猫は恋したので、カフェに行く(仮)

月詠世理

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急なことでずるくて嬉しい(8話)

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 他の人よりは動いてないだろうに疲れた。慣れれば変わってきそうだが、それまでが大変そう。山城先輩も奥村先輩も手が空いた時に優しく教えてくれた。聞いたことを全て覚えられたという自信はない。状況を判断して二人のように素早く動けるかも。メモが書ける時にたくさん書き込みはした。

「今日はお疲れ様」
「あ、お疲れ様です。奥村先輩」
「猫宮さん、僕たちは同い年だし、先輩・・呼びじゃなくても大丈夫だよ。ムズムズするし、気軽に呼んでもらえるかな?」

 奥村先輩の提案に戸惑う。呼び方を変えるのはありだとはか思うが、呼ぶ時に緊張しそうだし、悩む。思い切って名前呼びでもしてみるのが良いだろうか。いや、無理。モタモタして返事をせずにいたためか、奥村先輩に顔を覗き込まれた。その近さにヒュッと息を呑む。

「困らせちゃった?」
「だ、だ、だ、大丈夫です。問題ないですよ? お、奥村くんと呼ばせていただきます。でも! カフェ内では奥村先輩でお願いします」
「すぐには難しいよな。かえでちゃん。慣れてきたら、もっと砕けた感じでもいいからね!」
「か、かえで、ちゃん」

 ちゃん付けはされているもののいきなり名前呼びされて照れる。ときめきに胸を押さえた。

「あれ? どうかしたの? もしかしてダメだった?」

 悲しげな表情と首を傾げる仕草が胸に刺さる。その破壊力といったら――守ってあげたくなるような儚さだ。不謹慎だとは思うが、写真を撮りたいくらい。それが無理だから目に焼き付けて、心のメモリーに残しておく。永久保存確定ものだ。私自信、もう何を言ってるのかわかってないけど。

「だ、だめじゃないです。……かえでちゃん、って呼んでください」
「あ、よかった。じゃあ、これからそう呼ばせてもらうね。よろしく、かえでちゃん」

 好きな人に名前呼びをお願いするなんて、恥ずかしすぎる。呼ばれるだけで胸がドキドキするのに。私、これから先、生きていられるだろうか。お仕事の時も冷静ではいられなさそう。やっぱりやめておくべきだったかもしれない。でも、あの表情を見たら断りづらい。しばらくは身がもたなさそうだ。慣れるまでの辛抱。慣れそうにないけど。せめて、お仕事中は気を緩めずに、接しよう。奥村先輩から逃げずに最後まで話せるようにもなりたい。

***

 寮の自室に着くと、青っぽい灰色っぽい中くらいの長さの髪が見えた。同室の子だ。扉の音に気づいただろう彼女は振り返る。切れ長の薄紫の目が私を見る。

「今日はどうだった?」
舞凛まりちゃん聞いてー。全然だめだったの。仕事のことでお話はしたよ。あ、あと……呼び方が……」
「ふーん、良かったね。全然じゃないと思うよ。同じところにいるだけでも進んでるって。ウジウジ悩むより行動したから今があるんでしょ?」
「舞凛ちゃん!!」

 興味なさげではあったけれど、ちゃんと話しを聞いてくれている。嬉しいことも言ってくれた。
入学式の時に仲良くなって同室でもあった子。面倒見の良いお姉さんのような人で私の友達だ。

「――かえで、気をつけなよ。かえでが好きな人、学園で人気だから」

 それは不穏な警告であった。
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