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幸せなら良かった
7 三者三様
しおりを挟むハリーは応接室を出て、自室に戻った。
メイドが紅茶を出してくれたが、手を付けないまま、冷めていく。
ソファにかけ、大きなため息をついて顔を両手で覆った。その手の中で、ハリーはボチェクの先程の言葉に、眉をひそめる。
イブラントの冬の朝焼けは、絶景写真で有名だ。東にある湖から朝日が昇り、気嵐を照らして空気を黄金に染める。年に数回しか現れない現象で、幻の風景と詠われている。
───イブラントが、なんだと云うんだ?
黄金に輝く美しい靄の風景が脳裏に浮かぶ。実際は自分の目で見たのではなく、どこかで見た画像だが。
───黄金、か...。
ハリーは、すぐにでもカミルの見舞いに、と立ち上がった。
───あ、紅茶。
すっかり冷めてしまったカップを、あおるように飲み干した。音をたててソーサーに置く。
メイクルームに入りながら、執事を呼ぶと、
「たった今、ゲーゲンバウアー中尉がお見えになりましたが、どうなさいますか?」
「ヴェルナーが?」
軍との連絡将校のような役割を始めた中尉が、アポなしでどんな用事なのか?
「応接室か?」
「いいえ、執務室でお待ちです」
「会おう」
踵を返してメイクルームを出た。
ハリーはジャケットなしで、執務室に入る。ヴェルナーは廊下側のドアの前に、立ったまま待っていた。
「待たせたな、中尉」
「急な訪問を、お許しください、殿下」
ハリーにソファを勧められ、急いでハリーの呼吸に合わせて座った。
「何か、急ぎの要件かな?」
常にハリーはそうするが、この時も、先に口を開いて相手を促した。
「はい。先程耳に入った情報です。未確認ですが───」
「構わない」
生真面目なヴェルナーは、確認が取れていない情報には、いつもこの前置きをする。ハリーは先を促してやる。
「彼が、行方をくらましました」
「それは───」
確かなのか、と訊きそうになる。ヴェルナーは未確認だと云った。おそらく、どこでどういう経緯で、など、知る由もないだろう。
「それで、それ以外は、判らないんだな、ヴェルナー?」
「はい。今後、何か判ったらお知らせします」
ハリーが労うと、ヴェルナーはスッと立って、ドアへ向かう。その背中に、
「ボチェクは、この事を知っているのか?」
と訊いた。ヴェルナーは回れ右で真っ直ぐに立ち、
「はい。同じように伝えました。電話でのニュアンスですが、ご存知ではなかったものと思われます」
くるりと回って、中尉は出て行った。
ハリーはソファに座ったまま、ネクタイを緩めた。
───ボチェクの指示じゃない...?
ならばそれは、アーロンの意思なのか?
───ボチェクも知らないのか。
知っていたり、まして彼の指示なら、先程の応接室でのやり取りはもっと違うものになっていただろう。
ハリーは珍しく、髪をかき揚げ、掴んでは直す、を繰り返す。
───取り敢えずは、イブラントに行け、て事かな...。
行ったところでアーロンに会えるとは限らない。それどころか、アーロンはもう、全く別の場所へ行ってしまったかも知れない。
元々、スケジュールとしては、明日の午前中に、カミルを極秘に見舞う事になっていた。イブラントの視察の名目で。
カミルに合うしかない。───ハリーは執務室を出た。
この夜、本部に戻ったボチェクは軍の上層部に呼び出されていた。
「アーロン=ワイアットの行き先だぞ。上司のお前が知らないわけがないだろう」
呼び出された部屋に入るなり、頭ごなしに責められている。しかしボチェクは、
「イブラントでベルトホールド伯爵に面会したようですが、伯爵は駅まで送ったとの回答です。その時の運転手にも聞きましたが、駅に入って行ったのを見届けた、と云っていました」
飄々と答えるだけ。
「何故、イブラントに行かせたのかね」
「伯爵によりますと、医療や医療制度について、ランチがてら、話を聞いたのだとか。メイドや給仕のスタッフにも確認しました。間違いありません」
伯爵から呼び出された、という事にして、ボチェクはヴァルターと口裏を合わせている。もちろん、ハーロルトにも云い含めてある。
秘書らしき者が、上層部の一人に耳打ちする。
「侍従長から先程クレームがありました。『何を嗅ぎまわっているのか』と」
年寄り達は苦い顔をする。
「コチラで仕込んだGPSはどうしたんだ?」
