19 / 75
第19話「狂喜乱舞」
しおりを挟む
いきなりの公開殺人予告に俺は驚き、パンパカーナと頭のイカれていそうな女を交互に見る。
パンパカーナは片目を照準器に当て、穴のない銃口は女をジッと見据えているようだ。
その女は艶やかな赤い唇を彼女自身の指でなぞっている。
まるで吸血鬼だ。
怪しく光る大きな瞳と、時折覗かせる白い八重歯がそう思わせた。
「神器を構えろ、戸賀勇希。そして、奴から目を離すな」
言葉だけをこちらに向けるパンパカーナ。
その声は鋭く、固い。
いつもの元気で軽快な感じは見られず、
片膝をついてライフルを構える姿は勇敢な兵士そのものだ。
「おうよ」
俺は腰に差しておいたスコップを取り出し、「なあ」と続けて、
「あいつの武器ってさ、もしかして......」
と言った。
「ああ。十中八九、魂の神器だろう」
やはり。
遠目に見た、手にした屋根瓦を矢に変化させたのは見間違えではなかったようだ。
能力の感じからして、おそらくは『現界型』。
俺たちと女には10メートルほどの間隔があり、その中間には煙を上げている屋根瓦が一つ。
女はヒールの先をコツコツと石畳に当て、腰に差してある矢筒から三本の矢を取り出す。
「あっはあ......ねえ、パンパカーナ。私とさ、ゲームしましょうよ。ゲ・エ・ム」
「ゲーム......だと?」
「そうよぉ。今からこの一本は当たり、二つはハズレの三本の矢を同時に放つから、その中の一つだけを撃ち抜いてごらんなさい。当たれば残りの矢は消え、私もここから立ち去るわ。どうかしら?」
「その前に、教えて欲しい。私たちを襲う理由。——そして、お前が何者なのかを」
「そうねぇ......私は通りすがりの『勇者落ち』で、あなたたちを見てると......こう、なんていうのかしら——殺したくなっちゃう?」
女はそう言うと、なんの脈絡もなくボロボロと涙をこぼし始めた。
「ああ、いやだわ、あなたたちの若い命を摘み取ってしまうなんて! とてもとてもいけないことよ」
そして、今度は笑い、怒りながら、
「でも......気持ちいい。たまらなく快感なの、爽快なの、愉快なのよ! んっ......はあ。——でも許せないわ、魂の神器使いは。あの勇者共と同じ力を持つ、あなたたちがね」
その場の雰囲気はとても重たく感じた。
路地に迷い込んだ、ねっとりとした生暖かい空気が首筋を撫でていく。
目の前で次々と表情を変える女の異様さに、こちらまでおかしくなりそうだった。
パンパカーナは何も返さず、ただ女を見ている。
「さ・て・と。それじゃあ、いくわよ」
そう言って、女は三本の矢を継がえてパンパカーナに矢先を向ける。
そのまま引き絞り、弓は三日月のように大きくしなる。
女が舌なめずりをする。俺はただ、その光景を見ている。
ヒュンッという音がした。
パンパカーナは見えない引き金を引き、小さな火の玉を打ち出した。
螺旋状に走る弾丸は一本の矢に命中すると、そのまま燃え尽きてしまった。
しかし依然として、もう二本の矢はパンパカーナに向かい続ける。
「残念。ハ・ズ・レ」
「——っ!」
矢はパンパカーナの左肩と胸の中心を射抜いた。
その後、体は仰け反るようにして後ろに倒れた。
それはスローモーションのようにゆっくりとして見えた。
「パンパカーナ!!」
俺はパンパカーナに駆け寄る。
白いローブに血が滲み出ている。
呼吸は浅く、早い。
ギュッと目を瞑り、眉間に皺を寄せている。
額には湿った前髪が張り付いている。
「待ってろ、今抜いてやるからな」
矢の軸を持つと、「ウッ」と体を震わせ、さらに呼吸が速くなった。
赤は白を侵食しようと、盛んに勢力を拡大している。
「どうすりゃいいんだよ......いったい、どうしろっていうんだよ......」
「あっはっはあ〜! もしかして私、殺っちゃったかしら!? パンパカーナァ!」
俺は狂ったように笑う女に視線を向ける。
次は俺を殺すつもりなのだろうか。
殺した後、あいつはまた、ああやって笑うのだろうか。
胸ポケットに手を忍ばせるが、何もせず、その手を膝に乗せる。
爪が食い込んで痛かった。
と、目の前に肉饅らしきものが落ちてきた。
それは肉饅と呼ぶには少々大きすぎたが、現実世界で見てきたものと遜色はなく、大変美味しそうだ。
すると、肉饅から大量の煙が吹き出し、辺りは白煙に包まれた。
ついでにスパイシーな香りもたちこめている。
「ほいっと」
何者かに体を持ち上げられた。
腹には固くて暖かい感触と、汗の匂いがした。
なにか言おうとしたが、声が出なかった。
すぐ近くで、「おらよっ」という野太い声も聞こえた。
「みなさん、ずらかりますよ!」
聞き覚えのある声がした。
体は空を飛んでいるような感覚だ。
足音に混じって、ヒステリックな叫び声が遠くから聞こえてきた。
俺は抵抗もせず、ひたすらに下唇を強く噛んだ。
口のなかは鉄の味と、しょっぱい味がした。
パンパカーナは片目を照準器に当て、穴のない銃口は女をジッと見据えているようだ。
その女は艶やかな赤い唇を彼女自身の指でなぞっている。
まるで吸血鬼だ。
怪しく光る大きな瞳と、時折覗かせる白い八重歯がそう思わせた。
