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第20話「懺悔」
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「トガさん。あなたはまた、誰かの足を引っ張ったのですか?」
俺は目が眩むほど白い、聖域とは、まさにこういうことを言うのだろうなと思わせるだだっ広い空間を見ていた。
正面には蛇腹のように伸びた石段があり、その両端には巨大な白い柱が規則正しく配置されている。
その長い石段の頂点には、青と金で装飾された空席の玉座が一つ。
既視感がある。そう、確かここは、ラルエシミラ・ラミシエルラの統治領域『アンダーグラウンド』。
「私はトガさんを守った。それ故、十二単牡丹の手によって短冊に変えられてしまいました」
また、凛として透き通るような声が聞こえる。
声の主を探そうと試みたが、どこにも見当たらなかった。
「私は現在、とても多くの制約に縛られています。誰のせいでしょう? それに、勇者を倒すためにせっかく力を与えて『モンドモルト』へ送り込んだのに、あなたはその勇者に手も足も出ない」
「しょうがないだろ! だって、いきなりあんな化け物みたいに強いやつらと戦うなんて思ってなかったし......」
俺は上下前後左右からやってくる声に対してそう言った。
そのあと、胸の中にじわりとした痛みが生まれた。
内出血をしたような感覚がして、その不快感に思わず手を胸に当てる。
「ところで、シッタ・シッタの森で魔傑にボロ雑巾のようにされた少女に対して、どう思いましたか?」
「どうって......「痛そう」とか、「残酷だ」とか、「可哀想」とか——俺じゃなくてよかったと......か......」
産声をあげた痛みは成長し、やがて腹にまで拡大した。
ドクンドクンと、まるでもう一つの心臓がそこにあるのではないかと思うような痛みのリズムが、俺のハラワタを支配している。
強烈な腹痛にも似た痛みに耐えられなくなって、体をくの字にしてうずくまった。
「そして先ほど射抜かれた白いフードを被った少女を——あなたはなぜ、助けようともせず、ただただ傍観していたのですか? あなたが何か行動を起こせば、最悪の事態は防ぐことができたかもしれないのに」
「......」
俺はとっさに顔を伏せる。
どうせ助かる。どうせ何とかなるだろう。そう思っていた。
パンパカーナが正解の矢を見事に撃ち墜とし、それで危機を回避できて万々歳と。
もしもパンパカーナがやられたとしても、ラルエシミラを呼び出してやればいい——そう、思っていた。
俺は傷つきたくなくて、怪我とか痛い思いも大嫌いだ。
自分の願いさえ叶えることができればそれでいい。そのためなら仲間を踏み台にしても構わない——そう、考えていた。
声は粛々と、一切の感情を含んでいないかのように淡々と言葉を紡ぎ出す。
「その少女ですが今、この場に来てくださっています。何か伝えたいことがありましたら、どうぞお好きなように」
「——っ!」
俺は反射的に表を上げて正面を見やると、
何もなかったそこには、左肩と胸の中心に矢が突き刺さっている痛々しい少女が立っており、焦点が合わない輝きの失せた虚ろな目で俺を見ていた。
白色だったローブは赤黒に染まり、血液がポタポタと滴り落ちている。
「パンパカーナ......」
パンパカーナは何も言わない。動かない。
その目は本当に俺を見ているのか、何を思っているのかわからない。教えてはくれない。
するとコンバットブーツが燻りだし、蒸気を上げながらドロドロに溶けていく。
「ごめん......パンパカーナ。ごめんなさい、役に立たなくて、助けられなくて、不甲斐なくて、弱くて、ごめんなさい......」
パンパカーナは沈む。下半身は溶けきって、腰だけで半身を支えている。
肉の焼ける匂いが鼻にするっと入りこんでくる。
その匂いで噎せ返ったのか、俺の頬を何度も水滴が流れていった。
やがて、髪の毛の焼ける匂いが。
今度は吐き気が襲ってきて、たまらず嘔吐しようとするが胃液すら出てこなかった。
美しい琥珀色の金髪はさらさらとどこかへ飛び立ち、俺はその後を追うと、天の眩しさに双眸を閉じた。
再び目を開けると、シミのついた古臭い天井が見えた。
睫毛や目尻に付着している目脂が煩わしくてシャツの袖でゴシゴシと拭う。
その時、自分の服が違うものであるとわかる。
ホワイトシャツから、ブルーのストライプが入ったワイシャツに変わっている。
いつの間に......?