先程遅れて来た一人がヒソヒソ質問し、部下が答える。
「こちらの調べでも、駅までは追跡出来ていますが、信号が途切れてしまいました」
───丸聞こえだぜ。...GPSか。大方、アーロンを入院させた時に仕込んだな。
どうやらアーロンは、イブラントの駅にいたのを最後に、行方が分からなくなっているらしい。もっとも、ボチェクだって情報解析室のトップだ。それくらいは確認している。ただ、その先はボチェクが手を尽くしても、知ることは出来ない。なにせ、解析する為の機器ごといなくなってしまったのだから、アーロンを探すことは不可能だ。この後戻ったら、防犯カメラを全て、解析しなければならないだろう。
上層部数人が、額を突き合わせてコソコソした後、
「アーロン=ワイアットは君の部下だ。君が責任を持って───」
「いいや!───」
真ん中の奴が遮った。「情報解析室は人員を削ったばかりで人手は割けないだろう。捜索はこちらで行う」
命令が下る前に撤回された。
───アーロンを逃したのは情報解析室だと思ってるんだろうな。
部屋を出て、ボチェクは本部の味気ない廊下を歩く。
窓の外は、高層階故に市街の上空を切り取っている。眼下にはさして広くないビル群の街並み。街灯などの灯りが寒さを引き立てる。すぐ外側には、緑の木々が迫っている筈で、今は真っ暗な空間があるだけ。東側は旧市街で、オレンジの光に彩られた、石造りの古い町並み。西側は住宅街になる筈だが、そこまでは、この窓からは見えない。
ボチェクは、出会った時からそうだったが、ヴァルターを高く買っている。その見立てに間違いはない。
だからあの時、アーロンに渡した紹介状には、何も書いてなかった。全てはヴァルターに任せた。
アーロンがラファエルと呼ぶあたり、知り合いには違いない。おそらくハリーを通して知り合ったのだろう。セカンドネームなのが少し引っかかるが、悪い仲ではない筈だ。
だから、ボチェクはヴァルターに、アーロンの事を一切任せた。この組み合わせでアーロンとハリーがどう近付くかは分からない。
しかしアーロンが出歩く時は、名前はもちろん、髪色や髪型を変える事はあるだろう。軍の捜索に引っかからないよう、巧くやって欲しい。
───ヴァルターが頼ってくるまで待つか。
軍の捜索をどうかわすか、ボチェクには傍観するしかない。
───あとは、アーロン、お前次第だな...。
ドアが控えめにノックされた。
それに応えてドアが開かれると、見知った顔に安堵のため息が溢れた。
「どうぞ中へ。お待ちしておりました」
通された部屋は、ホテルのスイートルームに匹敵するものだった。最初に目に入るのはベッドだが、手前には応接セットが構えている。続き部屋へのドアの向こうには、ゲストルームがある。そして反対側のドアの部屋は、シャワールームやバスルームまで揃っていた。
「済まないが君達は、席を外してくれないか」
ハリーが振り返ると、スーツの近衛兵が出て行く。その後に続くヴァルター。
「君は残りなさい、伯爵」
代わりに、メイドが出て行った。
「朝食はお済みですか、ハリー殿下?」
ヴァルターは簡易キッチンへ向かう。
「ああ。まだ日も昇らないうちにね」
答えながら、ハリーはベッドサイドの椅子にかけた。
心電図のパラメーターの波形は規則正しく上下している。室温は快適だが、片腕は布団の中。もう片方には、点滴の管が付いている。
「その点滴は、栄養剤なんです。───」
ヴァルターは慣れた手付きで、「紅茶をどうぞ、殿下」
「やっぱり、食事は受け付けないの?」
「副作用ですからね。仕方ありません」
応接セットに紅茶が置かれたが、ハリーはベッドを離れない。ヴァルターが先に座るわけにもいかず、ハリーの後ろに控える。
「...座れば?」
掠れた声は、カミル。ハリーは少年の白い頬に、指の背をそっと当てた。
「起きてたのか?───」
その眼差しのまま、振り返る。「座っていいよ、ヴァルター。その為に皆を下がらせたんだから」
「恐れ入ります」
そう云いながら、ヴァルターは座らない。カミルのサポートをしたいのだ。
カミルが声もなく、口をモゴモゴさせると、ヴァルターはベッドの反対側に回り、カミルに水を飲ませた。
───アーロンみたいだ。
ハリーは微笑ましく、ふたりを見ていた。それを見上げてカミルがハリーの名を呼ぶ。
「いろいろ、負担をかけるね、ハリー」
「義務なんだから、当然だよ。君達ふたりには及ばないくらいさ」
肩をすくめるハリー。ヴァルターへの労いも含まれている。
───すっかり角が取れちゃったな、ハリー。
話すのも辛いカミルは、胸の内で思った。子供の頃の叔父は、サッカーをしても、幼い皇太子にも容赦しなかった。
立場的に丸くなったのか、それとも相当な我慢を強いられているのか。
生まれてすぐ、本当の親から引き離され、それとも知らされずに大人になったハリー。実の兄が亡くなると、途端に義務を突き付けられ、従わざるを得なかった。そしてまた、更に大きな義務を背負わされようとしている。
カミルは生まれた時から、義務を擦込まれているから疑問はないが、ハリーは大人の勝手に振り回され続けている。
カミルは頑張って重い腕を上げた。
「彼なら、心配、いらない」
腕を取ったハリーは、アンバーの瞳を潤ませる。ヴァルターも、
「月はいつも、太陽を想っています」
と云って、微笑んだ。
ステファンは、覚悟を決めた。
こんなの、口に入れるとかあり得ない。しかしさっきまで、自分のがヤンの口の中にあった。思い出すと、自身が膨れて張ってくるのが分かった。
思い切って、口を大きく開けた。
「んむ...ん...」
───さっき、ヤンはこんな風にしてくれたっけ。
舌先を使い、型を取るみたいに丁寧になぞる。
「くっ...上手いな、ステファン」
熱い吐息とともに、ゲロルトの声が降ってくる。どんな顔でそう云うのか、ゲロルトを咥えたまま、ステファンは見上げてみた。
───ヤバい! ちょーかわいい!
相変わらずの子供っぽい顔に、悩殺されるゲロルト。そんな彼の表情に、ちょっと満足するステファン。
───ゲロルトのあんな顔、見たことない!
濃いブルーの瞳を潤ませ、気持ちよさそうに見下ろしている。
仕事は面倒で身の入らないような態度、発言は適当な感じで、でもどこか隙を見せないゲロルトが、きっと今、心も体も無防備で、蕩けきっている。
───もっと、気持ちよくさせたい。
ステファンはもっと深く、ゲロルトを飲み込んだ。
「ふ、ン、んむ...あっ!」
突然の刺激に、ステファンは口を離してしまった。
「ご奉仕してるステファンの、固くなってるよ」
ヤンが後ろから、ステファンを握った。大きな手で扱かれると、水音がする。
「あ、あっ、ダメ、ヤン!」
「俺より先にイきそうだな、ステファン」
蕩けていたゲロルトの顔が、もう冷静な表情に戻っている。逆に、欲しそうになっているのは、ステファンの方。
「あぁっ、ふ、んっ...」
目の前に曝されたステファンの濡れた舌に、誘われるようにゲロルトは口付けた。
「ゲロルトこそ、ステファンに咥えて欲しそうだね」
顔を上げたヤンがそう云って、ステファンを軽々と仰向かせた。
「あ、え、なに!?」
戸惑うステファン。その両腕はヤンに、両膝はゲロルトに、拘束されてしまう。そして無防備に曝された後孔に、ゲロルトの指が再び侵入する。
「あぁっ...!」
「まだそんなに時間経ってないから、すぐに入ったな、ステファン」
「や、いわな...で、そんなこ...ひぁあっ!」
ゲロルトはスッと指を抜き、自身を代わりに突き立てた。声とともに仰け反るステファン。
さっきと違うのは、最初から、ちゃんと良さを感じられている。
「ああっ、ぁんっ、っふ、あ、ふかっ、い...」
ゲロルトの動きとともに、ベッドが軋む。
「ちゃんと上手におしゃぶりできた、ご褒美だよ、ステファン」
「いや、も、ダメェ、あぁ」
ゲロルトはステファンの胸元にうずくまる。固く張る粒を、片方は指先で、もう片方は舌先で転がす。
「あ、いや、はぁん」
「その唇、欲しそうだね、ステファン」
半開きの唇から覗く舌先が、あまりにエロくて、ヤンはむしゃぶりついた。
「ふぁ、んむ、ん、ンんっ」
ヤンの舌に口内をかき回されて、ステファンの腰がぞわりとうずく。
「っ!...ヤンの舌で攻められて、締め付けてるぞ、ステファン」
「んんっ、ふ、む...」
何を云われても答えられず、ただ攻められ続けるステファン。迫る頂点の予感に、自ら腰を小刻みに揺らす。
───おかしくなる! もう、イカせて!
「ヤバい、俺もう余裕ないぞ、ステファン」
「はぁ...ん、き、て...ゲロルト!」
ラストスパートをかけるゲロルトの揺さぶりに、声なく悶えるステファン。
「あっ、は、あぁ、ああぁっ!」
そして間もなく、体を仰け反らせるステファンの中に、ゲロルトは欲を放出した。
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