スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪

文字の大きさ
上 下
61 / 75

第61話「もう一人の異世界征服者」

しおりを挟む
 公園にはブランコやシーソー、砂場、鉄棒、雲梯、広場があった。広場はフットサル程度ならできそうなくらいの広さだった。
そこに小学生ほどの男の子が三人いた。彼らは何かを取り囲んで、それを見たり、つついたりしていた。

 ラルエシミラはその様子を公園の入り口に立って眺めていた。
戸賀勇希の深層意識にようやく入り込むことができたのだ。
これまで幾度となく侵入を試みたが、大小様々な塵芥の記憶たちによってこの記憶は巧妙に隠蔽されており、探索は難航を極めていた。

そんなとき、彼の精神に多大な負荷がかかったことで扉を開くひとつ目のキーとなる『戸賀勇希のトラウマの片鱗』が現れたことはまさに僥倖だった。
容赦なくトラウマに爪を立て、ほとばしる黒い奔流に抗いながら、ラルエシミラはとうとう彼のルーツへとたどり着いたのだ。

 それがこの情景だった。西日が差していた。空にはルネ・マグリットが描いたような空をバックに巨大な月が燦然と輝いていた。
 ラルエシミラは少年たちに気付かれぬよう、そっと背後に忍び寄った。黒髪でキャラ物のシャツを着た男の子がスコップを握りしめ、茶髪の子と、陰毛のような髪の子は膝を抱えて何かを見ていた。

 覗き込んでみる。思わず口を手で押さえた。
 鳥だ。
 血まみれのツバメが虫の息だ。羽はツバメ自身の血液で固まり、羽を動かせないでいるようだ。
つぶらな目を細め、短い舌をだらんと垂らした黒い口からは弱々しい鳴き声が漏れていた。

「これから手術を開始しますっ!」

 スコップを持った子が意気揚々といった。外科医になりきっている。このスコップはメスだ。そして、お前たちは助手だ。助手は同時にコクリと頷いた。メスの先端が赤いまだら模様の腹にあてがわれる。 
 執刀開始——。
 刺した瞬間、ツバメは大きな声で鳴いたが、また弱々しい声に戻った。鳥もも肉に包丁を入れるような生々しい感触に手が震えている。僕が助けるんだ。僕が命を救ってみせる。きっと、元気に飛び立てるはずさ。なんたって、僕はスーパードクター戸賀勇希なのだから。

「汗!」

 陰毛がハンカチでドクター戸賀の額をそっと優しく拭いた。僕はスーパードクターの右腕だと自負しているような面持ちだった。
 赤黒い液体がドロっと零れ出てきた。そのまま引裂いて行くと、臓物が飛び出してきた。

「ドクター! これは、なんでしょうかっ」

 と陰毛がいった。使命感に満ちた熱い眼差しだった。

「これは、悪いものです。患者を苦しめていたのは、これが原因なのです。すぐに”てきしゅつしょち”に入ります」

 そういうと、神妙な面構えでスコップを抜き、砂にまみれた内臓をすくい上げた。

「手術は......成功しました......」

 長い息を吐く。透明のマスクと透明の手術帽子を脱ぎ、達成感に身を浸しながら空を仰ぎ見る。

「おめでとうございます」

 陰毛が拍手をしながらいった。

「これで、患者は元気です。はい、もう退院です。飛べるはずです」

 スコップの先でツバメの体をつつく。ぐったりとしたツバメはもう動かなかった。目と口と腹を開けたまま死んでいた。

「え......。なんで? なんで? 飛べ......飛べよ! 手術は成功しました! 手術は成功しました!」

 何度もつついた。しかし、動かない。死んだツバメは動かないのだ。
不安げに眉を八の字にしている陰毛は、絶対的信頼を寄せるスーパードクターの顔色を伺うとともに、幼い彼の心にはドクターに対する疑心が芽生えつつあった。
 ツバメは転がり、砂が天ぷらの衣のように纏わりついた。

「もう、僕帰る!」

 一部始終をずっと見ていた茶髪が立ち上がりいった。瞳は潤んでいた。下唇をかみしめていた。

「違う! 違う! 成功したはずだって! だから動くまで待ってってば」

「僕もう嫌だ! ゆうきくんがツバメ殺したこと、お母さんに言いつけるから」

 茶髪の唐突な脅迫に戸賀は憮然としていう。

「は? 意味わからないし。ってかなんでなんで? ダメに決まってるじゃん」

「......言うから。絶対にいうからっ」

 茶髪は背を向けて走り出した。戸賀も「おい! 待て」といって追いかけた。
パッパとランニングシューズが砂地を踏む音がこだまする。赤いブランコの間を通り抜け、入り口へと向かう。

「やーめーて! やーめーて! やーめーて!」

 戸賀は半泣きで叫びながら追いかける。しかし、茶髪は何もいわずに走り去る。

「あ」

 立ちつくしていた陰毛が指をさした。ラルエシミラもその方に視線を向けると、同じく「あ」と呟いた。

「トラック」

 茶髪は宙を舞っていた。捻れた身体はくたばったブレスアップフィギュアのようになっていた。
血を広範囲に撒き散らして、彼はアスファルトの上に叩きつけられた。

 トラックが路肩に止まった。ハザードランプも点けずに顔面蒼白の運転手が飛び出してきた。人の形を諦めた茶髪に駆け寄ると「誰か! AEDをお願いします」と反復していた。
 運転手は公園の入り口でへたり込んでいる戸賀に視線を向け、

「君......君が原因か。君が、この子を殺したんだよね? そうなんだよね?」

 と震えた声で懇願するようにいった。責任は私にない。こいつが悪いんだ。という意思を含ませながら。

「お母さん......。そうだ、君のお母さんを呼んでくれるかな? ねえ? 聞いてるかな? おい......! 聞いているのかっていってんだよ!!」

 絶叫。空間が歪み、遊具が轟音を立てて崩れはじめた。激しい揺れが起こった。月が粉々に砕かれた。破片が流星のように降り注ぎ、家々を破壊していく。
 ラルエシミラはしゃがみ込み、この空間からどうやって脱出しようかと謀りを巡らせていた。隣にいたはずの陰毛の子は溶けて消えていた。

「なるほど。どうして彼に最も適合するのがスコップなのかと思っていたら、こんな因縁があったのですね」

 ラルエシミラは顎に手を添えていった。月の欠片が眼前に落ちてきた。
砂ぼこりが舞い、ラルエシミラを吹き飛ばす。
受け身を取り、体勢を立て直した。このままではこの世界に閉じ込められ、トラウマの一部になり果ててしまうだろう。

 考えた結果、ラルエシミラは戸賀勇気の体を乗っ取ることに決めた。
勇者を殲滅し、禁忌の剣である『閃光・改の剣』の片割れ『暗黒・壊滅の剣』を手に入れ、この世界を手中に収めること。それが彼女の目的である。

 ラルエシミラは現実世界とモンドモルトの間『アンダーグラウンド』で黒いラルエシミラとの戦闘で負った傷を癒していた。
日々の生活に退屈を感じていた。なんとかして目的を成し遂げたい。となると、モンドモルトを支配している魔王が邪魔である。
そこで、現実世界から人間を連れ去り、虚偽の契約を交わし、勇者に仕立て上げた人間を派遣した。

だが、今度は勇者たちが魔王の代わりに世界を統治してしまった。
すると、勇者が邪魔になる。さすがに一人では分が悪いだろう。
そこでラルエシミラは与し易そうな戸賀勇気を最後の勇者として、己とともにこの世界へ送り込んだ。
計画は逐次上手く進んでいった。最初に短冊にされたのは敢えてそうしたのだ。そうした方が楽しめるでしょう。と思ったからだ。

それに確信があった。彼奴らも同じように、この世界をアンニュイ飽和に感じていると。ここで戸賀勇気を殺すはずがないと。翫(もてあそ)び、楽しむだろうと。
たまに協力してやろう。彼が危殆に瀕した場合は助けてやろう。美味しいところだけを戴いてやろう。
知識や力を与えることに関して何ら抵抗はなかった。むしろ、願ってもいないことだった。

さらなる力を身につけることができるのだから、それは歓迎し享受すべきことだろう。
もはや私に敵はない。遅かれ早かれこの体も乗っ取るつもりでいた。
ならば、これを機に計画の階段を一気に駆け上がってしまおう。
戸賀勇気と過ごした日々はなかなかに楽しかった。少し名残惜しい気もするが、まあ、いいだろう。

 ラルエシミラはスコップをスリットの中から取り出した。
 戸賀勇気から生まれし二つ目の魂の神器——。
 念のため、朱印玉を二つ飲ませておいて正解だった。これが扉を開くための二つ目のキーだ。

「トガさん。いままでありがとうございました。体、もらいますね」

 といって、ラルエシミラはスコップを地面に突き刺し引き抜いた。
 世界はしんと静まりかえり、一拍おいて、目下にある穴から血の噴水が奔出する。
それを浴びたラルエシミラの体は何倍にも膨れ上がり、空を目指して高く高く成長していく。

眼下にはミニチュアサイズになった街並みが広がっていた。
大気圏を突き抜けると一筋の光が頭上に見えた。
ラルエシミラは、その光に吸い込まれていくようにして、身を投じた——。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。

ファンタスティック小説家
ファンタジー
 科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。  実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。  無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。  辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...