僕はずっと一緒にいたかっただけなんだ

金曜日 1

不快な表現が含まれる可能性があります。苦手な方はご注意ください。








  僕は熱い身体を床で冷やしながら、まだ整ってない呼吸で、後ろの草矢さんを振り返る。


  時計を確認した草矢さんは、無言で身支度を整えた。用のある場所以外は乱れていない制服だ。すぐに終わる。そして鞄を手にした後、振り返りもせず扉へ進んだ。


「あ、ありがと、う…ございま…した…また来週…」


  僕の言葉は草矢さんに聞こえていてもきっと無意味だ。

  ゴミ箱に落ちる丸めたティッシュの音だけが空しく響く。
  草矢さんはそのまま教室から出ていった。





  草矢さんは、この学校の生徒会長である。そして、大変な人気者で……曜日ごとに恋人がいる。


  僕は金曜日担当だ。くじ引きで決まった曜日だが、僕は偶然にも金曜日を引き当てた。週末を取れたのは我ながらなかなかラッキーだったと思う。明日は休みだ。このまま余韻に浸っていられる。


  そして…


  僕はミシミシと悲鳴を上げる関節をなだめながら、さっきよりも冷たくなった床から上半身だけ起こした。腕を伸ばし散らかった制服を集め、そして、下半身にぐっと力を入れ身につけた。


「草矢さん…草矢さん草矢さん草矢さん草矢さん」


  僕は優しく温めるように、両手を腹に添えた。


  ここに、草矢さんがいる…





  草矢さんは自分の周りで起きることに興味が無いらしく、いつも張り付けたような笑顔をしている。もちろん僕が目の前にいようとも変わらない。
  その笑っていない笑顔が、僕は堪らなく好きだ。


  草矢さんは、僕が望めば何でもしてくれる。ただし校内に限る。言うとすぐに彼は行動に移る。そしてなんの感情もなく済まされる。そのときでさえも、いつもの笑顔だ。そして時間が来ると無言で帰っていく。これが、毎週金曜日、放課後デートの時間。


  今日も、僕は草矢さんにお願いをした。しかし、このお願いは初めてする。


  草矢さんを、僕の中にください、と。


  普通だったら何かを期待するんだろう。けれど僕の心は、いつもの金曜日と変わらない。


  草矢さんは顔色一つ変えず、いつもの笑顔で「わかった」と言った。


  わかってる。
  何を言っても草矢さんのいつもの笑顔が変わることはないこと。
  さっさと帰る草矢さんを足止めできることは無いこと。





  草矢さんと一緒にいられる…


  いつもの金曜日と変わらなかった僕の気持ちは、身体の中に残してもらった草矢さんを感じ一気に高揚した。


  僕は鞄を肩に掛け、無人の教室を後にした。





  今にも踊り出しそうな心を抑え、途中、何度も何度も腹に手を当てる。甘い気持ちが全身に広がり、その度に落ち着き無い頬がますます緩んでいく。


  草矢さん…


  7人いる恋人の誰よりも一番になりたい、そんなことは思ってない。ただ、草矢さんと一緒にいたい、それだけだ。


  身体のなかでじんわり広がる草矢さんがいる。





  …このままずっと、僕の中で一緒にいられたらいいのに。


  薄暗い廊下を進む僕の腹に感じる違和感。しかしそんなものは無かったことにする。


  角を曲がり、階段にさしかかったとき。なんとしてもこのまま帰りたいと急いだのが仇になったのだろう。
  …僕の身体は段差を下る衝撃に耐えられなかった。


  一段進む毎に、じわっと広がる温かい水分。
  それが制服越しに外気に晒されすぐに冷たくなった。


  いやだ！いやだいやだいやだ！！！


  少しでも草矢さんを残したくて、左右の手は前後から必死に抑える。
  額に嫌な汗が滲み、鞄が肩からズルリと落ちていく。


  いや…だ……


  涙を滲ませながら、僕は冷たい階段にうずくまった。