【二度目の異世界、三度目の勇者】魔王となった彼女を討つために

南風

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還章⑦ オレ/俺

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□ □ □
 オレは、教会の地下から転送門の前に辿り着く。
 既に開かれた転送門からは、眩い光が溢れていて、何処に繋がっているのかは分からない。
 だが、門前にはメルルが立っていた。
 オレたちを待っていたようだ。

「……待っていたのか」

 問いかけると、彼女は小さく頷いた。

「きっと、来ると思ってた。ここから先は、魔王城の一室だ。気を付けてね」
「ああ」

 背後で、リリス様とゴンが動く。二人と視線を交わし、無言で頷いた。
 彼らは転送門に脚を踏み入れ、眩い光がその姿を飲み込んだ。
 続いて、オレも脚を一歩踏み込もうと――

「バル」

 静かな声に呼び止められる。
 なんとなく、彼女の言いたいことが分かった気がした。

「……どうした」

 メルルの瞳が揺れている。意を決したように、唇が開かれる。

「絶対に、死なないで。キミたちが死んだら、彼の心は擦り切れてしまう」
「――今のオレたちは、リリス様を護るために行くのだ。それに、奴はそんなことを気にはしないだろ?」

 メルルの表情が曇る。おそらく、求めていた答えでは無かったんだろう。

「…………」

 言葉に出来ない、彼女の声色からはそう伝わった。

「……言うなと言われているのだろう。なら、仕方がないんだ。行こう」

 メルルは、顔を上げた。
 オレは、頷く。
 光の中に脚を踏み込んだ。


□ □ □
 メルルを置いて、転送門を通ると、魔王城の一室だった。
 ここは……応接間といったところか。
 アリアスタ村の教会連中が、ここで情報を提供していたのだろう。

 転送門から眩い光が放たれる。
 中から出てきたのは、ゴンザレスと……リリスだ。

 ゴンは、待ち構えていた俺と目が合うと、睨んできた。
 リリスとは……一瞬、視線が交差する。不安そうな表情だ
 だが、俺はすぐに視線を外す。

 しばらくして、バルムンクとメルルが現れた。
 ……バルムンクには、酷いことをした。
 でも、こうするしか無かった。

 メルルが口を開いた。

「この部屋を出て、真っ直ぐだ。そこに、玉座の間はある」

 彼女は応接間の扉を開ける。
 続いて、ゴンとリリス、バルムンクが追う。

 俺は先行く仲間たちの、背中を見る――仲間。彼らはもう、そう思っていないだろうな。
 一瞬、バルムンクが振り向いた。
 彼は何も言わない。
 目を合わせないようにする。

「――――」

 俺は脚を大きく踏み出す。
 最後に、メルルが俺を見つめた。
 遠心力で、ふんわりと銀髪が靡く。
 彼女の眼が、俺を射貫いた。

 思い起こされるのは、だ。


□ □
『作戦会議の続きは、ベッドでしよっか?』
『このエロ女!』
『ひひ』

『……時魔術で、俺は一度目に転移した瞬間に戻る。まずは、メルルを見つけたいと思う』
『キミがこの世界に転移してきてからの数日間なら、私は王国酒場の裏路地で情報収集をしているはず。私を見つけたら、記憶を読ませるように誘導して。私は何があっても絶対に、イサムの味方になる』
『分かった。必ずメルルを見つける。でも、いいのか? 三年前のメルルと今のメルルは違う……』

『大丈夫。記憶は共存する。……そんな顔しないでよ。イサムと出会って、私の空洞は埋められたんだ。今の私になるのが早いか、遅いかだけだよ。私だって、私の言葉なら信用するし』
『……うん――じゃあ、また会おう』
『また後で、ね』

□ □

□ □ □

 俺たちは目を合わせながら、同時に頷いた。
 そうだ。俺はもう、失敗しない。

 二度と、リリスを竜魔王にはしない。
 その為には、様々な条件が必要だった。


 ①ゴンが自ら選択できるようにする。
 彼が最初に成長することで、バルムンクとリリスの二人を制御できると考えた。
 ゴンザレスが一番、大人だから。俺なんかよりもずっと。

 一度目では、彼が俺を頼りにしてくれたのが嬉しくて、全ての選択に関わってしまった。
 だから、『戦士の里』の諍いでは、ゴンに選択を委ねた。彼はずっと、俺に選択を委ねていたから。

 さっき、彼に睨まれた衝撃が抜けない。
 ゴンに嫌われるのは、辛い。


 ②バルムンクの『勇者』の呪いを解く。
 ……俺の脳内に、彼が死んだ瞬間が思い起こされる。二度と、あんな思いはしたくない。

 一度目、俺たちはウェルバインド領に寄らなかった。
 それはつまり、彼がリリスの騎士を続けるということだ。
 彼女のイエスマンとなる。

 リリスを愛していることを自覚せず、彼女が俺を愛したことを、認めてしまった。
 それが問題だった。
 彼女を止められる存在が居なくなる。

 重ねて、命を投げ捨ててしまうほどに、俺に入れ込んでしまう。
 だから俺は、二人の依存先をお互いにしようと画策した。
 ……画策とは言ったけれど、俺は二人が好きだった。

 最初、二人は好き合っていたはずだ。
 だから、くっ付いてくれれば一番嬉しい。そんな気持ちがあった。

 だけどこの世界でも、俺はバルムンクに踏み込みすぎた。
 それに気が付いたのは、ウェルバインド城でバルムンクの部屋に行ったときだ。

 だから、切り捨てた。『結束の紐飾り』を捨てて。
 胸が締め付けられた。
 でも、やるしかなかった。
 下手をすれば、竜魔王の征伐後に、彼が『魔王』となる可能性があったからだ。
 だから、バルムンクには『ウェルバインド領』という帰る場所が必要だった。
 リリスには『バルムンク』という、愛すべき人が必要だ。
 二人の間に、俺は要らない。


 ③リリスとの接触に注意する。
 前述した通り、バルムンクがリリスとくっ付けば、気にすることは少ないはずだ。

 だが、問題は最初だ。
 初日以降、彼女とは関わりすぎてしまう。
 彼女は好奇心旺盛だからだ。極力、彼女には触れない方面で動いた。

 一度目では、彼女は根気強く、俺に言葉を教えてくれた。
 だから、触れあい過ぎてしまった。それが、リリスを『竜魔王』にした要因の一つだ。

 正直、彼女が魔王城まで来るとは予想していなかったが。
 最終的にそれがどう転ぶか、分からない。


 最後に、メルル。
 俺はどうしても、彼女の過去を救ってやりたかった。
 でも、余計だったんだろうな。彼女は、強かった。前を向いたんだ。
 加えて、俺の手助けもしてくれる。
 俺には勿体ない人だ。本当に、ごめん。


 ――彼らが俺に寄りかかってしまった理由の一つに、『魔器』の存在がある。
 魔器は強力な力を持つが、持ち主の感情を肥大化させてしまう。
 だから、魔器を極力入手しないルートを進んだ。
 偶然見つけないように、魔器が封印されている遺跡や廃都なんかは全て無視した。
 エイハ以外の魔器を入手することは、頭から捨てた。

 メルルの持つ魔杖エイハは、時魔術の再現に必要なもの。
 ……彼女の脳内には、既に時魔術の設計図がある。
 最悪――もう一度、世界をやり直すことができる。
 だけど、極力そうしたくはなかった。

 メルルの負担が大きすぎるからだ。
 何重にも重ねられた俺たちの記憶が、メルルに雪崩込む。繰り返してしまうと、彼女が廃人となってしまう。

 それだけは嫌だ。俺の愛する人を、そんなことにはさせない。
 だから、ここで終わらせる。
 でも、仲間の誰かが死んだら、俺はきっとやり直すだろう。
 だからごめん。いま、謝らせてほしい。もし君が壊れてしまったら、俺も死ぬよ。


 『魔器』が一つしか無い竜魔王戦。
 恐らく、連携は上手くいかないだろう。
 ゴンとリリス、バルムンクは、オレと連携したがらないと思う。
 ……失敗だったかな。いや、これで良い。

 多分、竜魔王は最初、遊ぶつもりで戦うだろう。
 こっちには魔器が一つしかないからな。

 それでも強大だ。
 隙を見つけ、俺は生命力を使用し、聖剣を全解放する。
 これで、勝つ。
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