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しおりを挟むシゼルに愚痴った翌日から、レネは自分なりに考えて、指導方法を変えていった。
以前はただ単に説明だけだったところに質問を混ぜてみたり、大事なところは復唱させてみたりした。ちょっとしたことだったが、一週間程試してみると、なんだか彼らの受け答えがしっかりして来たような気がする。
そういう試行錯誤を日誌に書いて提出していたら、ある日、ロベルトに褒められた。
「レネ、とても頑張ってるな。良い調子だと思うぞ」
「ありがとうございます!」
努力を褒められると嬉しいものだ。レネは内心でガッツポーズをして喜んだ。そして、提案するなら今だとロベルトに話しかける。
「あの、副団長。新人の研修の一貫で、試してみたいことがあるんです。こんな風なことをしてみたいのですが……」
四つ折りにしていた紙をポケットから取り出して、開いたものをロベルトに差し出す。
ロベルトは紙に書かれたことをさっと読むと、確認するように問う。
「テスト?」
「ええ、そうです」
「筆記ではないようだが」
「はい、実技といえばいいんでしょうか。ある地点で何か事件が起きたとして、救援を呼びに行くならどのルートが早いか? という、行って戻って来るまでの時間を競うテストです。可能ならば、手伝いの団員一名と、懐中時計をお借りしたいと思っています」
そこで急に扉が開いてハーシェルが顔を出した。
「へえ、なんだか面白そうな話をしてるね」
「だ、団長!」
レネはびくっとして、背筋を伸ばした。緊張するレネにはお構いなしに、ハーシェルはロベルトの机の上にある用紙を取り上げる。
そんなハーシェルにロベルトは苦情を言う。
「おい、いくら団長だからって、ノックも無しに入ってくるなよ」
「それは失敬」
ハーシェルはどこ吹く風の態度で返し、概要を読んだ後、ロベルトに話しかける。
「これはちょうどいいね。あの件と合わせてみたら?」
「あの件? ああ、巡回ルートの見直し案だったか」
「流石にテストを夜に行うのは危険だから、昼間の分でさ。新人だけでなく、古参でも試した方がいいね。新しい発見があるかもしれない」
「……ふむ。そうだな、ではそうするか」
何やら二人の間では話が通じているようだが、レネには分からないので、戦々恐々としてしまう。
「あの……私の提案が何かまずかったんでしょうか?」
恐る恐る問いかけると、ハーシェルは明るく笑い飛ばした。
「違う違う、逆だよ。他にも取り上げたいものがあるから、それと合わせ技にしようって話しているだけだ。そうだね、せっかくだし、昼間の分は君が取り仕切ってくれないかな。レネ・アイヒェン君」
「失礼ですが、団長。取り仕切るも何も、私には状況がよく分かりません」
ハーシェルを前にしている緊張もあって、レネの頭の回転はいつもより鈍くなっていた。全然理解出来ない。
ロベルトが苦笑して、ハーシェルに返す。
「俺から改めて説明しておくよ。彼女が無理なら、代役を見つける」
「ああ、そうしてくれ。とりあえずこれ、返答は書いておいたから、目を通しておいて」
「承知した。――レネ、また明日話そう。今日はもう帰っていい」
まだ話が長くなるようで、ロベルトがレネに退出を促した。
「はっ、ではお先に失礼します」
レネは敬礼すると、きびきびとロベルトの執務室を出て行く。扉を閉めると、ほっとした。
レネはハーシェルが大の苦手だ。彼の見透かしたみたいな目で見られると、何も悪いことをしていないのに、謝りたくなるのである。レネからすれば、ハーシェルを恋愛対象に見ることが出来る女性達のことが不思議でならない。
額に浮かんだ冷や汗を拭うと、レネはまたハーシェルに出くわさないうちにと、速足で帰路についた。
それからさらに一週間後のこと。
レネの提案と、他の提案とが合わさって、警備団内で試験が行われることになった。
まさかのレネが幹事である。もちろん、皆で協力して作り上げたものだが、準備の指揮を執ったのはレネだ。
お陰で、この一週間、レネはてんてこまいだった。
「はあ、やっとこの日が来た。終わったら眠れる」
慣れない仕事にレネは緊張してしまい、あまり眠れない日が続いていた。目の下に薄らと隈が出来てしまったので、化粧で誤魔化している。
「おいおい、レネ。始める前から疲れてるのかよ」
ゲイクが呆れたように言った。彼も手伝ってくれたうちの一人だ。レネがゲイクを振り返ると、ゲイクは鍛錬場にいる団員達を示す。
「まあ気持ちは分かるけどな。レネはこういう仕事はしたことねえし、慣れないと訳分かんねえだろ? あ、そうだった。テスト時間のグループごとに並ばせておいたぞ」
「本気で助かる、ありがとう、ゲイク」
レネは力いっぱいお礼を言った。かゆい所に手が届くような手助けぶりに、ちょっと涙が出そうだ。
「ええと、開会式で団長が挨拶した後、私がルールを説明するんだったな。――待機の団員はすでに出発しているから、大丈夫だな、うん」
レネは進行表を見て、頷いた。段取りをつけて、時間通りに進めるだけでとても大変だとは思わなかった。今度から、イベントの幹事の命令には素直に従おうと決意した。
新人団員のテストの為に始めたことだが、この試験の準備を新人団員達にも手伝ってもらうことになり、彼らも一緒に学んでいた。
「先輩、俺にも何かすることがあったら言って下さい」
何故だかシゼルがずいっと前に出てきて強調した。
「いや、あとは始まってからだから、開会式まで休んでていいぞ」
レネは苦笑混じりに断って、新人団員六人と、手伝いの団員四人をゆっくりと見回す。
「皆、残りは実行するだけだ。今日一日、張り切って頑張ろう!」
レネが天に拳を突き上げて声を上げると、皆、おうと声を揃えた。
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