の門扉は外気に晒され、雨に濡れ、素肌には少し厳し目の冷たさだった。重さとサビで、動きは鈍い。ヨガの英雄のポーズ2のような体勢で、力を込めて思い切りスライドさせる。
車のドアが閉まる音がした。ステファンが車から出てきたのか? 手伝いなんていらないのに...。
「アーロン!」
その声は、ステファンのものではなかった。
普段は危ないと思う勢いの、門扉の動き。それが二人の間に立ち塞がって、もどかしい程に遅い。
「ハリー!」
アーロンは門が開ききる前に出て駆け寄り、抱きしめた。ガシャーンッと派手な音で、門扉は止まった。
久しぶりの抱擁を堪能しているところに、ごく短くクラクション。アーロンは振り向くハリーの顔を、大きな両手で向き直らせ、キスをした。後でステファンに何度もダメ出しされるが、分かっていても、アーロンはやめなかっただろう。
顔を離して見つめ合い、もう一度キスしたところで、クラクションをけたましく鳴らされ、ふたりはようやくステファンを通した。
ステファンの両親には、ハリーの正体は明かさず、さる貴族の子息だと紹介した。
遅い夕食を摂るステファンを残して、ふたりはアーロンの使わせて貰っている部屋にこもった。
ドアを閉めるなり、アーロンはハリーを抱きすくめ、またキスをする。浅く、深く。角度を変え、時々目を見交わしながら。
ハリーは変わらず、美しい。
アーロンは愛しい人の頬を撫で、白い首に手を這わせる。ハリーはその度に、くすぐったいのか肩を震わせ、吐息をつく。俯くと、上気した頬にまつ毛の影を落とし、見上げればアンバーの瞳を潤ませる。アーロンの首に回されたハリーの手は、ブロンドに染めた髪を優しく梳く。耳朶に触れるといよいよアーロンは我慢できなくなるので、ハリーの手を捕まえて、自分の唇に当て、チュッと吸った。
「どうやって王宮から来たの?」
ベッドに座るよう、エスコートしながら尋ねるアーロンに、ハリーはちょっと目を泳がせて、
「本来なら今頃は、F国のホテルにいなくちゃいけないんだ、オレ」
「見つかったら国際問題か」
物騒な言葉とは裏腹に、アーロンは楽しそうに、ニヤリと笑った。ハリーは慌てて釘を刺す。
「だから、早々に帰らなくちゃいけないんだ」
そう云ってるのに、アーロンはまたハリーを力強く抱き寄せる。
「つれないなぁ。せっかくここまで会いに来てくれたのに、───」
「あっ、ちょ、待って、アーロン...!」
ハリーをベッドに押し倒した。身を強張らせるハリーの耳元で、アーロンはくすくす笑う。
「愛してるよ、ハリー」
「......オレも」
アーロンは勢いよく上体を上げ、
「じゃあ、しようよ!」
無邪気にアンバーの瞳を見下ろす。金色を強めた瞳をキラキラさせながら。
「オレだって、したいよ...」
ハリーは困った顔で微笑む。今はハリーに自制がきく分、アーロンが暴走しがち。一方が興奮すれば、もう一方は逆に冷静になる。
しかしアーロンも子供ではないので、見つめるハリーの瞳に負けて、フッと大人の顔に戻った。そして静かにまた、ハリーの襟元に顔を埋めた。
「仕方ないから、ハリーの匂いだけで許してあげるよ」
「アーロン...」
「ごめん。困らせるつもりじゃなかった」
切ない。やっと会えたのに、長くはいられない。
ハリーは慰めるように、アーロンの髪を撫でる。生え際の髪が伸びて、ダークブロンドみたいになってる。
「そうだ! ラファエル、もう少しで自宅療養に切り替えるんだよ」
アーロンはまるでその場の雰囲気を変えるように、再び上体を上げる。ラファエルとはカミルの事。念の為。
「うん。この前聞いた。まだ少し先だろ?」
「もうこの1~2ヶ月だよ。そうしたら...」
アーロンは口をつぐんだ。だからといって、ハリーが国王になることは絶対にない、とは云い切れない。護衛は近衛兵に代わってしまったし、お后候補も不要ではない。むしろなる早だ。カミルが復帰しても、ハリーが王位継承権1位には違いないからだ。
アーロンは真っ直ぐに見返すアンバーの瞳から背ける代わりに、またハリーの襟元に顔を埋めた。
───ハリーに会えて、浮かれてるわ、オレ。
こんなふうにハリーと会える機会は、この先何度訪れるだろう。きっとそんなに多くはない筈だ。
「アーロン───?」
ハリーはアーロンの背中をポンポン。「お前もしかして、王宮での会議の内容、知らないのか?」
「ラファエルの病気の公表だろ?」
迷わず答えるアーロンに、ハリーはやっぱりとため息をついた。
少し顔を引いて距離を取る。と、ハリーはちょっと気難しい顔をしている。
「起こして」
ハリーはアーロンの胸を押して云った。手を取って引き上げると、そのまま握り続けて、しかしアーロンの表情は話を聞く用意をしている。
「オレ、国王にはならないよ」
「そりゃ、ラファエルが寛解すれば、必要ないだろ」
アーロンの答えに、ハリーは解ってないなと腕を広げる。
「王位継承権を放棄した」
「え...?」
えーと、えーと、それはいーこと、悪いこと?
