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一ノ瀬真緒は、日本でも有名な武道家の家に『三男』として生まれた。それが大きな間違いだった。
父は有名な空手家で、その祖父は柔道の師範だ。家には大きな教室があり、何人もの門下生がいる代々続く家柄である。
そんな家で育った父と、政略結婚をした母。
この2人には愛と呼べるものなんてなかった。決められた家柄、それなりの財産、そして教養。
そんな名ばかりの形だけのものから選ばれた結ばれた。
そして、この家は古くから続く武道家。
今の時代には考えられない男尊女卑がまだまだ深く根付いていた。
『男児を産むこと』を求められた母は好きでもない男との行為を必死に続け、周りや親戚のプレッシャーを受けながらもようやく、長男を出産した。
そして、もちろん子を育て教育するのも女の務めである。姑にいびられながらも必死に育て、育て、やっと子が1歳になるという所で、『次の男児』を求められた。
母はまだ足元がおぼつかない長男を抱きながらも困惑した。周りの期待に応え、どうしようも無い性別の問題を乗り越えたのに、次があることを。
「だって、その子が強く頑丈に育つ保険なんてないでしょう?」
そんな風に吐き捨てられた。父はそんな母に当たり前だろうと告げた。もう、身も心も疲れながら天に報われたのか、次の子も男の子だった。
そして、まだ2歳にならない長男と産まれたばかりの次男をワンオペで育児した。
子供は可愛い。可愛いのだ、何も罪はない。
例え毎日姑にいびられようと、余計な事を言われようと、子は可愛かった。
例え、好きではない人との子であろうと、この子達は私の子であることに変わりは無いのだ。
そう自分を励ました。
そして、長男が7歳、次男が5歳になるころ。
次男を公園に連れていった時に、同じ年頃の女の子が遊んでいる姿を見た。
ああ、女の子がほしいな、次は私が名前を決めて、可愛い服を着せて、あれこれ言われない女の子。
私の血を分けた女の子。あの味方の居ない、敵ばかりの家でも私の味方をしてくれる女の子。
それに、もしかしたらあの朴念仁の夫も女の子の可愛さに気づくかもしれない。もしかしたら、私を、愛してくれるかも。
公園から帰った母は、父につげる。3人目が欲しいと。
父は別に文句は言わなかった。
長男、次男といるこの家は安泰だから。1つくらい妻の願いを聞いてもいいだろうと、気まぐれに叶えた。
そうして、3人目ができたのだ。
『三男』が。
きっと女の子だろうと。今まで頑張ってきた私に神様は味方してくれるだろうと信じていた。検診の時に母は女の子と判断されたはずなのに。
生まれてきたのは男の子だった。
「なんでぇ!!なんでよ!!!!」
生まれてばかりの子を見つめる母は、忌々しげに、苦しく、悲しくそう叫んだそうだ。
言わずもがな、この古臭い家は子育ては女の仕事だ。
母は忌々しい『三男』も育てなければならない。
だが、母はベビーベットでスヤスヤと眠る三男を虚ろな目で見つめるとおもむろに裁ち鋏を手に取った。
そして、それを振りかざそうとした時、家のお手伝いさんに止められ、三男は無事だった。
日々やつれていく母を不憫に感じたお手伝いさんは、女の子が生まれると信じて疑わなかった時に用意していた女の子用のおくるみを赤子に着せた。
ピンク色で花柄のレースがあしらわれた物。
それを着せられた赤子を見るやいなや、母はとても幸せそうに、嬉しそうに笑ったそうだ。
そうして、『真緒』を付けられた赤子は生きるためにも、ずっと女の子の格好で育てられた。
母はいつも幸せそうだった。
だから、周りは気づかなかったのだ、母がおかしくなっていることに。
それは、家に客人が来た時だった。
真緒は3歳になっており、今日もまた可愛らしい黄色のワンピースを着せられ、髪は伸び、無邪気に笑っていた。それを見た客人は言ったのだ。
「可愛い娘さんですね、」と。
それを聞いた父は、そろそろ止めさせねばならないと考えた。真緒もれっきとした一ノ瀬家の男児だ。
成長につれ武術を習わせる必要があり、女児の格好で女児の振る舞いなど許されるはずもなかった。
だが、それに反対したのは母だ。
「何を言っているのですか、旦那様。真緒は可愛い可愛い女の子ですわ。男じゃないの。分かるでしょう?」
そう言って、歪んだ口を抑え笑ったのだ。
真緒自身、これはおかしいと感じたのは小学校に入ってからだった。
周りには冷やかされ、純粋な塊の同級生は言う。
『真緒君、男の子なのに変な格好!』
『お前、女なんだからトイレも女だろ!』
『気持ち悪い~!変!!』
『真緒君、ここは学校だからね。男の子は男の子の格好をしなきゃいけないのよ。』
教師までもが、そんなことを言った。
それを受けた真緒は、家に帰ってそうそう母に『男の格好にする』と言ってしまった。
その時の母の反応は小学一年生には刺激が強すぎた。
部屋にあったものを全て壁に投げたけ叫び出し、何度も何度も【お前は女だ!!】【男の格好なんて許されない!】【男のお前に生きる価値はない】と投げつけた。
しばらくして何人かの家のものが母を抑えたが、真緒は部屋の片隅にしゃがみこんで震えていた。
その日から真緒は、上手く話せなくなった。
思ったことをすぐに言えない。人に伝えることが怖い。強ばって口が動かなくなった。
そして、母に言われるとおりの行動をした。
中学になっても案の定、制服は女物の指定だった。
思春期の同級生には全く受け入れられず、虐められた。最悪だった。
まるで生き地獄だ。学校では受け入れられない姿。でも、この姿をしていないと家に居場所はない。殺される危険だってある。
どうしたらいいんだ。
父親は僕と目を合わせることが無くなった。まるで存在していないように。兄2人は僕と廊下で会うと露骨に嫌な顔をした。話したこともないが、ずっと嫌われているようだ。
そして高校生になった。
高校でも制服は女物でセーラー服だった。
中学の頃の卑屈な性格は少しマシになった。
諦めが早くなったのだ。そもそもこんな僕と友達になろうなんて考える人がいない。当たり前だ。
もう期待しない事が1番の身を守る方法だった。
高校生は、明らかに目立つ僕が腫れ物扱いだった。クラス仲良く?一致団結?僕がいなければできる話だった。
それに、クラスメイトの男の子は少しずつ色目で見てくることが増えた。鳥肌ものだった。
逆に女の子からは、陰口が表に出るようになった。すれ違いざまや、たまに手紙で。【ウザイ、キモイ、学校に来るな】とよく言われた。
僕は前世で何か悪いことをしたのかな。
こんなに世の中生きづらいものなのかな。
なんで産まれたんだろう。『男』ってだけで生きづらい。何もいい事がない。
家族も、同級生も、教師も、周りも、親戚も、あの人も。
誰も僕を愛してくれない。
父は有名な空手家で、その祖父は柔道の師範だ。家には大きな教室があり、何人もの門下生がいる代々続く家柄である。
そんな家で育った父と、政略結婚をした母。
この2人には愛と呼べるものなんてなかった。決められた家柄、それなりの財産、そして教養。
そんな名ばかりの形だけのものから選ばれた結ばれた。
そして、この家は古くから続く武道家。
今の時代には考えられない男尊女卑がまだまだ深く根付いていた。
『男児を産むこと』を求められた母は好きでもない男との行為を必死に続け、周りや親戚のプレッシャーを受けながらもようやく、長男を出産した。
そして、もちろん子を育て教育するのも女の務めである。姑にいびられながらも必死に育て、育て、やっと子が1歳になるという所で、『次の男児』を求められた。
母はまだ足元がおぼつかない長男を抱きながらも困惑した。周りの期待に応え、どうしようも無い性別の問題を乗り越えたのに、次があることを。
「だって、その子が強く頑丈に育つ保険なんてないでしょう?」
そんな風に吐き捨てられた。父はそんな母に当たり前だろうと告げた。もう、身も心も疲れながら天に報われたのか、次の子も男の子だった。
そして、まだ2歳にならない長男と産まれたばかりの次男をワンオペで育児した。
子供は可愛い。可愛いのだ、何も罪はない。
例え毎日姑にいびられようと、余計な事を言われようと、子は可愛かった。
例え、好きではない人との子であろうと、この子達は私の子であることに変わりは無いのだ。
そう自分を励ました。
そして、長男が7歳、次男が5歳になるころ。
次男を公園に連れていった時に、同じ年頃の女の子が遊んでいる姿を見た。
ああ、女の子がほしいな、次は私が名前を決めて、可愛い服を着せて、あれこれ言われない女の子。
私の血を分けた女の子。あの味方の居ない、敵ばかりの家でも私の味方をしてくれる女の子。
それに、もしかしたらあの朴念仁の夫も女の子の可愛さに気づくかもしれない。もしかしたら、私を、愛してくれるかも。
公園から帰った母は、父につげる。3人目が欲しいと。
父は別に文句は言わなかった。
長男、次男といるこの家は安泰だから。1つくらい妻の願いを聞いてもいいだろうと、気まぐれに叶えた。
