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【王妃候補編】
40. エピローグ
しおりを挟む王国の最北の地、シュネーハルト公爵領が一年で一番雪に包まれる、星の女神祭を待つまでの季節
クリスティーナは生まれたばかりの幼子を抱いて公爵邸の部屋からステラの花が咲き誇る庭を眺めていた。
廊下からパタパタと小さな子犬が走るような音が聞こえたかと思うと、その足音はクリスティーナのいた部屋の前で止まった。
ゆっくりと扉が開くと、そこにはヴォルフガングより少しだけ明るい藍色の髪の少女がひょっこりと顔を覗かせた。
「おかあさま、入ってもいい?」
ヴォルフガングと同じ金色の瞳をクリスティーナに向けながら少女は尋ねる。
「もちろんよ。いらっしゃい」
優しく微笑むクリスティーナに少女は花が咲いたかのような笑みを浮かべると、静かに扉をしめ、急ぎ足でクリスティーナの元に近寄ってきた。
そして背後に隠していた右手をクリスティーナの前に差し出す。
「おかあさま、みて! この魔法陣を使ったら、青いバラができたの!」
少女の手には、綺麗な青色の薔薇が握られていた。
クリスティーナは目を丸くしてその子の手から青色の薔薇を受け取る。
「本当にすごいわ! どうやったのかお母様にも教えてくれる?」
「もちろん!」
そう言って少女が広げた魔法陣には、クリスティーナがヴォルフガングへ初めて見せた魔法式が組み込まれていた。
クリスティーナがその部分をじっと見つめている事に気がついた少女が、魔法式を指さして言う。
「ここの魔法式はね、おとうさまが教えてくれたの! 大切な魔法式だって、おとうさまが言っていたわ!」
笑顔でそう言った少女と箱庭で見たヴォルフガングの笑顔が重なって見えた。
「おかあさまの育てたバラが、おとうさまの色だったらステキだなあって、ずっと思っていたの!」
愛しい人にも自分にも似た少女の柔らかい髪を撫でながら、優しい表情をしたクリスティーナは言った。
「本当に素敵ね。お母様が見た薔薇の中で一番綺麗だわ!」
クリスティーナが何度魔法陣を調整しても作る事のできなかった青い薔薇。
まさかヴォルフガングに渡した魔法式が作用するとも、まだ幼い娘が作ってしまうとも思っていなかったクリスティーナは、幸せそうに薔薇を見つめた。
そんな母の表情を見て、にこにこと嬉しそうに魔法陣と薔薇を見比べる少女。
「でも、この薔薇は毎晩月の光が当たるところに置いておかないとね」
「どうして?」
少女がこてんと首を傾げた時、クリスティーナが手に持っている薔薇が徐々に白くなり始めた。
「ああ! せっかくできたと思ったのに……」
青い薔薇は瞬く間に元の白い薔薇に戻ってしまった。
クリスティーナは、ショックを受けたように眉を垂らして金色の瞳に涙を溜める少女に薔薇を渡して、その小さな体を抱き寄せる。
「この魔法式はね、満月の光を浴びると青く光るようになっているのよ」
「そうなの?」
「ええ。だから満月の光を当てると青い薔薇に戻ると思うわ」
その言葉を聞いた少女は考え込むようにして魔法陣を見つめる。
そして何かを思いついたように顔を上げた時、金色の瞳に涙はもうなく、楽しそうにキラキラと瞳を輝かせていた。
「じゃあ、色をていちゃくさせる魔法式を考えなくっちゃ! おかあさま、ありがとう!」
少女は白くなった薔薇と魔法陣を握りしめて、クリスティーナの腕の中をするりと抜ける。それからまたパタパタと可愛らしい足音を立てながら部屋から飛び出して行った。
「ふふ、お姉ちゃんはお勉強熱心ね」
クリスティーナは腕の中ですやすやと眠る自分と同じ色の髪をした子にそう微笑みかけた。
きらきらとまるで星屑のように降る雪に、子どもたちの幸せな未来に願いを込めて、クリスティーナは子守唄を歌っていた。
それから数年後
シュネーハルト公爵家の王都邸に青薔薇が咲き誇るのはまた別のお話
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