アーロンが悩み過ぎて、アンバーの両の瞳を交互に見つめるので、ハリーは解説してくれる。
「この先、ラファエルに何かあっても、もうオレは、国王になるとかならないとか、そんな事には人生を左右されない。王位継承権第1位は、カルステン=ヴィンデルバンド公爵がなる」
人生を左右されない───その云い方はつまり、ハリーにとって、国王にならない事は、いーこと、になる。
アーロンはゆっくり、ギュッと、ハリーを抱きしめた。
「それは、オレの為?」
「バカ。オレたちの為だ!」
ハリーはしっかり、アーロンのヘーゼルの瞳を見つめて云った。
「ハリー、愛してる!───」
アーロンはもう一度ハリーを抱きしめる。「だから!」
「わ、な、バカっ、だからっ、ダメだ、てっ、アーロ、ンむぅ...!」
アーロンはハリーを押し倒し、彼の唇を唇で塞ぎながら、シルクのシャツの下に手を入れる。
「ふむ、ぅん...ふぁ...」
この声はハリーもまんざらではない、とアーロンは一度ハリーの表情を確認し、愛撫の手を進める。胸の頂は粒が固く立ち上がり、ハリーの好むように触れると、それに呼応して体が震える。
「はぁ...だ、め...ぁっ、アーロン...」
「でもハリーの体は、嬉しそうだよ」
耳に口を寄せて囁くと、切ない表情で悶えるハリー。
「あ...だって、ゲスト、ルーム...」
熱い吐息の合間に、ハリーらしい云い訳。───なんだ、そんな事か。
アーロンはハリーのブレーキを緩めつつ、自分なりの愉しみを堪能する。
「本当だな。他人の、しかも初めて訪ねる家のゲストルームで、ここをこんなに大きくして───」
ハリーの張り出した前をくつろげる。「悪い子だな、ハリー」
「いやっ、ダメっ、アーロン、イケない...あっ!」
言葉では拒否していても、ハリーは身も心も欲しがっている。
「でもハリー、こんなに固くなって、いやらしい音がしてるよ」
先走りはアーロンの手を濡らし、アーロンはそれを塗りたくるように、その手でハリーを撫で回す。ニチャニチャと粘着質な音が、室内に響く。
「は、ぁあ、ダメ、こんな、とこ、っんあぁ!」
ハリーは自分の手で口を押さえた。折角の嬌声を止められると、アーロンとしては興醒めだ。
「今のとこ、良かった、ハリー?」
「ダメだよ、アーロン。お世話になってる身で、こんな事...」
ハリーは涙目で訴えながらも、胸を上下させている。アーロンは目を細めると、わざと不満そうな表情をした。
「じゃあ、もうやめよう」
「ぇ...」
ハリーの声を無視して、アーロンはティッシュを取って手を拭く。横目に見えたハリーの表情は、途中でのまさかのアーロン離脱に、かなり困惑していた。半身を起こして、自身とアーロンを交互に見る。それはこの上ない疑いの眼差し。
「アーロン...」
「待って。拭いてあげる」
涙目で訴えかけるハリーを、アーロンはわざと遮って、ティッシュを引き寄せ、ハリーの正面に跪いた。顔を上げてハリーと目を合わせ、今初めて気付いたようなフリをするアーロン。
「ハリー...?」
途端にハリーの目が据わり、唇を弓なりにして不満をめいっぱいアピール。
「どうするんだよ、これ」
「どう、て今から拭くんだよ?」
面白い事に───こんな事を面白がるのはアーロンくらいだろうが───ハリーのモノは、本人は怒っているのに、ちっとも萎えない。しかしアーロンも、そうならないように、拭くフリをして手を添える。ハリーの腰がピクリと跳ねた。
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