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閑話:過去のあるひととき
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雫が水に吸い込まれていく。水は波紋を作り、模様を広げた。それは少しの時が経つと落ち着き、まっさらな水となった。
突然、水が形作る。水は天に昇るように長くなった。その後、弾けるような音が辺りに響く。現れたのは龍ではなく、白の印象が残る若い男。黄金の光が煌めく瞳は目を惹かれるものがあるだろう。
その男はおかしなことに水の上に立っていた。
「最近、暇すぎる。寝る前に人間をこまらせてやろうか。土砂降りの雨を降らせるか、しばらくの間は雨を降らせないようするか。どちらにしろつまらぬな」
「あら、水神様。人々を困らせるのはやめてくださいね。あっ! そうです、私とお散歩していただけませんか?」
「レイラ。いつからそこにいた? それとなぜ散歩をすることになるんだ?」
「水神様、私は水神様が湖から出てくるその瞬間を見ていましたよ。なので、その前からいたということですね」
漆黒の長い髪が風に揺れている。雪のような白い手が袖から見えていた。澄んだ黒い瞳は愛しいものを見るようで、その瞳に映っているのはきっと若い男なのだろう。一心に水神様と呼んだ男を見つめていた。赤い唇は小さな笑みを浮かべている。そのレイラと呼ばれた女は、若い男がいる方へ近づいていく。
「濡れるぞ?」
「では、水神様が私のところへ来てください」
「む、なぜその言葉を聞かないといけない。私は――」
「だって暇なのでしょう? 私は水神様とひっそりお散歩したいです。私のささやかなお願いを叶えてください」
「一人で散歩すればよいだろう?」
男に「濡れる」と言われた女は動きを止め、男へお願いをした。男の返答は女にとっては好ましくないものであったのだろう。女は唇を尖らせた。
「こんなところで照れ屋なところを見せなくてもいいじゃありませんか! 私は水神様と一緒にいたいのです!! いつもこの湖でおしゃべりするだけなのですから、少しは水神様と別の場所へ行ってみたいのです」
男はそれを聞き、「どこが照れたと言うんだ」と言った。そして、うっすらと笑う。
「話すだけではないだろう? 私なりにレイラに愛情を向けていたのだがな」
「え?」
湖の上に立っていた男は立ち止まっていた女へ近づく。女の手を引き、自身の体へ寄りかかるようにした。そのうえで女を抱擁する。
「レイラ、好きだ」
男は女の耳元で囁いた。女はそれを聞き、頬を赤く染めた。また、耳も真っ赤であった。
「な、な、な、なん○×△※□♢※!?」
「ふっ、可愛いな。私の恋人は照れ屋なようだ。レイラこっちを向け」
女はゆっくりと顔を上げ、伺うように男へ自身の顔を向けた。男は女が自身の方へ顔を見せた瞬間を狙って唇を寄せる。束の間、二人の唇は合わさった。
「……すいじんさま、もう十分です。恥ずかしい」
「初なことだな。いつもしていることだろう? そろそろ慣れたらどうだ?」
「い、一生、慣れることはありません!!! 馬鹿ーー!!」
女は男の腕から抜け出し、どこかへと走り去っていった。一人残った男は呟く。
「この私に馬鹿と言えるのはレイラだけだ。だが、またそんなことを言わないように仕置きしなければ、な。そのあとに一緒に散歩という願いを叶えてやろうか」
不敵な笑みを浮かべ、よからぬことを考えているであろう男を見るものは誰もいなかった。もちろんその声を聞いたものも。
突然、水が形作る。水は天に昇るように長くなった。その後、弾けるような音が辺りに響く。現れたのは龍ではなく、白の印象が残る若い男。黄金の光が煌めく瞳は目を惹かれるものがあるだろう。
その男はおかしなことに水の上に立っていた。
「最近、暇すぎる。寝る前に人間をこまらせてやろうか。土砂降りの雨を降らせるか、しばらくの間は雨を降らせないようするか。どちらにしろつまらぬな」
「あら、水神様。人々を困らせるのはやめてくださいね。あっ! そうです、私とお散歩していただけませんか?」
「レイラ。いつからそこにいた? それとなぜ散歩をすることになるんだ?」
「水神様、私は水神様が湖から出てくるその瞬間を見ていましたよ。なので、その前からいたということですね」
漆黒の長い髪が風に揺れている。雪のような白い手が袖から見えていた。澄んだ黒い瞳は愛しいものを見るようで、その瞳に映っているのはきっと若い男なのだろう。一心に水神様と呼んだ男を見つめていた。赤い唇は小さな笑みを浮かべている。そのレイラと呼ばれた女は、若い男がいる方へ近づいていく。
「濡れるぞ?」
「では、水神様が私のところへ来てください」
「む、なぜその言葉を聞かないといけない。私は――」
「だって暇なのでしょう? 私は水神様とひっそりお散歩したいです。私のささやかなお願いを叶えてください」
「一人で散歩すればよいだろう?」
男に「濡れる」と言われた女は動きを止め、男へお願いをした。男の返答は女にとっては好ましくないものであったのだろう。女は唇を尖らせた。
「こんなところで照れ屋なところを見せなくてもいいじゃありませんか! 私は水神様と一緒にいたいのです!! いつもこの湖でおしゃべりするだけなのですから、少しは水神様と別の場所へ行ってみたいのです」
男はそれを聞き、「どこが照れたと言うんだ」と言った。そして、うっすらと笑う。
「話すだけではないだろう? 私なりにレイラに愛情を向けていたのだがな」
「え?」
湖の上に立っていた男は立ち止まっていた女へ近づく。女の手を引き、自身の体へ寄りかかるようにした。そのうえで女を抱擁する。
「レイラ、好きだ」
男は女の耳元で囁いた。女はそれを聞き、頬を赤く染めた。また、耳も真っ赤であった。
「な、な、な、なん○×△※□♢※!?」
「ふっ、可愛いな。私の恋人は照れ屋なようだ。レイラこっちを向け」
女はゆっくりと顔を上げ、伺うように男へ自身の顔を向けた。男は女が自身の方へ顔を見せた瞬間を狙って唇を寄せる。束の間、二人の唇は合わさった。
「……すいじんさま、もう十分です。恥ずかしい」
「初なことだな。いつもしていることだろう? そろそろ慣れたらどうだ?」
「い、一生、慣れることはありません!!! 馬鹿ーー!!」
女は男の腕から抜け出し、どこかへと走り去っていった。一人残った男は呟く。
「この私に馬鹿と言えるのはレイラだけだ。だが、またそんなことを言わないように仕置きしなければ、な。そのあとに一緒に散歩という願いを叶えてやろうか」
不敵な笑みを浮かべ、よからぬことを考えているであろう男を見るものは誰もいなかった。もちろんその声を聞いたものも。
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