そうして、3人目ができたのだ。
『三男』が。
きっと女の子だろうと。今まで頑張ってきた私に神様は味方してくれるだろうと信じていた。検診の時に母は女の子と判断されたはずなのに。
生まれてきたのは男の子だった。
「なんでぇ!!なんでよ!!!!」
生まれてばかりの子を見つめる母は、忌々しげに、苦しく、悲しくそう叫んだそうだ。
言わずもがな、この古臭い家は子育ては女の仕事だ。
母は忌々しい『三男』も育てなければならない。
だが、母はベビーベットでスヤスヤと眠る三男を虚ろな目で見つめるとおもむろに裁ち鋏を手に取った。
そして、それを振りかざそうとした時、家のお手伝いさんに止められ、三男は無事だった。
日々やつれていく母を不憫に感じたお手伝いさんは、女の子が生まれると信じて疑わなかった時に用意していた女の子用のおくるみを赤子に着せた。
ピンク色で花柄のレースがあしらわれた物。
それを着せられた赤子を見るやいなや、母はとても幸せそうに、嬉しそうに笑ったそうだ。
そうして、『真緒』を付けられた赤子は生きるためにも、ずっと女の子の格好で育てられた。
母はいつも幸せそうだった。
だから、周りは気づかなかったのだ、母がおかしくなっていることに。
それは、家に客人が来た時だった。
真緒は3歳になっており、今日もまた可愛らしい黄色のワンピースを着せられ、髪は伸び、無邪気に笑っていた。それを見た客人は言ったのだ。
「可愛い娘さんですね、」と。
それを聞いた父は、そろそろ止めさせねばならないと考えた。真緒もれっきとした一ノ瀬家の男児だ。
成長につれ武術を習わせる必要があり、女児の格好で女児の振る舞いなど許されるはずもなかった。
だが、それに反対したのは母だ。
「何を言っているのですか、旦那様。真緒は可愛い可愛い女の子ですわ。男じゃないの。分かるでしょう?」
そう言って、歪んだ口を抑え笑ったのだ。
真緒自身、これはおかしいと感じたのは小学校に入ってからだった。
周りには冷やかされ、純粋な塊の同級生は言う。
『真緒君、男の子なのに変な格好!』
『お前、女なんだからトイレも女だろ!』
『気持ち悪い~!変!!』
『真緒君、ここは学校だからね。男の子は男の子の格好をしなきゃいけないのよ。』
教師までもが、そんなことを言った。
それを受けた真緒は、家に帰ってそうそう母に『男の格好にする』と言ってしまった。
その時の母の反応は小学一年生には刺激が強すぎた。
部屋にあったものを全て壁に投げたけ叫び出し、何度も何度も【お前は女だ!!】【男の格好なんて許されない!】【男のお前に生きる価値はない】と投げつけた。
しばらくして何人かの家のものが母を抑えたが、真緒は部屋の片隅にしゃがみこんで震えていた。
その日から真緒は、上手く話せなくなった。
思ったことをすぐに言えない。人に伝えることが怖い。強ばって口が動かなくなった。
そして、母に言われるとおりの行動をした。
中学になっても案の定、制服は女物の指定だった。
思春期の同級生には全く受け入れられず、虐められた。最悪だった。
まるで生き地獄だ。学校では受け入れられない姿。でも、この姿をしていないと家に居場所はない。殺される危険だってある。
どうしたらいいんだ。
父親は僕と目を合わせることが無くなった。まるで存在していないように。兄2人は僕と廊下で会うと露骨に嫌な顔をした。話したこともないが、ずっと嫌われているようだ。
そして高校生になった。
高校でも制服は女物でセーラー服だった。
中学の頃の卑屈な性格は少しマシになった。
諦めが早くなったのだ。そもそもこんな僕と友達になろうなんて考える人がいない。当たり前だ。
もう期待しない事が1番の身を守る方法だった。
高校生は、明らかに目立つ僕が腫れ物扱いだった。クラス仲良く?一致団結?僕がいなければできる話だった。
それに、クラスメイトの男の子は少しずつ色目で見てくることが増えた。鳥肌ものだった。
逆に女の子からは、陰口が表に出るようになった。すれ違いざまや、たまに手紙で。【ウザイ、キモイ、学校に来るな】とよく言われた。
僕は前世で何か悪いことをしたのかな。
こんなに世の中生きづらいものなのかな。
なんで産まれたんだろう。『男』ってだけで生きづらい。何もいい事がない。
家族も、同級生も、教師も、周りも、親戚も、あの人も。
誰も僕を愛してくれない。
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