怪奇蒐集録

華月雪兎-Yuto Hanatsuki-

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 子供の時にテレビで観たオカルト番組の怪談特集。

 あれは子供心に相当ショッキングで、視聴者の体験談を基に作られた再現VTRがとにかく恐かった。

 丁度、浴室でのシーンがあったものだから、何か出るんじゃないかって、その日は一人でお風呂に入る事も出来なかった。


 だが、恐いもの見たさと言うべきか。

 人は未知なる物に惹かれるもので、その日をきっかけに少年は怪談話の蒐集にのめり込んだ。


 テレビでの怪談番組は一通りチェックしていたし、学校で幽霊の噂が出れば好奇心全開で首を突っ込む。

 大人になってもそれは変わらず、周りからは白い目で見られていたが、そんなの何処吹く風とばかりに今では立派な怪談蒐集家になっていた。


         ◆ ◆ ◆


〝ようこそ・・・魅惑の恐怖体験へ・・・〟


 PCのディスプレイには黒背景に赤文字で来訪者を歓迎する一文が踊る。

 我ながら何とも陳腐な迷文・・だ。

 男は自虐的にそう思った。

 勢いで作った怪談蒐集専門のウェブサイト。

 酔ったノリで作ったもんだから、そのお粗末な作りに自分でも溜め息が出る。

 だが、これが案外コアな層に刺さっているのか、思いのほか人気を博しているようだ。



「何か面白い投稿はあるかな、と」

 画面には掲示板のページが開かれている。

 そこには一般ユーザーからの恐怖の体験談や心霊関連の噂等々、怪談にまつわるエピソードが多数寄せられていた。

 大抵は何処かのサイトで読んだ事があるような拾ってきたエピソードが殆どだろう。

「俺くらいの怪談蒐集家になれば、本物かガセかなんて一発で分かるっつーの」

 そう呟くと、男は机に頬杖を突きながら大きな欠伸あくびをする。

 
 今日も二番煎じな作り物の怪談話で掲示板が盛り上がっているが、男はそれを興味なさげに無視すると、どんどんページをスクロールしていく。

 すると、一件の書き込みがふと目に留まった。

 日付を見ると三日前の書き込みらしい。

「こんな書き込みあったか?」


「〝連れて行ってあげる〟」


 何だこれはと、そのタイトルに男は首を傾げた。

 HNハンドルネームは〝アルカ〟となっている。

 本文は特に何も書いておらず、ただ何処かのウェブサイトのURLが貼られているのみ。

「おいおい。スパムか何かか?俺のサイトでやってくれるじゃねえか」

 男は舌打ちをすると、即座に新規投稿をクリックし、軽快にキーボードをタイプしていく。

「〝管理人です。掲示板にあやしいスパムの書き込みを発見。ウィルスに感染する恐れがあるので皆様お気を付けください〟っと。これで良いだろ」

 他のユーザーからのレスが書き込まれる。

「〝そいつ知ってる〟」

 他にも同じようなレスが複数散見された。

「何だ?こいつ有名人なのか?」


 書き込まれたレスを読んでみて分かった事だが、この〝アルカ〟と言うユーザーはネット上の様々な所に現れては今回のような書き込みをしている常習犯らしい。

 被害に遭ったユーザーからの報告によれば、このリンクから飛ぶと自身のアドレスにメールが届くようになっているみたいだ。

「うわあ・・・やっぱりじゃん。個人情報抜かれるとか最悪だな」

 他に情報はないものかと、更に他の書き込みにも目を通していく。

 そこで俺は気になるレスを見付けた。

「〝届いたメールを開いたらヤバい事になる〟」

「今度はメールがヤバイって話しかよ」

 怪しい書き込みに貼られた怪しいURL。

 そこから情報を抜かれて届いたメールがヤバくない筈もないだろうと心の中でツッコミつつ、文章はまだ続く。

「〝アイツが来る。逃げられない。だから絶対に開くな〟」

