水神の棲む村

月詠世理

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24話

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 目の前が真っ赤に染まった。目の前に映る光景、男と女の逢瀬を脳に焼き付けた。男が一言呟く。

「許さない」

 硬く握り締めた拳からは血が滴り落ちていた。


 一方通行の恋情。一歩間違えれば、人を傷つける方向へと天秤は傾く。人を陥れるのはなんて簡単なのだろうか。人の心の隙を突けば、容易に思い通りに動いてくれる。
 一人の女は、薄暗闇の中でうっとりと微笑んでいた。

「ねぇ、カイト! そんなに怖い顔をしてどうしたの?」

 
 そこから先へと話は続かなかった。

「今回はここまでだよ」

 先程まで、過去の話をしていた。生贄という制度の解明するために。だが、どういうことなのだろうか。

「ねぇ、生贄についての全容が見えてこないわよ」
「ククリ。そんなに急いで全て話せることじゃないんだよーー。それに、もうそろそろある事が起きそうだからね」

 何か思っても見ない事が起こるのだろうか。それを聞こうと思ったが、水神が私よりも先に口を開いていた。

「人間だ。私の湖までやってきているようだな。どれだけの人数で来たのか、ゾロゾロとたくさんいる」
「えっ……? どうしてわかるの? 湖から離れてるよね?」
「はぁ、私の領域だからわかるのだ。面倒な説明はしたくないから、足りない頭で考えろ。だが、人間にあの場に踏み込まれては困るな。何をする気なのか……」
「流石、水神様!! 死にかけで力のなかったポンコツだったけど、やっぱりちゃ~んとした神様なんだね! もう、もったいぶらないでよ。人間が何をする気かなんて考えなくてもわかるはずだよ? あなたを陥れるために動いて……」

 少年の話の途中であるが、水神は彼を鋭い目つきで睨みつけた。彼の嫌味ともとれるその言葉は私もイラっとしてしまいそうだ。しかし、少年は彼自身を睨みつける瞳をものともしていないようで、水神と向き合っている。

「馬鹿を言うな。私を陥れるにしても人間全てがと言うわけではないだろう? それに、私を排除するにしてもやり方があるはずだ。早々に私の棲家に手を出すとはおもえない」
「あはは~~。甘いなぁ~、水神様は。準備をしていたに決まってるじゃん。それに、行動する起爆剤のようなものは、ククリだよ。だって、ククリが村にいたら、まだ行動を起こさなかったと思うし……。まあ、いつかは起きる問題ではあるけどね」
「――水神様、残念だけど手遅れだよ」

 少年は最後の一言を吐くと共に真剣な表情に変わった。今までつかみどころのない笑みを浮かべていたが、その様子はなくなっていた。
 水神の怒鳴り声が辺りに響く。

「人間どもめ! 湖に何をするつもりだ! 棲家を荒らし、私に害があった時、ただで済むと思うなよ」

 湖にいる人間はきっと村の人たちだろう。彼らは何をする気なのか。水神は相当怒っているようで、あたりの空気がピリピリしている。湖の様子は水神しか掴めていないと思うが、シズクも感覚で何が起こっているのかを理解してそうだ。
先程まではピンピンとしていた水神がなんだか少し苦しそうにしている。湖で何かが起きているのだろう。水神が言った人間たちが水神の棲家にとって水神にとってよくないことでもしているに違いない。その証拠に小さな黒いモヤモヤが水神の身から漏れ出している。

「穢れを振りまいているようですね。あなたは今度こそ死ぬかもしれませんよ? 弱った水神様を嗤うのも楽しそうですが……」
「ねぇ、シズクって水神のこと嫌いなの? 辛辣すぎない?」
「そんなことありませんよ。僕は偉大なる水神様が大好きですから!」

 嘘くさい笑顔を浮かべられても、信じられないよ。水神は、こめかみをピクピクさせて、今にも人を殺しそうな目で少年を見てるし、怖いわ。

「で、どうします?」
「状況を見つつこの小屋から出る。そして、人間どもを追い払う。ここは人から見つかることはないとは思うし、これからの行動について話し合う」
「作戦会議ってことですね」
「おい、どういうやつが相手なんだ? お前が知っていることを全部話せ!」

 空気が読めない子なのだろう。少年は「たとえ水神様の言うことでもそれは嫌ですよ。話すのにもタイミングがありますから! 人間のことをもっと理解してください」と返事をしていた。

※※※

 湖にて――。
 たくさんの人々が集まっていた。その中の二、三人が深い長方形の容器を持っている。容器の中は丸くて黒いものが入っていた。一人が大きな声を上げて、人々に指示を出す。

「おい、これを湖に投げ入れろ!」
「なんだよこれ? どす黒くて不気味だな」
「そんなの知るか! 水神様の役に立つから全部湖に入れてこいっ! 一つ一つ入れないと効果ないからな! って言われたんだよ。めんどくせー」
「ふーん、じゃあさっさと入れようぜ! めんどくさいけど、水神様のためになるならやるべきだろ」

 一人が容器から取り出した丸いものを入れると人々は次々と手に取って丸い何かを湖に投入する。彼らは自分たちがしている過ちに気づかない。
 黒くて丸いものを入れたせいで湖が穢れていく。じわじわとそれでも確実に湖は穢れで満たされる。水に投入された丸いものから徐々に黒が抜け出ていき、溶けて消える。いくつもの球が同じ現象を繰り返す。だが、それを投入した人々は湖に何が起きているのか、知りもしない。

「さっさとしろよー。逃げた余所者だって見つけないといけないし、あー、行方不明のあいつも探さないとだしなー」
「あいつ勝手にどこかへいくなよなー。大事な大事なミコなんだろ? 恵みの雨のための犠牲、水神様に力を与えるための生贄がうろちょろしてちゃ困るよな」
「おい! あいつの前では絶対にそれを話すなよ?」
「わーってるよ。お前ら早く終わらせるぞ!!」

 浄化された湖は再び穢される。水神の棲家でそのことに気づける人間は誰もいなかった。また一瞬、水が意思を持ったかのように形を成していたことに気づく者もいなかった。水は小さな音を立てて、湖にかえっていった。
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