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第17話「腹ぺこアベック」
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草を踏みしめて土手を登りきるとそこは喧騒の中。様々な服装をした人々が縦横無尽に歩き回っていた。
皆それぞれ、山盛りの食べ物をバッグに詰めて満足そうな表情をしている。
建物はレンガを積み重ねて作ってあり、家々は乳白色の壁とオレンジ色の屋根で統一されているようだ。
目の覚める青空に映えていて良い。
俺は密かに、鼓動の高鳴りを感じていた。
「ここが美食の街、『シーボ』よ。各国から美味な食材が集う。そしてどの飲食店も腕利きのコックばかりなので、最高の料理が楽しめるらしい」
「最高の......料理......!」
ごくりと喉の鳴る音。
脳内にご馳走のイメージが次々と湧いてくる。
「うむ......!」
パンパカーナは口の端から涎がこぼれそうになっていた。
お互いに空腹の極みだ。
思えば、ここへ来てから何も食べていない気がする。
あのクッソでかい焼き魚も食べ損ねたし、敵との遭遇を考慮すると、何か腹に入れておきたいところだ。
「ところで今、いくら持っているんだ? パンパカーナ」
「か、金か。ちょっと確認してみるから待て」
パンパカーナはウーパールーパーのような人形を取り出すと、その背中にあるチャックを下ろして中身を見る。
「どうだ、飯代と宿賃くらいはありそうか?」
「......い」
「え」
「5エウロしか、ない......」
エウロとはこの世界における万国共通の通貨。
日本円にして、1エウロ約120円。この美食の国『シータ』では
1食につき、1人当たり約8エウロ。宿はツインルームで1泊約25エウロが相場である。
「ということは、全然足りてないじゃねえか」
俺は頭を抱えてしゃがみこむ。
「そうなるな」
視線を横下辺りに移しながら言うパンパカーナ。
「ちくしょう! なんでそんなに金が少ねえんだよ! 魔女から金もらったんじゃなかったのか」
「あ、あんなちょこっとのお金なんてすぐになくなるわよ! それに、C級以下の優良なクエストなんて酒場のボードからすぐに無くなるから、全然稼げないんだぞ」
「じゃあB級以上のクエストをやったらどうなんだ」
「無茶を言うな! B級なんて3〜4人のパーティーで挑むのが普通なんだ。それに1人で挑むなんて——命知らずもいいところよ!」
パンパカーナは早口に捲したてる。
揉めている俺たちを見る、道行く人たちの視線が刺さるように痛い。
不毛だ。この言い争いに意味はないと今更気づく。
では打開策を考えよう。
なんとかして安い飲食店を見つけるか ——また、今晩の宿はどうするか......
「——聞いているのか、戸賀勇希! この......」
謀を巡らす俺の頬は、餅のように伸びる。
「バンババーバ、ばばびばばい(パンパカーナ、離しなさい)」
爪先立ちをしているパンパカーナの眉は吊り上がり、まるで食事中のハムスターのようだ。
——もし。そちらのアベックさん。
突然、隣から聞き覚えのない男性の声。
ちょうど虫の居所が悪かった俺たちは揃って、「アン!?」と荒っぽい返しをする。
「おっと、まあ落ち着いて聞いてくださいよ。ンンッ! ワタクシですね、先ほどから見ていましたのですよ。そしたら、どうやら困っているように見えましてね、ええ」
男はオールバックの黒髪に、紫色のスーツという小綺麗な姿で、ミントの香りがしそうな笑顔を振りまいている。
細長く、痩けた顔に似合った糸のような目はキツネを連想させた。
「はあ、それで......」
「ウチ、飲食店を経営してましてね、ええ。『大満腹食堂』という定食屋なんですけどね、ワタクシはお腹を空かせている方を見ると、放っておけない質なのでございますよ、ええ。ンンッ! そ・こ・で。今回、大満腹コース15エウロのところを特別に! なんとなんと......タダ! 無料でご奉仕させていただきますよ、ええ」
「まじかよ! なんという僥倖! やったぜ、パンパカ——っ!?」
いきなりパンパカーナにシャツの袖を引っ張られ、男に背を向けて内緒話をする格好になる。
俺たちは男に聞こえないように、
(なにすんだよ、せっかくの『棚ぼた』だぜ? 乗っとかないと損だぞ)
(アホか! どう見ても怪しいだろう! そんな都合のいいことなんて起きるはずがない。あの顔を見てみろ、腹の黒さが透けているようだ)
俺はちらりと男の顔を確認すると、屈託のない綺麗な笑顔がそこにあった。
(やっぱり、めっちゃいい人そうだぞ。疑うほうが悪いってもんだ、早く飯食おうぜ)
(考え直せ、空腹に頭をやられたのか? とにかくここは——
俺たちの鼻腔にチキンを焼いたような、食欲を刺激する香りが飛び込んできた。
いつの間にか男はできたての料理を乗せた皿を持っている。
そして、俺たちに悪魔の言葉を言い放つ。
「試食、いかがですか?」
——ゴクリ。
喉の鳴る音が2つ。
腹の住人は、暴れて手がつけられなくなっていた。
「じゃあ......ひと口。ひと口だけ......」
食欲に操られたアベックは、吸い寄せられるように皿の上の、こんがり焼けた肉に腕を伸ばしていく。
飲み込まれたい、食の渦に。
身を委ねたい、味の快楽に。
あと数センチでたどり着く......
30センチ......
16......
9......
4......
男の目から、不気味な灯が洩れた。
と指先が触れるか触れないかの瀬戸際、黄金の肉に矢が突き刺さった。
するとパンパカーナはハッとしてそれを見ると、
「『秘術の矢』だ! 伏せろ!」
と叫んだ。
その直後、近傍は暴力的な閃光に包まれた。
——っ!
男は慌てて視線をそらすが、時すでに遅し。
白の世界に支配された目であたりを見回している。
パンパカーナによるとっさの判断で、彼女が俺に覆いかぶさる形で奇襲を回避することができたようだ。
「今がチャンス! 逃げるぞ、戸賀勇希」
「チクショォ......料理が......」
ご馳走を目の前に、俺たちはパニックで右往左往している人混みをかき分けて、人気の少ない路地を選ぶように逃げ去った。
途中視界の端に捉えた、屋根上で動いた影を気にかけながら。
皆それぞれ、山盛りの食べ物をバッグに詰めて満足そうな表情をしている。
建物はレンガを積み重ねて作ってあり、家々は乳白色の壁とオレンジ色の屋根で統一されているようだ。
目の覚める青空に映えていて良い。
俺は密かに、鼓動の高鳴りを感じていた。
「ここが美食の街、『シーボ』よ。各国から美味な食材が集う。そしてどの飲食店も腕利きのコックばかりなので、最高の料理が楽しめるらしい」
「最高の......料理......!」
ごくりと喉の鳴る音。
脳内にご馳走のイメージが次々と湧いてくる。
「うむ......!」
パンパカーナは口の端から涎がこぼれそうになっていた。
お互いに空腹の極みだ。
思えば、ここへ来てから何も食べていない気がする。
あのクッソでかい焼き魚も食べ損ねたし、敵との遭遇を考慮すると、何か腹に入れておきたいところだ。
「ところで今、いくら持っているんだ? パンパカーナ」
「か、金か。ちょっと確認してみるから待て」
パンパカーナはウーパールーパーのような人形を取り出すと、その背中にあるチャックを下ろして中身を見る。
「どうだ、飯代と宿賃くらいはありそうか?」
「......い」
「え」
「5エウロしか、ない......」
エウロとはこの世界における万国共通の通貨。
日本円にして、1エウロ約120円。この美食の国『シータ』では
1食につき、1人当たり約8エウロ。宿はツインルームで1泊約25エウロが相場である。
「ということは、全然足りてないじゃねえか」
俺は頭を抱えてしゃがみこむ。
「そうなるな」
視線を横下辺りに移しながら言うパンパカーナ。
「ちくしょう! なんでそんなに金が少ねえんだよ! 魔女から金もらったんじゃなかったのか」
「あ、あんなちょこっとのお金なんてすぐになくなるわよ! それに、C級以下の優良なクエストなんて酒場のボードからすぐに無くなるから、全然稼げないんだぞ」
「じゃあB級以上のクエストをやったらどうなんだ」
「無茶を言うな! B級なんて3〜4人のパーティーで挑むのが普通なんだ。それに1人で挑むなんて——命知らずもいいところよ!」
パンパカーナは早口に捲したてる。
揉めている俺たちを見る、道行く人たちの視線が刺さるように痛い。
不毛だ。この言い争いに意味はないと今更気づく。
では打開策を考えよう。
なんとかして安い飲食店を見つけるか ——また、今晩の宿はどうするか......
「——聞いているのか、戸賀勇希! この......」
謀を巡らす俺の頬は、餅のように伸びる。
「バンババーバ、ばばびばばい(パンパカーナ、離しなさい)」
爪先立ちをしているパンパカーナの眉は吊り上がり、まるで食事中のハムスターのようだ。
——もし。そちらのアベックさん。
突然、隣から聞き覚えのない男性の声。
ちょうど虫の居所が悪かった俺たちは揃って、「アン!?」と荒っぽい返しをする。
「おっと、まあ落ち着いて聞いてくださいよ。ンンッ! ワタクシですね、先ほどから見ていましたのですよ。そしたら、どうやら困っているように見えましてね、ええ」
男はオールバックの黒髪に、紫色のスーツという小綺麗な姿で、ミントの香りがしそうな笑顔を振りまいている。
細長く、痩けた顔に似合った糸のような目はキツネを連想させた。
「はあ、それで......」
「ウチ、飲食店を経営してましてね、ええ。『大満腹食堂』という定食屋なんですけどね、ワタクシはお腹を空かせている方を見ると、放っておけない質なのでございますよ、ええ。ンンッ! そ・こ・で。今回、大満腹コース15エウロのところを特別に! なんとなんと......タダ! 無料でご奉仕させていただきますよ、ええ」
「まじかよ! なんという僥倖! やったぜ、パンパカ——っ!?」
いきなりパンパカーナにシャツの袖を引っ張られ、男に背を向けて内緒話をする格好になる。
俺たちは男に聞こえないように、
(なにすんだよ、せっかくの『棚ぼた』だぜ? 乗っとかないと損だぞ)
(アホか! どう見ても怪しいだろう! そんな都合のいいことなんて起きるはずがない。あの顔を見てみろ、腹の黒さが透けているようだ)
俺はちらりと男の顔を確認すると、屈託のない綺麗な笑顔がそこにあった。
(やっぱり、めっちゃいい人そうだぞ。疑うほうが悪いってもんだ、早く飯食おうぜ)
(考え直せ、空腹に頭をやられたのか? とにかくここは——
俺たちの鼻腔にチキンを焼いたような、食欲を刺激する香りが飛び込んできた。
いつの間にか男はできたての料理を乗せた皿を持っている。
そして、俺たちに悪魔の言葉を言い放つ。
「試食、いかがですか?」
——ゴクリ。
喉の鳴る音が2つ。
腹の住人は、暴れて手がつけられなくなっていた。
「じゃあ......ひと口。ひと口だけ......」
食欲に操られたアベックは、吸い寄せられるように皿の上の、こんがり焼けた肉に腕を伸ばしていく。
飲み込まれたい、食の渦に。
身を委ねたい、味の快楽に。
あと数センチでたどり着く......
30センチ......
16......
9......
4......
男の目から、不気味な灯が洩れた。
と指先が触れるか触れないかの瀬戸際、黄金の肉に矢が突き刺さった。
するとパンパカーナはハッとしてそれを見ると、
「『秘術の矢』だ! 伏せろ!」
と叫んだ。
その直後、近傍は暴力的な閃光に包まれた。
——っ!
男は慌てて視線をそらすが、時すでに遅し。
白の世界に支配された目であたりを見回している。
パンパカーナによるとっさの判断で、彼女が俺に覆いかぶさる形で奇襲を回避することができたようだ。
「今がチャンス! 逃げるぞ、戸賀勇希」
「チクショォ......料理が......」
ご馳走を目の前に、俺たちはパニックで右往左往している人混みをかき分けて、人気の少ない路地を選ぶように逃げ去った。
途中視界の端に捉えた、屋根上で動いた影を気にかけながら。
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