 そう書かれていた。

 あいつ?何処のB級ホラーだと思いつつ、ここまで来ると寧ろ釣りなのかとすら思えて来た。

「まぁ、でも・・・」

 マウスを動かし、ポインターを例のリンクに合わせていく。

「釣りだとしても怪談蒐集家としては確かめてみたいとこだよな。まぁ、ここは敢えて騙されてみるとしますかね」


〝カチカチッ〟

 クリックしてやった。

 ・・・はてさて、どうなる事やら。

 怪談蒐集家としての好奇心。

 そして、いけない事をした時のあのザワザワするような高揚感・・・思わず笑みが溢れた。


 ・・・・・・それなのに。

『404 Not Found』

「はあ?」思わず声が漏れる。

 これはつまり「このサイトは存在しません」と言う事を意味していた。

「何だよっ。期待させといてこれかよ!」

 肩透かしを食らった気分だ。

 まあ、画面を見ても特に変わった様子も無いし、勢いでクリックしたが、PCがウィルスに感染したとあったら大問題だ。

 何も無かったならそれはそれで良しとしよう。


 そう思った矢先、PCのスピーカーがメールの受信を知らせる。

 えっ、と男は驚いた。

 まさかと思いフォルダを開いてみると、そこには見知らぬアドレスからのメールが一件。

「マジかよ。本当に来た」

 メールを開いて良いものかどうか、一瞬躊躇われたが、ここまで来たら開けない選択肢は無い。

 恐る恐るカーソルを合わせ・・・左クリック。

 開いたメールには「こんにちは」と言う挨拶の一文だけが書かれていた。

「これだけ?」

 何かのファイルが添付されてる訳でも無ければ、リンクが貼られている訳でも無い。

「逆に薄気味悪いな。単なる悪戯って事か?」

 すると、またメールの受信音が男の耳に届いた。

 見てみると、先程と同じ宛先からのメール。


「〝悪戯じゃないよ〟」


 その言葉だけが本文に書かれていた。

 やはりファイルもリンクも何も無い。

 ゴクリと唾を飲む。

「す、すげえ偶然・・・だな」

 またメールを受信する。


「〝偶然じゃないよ〟」


 男は忙しなく顔を右へ左へと動かし室内の様子を確認する。

 特に変わった様子はない。

 ほっと胸を撫で下ろすと、次の瞬間、またタイミング良くメールが届いた。


「〝そこにはいないよ〟」


「おいおい、冗談じゃねえよ!」

 確信に変わった。

 こんな事有り得ない。

 だが、確実に誰か居る。


「〝冗談じゃないよ〟」

「〝嘘じゃないよ〟」

「〝怒るのはよくないよ〟」


 自分が何かを言う度、何かをする度に即座にリアクションを返って来る。

 一体誰が?冷や汗が額を滲ませる。

 その時、背後から何かの気配を感じた。

 思い切って振り返る。・・・だが誰も居ない。

 男は大きく溜め息を吐いた。

「良かった。気の所為か・・・」

 案の定、またメールを受信する。

「もう見ねえ。もう見ねえぞ」

 すると、今度はポケットの中のスマホが震えた。

 男は身体をびくりとさせる。

 恐る恐るポケットからスマホを取り出す。


〝新着メールが届いています〟

 まさかまさかと、メールを開く。


「〝気のせいじゃないよ〟」


「うわっ‼︎だ、誰だ!誰なんだよ.⁉︎」

 あまりの恐怖にスマホを放り投げ男は叫んだ。

 (恐い恐い恐い恐い恐い恐いっっ‼︎)

 心が恐怖に支配されていく。

 一秒でも早くこの場から立ち去らなければ。

 男は本能的に後退あとずさった。


 —————ドンッ・・・。


 何かに当たった感触。

 息を殺して・・・ゆっくりと振り返った。


 声にならない戦慄。

 くぐもった声を男は聞いた気がした。


「連れて行ってあげる」
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