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朽ち行く花の後悔
桜家芝蘭
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雨音が響く中、雨車は傘を両手で握り学校へと急いでいた。
昨日唯理がいじめを解決することを確約した後、雨車は二つのことを頼まれていた。
一つは桜家と唯理が話せる機会を作ること。もう一つが、沢谷を変えてしまったきっかけが何かを探ることだった。
沢谷の家は貧しさからして、中学受験はしていない。そして雨車と同じ地元の公立高校に通っていることを考えれば大きく引っ越したというわけでもないはずだ。
ならば、中学校も学区内のどこかの公立であることが想像でき、おのずと沢谷を知る人物を絞り込める、というのが唯理の考えだった。
「うぅ、全然簡単じゃなかった……」
雨車が高校へと走っている理由、それは盛大に寝坊したからだった。
別に普段から皆勤賞を狙っているわけではなかったが、風邪でもない限り遅刻などしたことのない雨車にとって今回は大いに焦る出来事だった。
「今日の夜も時間潰れそうだなぁ……」
雨車が寝坊したのは夜遅くまで小学校の時の連絡網などをあさっていたからだった。
沢谷はそのカリスマ性から常に周りに人がいたし、何かと話題に上がる人物だった。
だからこそ、小学校の時の知り合いならば、沢谷がどこの中学に行ったのかわかるかもしれないと雨車は考えたのだった。
それ自体は名案であった。しかし、その作戦の欠点は小学生の時の自分のずぼらさをなめていたことだった。
「絶対友達の携帯の番号メモしたはずなんだけどな……」
友達と離れるのが寂しくていつでも連絡を取れるようどこかに番号をメモしたことは覚えている。
てっきり卒業文集かと思っていたが、そこには電話番号など載っておらず雨車は夜通し小学生の頃の私物をひっくり返す羽目になった。
眠気によってふらつく足で教室に入ったのは、一限目ももう半分まで終わったときだった。
どうしよう、やっちゃった……。
教室の後ろのドアを開けると、びくびくしながら視線を先生に向ける。
「お前が遅刻とは珍しいな。早く準備しろよ? 百六十五ページだ」
日々の態度のたまものかあまり怒られなかったことに雨車は胸をなでおろして、通学鞄を机に置いて荷物を整理する。
その時だった。二度目のアクシデントが起こったのは。
「……!」
何でないの!
雨車は心の中で叫びをあげる。カバンの中にはこの授業で扱う教科書が入っていなかった。確かに入れたはずだと雨車は記憶をさかのぼる。
しかし、そこで気づいてしまった。カバンに入れようと他の教科書とまとめて一緒に机に置いたまま、カバンに入れるのを忘れたことに。
どうしよう?
遅刻しておいて今更教科書を忘れたなんて口が裂けても言えない。しかし、このままではまともに授業も受けられない。
雨車がどうしようかと頭を抱えていると、横からすっと教科書が差し出された。
「一緒にみませんか? 雫ちゃん」
雨車は顔をぱっと輝かせる。
「ありがとう、芝蘭ちゃん!」
雨車は自分を救ってくれた恩人に頭を下げる。
短めのちょっと癖のある波打った黒髪に疲れたようなクマのある少女、桜家芝蘭は気にしないでと手で合図した。
雨車と桜家の最初の出会いは小学校の図工の授業だった。
ペアとなって一緒に絵をかくこととなり、それから意気投合して小学校を卒業するまでずっと一緒にいた。
同じキャラにはまって一緒にグッズ集めをしたこともあったし、学校のマーチングでは同じ楽器を選んだ。
中学生になると学校もばらばらになってしまい会う機会が減ってしまったが、それでも友達だという思いは変わっていなかった。
真面目でしっかり者で引っ込み思案だけどいつもいろいろなことを考えてくれる親友。それが芝蘭だ。そんな芝蘭のことを雨車はどうしても助けてあげたかった。
授業が終わると改めて芝蘭が話しかけてきた。
「雫ちゃんが夜更かしなんて珍しいですね。何かあったんですか?」
