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8 ―パーティーは苦手―
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ユリアーネに呼び出しを頼んでしばらくして、アーロンだけがカウンターにやって来た。
「呼んでくれて助かった。あいつら、本気で男出してきた」
手首をさすりながら、アーロンは上機嫌でハリーの隣に座った。
「退役軍人もいるんだぞ。気を付けろ、アーロン」
「解ってる。―――くそっ! オレの酒、どっか行った。マスター、いつもの」
「アーロン―――」
普段とテンションが逆転するふたり。ハリーは落ち着いたトーンで呼びかける。
「なに?」
「その後、どうなってる、ジョオと?」
少し、間が空く。
「...やっぱり、覚えてるんだ、ジョオのこと」
「そりゃ、覚えてるよ。ペータース邸で―――」
ハリーはショットグラスを傾けて、アーロンを見る。彼は複雑な表情をしていた。「大丈夫か?」
「あ、ああ。オレ、変な顔してる?」
ペタ、と顔に手を充てながら、だろうな、とアーロンは思った。
軍に拉致されたのを助け出してもらった時から、ジョオを思い出せている。もしかしたらジョオと親密になったからか、とも思ったが、ハリーが思い出せているのなら、理由は他にある。残念ながら。
「―――アーロン!」
大きな声で名前を呼ばれる。
「彼女の事になると、オレの存在を忘れる訳か。―――仲直りしたんだな」
「仲直り?」
「お前この間、彼女を怒らせて帰っただろ!」
「この間?―――ああ!」
軍に拉致された日の事を、ハリーは云っている。
「一昨日、来たよ、家に」
「ほお。それで?」
ジト目のハリーに気付かず、クスッと笑うアーロン。
「お前が思ってるような事は何もないよ」
「何も!?」
「あー、キスくらい」
―――してんじゃん、キス! 嬉しそうに!
「低体温症になってたから、温めてあげてたら、寝ちゃった」
「寝ちゃった、て、あのベッドで?」
アーロンの住んでいる部屋は、元々ハリーが、デートに使っていた部屋だ。
「一人で?―――な訳ないよな!」
「ふたりで」
「当然―――」
「ないよ、何も」
「温めてあげた...?」
「コーヒー飲ませて、シャワーで温めたら寝ちゃった」
「...」
ハリーはツッコミたい衝動を必死で抑え、無言になる。
すると隣で、アーロンが小さくため息をついた。
「ハリーは難しいな。オレとジョオ、くっついても怒るし、くっつかなくても機嫌悪いし」
この心理が説明出来るくらいなら、もっと自分をコントロールできてます。
「わかる気はする」
アーロンは、新しく出されたグラスを口元に持っていく。「―――オレも、ジョオが好きだから」
そっちかい。
「お前、オレのこと好きだろ、ハリー」
「酔ってんのか、アーロン」
「いや、疲れてる」
汗をかくグラスを額に充てるアーロン。「―――お前もジョオも好きなんだ。ふたりとも、守りたい」
「今のお前で充分だろ、アーロン」
「足引っ張ってるし。心配させたくない。けどオレ、ポンコツだから―――」
アーロンが弱さを見せるのは、珍しい。
「少なくてもオレより腕は立つだろ。ジョオには誰も勝てないんだから、鍛えたって―――」
「売っただろ、あじさいの城」
アーロンの突然の言葉に、黙って固まるハリー。
「ジョオと話してただろ、ハリー」
「聞こえてたのか」
アーロンには黙っているつもりだった。ハリーは開き直る。
「お前のためなら城の一つや二つ―――」
「あじさいの城一つしか持ってないだろ。―――あの城はオレも好きだ。観光客に晒されたくない」
「大丈夫だ。―――て、ジョオが云ってた」
「ああ。でも二度と、あの城は手放さないで欲しいんだ、ハリー」
「分かった。あの城はオレが守るよ、アーロン」
ハリーはおおげさに、両手を広げて見せる。
「ただ、―――」
ちょっと云いよどむ。「まだ、買い戻してないんだけど」
「それならジョオが―――」
「でも、話進んでるんだよ。今度のパーティーはあじさいの城を観光地化する為のスポンサー集めが目的なんだよな」
ハリーは招待状をアーロンに見せる。アーロンは何度も首を振る。
「オレ関係ないだろ。それに、パーティーなんて―――」
「アーロンは必ず来るから、て、ジョオが」
「じゃあ、行く」
なんでやねん。「―――てゆーかその話、いつしたの?」
「昨日」
「昨日!?」
「心配するな、元気だったぞ」
「どこで?」
「オレの...部屋」
「...ジョオって、ハリーの事も好きなの?」
「ないない! あり得ないね、女は―――」
云いかけて、ハリーはふと思い出す。「男のジョオなら...」
「男のって―――!?」
「ペータース邸で変身してくれた。かわいかった!」
「そんな...。オレだって見たことないのにっ。ズルいぞ、ハリー!」
久々にはしゃぐ、アーロンとハリーでした...。
フリートウッド家からの車は、時間通りにアーロンを迎えに来た。
「ありがとう」
運転手が開けたドアから乗り込もうとして、車内に先客を認める。
「ジョオ!?」
「どうぞ」
驚いて固まるアーロンを促すジョオ。それもその筈で、ジョオは珍しく―――いや、パーティーに出席するのだから当然、ドレッシーに着飾っていた。
「ジョオも化粧するんだな。見とれるよ」
「アーロンこそ、良いセンスね。ハリーの見立て?」
「アスコットタイが上手くいかなくて」
「鍛えて首が太くなったから、それにしたのね」
「まさか、ジム通いにこんな副作用があるとは思ってなかった」
持っているシャツの首回りがキツくなり、開襟で過ごしている。病院の仕事に差し支えはないが、フォーマルとなるとそうもいかない。
「アスコットタイで良かったのかな。フリートウッド公爵も出席するのに」
「アーロンはご挨拶だけだから、大丈夫」
「え、なんで挨拶するの!? ホストは政府環境局長のプラッツだろ」
「ちょっとした権威として出席してるから、公爵は」
「そもそもパーティーの趣旨にすら、オレ関係ないのに? 挨拶の必要ないだろ」
「ゴシップ誌でハリーとのことを書かれた事あるでしょ。だから私と一緒なら、ハリーとの事は事実無根だと証明できるチャンスなの」
「パートナーとして、紹介させてもらえる訳?」
「まあね」
疑わしい目でジョオを見る。
「ハリーに頼まれた?」
「いいえ。私からの心遣い、かな」
話の雰囲気から、ハリーに対しての、という意味になるだろうか。アーロンをパーティーに連れ出すことで、ハリーが喜ぶとすれば、だが。
アーロンはむくれて黙ってしまった。
―――なんだよ、心遣い、て。
「待って、アーロン」
車を降りると、歩き出そうとするのを引き止めるジョオ。アスコットタイを直してくれる。ライトアップされた建物の玄関先の明かりで、アーロンの襟元を真剣に見つめるジョオ。間近で見ると、ルージュをひいて、大胆に肩を出していて、いつもより...、
「大人っぽく見える?」
上目遣いで艶っぽく微笑むジョオ。とっさにアーロンはデコピンした。―――額の幼さが隠せてないね。
「よく来たな、アーロン」
エントランスまで、ハリーが出迎えた。ジョオの額を見て驚く。
「どうしたんだ、それ、赤くなってるぞ?」
「今、アーロンにやられた」
「子供かっ」
口を尖らせて、ジョオは肩をすくめる。アーロンは澄ました顔でエレベーターの扉の前に立つ。
「頼むから、公爵の前では大人しくしてろよ」
エレベーターに乗ると、ハリーは釘を刺した。「―――ふたりとも!」
パーティー会場に入るとしばらくは、ハリーのエスコートしたカップルが注目を浴びていた。