「気付かれましたか」
声の方を見やると、木製と思われる椅子に座って本を開いている男がいた。
オールバックの黒髪にキツネのように切れ長く細い眼。
『大満腹食堂』という食堂のオーナーで、俺たちを勧誘してきた男だ。
「あんたが、助けてくれたのか? どうして......」
と、俺は弱々しい声で言う。
男は眉を八の字にして、
「んんっ! ええ。ワタクシと、ウチの従業員がね——この店は正直、あまり繁盛しておりません。香りは大変良いと言われるのですが肝心の味がお粗末なもので、その噂が人伝に広まってしまったため、この国以外のお客さんでも捕まえてこないとダメなんですよ。そう、あなた方は我々の大切なお客様。死んでもらっては困るのです」
と言った。
「そうなのか。スンマセン、助けてもらって」
「いえいえ。お安い御用で」
「——っ! そうだ、パンパカーナは? 俺と一緒にいた奴だ。あいつ、怪我しててヤバいんだよ!」
俺は勢いをつけてベッドから上半身を起こすが、眩暈がして視界がグラっと揺らいだ。
「大丈夫ですか。空腹で血糖値が下がっているのでしょう。まずはご飯を食べてください」
「いや、その前に......あいつは、パンパカーナはどうなったんだ」
男はこちらの方を見ようともせず、黙りこっている。
「おい! 聞いているのか」
俺は声を荒げて言う。
「落ち着いてください。んんっ! 我々は何とか治療しようと試みました。しかし、あの矢には『対象物から離れると爆発する』という特殊な仕掛けが施してあることがわかり、とても我々の手に負えることではありませんでした」
「そんな......」
「しかし王女様なら治すことができる。そう考え、お嬢さんを抱えて、急いで宮殿へと足を運びました」
「それで、治ったのか」
「結果的には治りました。無事に矢も取り除かれたそうです。んんっ! しかし......」
それを聞いた時、俺は胸にあった痛みが少し取り除かれたような気がした。
そのときは本当に、パンパカーナが命を取り留めたことを心の底から良かったと思ったのだ。
男は申し訳なさそうに続けて、
「お嬢さんを連れて帰ろうとしたのですが、王女様直々に断られまして。それで、お嬢さんは使用人として半永久的に宮殿で働くことに......」
と言った。
「冗談だろ......?」
「ですから、お嬢さんのことは諦めた方が良いかと」
「ふざけるな! どうしてあいつがそんなことをしなくちゃならないんだ! 半永久的に働く? あいつがそう言ったのかよ」
俺はふらふらと立ち上がり、男の胸倉を掴んで飄々とした顔に迫る。
「だから、落ち着いてください。直接確かめたわけではありませんが、おそらく王女様が——」
「だったら王女様とやらに直談判しに行ってやる! 宮殿はどこだ」
「やめたほうがいいですよ。王女様に逆らえば、命の保証はありませんから」
「やかましい! 早く教えろ! なんなら女王をぶっ飛ばしてでも......」
言い終わるや否や、俺の視界はグルンと鉄棒で逆上がりをするように回転した。
そして地面に体を叩きつけられ、片腕を捻られて床に伏せる格好になる。
一瞬の出来事で、何が起きたのかを理解するのに少々時間を要した。
「ほら、こんなに弱い。あなたには無理だ。のこのこ殺されに行くようなものです」
「て、めぇ......!」
「あなたはこの国の王女様が誰なのかご存じないようですから、んんっ! 教えて差し上げましょう」
男は細い目をゆっくりと開き、言う。
「かつてこの世界に君臨していた魔王を打ち倒した勇者が一人。治癒能力の最高峰にして頂点、そして唯一無二の蘇生魔法能力保有者『レベッカ・トラヴォルジェンテ・イモルタリータ』」
俺は目が眩むほど白い、聖域とは、まさにこういうことを言うのだろうなと思わせるだだっ広い空間を見ていた。
正面には蛇腹のように伸びた石段があり、その両端には巨大な白い柱が規則正しく配置されている。
その長い石段の頂点には、青と金で装飾された空席の玉座が一つ。
既視感がある。そう、確かここは、ラルエシミラ・ラミシエルラの統治領域『アンダーグラウンド』。
「私はトガさんを守った。それ故、十二単牡丹の手によって短冊に変えられてしまいました」
また、凛として透き通るような声が聞こえる。
声の主を探そうと試みたが、どこにも見当たらなかった。
「私は現在、とても多くの制約に縛られています。誰のせいでしょう? それに、勇者を倒すためにせっかく力を与えて『モンドモルト』へ送り込んだのに、あなたはその勇者に手も足も出ない」
「しょうがないだろ! だって、いきなりあんな化け物みたいに強いやつらと戦うなんて思ってなかったし......」
俺は上下前後左右からやってくる声に対してそう言った。
そのあと、胸の中にじわりとした痛みが生まれた。
内出血をしたような感覚がして、その不快感に思わず手を胸に当てる。
「ところで、シッタ・シッタの森で魔傑にボロ雑巾のようにされた少女に対して、どう思いましたか?」
「どうって......「痛そう」とか、「残酷だ」とか、「可哀想」とか——俺じゃなくてよかったと......か......」
産声をあげた痛みは成長し、やがて腹にまで拡大した。
ドクンドクンと、まるでもう一つの心臓がそこにあるのではないかと思うような痛みのリズムが、俺のハラワタを支配している。
強烈な腹痛にも似た痛みに耐えられなくなって、体をくの字にしてうずくまった。
「そして先ほど射抜かれた白いフードを被った少女を——あなたはなぜ、助けようともせず、ただただ傍観していたのですか? あなたが何か行動を起こせば、最悪の事態は防ぐことができたかもしれないのに」
「......」
俺はとっさに顔を伏せる。
どうせ助かる。どうせ何とかなるだろう。そう思っていた。
パンパカーナが正解の矢を見事に撃ち墜とし、それで危機を回避できて万々歳と。
もしもパンパカーナがやられたとしても、ラルエシミラを呼び出してやればいい——そう、思っていた。
俺は傷つきたくなくて、怪我とか痛い思いも大嫌いだ。
自分の願いさえ叶えることができればそれでいい。そのためなら仲間を踏み台にしても構わない——そう、考えていた。
声は粛々と、一切の感情を含んでいないかのように淡々と言葉を紡ぎ出す。
「その少女ですが今、この場に来てくださっています。何か伝えたいことがありましたら、どうぞお好きなように」
「——っ!」
俺は反射的に表を上げて正面を見やると、
何もなかったそこには、左肩と胸の中心に矢が突き刺さっている痛々しい少女が立っており、焦点が合わない輝きの失せた虚ろな目で俺を見ていた。
白色だったローブは赤黒に染まり、血液がポタポタと滴り落ちている。
「パンパカーナ......」
パンパカーナは何も言わない。動かない。
その目は本当に俺を見ているのか、何を思っているのかわからない。教えてはくれない。
するとコンバットブーツが燻りだし、蒸気を上げながらドロドロに溶けていく。
「ごめん......パンパカーナ。ごめんなさい、役に立たなくて、助けられなくて、不甲斐なくて、弱くて、ごめんなさい......」
パンパカーナは沈む。下半身は溶けきって、腰だけで半身を支えている。
肉の焼ける匂いが鼻にするっと入りこんでくる。
その匂いで噎せ返ったのか、俺の頬を何度も水滴が流れていった。
やがて、髪の毛の焼ける匂いが。
今度は吐き気が襲ってきて、たまらず嘔吐しようとするが胃液すら出てこなかった。
美しい琥珀色の金髪はさらさらとどこかへ飛び立ち、俺はその後を追うと、天の眩しさに双眸を閉じた。
再び目を開けると、シミのついた古臭い天井が見えた。
睫毛や目尻に付着している目脂が煩わしくてシャツの袖でゴシゴシと拭う。
その時、自分の服が違うものであるとわかる。
ホワイトシャツから、ブルーのストライプが入ったワイシャツに変わっている。
いつの間に......?
