24 / 46
24話
しおりを挟む
目の前が真っ赤に染まった。目の前に映る光景、男と女の逢瀬を脳に焼き付けた。男が一言呟く。
「許さない」
硬く握り締めた拳からは血が滴り落ちていた。
一方通行の恋情。一歩間違えれば、人を傷つける方向へと天秤は傾く。人を陥れるのはなんて簡単なのだろうか。人の心の隙を突けば、容易に思い通りに動いてくれる。
一人の女は、薄暗闇の中でうっとりと微笑んでいた。
「ねぇ、カイト! そんなに怖い顔をしてどうしたの?」
そこから先へと話は続かなかった。
「今回はここまでだよ」
先程まで、過去の話をしていた。生贄という制度の解明するために。だが、どういうことなのだろうか。
「ねぇ、生贄についての全容が見えてこないわよ」
「ククリ。そんなに急いで全て話せることじゃないんだよーー。それに、もうそろそろある事が起きそうだからね」
何か思っても見ない事が起こるのだろうか。それを聞こうと思ったが、水神が私よりも先に口を開いていた。
「人間だ。私の湖までやってきているようだな。どれだけの人数で来たのか、ゾロゾロとたくさんいる」
「えっ……? どうしてわかるの? 湖から離れてるよね?」
「はぁ、私の領域だからわかるのだ。面倒な説明はしたくないから、足りない頭で考えろ。だが、人間にあの場に踏み込まれては困るな。何をする気なのか……」
「流石、水神様!! 死にかけで力のなかったポンコツだったけど、やっぱりちゃ~んとした神様なんだね! もう、もったいぶらないでよ。人間が何をする気かなんて考えなくてもわかるはずだよ? あなたを陥れるために動いて……」
少年の話の途中であるが、水神は彼を鋭い目つきで睨みつけた。彼の嫌味ともとれるその言葉は私もイラっとしてしまいそうだ。しかし、少年は彼自身を睨みつける瞳をものともしていないようで、水神と向き合っている。
「馬鹿を言うな。私を陥れるにしても人間全てがと言うわけではないだろう? それに、私を排除するにしてもやり方があるはずだ。早々に私の棲家に手を出すとはおもえない」
「あはは~~。甘いなぁ~、水神様は。準備をしていたに決まってるじゃん。それに、行動する起爆剤のようなものは、ククリだよ。だって、ククリが村にいたら、まだ行動を起こさなかったと思うし……。まあ、いつかは起きる問題ではあるけどね」
「――水神様、残念だけど手遅れだよ」
少年は最後の一言を吐くと共に真剣な表情に変わった。今までつかみどころのない笑みを浮かべていたが、その様子はなくなっていた。
水神の怒鳴り声が辺りに響く。
「人間どもめ! 湖に何をするつもりだ! 棲家を荒らし、私に害があった時、ただで済むと思うなよ」
湖にいる人間はきっと村の人たちだろう。彼らは何をする気なのか。水神は相当怒っているようで、あたりの空気がピリピリしている。湖の様子は水神しか掴めていないと思うが、シズクも感覚で何が起こっているのかを理解してそうだ。
先程まではピンピンとしていた水神がなんだか少し苦しそうにしている。湖で何かが起きているのだろう。水神が言った人間たちが水神の棲家にとって水神にとってよくないことでもしているに違いない。その証拠に小さな黒いモヤモヤが水神の身から漏れ出している。
「穢れを振りまいているようですね。あなたは今度こそ死ぬかもしれませんよ? 弱った水神様を嗤うのも楽しそうですが……」
「ねぇ、シズクって水神のこと嫌いなの? 辛辣すぎない?」
「そんなことありませんよ。僕は偉大なる水神様が大好きですから!」
嘘くさい笑顔を浮かべられても、信じられないよ。水神は、こめかみをピクピクさせて、今にも人を殺しそうな目で少年を見てるし、怖いわ。
「で、どうします?」
「状況を見つつこの小屋から出る。そして、人間どもを追い払う。ここは人から見つかることはないとは思うし、これからの行動について話し合う」
「作戦会議ってことですね」
「おい、どういうやつが相手なんだ? お前が知っていることを全部話せ!」
空気が読めない子なのだろう。少年は「たとえ水神様の言うことでもそれは嫌ですよ。話すのにもタイミングがありますから! 人間のことをもっと理解してください」と返事をしていた。
※※※
湖にて――。
たくさんの人々が集まっていた。その中の二、三人が深い長方形の容器を持っている。容器の中は丸くて黒いものが入っていた。一人が大きな声を上げて、人々に指示を出す。
「おい、これを湖に投げ入れろ!」
「なんだよこれ? どす黒くて不気味だな」
「そんなの知るか! 水神様の役に立つから全部湖に入れてこいっ! 一つ一つ入れないと効果ないからな! って言われたんだよ。めんどくせー」
「ふーん、じゃあさっさと入れようぜ! めんどくさいけど、水神様のためになるならやるべきだろ」
一人が容器から取り出した丸いものを入れると人々は次々と手に取って丸い何かを湖に投入する。彼らは自分たちがしている過ちに気づかない。
黒くて丸いものを入れたせいで湖が穢れていく。じわじわとそれでも確実に湖は穢れで満たされる。水に投入された丸いものから徐々に黒が抜け出ていき、溶けて消える。いくつもの球が同じ現象を繰り返す。だが、それを投入した人々は湖に何が起きているのか、知りもしない。
「さっさとしろよー。逃げた余所者だって見つけないといけないし、あー、行方不明のあいつも探さないとだしなー」
「あいつ勝手にどこかへいくなよなー。大事な大事なミコなんだろ? 恵みの雨のための犠牲、水神様に力を与えるための生贄がうろちょろしてちゃ困るよな」
「おい! あいつの前では絶対にそれを話すなよ?」
「わーってるよ。お前ら早く終わらせるぞ!!」
浄化された湖は再び穢される。水神の棲家でそのことに気づける人間は誰もいなかった。また一瞬、水が意思を持ったかのように形を成していたことに気づく者もいなかった。水は小さな音を立てて、湖にかえっていった。
「許さない」
硬く握り締めた拳からは血が滴り落ちていた。
一方通行の恋情。一歩間違えれば、人を傷つける方向へと天秤は傾く。人を陥れるのはなんて簡単なのだろうか。人の心の隙を突けば、容易に思い通りに動いてくれる。
一人の女は、薄暗闇の中でうっとりと微笑んでいた。
「ねぇ、カイト! そんなに怖い顔をしてどうしたの?」
そこから先へと話は続かなかった。
「今回はここまでだよ」
先程まで、過去の話をしていた。生贄という制度の解明するために。だが、どういうことなのだろうか。
「ねぇ、生贄についての全容が見えてこないわよ」
「ククリ。そんなに急いで全て話せることじゃないんだよーー。それに、もうそろそろある事が起きそうだからね」
何か思っても見ない事が起こるのだろうか。それを聞こうと思ったが、水神が私よりも先に口を開いていた。
「人間だ。私の湖までやってきているようだな。どれだけの人数で来たのか、ゾロゾロとたくさんいる」
「えっ……? どうしてわかるの? 湖から離れてるよね?」
「はぁ、私の領域だからわかるのだ。面倒な説明はしたくないから、足りない頭で考えろ。だが、人間にあの場に踏み込まれては困るな。何をする気なのか……」
「流石、水神様!! 死にかけで力のなかったポンコツだったけど、やっぱりちゃ~んとした神様なんだね! もう、もったいぶらないでよ。人間が何をする気かなんて考えなくてもわかるはずだよ? あなたを陥れるために動いて……」
少年の話の途中であるが、水神は彼を鋭い目つきで睨みつけた。彼の嫌味ともとれるその言葉は私もイラっとしてしまいそうだ。しかし、少年は彼自身を睨みつける瞳をものともしていないようで、水神と向き合っている。
「馬鹿を言うな。私を陥れるにしても人間全てがと言うわけではないだろう? それに、私を排除するにしてもやり方があるはずだ。早々に私の棲家に手を出すとはおもえない」
「あはは~~。甘いなぁ~、水神様は。準備をしていたに決まってるじゃん。それに、行動する起爆剤のようなものは、ククリだよ。だって、ククリが村にいたら、まだ行動を起こさなかったと思うし……。まあ、いつかは起きる問題ではあるけどね」
「――水神様、残念だけど手遅れだよ」
少年は最後の一言を吐くと共に真剣な表情に変わった。今までつかみどころのない笑みを浮かべていたが、その様子はなくなっていた。
水神の怒鳴り声が辺りに響く。
「人間どもめ! 湖に何をするつもりだ! 棲家を荒らし、私に害があった時、ただで済むと思うなよ」
湖にいる人間はきっと村の人たちだろう。彼らは何をする気なのか。水神は相当怒っているようで、あたりの空気がピリピリしている。湖の様子は水神しか掴めていないと思うが、シズクも感覚で何が起こっているのかを理解してそうだ。
先程まではピンピンとしていた水神がなんだか少し苦しそうにしている。湖で何かが起きているのだろう。水神が言った人間たちが水神の棲家にとって水神にとってよくないことでもしているに違いない。その証拠に小さな黒いモヤモヤが水神の身から漏れ出している。
「穢れを振りまいているようですね。あなたは今度こそ死ぬかもしれませんよ? 弱った水神様を嗤うのも楽しそうですが……」
「ねぇ、シズクって水神のこと嫌いなの? 辛辣すぎない?」
「そんなことありませんよ。僕は偉大なる水神様が大好きですから!」
嘘くさい笑顔を浮かべられても、信じられないよ。水神は、こめかみをピクピクさせて、今にも人を殺しそうな目で少年を見てるし、怖いわ。
「で、どうします?」
「状況を見つつこの小屋から出る。そして、人間どもを追い払う。ここは人から見つかることはないとは思うし、これからの行動について話し合う」
「作戦会議ってことですね」
「おい、どういうやつが相手なんだ? お前が知っていることを全部話せ!」
空気が読めない子なのだろう。少年は「たとえ水神様の言うことでもそれは嫌ですよ。話すのにもタイミングがありますから! 人間のことをもっと理解してください」と返事をしていた。
※※※
湖にて――。
たくさんの人々が集まっていた。その中の二、三人が深い長方形の容器を持っている。容器の中は丸くて黒いものが入っていた。一人が大きな声を上げて、人々に指示を出す。
「おい、これを湖に投げ入れろ!」
「なんだよこれ? どす黒くて不気味だな」
「そんなの知るか! 水神様の役に立つから全部湖に入れてこいっ! 一つ一つ入れないと効果ないからな! って言われたんだよ。めんどくせー」
「ふーん、じゃあさっさと入れようぜ! めんどくさいけど、水神様のためになるならやるべきだろ」
一人が容器から取り出した丸いものを入れると人々は次々と手に取って丸い何かを湖に投入する。彼らは自分たちがしている過ちに気づかない。
黒くて丸いものを入れたせいで湖が穢れていく。じわじわとそれでも確実に湖は穢れで満たされる。水に投入された丸いものから徐々に黒が抜け出ていき、溶けて消える。いくつもの球が同じ現象を繰り返す。だが、それを投入した人々は湖に何が起きているのか、知りもしない。
「さっさとしろよー。逃げた余所者だって見つけないといけないし、あー、行方不明のあいつも探さないとだしなー」
「あいつ勝手にどこかへいくなよなー。大事な大事なミコなんだろ? 恵みの雨のための犠牲、水神様に力を与えるための生贄がうろちょろしてちゃ困るよな」
「おい! あいつの前では絶対にそれを話すなよ?」
「わーってるよ。お前ら早く終わらせるぞ!!」
浄化された湖は再び穢される。水神の棲家でそのことに気づける人間は誰もいなかった。また一瞬、水が意思を持ったかのように形を成していたことに気づく者もいなかった。水は小さな音を立てて、湖にかえっていった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜
k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」
そう婚約者のグレイに言われたエミリア。
はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。
「恋より友情よね!」
そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。
本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。
王命を忘れた恋
水夏(すいか)
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる