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1話
しおりを挟む偽りの平穏。偽りの日常。偽りの感情。全ては水神様のためのもの。
ある辺境の村。
伝統を重んじるところである。そのため、伝統を破ったものは排除される。ほら、新たな犠牲者が出た。
小さなボロボロの木の家。
一人の女が住んでいる。ガランとした部屋に他の人はいなさそうだ。
「お母さん」
女は涙を流した。その一言に込められた想いがどんなものであるのか。わからない。
素朴な木の家に一人で住んでいる。寂しい。私を拾ってくれた人間は死んだ。私の母になってくれた人。――という名前をくれた人。その唯一の家族は、この村の人間に殺された。母が私に残した最後の言葉は、十四歳になった今でも覚えている。
「村の人々を信じないで。時が来たら、あなたは導かれる場所へ行きなさい。それが、あなたの運命……」
微笑みを浮かべた母に、幼い私が手を伸ばすもその手は届かない。私がいることで母は不幸になった。村一番の美人と言われていた母。村の人間に慕われていた母。皮肉なことに、村の人間に殺された。誰も助ける者はいなかった。私はとうとう母を失ってしまった。
これから先も大事にしたいものは、母からもらった名前だ。いつの日からか呼ばれなくなった名前。私は――。
「ちょっと、邪魔よ! 呪われた子どもが、村を歩き回らないでくれるかしら?」
「化け物。私たちに嫌われているのに、まだここにいるつもり? さっさとでていきなさいよ」
「自分の母親が死んで身寄りもいない。私たちに嫌われているあなたが、よくこの村に居ようと思えるわね」
クスクスという嫌な笑い声。いつものことだ。私は化け物と呼ばれ、呪われた子と呼ばれ、邪魔者と呼ばれ、余所者と呼ばれる。村の人間がつけた様々な忌み名が、今の私の名前。
「そういえば、あの女はどうして水神様の生贄になったのかしら?」
「大した人間でもないくせに……ね。余所者を連れてくるなんて、よっぽど自分に自信があったのよ」
「みんなにちやほやされてたもの。調子にのったのよ」
ケラケラと笑う目の前の人間が悪魔に見えてくる。なぜ、人が死んでいるのに笑っていられるのか。私には、彼らが人間以外の者に見えて仕方がない。
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