「気付かれましたか」
声の方を見やると、木製と思われる椅子に座って本を開いている男がいた。
オールバックの黒髪にキツネのように切れ長く細い眼。
『大満腹食堂』という食堂のオーナーで、俺たちを勧誘してきた男だ。
「あんたが、助けてくれたのか? どうして......」
と、俺は弱々しい声で言う。
男は眉を八の字にして、
「んんっ! ええ。ワタクシと、ウチの従業員がね——この店は正直、あまり繁盛しておりません。香りは大変良いと言われるのですが肝心の味がお粗末なもので、その噂が人伝に広まってしまったため、この国以外のお客さんでも捕まえてこないとダメなんですよ。そう、あなた方は我々の大切なお客様。死んでもらっては困るのです」
と言った。
「そうなのか。スンマセン、助けてもらって」
「いえいえ。お安い御用で」
「——っ! そうだ、パンパカーナは? 俺と一緒にいた奴だ。あいつ、怪我しててヤバいんだよ!」
俺は勢いをつけてベッドから上半身を起こすが、眩暈がして視界がグラっと揺らいだ。
「大丈夫ですか。空腹で血糖値が下がっているのでしょう。まずはご飯を食べてください」
「いや、その前に......あいつは、パンパカーナはどうなったんだ」
男はこちらの方を見ようともせず、黙りこっている。
「おい! 聞いているのか」
俺は声を荒げて言う。
「落ち着いてください。んんっ! 我々は何とか治療しようと試みました。しかし、あの矢には『対象物から離れると爆発する』という特殊な仕掛けが施してあることがわかり、とても我々の手に負えることではありませんでした」
「そんな......」
「しかし王女様なら治すことができる。そう考え、お嬢さんを抱えて、急いで宮殿へと足を運びました」
「それで、治ったのか」
「結果的には治りました。無事に矢も取り除かれたそうです。んんっ! しかし......」
それを聞いた時、俺は胸にあった痛みが少し取り除かれたような気がした。
そのときは本当に、パンパカーナが命を取り留めたことを心の底から良かったと思ったのだ。
男は申し訳なさそうに続けて、
「お嬢さんを連れて帰ろうとしたのですが、王女様直々に断られまして。それで、お嬢さんは使用人として半永久的に宮殿で働くことに......」
と言った。
「冗談だろ......?」
「ですから、お嬢さんのことは諦めた方が良いかと」
「ふざけるな! どうしてあいつがそんなことをしなくちゃならないんだ! 半永久的に働く? あいつがそう言ったのかよ」
俺はふらふらと立ち上がり、男の胸倉を掴んで飄々とした顔に迫る。
「だから、落ち着いてください。直接確かめたわけではありませんが、おそらく王女様が——」
「だったら王女様とやらに直談判しに行ってやる! 宮殿はどこだ」
「やめたほうがいいですよ。王女様に逆らえば、命の保証はありませんから」
「やかましい! 早く教えろ! なんなら女王をぶっ飛ばしてでも......」
言い終わるや否や、俺の視界はグルンと鉄棒で逆上がりをするように回転した。
そして地面に体を叩きつけられ、片腕を捻られて床に伏せる格好になる。
一瞬の出来事で、何が起きたのかを理解するのに少々時間を要した。
「ほら、こんなに弱い。あなたには無理だ。のこのこ殺されに行くようなものです」
「て、めぇ......!」
「あなたはこの国の王女様が誰なのかご存じないようですから、んんっ! 教えて差し上げましょう」
男は細い目をゆっくりと開き、言う。
「かつてこの世界に君臨していた魔王を打ち倒した勇者が一人。治癒能力の最高峰にして頂点、そして唯一無二の蘇生魔法能力保有者『レベッカ・トラヴォルジェンテ・イモルタリータ』」
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