「あなたがDr.ワイアット?」
「本当にお医者様?」
「若くて―――誠実そう!」
以前、一度だけ、ハリーの新恋人として、アーロンがゴシップ誌にスクープされた事があった。そんなに最近の事ではないのに、覚えている人が取り囲む。
「こちらのレディも若くて、キュートね」
「失礼ですが、パートナーですか?」
「目下、攻略中です」
「なら、私にもチャンスはあるかな?」
などと挨拶が進む中、プラッツ政府環境局長自ら出向いてくれた。
「初めまして。お噂はかねがね...」
ゴシップ誌の写真では、一般人のアーロンの顔は晒されていないはずだが、アーロンが名乗る前から見知っているようだ。
「フリートウッド公爵も、もう間もなくいらっしゃる筈ですから、ご挨拶に行かれると良いですよ」
アーロンも負けずに営業スマイルで頷いた。そのくせ、その場を離れると、
「挨拶行けよ、て普通に云って欲しい」
「無茶云わないの」
意外なことに、アーロンは大人の挨拶が苦手。できない訳ではなく、好きとは云えない。
「オレはなんで来なきゃいけなかったの?」
まだ云ってる。
「ハリーの、貴族としての体裁?」
「もう一般人だろ、貴族と云えども」
「まあね。あと、スポンサーへの体面もあるかな」
同性愛者に対してはまだまだ認知の遅れた国だから。「―――宗教上の体面もね」
「いたいた。食べ物を追いかければ見つかると思ってたよ」
囲まれたことではぐれてしまっていたハリーが、アーロン達を探し出してくれた。
「挨拶は済んだのか、ハリー」
「大方ね。公爵が来たからオレはお役御免」
人に対して好き嫌いの激しいハリーだが、家柄的にパーティー慣れしているから、上辺だけの挨拶なら割りとスムーズ。
「あじさいの城の元所有者として、説明しなくちゃいけないんじゃないの、歴史とか」
「リーフレットにまとめたし、お祖母様も出席してるからいいんだ」
ニューエンブルグ城ことあじさいの城は、ハリーが成人する記念に、祖母から相続したもの。
「ジョオ! ケータリング食べ尽すなよ」
ハリーが釘を刺す。
「食べ尽す、て...」
「見たことないのか、アーロン!?」
「ないよ。てか、見たのか?」
「見た! お前が拉致られた時。お前目を覚ました時、レストランにいただろ」
「レストランにいたのも、ジョオが隣にいたのも覚えてるけど、沢山食べてたかどうかは見てない」
「エグかったぞ」
「あのお店、その気になれば食べ尽くせたけどね」
「今日はダメだぞ、ジョオ」
云われた途端、ジョオは泣きそうな顔になる。ハリーは対抗して「めっ」と睨んだ。
そこへ、すっとボーイのひとりがハリーに近づき耳打ちした。頷くハリー。
「公爵がフリーになるぞ、行こう」
フリートウッド公爵に近付くと人口密度が濃くなるが、何とか辿り着くと挨拶をする。
「Dr.ワイアット、あなたにはハリーが何かと世話になっているようで」
「早くお会いしたかったのよ」
「恐れ入ります。こちらこそ、御子息には何度も助けられています」
フリートウッド公爵は、ハリーが怖れている程には、気難しくはなさそうに見えた。ハリーの祖母も、おおらかで優しそうに見受けられる。
「こちら、可愛らしい方。奥様ね」
「まだです、お祖母様」
祖母の耳元で、急いで訂正するハリー。
「あら、そうなの? 成人なさってないのかしら?」
ハリーは思わず噴き出した。
「わたくしの方が年上ですわ、マダム」
「まあ、お若く見えるのね」
「彼女は東洋人ですから」
「東洋人?」
「日本人です、公爵」
少し驚いた様に、公爵は眉を上げる。
「それは、とても興味深い。是非ともお話を伺いたい」
「まあ、わたくしも是非、お話したいと思っていました」
「では、テラスでいかがですか?」
