歌が聞こえる

みもD

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1話 わだかまり

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 肌に刺さるような寒さを感じ、私は、気だるさに少しだけ抗って、ゆっくりと体を起こす。
もう朝になっていた。朝日が私の白く小さい胸を照らしている。布団を羽織り、少し寒さを和らげる。
寝ぼけ眼で横を見たら、私の彼氏である良介(りょうすけ)が上半身裸で、寝息を立てて熟睡していた。
 呑気な奴。
良介の固い頬をつねりながら「ほーぅら、今日こそ仕事見つけにいくんでしょ?起きたら?」
と言って起こしてみる。何か母親みたいな言い方をしたなって思い、ちょっとだけ、クスリとだけ笑ってしまった。その笑いに気づいたのか、良介が起きた。
今ので起きるのなら私の声で起きてくれよ。
「…んぁ?秋子(あきこ)、おはのー…」
おはのーってなんやねん。っと、心の中でツッコミをいれたところで、「おはよ」と返す。
ささやかな日常。五ヶ月前にやっと手にいれた日常。私はここに私と良介がいるだけで良いと思った。切実に。

 トースト一枚とホットコーヒーという、なんとも簡素な朝食を済ませ、職探しに行くまで良介とちょっとだけ話す。
「なあ秋子」良介が口を開く。
「ん?なに?」
「帰りたいと思ってる?」
その言葉に一瞬固まる。今日の会話はそれか。でも返答は決まっている。「いや、べつに」だ。続けて言う。
「私を金と比べて金を取った家だもの。戻りたいとは思わないし、なにより…」
私は良介を見てにっこり笑って、
「あなたといたいんだもの」そう言った。
いつもここで優しい笑顔で良介が「そっか、ならいいんだ」と言う。
けど、今日は違った。
「ホンとに?」
いつもと違う返答に、一瞬なにが起こったのか分からなかった。良介の顔はしっかりと私を見据えていて、笑ってなかった。
「えっ…どういうこと…?」
「本当にそう思ってるのかって聞いてるんだ」
少し声に圧迫感を感じる。こんなの、初めて見る。

 私と良介が初めてあったのは五ヶ月前。私は良介に誘拐された。
大企業の娘である私を人質に、一億円用意しろと脅していたのを今でも覚えている。
大企業とはいえ、父の会社にそんな大金は無いと思っていた。それ以前に、新たに事業を進めていて若干赤字ぎみだったことも重なっている。
父は仕事人間だ。私が6歳の頃に母さんが亡くなってからより一層仕事に夢中になっていくようだったし、3歳離れた弟、つまり跡継ぎもいる。
しかも当時私は、高校のクラス内で「金持ちで偉そうだから」と言う幼稚な理由でいじめられていた。そして学校に行かなくなってしまっていた。父はその事について何も言わず、ただほったらかしていた。
ある日、父の会社がテレビで取材された。もちろん私はその取材には出なかった。そして放送を見てみると、父と弟が並んでいて、父が、
「この一人息子が、いつか私の跡を継いで、この会社を大きくするでしょう。」と、にこやかに答えていた。
これで、引きこもりになった私が、世間的にも家族的にも父にとって邪魔でしかないことはバカでもわかることだ。
そして誘拐されて、約束の時間になってーー

    予想どおり助けに来なかった。
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