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ロイヤルデューティー
10 必ず迎えに
しおりを挟む急ぎ足、というより軽いジョグくらいのステップで、廊下を急ぐ。
病院なのに、病室の廊下はボディガードだらけになった。
「お待ち下さい」
ハリーは近衛兵に止められ、近衛兵は先方のボディガードに止められる。ボディガードが病室に入り、しばらくして出てくる。
「どうぞ中へ」
ボディガードが許可を出し、近衛兵も同じ事を云う。伝言ゲームだ。
病室に入ると、ニコルの顔を見る前に、長兄のカルステンが立ちはだかった。
「あなたはヴィンデルバンド公爵家の娘に───!」
「お兄様!」
掴みかかりそうな剣幕の兄を、ニコルが止めてくれた。ハリーはすかさず謝罪する。
「今回の件は、私の目が行き届いていなかった。申し訳ない」
「殿下が謝罪する必要はありませんっ!」
ニコルと母親が一喝。男二人はたじろぎながら、女性陣を振り返った。
「この度は、手前どもの愚女がお騒がせ致しまして、申し訳ございません。公爵家の黒歴史ですわ」
いや、そこまで云わなくても。───まあ、カルステンの出鼻を挫くという目的は果たせた母君。まるで示し合わせたみたいに、ニコルが兄に追い打ちをかける。
「二人とも出て行って! 殿下と二人きりにして!」
オロオロする長兄を、母親が苦笑いで連れ出した。
「お掛け下さい、殿下」
ハリーはベッドサイドの椅子に掛けると、ため息をついた。
「いずれやらかすとは思ってたけど、随分派手にやらかしたな」
「ごめんなさい」
シュンとして視線を落とすニコル。その先には、包帯を巻かれた手首。
「怪我の具合は?」
包帯が痛々しい。ニコルの母親はああ云っていたが、あの時のニコルは、ハリーの注意など聞いていなかったのは解っていた。部下の失敗は管理者の落ち度だ。
「ちょっと赤くなっただけです。病院も兄も大袈裟なんです」
「本当に大丈夫なのか?」
追求しようにも、相手は女の子だ。信用できる同性にしか話せないような事があったりしないとも限らない。
しかしニコルは困ったような顔で肩を竦めて、
「すぐにアルテミスが助けに来てくれたから」
「アー...アルテミスが!?」
なんでアーロンが?
「でも気付いたら、彼もどこかに行っちゃってて、お礼もまだ云えてないんです、私」
ニコルが目を覚ますと、周りは公爵家のボディガードだらけだった。場所はあのビルの倉庫のままだったので、そう時間は経っていなかったようだが。
「礼なら、イブラントへ行けばいい。たぶん、ベルトホールド伯爵経由で、アー...ルテミスが駆けつけたんだろう」
「アルテミス、ね。...そうね。その時に、あれを返すわ」
ニコルの視線を追うと、壁にジャケットが掛けられていた。
「あれ?」
もしやと思って近付いて見ると、ハリーにも見覚えがある、NHのスーツ。ハンガーごと手に取ると、ニコルが手を伸ばしてくる。
「NHのスーツなのに、見て。こんなにボロボロなの」
ニコルが示す箇所は、擦り切れたり切り裂かれたり、高級でなくてもスーツの傷みには見えない。
「なんでこんなに...」
アーロン何やってんだ?
ハリーの怪訝な顔をよそに、ニコルはジャケットを抱きしめた。
「変な人よ、アルテミス、て」
ほーんと、襟元引っ掴んで問い質したいね、イロイロと。
「年が明けてしまう前に、イブラントへ行こう」
「本当ですか!?」
ニコルはグリーンの瞳をキラキラさせた。
「それ以降はチャンスがないからな。できるのか、退院?」
「できますっ。抜け出してでも行きます!」
「ちゃんと退院してくれ。抜け出されたら今度こそ、君の兄上にぶん殴られるだろう」
「へーきですよ、兄なんて。偉そうなだけですから」
困ったお嬢様だ。
ハリーは窓に目をやる。日はとっくに暮れているし、そもそもブラインドが下りていて、外の様子は分からない。
「今夜は冷えるそうだから、温かくして休みなさい」
そう云ってハリーは立ち上がった。
「本当はハグしてお別れしたいわ」
「私もだよ。気持ちだけ」
珍しく、ウィンクで返すハリー。ニコルもいつになく神妙な面持ちで、
「ありがとうございます、殿下。ベルトホールド伯爵に連絡してくれて。少しでも遅かったら、どうなっていたか知れません」
「今日の事は忘れなさい。お祈りさえ忘れなければ充分だよ」
ニコルは殊勝な顔で頷いた。
王宮のどこかで、柱時計の音が一つ、鳴った。
ハリーはベッドの中で寝返りをうつ。
───今夜は冷えるな。
ニコルにもそう云ってあったが、彼の予想以上だ。
「変な人よ、アルテミス、て」
不意に、病院でのニコルの言葉が思い出された。
───NHのスーツ、ボロボロだったな。
愛用していてあんな風になったなら贈って良かったと思えるが、切り裂きとか、どんな場に着て行ってるのか...。
「眠れないの?」
背後から声がした。
息が止まりそうに驚いたが、声は、まるで体が覚えていた。
「アーロン...?」
ハリーは飛び起きて、子供のように抱きついた。上着を着ていないアーロンの体は、ワイシャツまで冷えていた。
「外から来たのか?」
「非常脱出口から」
数カ月ぶりに会ったのに、最初の話題がこれ?