公爵はジョオの手を取って、ふたりで行ってしまった。ハリーの祖母も、他のゲストに呼び止められてそちらへ行く。残されたアーロンは、ハリーに肩を組まれて歩き出す。
「え、ちょっ、なんで―――」
「まあまあ。どうせケンカしてただろ」
「ケンカって程じゃぁ―――」
「いいから! アーロンがパーティーに出席するなんて滅多にないんだ。オレのハンティングにも付き合えよ」
「お前のハンティングに興味はない!」
「そう云うな。お前好みの少年もいるかも知れないぞ、アーロン」
「オレは今それどころじゃ―――」
立ち止まってハリーの組んだ手を外す。「第一、オレがここに来た意味」
「焦るなよ。ジョオにはまあまあ会ってるじゃないか」
それほどでもないけどね。
「お前の無実を晴らす為だって、ジョオから聞いたぞ、ハリー!」
「無実を証明できたとすれば、オレじゃなくて、お前の無実だ、アーロン」
意外に鈍いよね、アーロン。
「オレも、お前とナニがあったんならゴシップ誌に書かれても文句は云わないけど―――て、どこ行く、アーロン!」
「手を離せ、ハリー! 本当に次はいつジョオに会えるか分からないんだ」
「どうどうどう」
何故かハリーも食い下がる。「―――落ち着け、アーロン。パーティーの後で、ジョオと約束がある! お前も一緒だ。確実に会える」
そう云われてもまだ後ろ髪を引かれるアーロンを、ハリーも本気で説得にかかる。
「オレがなんで、ジョオの噂を知ってたと思う?」
「噂?」
「ペータースも、ジョオのことを『魔女だ捕まえろ』て怒鳴ってただろ。一個大隊潰したって噂もある、とか」
「...うん」
「どれ程の規模か知らないが、各国のセレブや軍事関係には、まことしやかにそーゆー伝説があるんだ。それって、ジョオは完全に記憶を消してないって事だろ」
「まあ、そーゆー事になる、かな」
「ジョオだって、生きていくには先立つものが必要だ」
3本の指を擦り合わせるハリー。
「そりゃあ、無一文では無理だろうけど...」
「公爵と話してつながりを持つのも、ジョオにとってはビジネスなんじゃない?」
実業家目線!
「―――て事で、今公爵との話の邪魔しちゃ悪いから、オレが、お前に付き合ってやるよ、アーロン」
という具合で、アーロンはうまいことハリーに云いくるめられてしまった。
「呼んでくれて助かった。あいつら、本気で男出してきた」
手首をさすりながら、アーロンは上機嫌でハリーの隣に座った。
「退役軍人もいるんだぞ。気を付けろ、アーロン」
「解ってる。―――くそっ! オレの酒、どっか行った。マスター、いつもの」
「アーロン―――」
普段とテンションが逆転するふたり。ハリーは落ち着いたトーンで呼びかける。
「なに?」
「その後、どうなってる、ジョオと?」
少し、間が空く。
「...やっぱり、覚えてるんだ、ジョオのこと」
「そりゃ、覚えてるよ。ペータース邸で―――」
ハリーはショットグラスを傾けて、アーロンを見る。彼は複雑な表情をしていた。「大丈夫か?」
「あ、ああ。オレ、変な顔してる?」
ペタ、と顔に手を充てながら、だろうな、とアーロンは思った。
軍に拉致されたのを助け出してもらった時から、ジョオを思い出せている。もしかしたらジョオと親密になったからか、とも思ったが、ハリーが思い出せているのなら、理由は他にある。残念ながら。
「―――アーロン!」
大きな声で名前を呼ばれる。
「彼女の事になると、オレの存在を忘れる訳か。―――仲直りしたんだな」
「仲直り?」
「お前この間、彼女を怒らせて帰っただろ!」
「この間?―――ああ!」
軍に拉致された日の事を、ハリーは云っている。
「一昨日、来たよ、家に」
「ほお。それで?」
ジト目のハリーに気付かず、クスッと笑うアーロン。
「お前が思ってるような事は何もないよ」
「何も!?」
「あー、キスくらい」
―――してんじゃん、キス! 嬉しそうに!
「低体温症になってたから、温めてあげてたら、寝ちゃった」
「寝ちゃった、て、あのベッドで?」
アーロンの住んでいる部屋は、元々ハリーが、デートに使っていた部屋だ。
「一人で?―――な訳ないよな!」
「ふたりで」
「当然―――」
「ないよ、何も」
「温めてあげた...?」
「コーヒー飲ませて、シャワーで温めたら寝ちゃった」
「...」
ハリーはツッコミたい衝動を必死で抑え、無言になる。
すると隣で、アーロンが小さくため息をついた。
「ハリーは難しいな。オレとジョオ、くっついても怒るし、くっつかなくても機嫌悪いし」
この心理が説明出来るくらいなら、もっと自分をコントロールできてます。
「わかる気はする」
アーロンは、新しく出されたグラスを口元に持っていく。「―――オレも、ジョオが好きだから」
そっちかい。
「お前、オレのこと好きだろ、ハリー」
「酔ってんのか、アーロン」
「いや、疲れてる」
汗をかくグラスを額に充てるアーロン。「―――お前もジョオも好きなんだ。ふたりとも、守りたい」
「今のお前で充分だろ、アーロン」
「足引っ張ってるし。心配させたくない。けどオレ、ポンコツだから―――」
アーロンが弱さを見せるのは、珍しい。
「少なくてもオレより腕は立つだろ。ジョオには誰も勝てないんだから、鍛えたって―――」
「売っただろ、あじさいの城」
アーロンの突然の言葉に、黙って固まるハリー。
「ジョオと話してただろ、ハリー」
「聞こえてたのか」
アーロンには黙っているつもりだった。ハリーは開き直る。
「お前のためなら城の一つや二つ―――」
「あじさいの城一つしか持ってないだろ。―――あの城はオレも好きだ。観光客に晒されたくない」
「大丈夫だ。―――て、ジョオが云ってた」
「ああ。でも二度と、あの城は手放さないで欲しいんだ、ハリー」
「分かった。あの城はオレが守るよ、アーロン」
ハリーはおおげさに、両手を広げて見せる。
「ただ、―――」
ちょっと云いよどむ。「まだ、買い戻してないんだけど」
「それならジョオが―――」
「でも、話進んでるんだよ。今度のパーティーはあじさいの城を観光地化する為のスポンサー集めが目的なんだよな」
ハリーは招待状をアーロンに見せる。アーロンは何度も首を振る。
「オレ関係ないだろ。それに、パーティーなんて―――」
「アーロンは必ず来るから、て、ジョオが」
「じゃあ、行く」
なんでやねん。「―――てゆーかその話、いつしたの?」
「昨日」
「昨日!?」
「心配するな、元気だったぞ」
「どこで?」
「オレの...部屋」
「...ジョオって、ハリーの事も好きなの?」
「ないない! あり得ないね、女は―――」
云いかけて、ハリーはふと思い出す。「男のジョオなら...」
「男のって―――!?」
「ペータース邸で変身してくれた。かわいかった!」
「そんな...。オレだって見たことないのにっ。ズルいぞ、ハリー!」
久々にはしゃぐ、アーロンとハリーでした...。
フリートウッド家からの車は、時間通りにアーロンを迎えに来た。
「ありがとう」
運転手が開けたドアから乗り込もうとして、車内に先客を認める。
「ジョオ!?」
「どうぞ」
驚いて固まるアーロンを促すジョオ。それもその筈で、ジョオは珍しく―――いや、パーティーに出席するのだから当然、ドレッシーに着飾っていた。
「ジョオも化粧するんだな。見とれるよ」
「アーロンこそ、良いセンスね。ハリーの見立て?」
「アスコットタイが上手くいかなくて」
「鍛えて首が太くなったから、それにしたのね」
「まさか、ジム通いにこんな副作用があるとは思ってなかった」
持っているシャツの首回りがキツくなり、開襟で過ごしている。病院の仕事に差し支えはないが、フォーマルとなるとそうもいかない。
「アスコットタイで良かったのかな。フリートウッド公爵も出席するのに」
「アーロンはご挨拶だけだから、大丈夫」
「え、なんで挨拶するの!? ホストは政府環境局長のプラッツだろ」
「ちょっとした権威として出席してるから、公爵は」
「そもそもパーティーの趣旨にすら、オレ関係ないのに? 挨拶の必要ないだろ」
「ゴシップ誌でハリーとのことを書かれた事あるでしょ。だから私と一緒なら、ハリーとの事は事実無根だと証明できるチャンスなの」
