僕はずっと一緒にいたかっただけなんだ

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木曜日

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「草先輩。お願いがあります…僕の名前、出すときに呼んでもらえませんか?」


 シャツ一枚の僕は冷たい机に腹ばいになり、角をぎゅっと握った。
 背後から聞こえてくる「わかった」という小さな声を、ぱちゅんぱちゅんと濡れた音がかき消す。


 草先輩の腰がだんだんとはやくなってきた。僕は足をピンと伸ばし、机ごと倒れないように踏ん張った。



 そろそろラストスパートだろう。僕は期待に胸を膨らませる。





 


 僕は、草先輩の、感情に流されないシンプルで飾り気のない声が好きだ。けれど、ただの後輩でしかない自分には、近くで声を聞くことなんてない。ましてや自分にだけ向けられた声なんて…



 そう思っていた矢先、たまたまウワサを耳にした。草先輩が、曜日ごとに恋人を募集する…そんなまさか!と思ったけれど………半信半疑で応募した。


 応募用紙にどうしてもの場合の曜日の指定欄があったけれど、僕は特に何曜日でもよかった。
 近くでこの声を聞くことができるのなら…自分だけに向けられた言葉を紡いだあの声が聞けるのなら…いつだっていい。僕は震える手で用紙に記入した。



 恋人になれると聞いたとき、僕は耳を疑った。このことを伝えてくれた副会長に何度も確認した程だ。



 これから木曜日が特別な曜日になる事実に、僕の心は舞い上がった。









 ………でも。
 しばらくして、僕は気づいてしまったんだ。


 恋人であるのは一週間のうちのたった一日、木曜日の、しかも数時間で。
 他の曜日は恋人ではなくて。でも遠くで見ていただけの後輩に戻るには既に知り過ぎていて。


 金曜日から水曜日の、僕と先輩の関係は、一体、なんなんだろう……


 時計の針の傾きで操られる僕と先輩の関係は、舞い上がった僕の心を一気に突き落とした。









 草先輩は名前を呼ぶと、ぐぐっと押し込み、僕の中に熱い物を放った。僕の身体の中から、どくどくと、脈打つ草先輩を感じる。


 草先輩が、僕の名前を呼んだ…


 淡々とした声が耳から入ってくる…脳内を駆け巡るその声で、耳からぶわぁと熱くなっていくのがわかる。


 草先輩はいつもこのとき、ぎゅぎゅっと腰を押し付けてくるのがクセだ。触れる肌が気持ちいい。
 でも、それはただのクセでしかなくて。


「…せん、ぱ、い」


 草先輩が入ってくる…先輩を今か今かと待っていた僕の身体の奥が、喜んでるのがわかる。その嬉しさが全身に駆け巡っていく。
 でも草先輩にとってはただの処理でしかなくて。


 先輩にとってはどうでもいいことなんだけど…
 でも、僕にとっては何よりもどんなものよりも大切なことなんだ。







 

 机に伏せて余韻に浸ろうとすると、背後にいた熱は消え去った。


 そうか、もう時間なんだ…


 なんの合図もなく、先輩は引き抜いた。先輩の形に広がった僕の奥は、先輩を追って閉じるまでに一瞬だけ空気に触れた気がした。

 ファスナーが上がる音がしたあと、すぐに遠ざかっていく足音。ガチャンという扉の音が、僕が教室に一人になったことを教える。
 僕はまだ熱い身体を机で冷やしながら、振り返ることなく、それを聞いていた。







 一週間の中に、恋人である時間と、それ以外の曖昧な時間があるけれど。
 今日が何曜日で、いま僕と草先輩がどういう関係なのか、なんて、どうだっていいんだ。




 耳から入って頭の中を駆け巡るこの声と、身体の中に残った草先輩。




 それだけが真実なんだ。











 僕はシャツのポケットから、カードサイズの透明のビニル袋を取り出した。



「草先輩。今日は、どこに行きましょうか」



 密閉されている袋の入口に親指を引っ掛け左右に引っ張り、音を立てて袋を開ける。それを片手に、僕は再び机に伏せた。口を開けた状態をキープするように袋を持ち、両手を後ろに回す。



「そろそろ時間ですよー、準備してくださいねー」



 僕はまだ甘くしびれる穴を広げるように指を沿え、下半身に力を入れた。



「ん…」



 先輩がゴポリと顔を出した。しかし排泄に似た刺激に僕は思わず身体に力を入れてしまう。

 粘度を持ったそれは、きつく閉じた穴の周りにじわりとあたたかく広がっていく。それがまるで先輩のあのクセのようで、僕は腰を震わせた。



「そうやってぎゅぎゅっと押し付けてくるの、クセですよね…好き、です……」



 草先輩がいたときは口にすることすらできなかったのに、今はスルスルと出てくる。好きを言葉にしてそれがまた自分の耳に返ることで、僕はやっぱり草先輩が好きなんだと自覚する。



「す、好きなん、です……あの、その、クセも、だけどっ、っ、…せ、先輩のことがっ!」



 もちろん返事が無いことはわかりきっている。

 でも、僕の頭の中には先輩の声が繰り返し繰り返し流れる。








 僕は小さな袋に白い先輩を迎え、ぶちぶちと音を立てて封をした。

 それを、そっと手のひらに乗せる。



 草先輩が、ここに、いる…



 頭の中に草先輩の声が響く。僕は手の中に、静かに唇を寄せた。








「あ、そういえば!僕、駅前に新しくできたお店が気になってて。今日オープンらしくて…先輩と行きたいなって思ってたんですよ!さ、行きましょ行きましょ~!!」



 僕は手を繋ぐかのように、まだあたたかい袋をそっと手で包みこんだ。








 こんなことしてる僕は、傍から見れば頭のおかしい奴に見えるだろう。

 そんなのわかってる。わかりきってる。




 でも。

 木曜日以外の曖昧な関係で心をすり減らす位だったら。



 頭に残る声と草先輩の一部…目の前にある確実なものに縋って何が悪い?




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