桜家の質問に雨車はびくっとする。さすがに芝蘭ちゃんをいじめから助けたくて夜更かししていたとは言えない。
その時はっと雨車の頭の中で光が走った。
「そういえば、芝蘭ちゃん小学校の時は沢谷さんと仲良かったよね?」
「確かにそうですけど……」
桜家は顔を暗くした。両手でスカートをきつく握る様子を見て、雨車はしまったと後悔する。
小学校の時の友達が今は自分をいじめているのだ。その人のことを考えるだけでもつらいはずだ。
「私勉強だけはできたから、沢谷さんとは話がよく合ったんです。それに雫ちゃんと同じクラスだったことは一回だけだったけど、沢谷さんと四回も同じクラスでしたから自然と仲は良くなりました」
桜家は顔を上げる。その顔はちょっと不安そうででも優しそうないつもの桜家の顔だった。
「それがどうかしたんですか?」
桜家の質問に雨車は恐る恐る質問をする。
「そういえば、沢谷さんどこの中学校だったかな、なんて……」
それを聞き、桜家は少し顔をゆがめて笑った。
「そんなことなら普通に聞いてくれてよかったのに。第三中学校ですよ」
桜家は優しく答えてくれた。しかし、その時の動作に一瞬雨車は違和感を感じた。
ちょっと安心してる?
中学校の三年は会えなかったとはいえ小学校の頃の癖を雨車は忘れていなかった。桜家は安心すると耳を触る。
なかなか表に感情を出さない桜家とコミュニケーション取るうえで雨車は何度もこの癖に助けられていた。
「次の授業は音楽ですよ。もう移動しないと」
桜家の言葉に雨車は頷いた。先ほど感じた違和感には少し引っかかったが、これ以上桜家に沢谷のことを聞くのはまずいと雨車は判断していた。
「音楽の授業は、木琴でしたよね? 小学校の時一緒にやったマーチングを思い出します」
桜家はうれしそうにわずかに口角を上げた。
「そうだね。懐かしいね」
つられて雨車まで笑顔になる。そうして二人は笑い合いながら教室を出ていった。先ほど感じた違和感はぽつりと教室においていかれていた。
昨日唯理がいじめを解決することを確約した後、雨車は二つのことを頼まれていた。
一つは桜家と唯理が話せる機会を作ること。もう一つが、沢谷を変えてしまったきっかけが何かを探ることだった。
沢谷の家は貧しさからして、中学受験はしていない。そして雨車と同じ地元の公立高校に通っていることを考えれば大きく引っ越したというわけでもないはずだ。
ならば、中学校も学区内のどこかの公立であることが想像でき、おのずと沢谷を知る人物を絞り込める、というのが唯理の考えだった。
「うぅ、全然簡単じゃなかった……」
雨車が高校へと走っている理由、それは盛大に寝坊したからだった。
別に普段から皆勤賞を狙っているわけではなかったが、風邪でもない限り遅刻などしたことのない雨車にとって今回は大いに焦る出来事だった。
「今日の夜も時間潰れそうだなぁ……」
雨車が寝坊したのは夜遅くまで小学校の時の連絡網などをあさっていたからだった。
沢谷はそのカリスマ性から常に周りに人がいたし、何かと話題に上がる人物だった。
だからこそ、小学校の時の知り合いならば、沢谷がどこの中学に行ったのかわかるかもしれないと雨車は考えたのだった。
それ自体は名案であった。しかし、その作戦の欠点は小学生の時の自分のずぼらさをなめていたことだった。
「絶対友達の携帯の番号メモしたはずなんだけどな……」
友達と離れるのが寂しくていつでも連絡を取れるようどこかに番号をメモしたことは覚えている。
てっきり卒業文集かと思っていたが、そこには電話番号など載っておらず雨車は夜通し小学生の頃の私物をひっくり返す羽目になった。
眠気によってふらつく足で教室に入ったのは、一限目ももう半分まで終わったときだった。
どうしよう、やっちゃった……。
教室の後ろのドアを開けると、びくびくしながら視線を先生に向ける。
「お前が遅刻とは珍しいな。早く準備しろよ? 百六十五ページだ」
日々の態度のたまものかあまり怒られなかったことに雨車は胸をなでおろして、通学鞄を机に置いて荷物を整理する。
その時だった。二度目のアクシデントが起こったのは。
「……!」
何でないの!
雨車は心の中で叫びをあげる。カバンの中にはこの授業で扱う教科書が入っていなかった。確かに入れたはずだと雨車は記憶をさかのぼる。
しかし、そこで気づいてしまった。カバンに入れようと他の教科書とまとめて一緒に机に置いたまま、カバンに入れるのを忘れたことに。
どうしよう?
遅刻しておいて今更教科書を忘れたなんて口が裂けても言えない。しかし、このままではまともに授業も受けられない。
雨車がどうしようかと頭を抱えていると、横からすっと教科書が差し出された。
「一緒にみませんか? 雫ちゃん」
雨車は顔をぱっと輝かせる。
「ありがとう、芝蘭ちゃん!」
雨車は自分を救ってくれた恩人に頭を下げる。
短めのちょっと癖のある波打った黒髪に疲れたようなクマのある少女、桜家芝蘭は気にしないでと手で合図した。
雨車と桜家の最初の出会いは小学校の図工の授業だった。
ペアとなって一緒に絵をかくこととなり、それから意気投合して小学校を卒業するまでずっと一緒にいた。
同じキャラにはまって一緒にグッズ集めをしたこともあったし、学校のマーチングでは同じ楽器を選んだ。
中学生になると学校もばらばらになってしまい会う機会が減ってしまったが、それでも友達だという思いは変わっていなかった。
真面目でしっかり者で引っ込み思案だけどいつもいろいろなことを考えてくれる親友。それが芝蘭だ。そんな芝蘭のことを雨車はどうしても助けてあげたかった。
授業が終わると改めて芝蘭が話しかけてきた。
「雫ちゃんが夜更かしなんて珍しいですね。何かあったんですか?」
桜家の質問に雨車はびくっとする。さすがに芝蘭ちゃんをいじめから助けたくて夜更かししていたとは言えない。
その時はっと雨車の頭の中で光が走った。
「そういえば、芝蘭ちゃん小学校の時は沢谷さんと仲良かったよね?」
「確かにそうですけど……」
桜家は顔を暗くした。両手でスカートをきつく握る様子を見て、雨車はしまったと後悔する。
小学校の時の友達が今は自分をいじめているのだ。その人のことを考えるだけでもつらいはずだ。
「私勉強だけはできたから、沢谷さんとは話がよく合ったんです。それに雫ちゃんと同じクラスだったことは一回だけだったけど、沢谷さんと四回も同じクラスでしたから自然と仲は良くなりました」
桜家は顔を上げる。その顔はちょっと不安そうででも優しそうないつもの桜家の顔だった。
「それがどうかしたんですか?」
桜家の質問に雨車は恐る恐る質問をする。
「そういえば、沢谷さんどこの中学校だったかな、なんて……」
それを聞き、桜家は少し顔をゆがめて笑った。
「そんなことなら普通に聞いてくれてよかったのに。第三中学校ですよ」
桜家は優しく答えてくれた。しかし、その時の動作に一瞬雨車は違和感を感じた。
ちょっと安心してる?
中学校の三年は会えなかったとはいえ小学校の頃の癖を雨車は忘れていなかった。桜家は安心すると耳を触る。
なかなか表に感情を出さない桜家とコミュニケーション取るうえで雨車は何度もこの癖に助けられていた。
「次の授業は音楽ですよ。もう移動しないと」
桜家の言葉に雨車は頷いた。先ほど感じた違和感には少し引っかかったが、これ以上桜家に沢谷のことを聞くのはまずいと雨車は判断していた。
「音楽の授業は、木琴でしたよね? 小学校の時一緒にやったマーチングを思い出します」
桜家はうれしそうにわずかに口角を上げた。
「そうだね。懐かしいね」
つられて雨車まで笑顔になる。そうして二人は笑い合いながら教室を出ていった。先ほど感じた違和感はぽつりと教室においていかれていた。
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