「パートナーとして、紹介させてもらえる訳?」
「まあね」
疑わしい目でジョオを見る。
「ハリーに頼まれた?」
「いいえ。私からの心遣い、かな」
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「よく来たな、アーロン」
エントランスまで、ハリーが出迎えた。ジョオの額を見て驚く。
「どうしたんだ、それ、赤くなってるぞ?」
「今、アーロンにやられた」
「子供かっ」
口を尖らせて、ジョオは肩をすくめる。アーロンは澄ました顔でエレベーターの扉の前に立つ。
「頼むから、公爵の前では大人しくしてろよ」
エレベーターに乗ると、ハリーは釘を刺した。「―――ふたりとも!」
パーティー会場に入るとしばらくは、ハリーのエスコートしたカップルが注目を浴びていた。
「あなたがDr.ワイアット?」
「本当にお医者様?」
「若くて―――誠実そう!」
以前、一度だけ、ハリーの新恋人として、アーロンがゴシップ誌にスクープされた事があった。そんなに最近の事ではないのに、覚えている人が取り囲む。
「こちらのレディも若くて、キュートね」
「失礼ですが、パートナーですか?」
「目下、攻略中です」
「なら、私にもチャンスはあるかな?」
などと挨拶が進む中、プラッツ政府環境局長自ら出向いてくれた。
「初めまして。お噂はかねがね...」
ゴシップ誌の写真では、一般人のアーロンの顔は晒されていないはずだが、アーロンが名乗る前から見知っているようだ。
「フリートウッド公爵も、もう間もなくいらっしゃる筈ですから、ご挨拶に行かれると良いですよ」
アーロンも負けずに営業スマイルで頷いた。そのくせ、その場を離れると、
「挨拶行けよ、て普通に云って欲しい」
「無茶云わないの」
意外なことに、アーロンは大人の挨拶が苦手。できない訳ではなく、好きとは云えない。
「オレはなんで来なきゃいけなかったの?」
まだ云ってる。
「ハリーの、貴族としての体裁?」
「もう一般人だろ、貴族と云えども」
「まあね。あと、スポンサーへの体面もあるかな」
同性愛者に対してはまだまだ認知の遅れた国だから。「―――宗教上の体面もね」
「いたいた。食べ物を追いかければ見つかると思ってたよ」
囲まれたことではぐれてしまっていたハリーが、アーロン達を探し出してくれた。
「挨拶は済んだのか、ハリー」
「大方ね。公爵が来たからオレはお役御免」
人に対して好き嫌いの激しいハリーだが、家柄的にパーティー慣れしているから、上辺だけの挨拶なら割りとスムーズ。
「あじさいの城の元所有者として、説明しなくちゃいけないんじゃないの、歴史とか」
「リーフレットにまとめたし、お祖母様も出席してるからいいんだ」
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「ジョオ! ケータリング食べ尽すなよ」
ハリーが釘を刺す。
「食べ尽す、て...」
「見たことないのか、アーロン!?」
「ないよ。てか、見たのか?」
「見た! お前が拉致られた時。お前目を覚ました時、レストランにいただろ」
「レストランにいたのも、ジョオが隣にいたのも覚えてるけど、沢山食べてたかどうかは見てない」
「エグかったぞ」
「あのお店、その気になれば食べ尽くせたけどね」
「今日はダメだぞ、ジョオ」
云われた途端、ジョオは泣きそうな顔になる。ハリーは対抗して「めっ」と睨んだ。
そこへ、すっとボーイのひとりがハリーに近づき耳打ちした。頷くハリー。
「公爵がフリーになるぞ、行こう」
フリートウッド公爵に近付くと人口密度が濃くなるが、何とか辿り着くと挨拶をする。
「Dr.ワイアット、あなたにはハリーが何かと世話になっているようで」
「早くお会いしたかったのよ」
「恐れ入ります。こちらこそ、御子息には何度も助けられています」
フリートウッド公爵は、ハリーが怖れている程には、気難しくはなさそうに見えた。ハリーの祖母も、おおらかで優しそうに見受けられる。
「こちら、可愛らしい方。奥様ね」
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「あら、そうなの? 成人なさってないのかしら?」
ハリーは思わず噴き出した。
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「まあ、お若く見えるのね」
「彼女は東洋人ですから」
「東洋人?」
「日本人です、公爵」
少し驚いた様に、公爵は眉を上げる。
「それは、とても興味深い。是非ともお話を伺いたい」
「まあ、わたくしも是非、お話したいと思っていました」
「では、テラスでいかがですか?」
公爵はジョオの手を取って、ふたりで行ってしまった。ハリーの祖母も、他のゲストに呼び止められてそちらへ行く。残されたアーロンは、ハリーに肩を組まれて歩き出す。
「え、ちょっ、なんで―――」
「まあまあ。どうせケンカしてただろ」
「ケンカって程じゃぁ―――」
「いいから! アーロンがパーティーに出席するなんて滅多にないんだ。オレのハンティングにも付き合えよ」
「お前のハンティングに興味はない!」
「そう云うな。お前好みの少年もいるかも知れないぞ、アーロン」
「オレは今それどころじゃ―――」
立ち止まってハリーの組んだ手を外す。「第一、オレがここに来た意味」
「焦るなよ。ジョオにはまあまあ会ってるじゃないか」
それほどでもないけどね。
「お前の無実を晴らす為だって、ジョオから聞いたぞ、ハリー!」
「無実を証明できたとすれば、オレじゃなくて、お前の無実だ、アーロン」
意外に鈍いよね、アーロン。
「オレも、お前とナニがあったんならゴシップ誌に書かれても文句は云わないけど―――て、どこ行く、アーロン!」
「手を離せ、ハリー! 本当に次はいつジョオに会えるか分からないんだ」
「どうどうどう」
何故かハリーも食い下がる。「―――落ち着け、アーロン。パーティーの後で、ジョオと約束がある! お前も一緒だ。確実に会える」
そう云われてもまだ後ろ髪を引かれるアーロンを、ハリーも本気で説得にかかる。
「オレがなんで、ジョオの噂を知ってたと思う?」
「噂?」
「ペータースも、ジョオのことを『魔女だ捕まえろ』て怒鳴ってただろ。一個大隊潰したって噂もある、とか」
「...うん」
「どれ程の規模か知らないが、各国のセレブや軍事関係には、まことしやかにそーゆー伝説があるんだ。それって、ジョオは完全に記憶を消してないって事だろ」
「まあ、そーゆー事になる、かな」
「ジョオだって、生きていくには先立つものが必要だ」
3本の指を擦り合わせるハリー。
「そりゃあ、無一文では無理だろうけど...」
「公爵と話してつながりを持つのも、ジョオにとってはビジネスなんじゃない?」
実業家目線!
「―――て事で、今公爵との話の邪魔しちゃ悪いから、オレが、お前に付き合ってやるよ、アーロン」
という具合で、アーロンはうまいことハリーに云いくるめられてしまった。
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「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【完結】かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜
倉橋 玲
BL
**完結!**
スパダリ国王陛下×訳あり不幸体質少年。剣と魔法の世界で繰り広げられる、一風変わった厨二全開王道ファンタジーBL。
金の国の若き刺青師、天ヶ谷鏡哉は、ある事件をきっかけに、グランデル王国の国王陛下に見初められてしまう。愛情に臆病な少年が国王陛下に溺愛される様子と、様々な国家を巻き込んだ世界の存亡に関わる陰謀とをミックスした、本格ファンタジー×BL。
従来のBL小説の枠を越え、ストーリーに重きを置いた新しいBLです。がっつりとしたBLが読みたい方には不向きですが、緻密に練られた(※当社比)ストーリーの中に垣間見えるBL要素がお好きな方には、自信を持ってオススメできます。
宣伝動画を制作いたしました。なかなかの出来ですので、よろしければご覧ください!
https://www.youtube.com/watch?v=IYNZQmQJ0bE&feature=youtu.be
※この作品は他サイトでも公開されています。
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