「顔、見せて」
ハリーは頭を離して見上げた。月明かりに揺れるアンバーの瞳で、ヘーゼルの瞳を左右交互に見つめる。
アーロンは髪を伸ばしているのか、後ろで一つにまとめている。髪色もブロンドに変えていて、でもなんだか、昔からそうだったみたいに似合ってる。
ハリーは、指を愛しい頬に滑らせる。しっとりと、冷たい。
───目の前にオレがいるのに、発情しないのか?
指が唇に触れると、アーロンの頭部が傾き、迫ってくる。ハリーは顎を上げて、目を閉じた。
「ん、ふ...」
静かで暗い寝室に、チュッ、と音を響かせて離れる。遠い月の間接照明に負けないくらいに、ヘーゼルの瞳が金色に輝いてゆく。
「キス...だけ?」
途端に、金色の瞳が揺れ出す。
「優しくできないよ、ハリー?」
まるで初めての男の子みたいに、声まで揺らして、アーロンは云った。胸の高鳴りに、ハリーは頷く事しかできなかった。
ぐるりとハリーの視界が回り、乱暴に口付けられながら、パジャマを剥ぎ取られる。
ハリーの裸体を見下ろしながら、アーロンは性急に自分の服を脱ぎ捨てていく。最後に会った時よりまた少し、筋肉が付いて体全体が引き締まったようだ。
金色の瞳に射竦められ、ちょっとだけ、ハリーは怖くなる。野生の猛獣の餌食になろうとしているみたいな、生贄のような感覚。不安になって両手を伸ばすと、強い力で掴まれた。ベッドに押し付けられ、首筋を舐められる。アーロンの息は荒く、しかし必死に何かを抑えようとしているみたいだ。
アーロンは這わせた舌で小さな丘にたどり着き、片側の中心を思い切り吸った。
「あっ...んぅっ」
ハリーの身体を電流が駆け抜ける。痺れのようなチリチリとした痛みに、下腹部が熱くなっていく。
「ああ...」
アーロンはハリーの腕から手を離し、腰や脇腹の感じ易いところを、そっと、あるいはきゅっと撫でる。その度にハリーの腰がビクリと跳ねる。
「く、ん...はっ、ンん!」
アーロンの舌が離れると、ハリーの胸元が室内の空気に晒される。そして下腹部に、アーロンの荒い息が何度もかかる。
「ぁ...」
大きな手でハリーの両膝を立たせ、左右に広げる。頭上からハリーの恥じらう小さな声が聞こえてくる。それだけでも、アーロンの中心は固く張ってくる。
「あっ、はぁ...ん!」
柔らかいところから裏側を舐め上げられ、ハリーは自分の声を止められない。むしろ腰が動いてしまいそうで、シーツを強く握って耐える。
「ああっ、ダメ!」
頭をもたげた先端から、プクリと滴る透明な粘液を、アーロンはその長い指で掬い、離れない糸は絡め取る。その指を、ハリーの秘部に刷り込むように這わせた。
「あ、あ、はぁ...ん」
ハリーは声と息で力を抜こうとするが、久しぶり過ぎて上手くできてるか分からない。アーロンの指が少しだけ入るが、それ以上進まない。
「ひあぁっ!」
アーロンはもう片方の手で、ハリー自身を扱き出した。すると指が関節まで入り、内壁を探れるようになった。よく知った感じ易いところを刺激すると、ハリーの悲鳴がアーロンの耳に降ってくる。
「あ、ぁあっ、ダメ、ダメ、ぃやっ」
ハリーは自分で、軽くイッたのが分かった。内腿と後ろに少し力が入り、登りつめていたものが、少しだけ後退する。
「ぁあ、アーロン、アーロン!」
指を抜くと、ハリーが名前を何度も呼んだ。アーロンのずっと聞きたかった声が、今やっと耳に届いている。もう限界だった。アーロンは自分のモノを掴み、ハリーの後孔に押し当てた。充分に解されて、吸い付くように飲み込んでいく。
「あぁあ! はあ、っん、ぅむ、んあっ」
ずしりとした重量感と圧迫。擦られる刺激と快感。肌の密着する安心と幸福感。アーロンが腰を打ち付ける度に、指の先、髪の先端にまで、アーロンが染み渡ってゆく。
「ああっ、ひぅぅ、く、あ、アーロン、ん、ふ」
腰が止まらない。切なく眉を寄せるハリーの顔を見下ろしながら、アーロンは衝動を抑えられない。胸が張り裂けそうな程、切なくて愛しい。なのに自分の激しさが暴走する。絶頂に向かってひたすらに駆け上っていく。その頂に到達する瞬間、ハリーがきゅうっと締め付けた。
「くっ...ハリー...!」
「あぁあ、アーロン!」
ふたりで一緒に果てた。
それからアーロンは、タガが外れたみたいにハリーを抱き続けた。
いろんな角度に転がされ、三半規管で感覚を取り戻す間もなくまた体位を変えられる。あるいは揺さぶられ、仰け反り、大きなベッドを余すことなく支配した。
アーロンはまるでそれまでの時間を取り戻そうとするように、舌と指と唇を這わせ、舐め、撫で、吸った。ハリーは自分がどうなっているのか分からないまま、身も心もアーロンに委ねた。焦らされ、イカされ、強く優しく攻められた。
何度も意識を飛ばし、何度目かに気付いた時、体を清められ、ベッドまで整えられて、アーロンがベッドサイドでベルトのバックルをカチャカチャ鳴らしていた。
───帰っちゃうんだ。
そう思うと、胸がいっぱいになり、喉の奥が詰まって、涙が込み上げてきた。
───ダメだ。泣くなんて子供だ。アーロンが心置きなく帰れるように、笑って送らなくちゃ。
頭では解っているのに、涙は止まらない。
「ハリー?」
どうしよう。ちゃんと返事ができない。
涙を拭うハリーの手を取って、アーロンは抱き寄せた。
「泣いていいよ。前に云っただろ、オレの前では自由でいいよ、て」
───ズルいよ、そんなの! アーロンだって同じなのに。
ぎゅっと胸に抱きしめられ、ハリーはもう少しだけ泣いた。が、
「おかしいだろっ。本当はお前は怒って当然なのに!」
いつものハリーを取り戻そうとする。
「え、怒る...?」
「お前を放置したのはオレだ。迎えに行かずに置き去りにした。なのになんで、怒らないんだよ、アーロン!」
他に行くところもなく、頼るあてもない。家族も家もないアーロンを、あの時ハリーは捨てた。ボチェクに迎えに行かせ、イブラントに任せた。それを今更、帰るなとは、どれだけ勝手なのか。
ハリーの頭上でアーロンが、クスッと笑った。
「ハリーは泣いたり怒ったり、忙しいな」
ハリーは久々に、アーロンを犬みたいだと思った。捨てられても、顔を見れば尻尾を振って喜ぶ。アーロンも犬も、決して怒ったりはしない。
「どうしてお前は...」
「えーと、じゃあ、謝って」
アーロンの言葉に、ハリーは更に切なくなった。
「ばかぁ...」
謝んねえのかよ。アーロンはその実、夜明け前の気温と睡眠不足のハリーの体調が気になっていた。
「じゃあ、そのままでいいから聞いてね、ハリー」
そう云って、説明を始めた。
エッケハルトとその家族の事。フリートウッド家を継ぐのは誰が適しているか。それをヒエロニムスやヴァルターと話している事。アーロンが軍に追われている事。そして、ゲルステンビュッテル子爵の養子になった事。
「じゃあ、クリスマスに家族と過ごしたの、て...」
「イブラントでハリーに会えるの、楽しみにしてたんだけどね」
アーロンは肩を竦めながら云った。
「だってその養子縁組、て...」
そう、それは、単に貴族になる為のもの。だから跡継ぎのいない老人の一人暮らし、もしくは老夫婦に話をつけるのが通例。しかし相手に気に入られて、更に云う通りにしちゃうところがアーロンらしい。
ハリーもなんだか、話を聞いていろいろスッキリした。
「朝までまだ時間あるから、もう少し眠って、ハリー」
アーロンは、ベッドにハリーを寝かしつける。
「外、寒いぞ。気を付けろよ、アーロン」
「うん。ありがと」
「アーロン!」
ハリーはベッドの上で起き上がる。しかし、約束できない。
「ちゃんと寝るんだよ、ハリー」
アーロンはそう云って、シャワールームへ消えた。
ハリーは毛布を掴んで強く握る。
───必ずお前を迎えに行く!
そう云いたかったが、約束できない自分が不甲斐なかった。悔しさを紛らわすようにベッドに潜り込む。
待ってろよ、アーロン───。
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