「神器を構えろ、戸賀勇希。そして、奴から目を離すな」
言葉だけをこちらに向けるパンパカーナ。
その声は鋭く、固い。
いつもの元気で軽快な感じは見られず、
片膝をついてライフルを構える姿は勇敢な兵士そのものだ。
「おうよ」
俺は腰に差しておいたスコップを取り出し、「なあ」と続けて、
「あいつの武器ってさ、もしかして......」
と言った。
「ああ。十中八九、魂の神器だろう」
やはり。
遠目に見た、手にした屋根瓦を矢に変化させたのは見間違えではなかったようだ。
能力の感じからして、おそらくは『現界型』。
俺たちと女には10メートルほどの間隔があり、その中間には煙を上げている屋根瓦が一つ。
女はヒールの先をコツコツと石畳に当て、腰に差してある矢筒から三本の矢を取り出す。
「あっはあ......ねえ、パンパカーナ。私とさ、ゲームしましょうよ。ゲ・エ・ム」
「ゲーム......だと?」
「そうよぉ。今からこの一本は当たり、二つはハズレの三本の矢を同時に放つから、その中の一つだけを撃ち抜いてごらんなさい。当たれば残りの矢は消え、私もここから立ち去るわ。どうかしら?」
「その前に、教えて欲しい。私たちを襲う理由。——そして、お前が何者なのかを」
「そうねぇ......私は通りすがりの『勇者落ち』で、あなたたちを見てると......こう、なんていうのかしら——殺したくなっちゃう?」
女はそう言うと、なんの脈絡もなくボロボロと涙をこぼし始めた。
「ああ、いやだわ、あなたたちの若い命を摘み取ってしまうなんて! とてもとてもいけないことよ」
そして、今度は笑い、怒りながら、
「でも......気持ちいい。たまらなく快感なの、爽快なの、愉快なのよ! んっ......はあ。——でも許せないわ、魂の神器使いは。あの勇者共と同じ力を持つ、あなたたちがね」
その場の雰囲気はとても重たく感じた。
路地に迷い込んだ、ねっとりとした生暖かい空気が首筋を撫でていく。
目の前で次々と表情を変える女の異様さに、こちらまでおかしくなりそうだった。
パンパカーナは何も返さず、ただ女を見ている。
「さ・て・と。それじゃあ、いくわよ」
そう言って、女は三本の矢を継がえてパンパカーナに矢先を向ける。
そのまま引き絞り、弓は三日月のように大きくしなる。
女が舌なめずりをする。俺はただ、その光景を見ている。
ヒュンッという音がした。
パンパカーナは見えない引き金を引き、小さな火の玉を打ち出した。
螺旋状に走る弾丸は一本の矢に命中すると、そのまま燃え尽きてしまった。
しかし依然として、もう二本の矢はパンパカーナに向かい続ける。
「残念。ハ・ズ・レ」
「——っ!」
矢はパンパカーナの左肩と胸の中心を射抜いた。
その後、体は仰け反るようにして後ろに倒れた。
それはスローモーションのようにゆっくりとして見えた。
「パンパカーナ!!」
俺はパンパカーナに駆け寄る。
白いローブに血が滲み出ている。
呼吸は浅く、早い。
ギュッと目を瞑り、眉間に皺を寄せている。
額には湿った前髪が張り付いている。
「待ってろ、今抜いてやるからな」
矢の軸を持つと、「ウッ」と体を震わせ、さらに呼吸が速くなった。
赤は白を侵食しようと、盛んに勢力を拡大している。
「どうすりゃいいんだよ......いったい、どうしろっていうんだよ......」
「あっはっはあ〜! もしかして私、殺っちゃったかしら!? パンパカーナァ!」
俺は狂ったように笑う女に視線を向ける。
次は俺を殺すつもりなのだろうか。
殺した後、あいつはまた、ああやって笑うのだろうか。
胸ポケットに手を忍ばせるが、何もせず、その手を膝に乗せる。
爪が食い込んで痛かった。
と、目の前に肉饅らしきものが落ちてきた。
それは肉饅と呼ぶには少々大きすぎたが、現実世界で見てきたものと遜色はなく、大変美味しそうだ。
すると、肉饅から大量の煙が吹き出し、辺りは白煙に包まれた。
ついでにスパイシーな香りもたちこめている。
「ほいっと」
何者かに体を持ち上げられた。
腹には固くて暖かい感触と、汗の匂いがした。
なにか言おうとしたが、声が出なかった。
すぐ近くで、「おらよっ」という野太い声も聞こえた。
「みなさん、ずらかりますよ!」
聞き覚えのある声がした。
体は空を飛んでいるような感覚だ。
足音に混じって、ヒステリックな叫び声が遠くから聞こえてきた。
俺は抵抗もせず、ひたすらに下唇を強く噛んだ。
口のなかは鉄の味と、しょっぱい味がした。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ


神々に見捨てられし者、自力で最強へ
九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。
「天職なし。最高じゃないか」
しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。
天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる