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【王妃候補編】
20. 小さな姫の恋心
しおりを挟む耳まで真っ赤にしたエカテリーナ王女の話を聞くため、クリスティーナの提案で庭園の中に置かれているベンチに三人で腰掛けていた。
クリスティーナとベアトリーチェの間にちょこんと座る小さな王女にクリスティーナは静かに話しかける。
「……先ほどの件ですが、わたくしは国王陛下をお慕いしておりません」
そう言いきったクリスティーナに、ベアトリーチェも続く。
「わたくしもです、エカテリーナ様。むしろ王妃など絶対になりたくないと思っておりますわ」
ふたりの顔を交互に見たエカテリーナ王女は、俯いて小さな声で言った。
「そうなのですね……。わたくしったら、大変な失礼を……」
「お気になさらないでください。わたくしたちは大丈夫ですから」
クリスティーナが優しく語りかけると、エカテリーナ王女は潤んだ瞳をクリスティーナへ向ける。
「ありがとうございます。クリスティーナ様」
その様子を見ていたベアトリーチェが単刀直入に切り込んだ。
「……エカテリーナ様は、陛下をお慕いしていらっしゃるということでよろしのかしら?」
「えっ……!」
「ベアトリーチェ様……」
顔を真っ赤にして驚くエカテリーナ王女に、ため息をつくクリスティーナ。ベアトリーチェはあえて空気を読む事なく話し続ける。
「よいではないですか。先ほどの茶会が王妃候補を集めたものだということは、皆が気づいておりますわ」
ベアトリーチェの的を得た言葉に、エカテリーナ王女は膝に置かれた両手で自分のドレスをぎゅっと握りしめた。
「……ベアトリーチェ様のおっしゃる通りです。わたくしはルイス国王陛下をお慕いしております」
俯いていた顔を上げて庭園の美しい花たちを見つめながら、エカテリーナ王女はそう言った。
「ですが、智恵の花の称号を賜る公爵家のベアトリーチェ様に、最高位の花の称号を賜る侯爵家のクリスティーナ様。ご実家が帝国との貿易で力のあるグロスマン伯爵令嬢……。皆さま美しくて王妃に相応しいお方ばかりで……」
「エカテリーナ様、グロスマン伯爵令嬢は勘定に入れなくても良いのです。あの振る舞いで、王妃は務まりませんわ!」
先ほどの茶会での出来事を思い出したのか、ベアトリーチェは憤ったようにそう言った。その姿に口をぽかんと開けて戸惑うエカテリーナ王女にクリスティーナが話を切り替える。
「……グロスマン伯爵令嬢の件はとりあえずそこまでにして。エカテリーナ様、わたくしはこれから領地でゆっくり引きこもって生活する予定ですので、安心してください。わたくしの父も娘を王妃に、などとは考えておりませんので」
「どこかお身体の調子が悪いのですか?」
「いいえ。引きこもって好きなことをしたいだけなのです」
クリスティーナの発言にベアトリーチェが眉間に皺をを寄せ腕を組む。
「クリスティーナ様! またそんなことをおっしゃって! 貴女はロゼなのですよ。社交界の華が、皆の手本となるべき方が引きこもりとはなにごとですか!」
ベアトリーチェはいつもこうだと、クリスティーナはわざとらしく大きなため息をつく。
「そんなに仰るなら、ベアトリーチェ様が社交界の華として、その頭脳をお奮いになられれば良いでしょう……」
「わたくしのこの頭脳はザルヴァトル公爵家、ひいては国のために使いたいのです。王妃や淑女のトップなどもっての外ですわ!」
「ああ、ベアトリーチェ様はまだ爵位の継承を諦めていらっしゃらなかったのですね」
「クリスティーナ様こそ、引きこもりなんて諦めた方がよろしくてよ。わたくしとこの国をより良くしていくための人材なのですから!」
「ふふっ」
王国最も身も心も美しいであろうふたりの令嬢が言い合う姿に、おかしくなり笑い出してしまったのはエカテリーナ王女だった。
「エカテリーナ様、失礼いたしました」
くすくすと笑うエカテリーナ王女に我に返ったクリスティーナはすぐに謝った。
「いいえ、おふたりともとても仲がよろしいのですね」
「仲が良いかどうかは……なんとも申し上げられませんわ」
そう答えたベアトリーチェの言葉を聞いたエカテリーナ王女は、エメラルドのような緑色の瞳を大きく開いたあと、さらに笑い出したのだった。
ひとしきり笑ったエカテリーナ王女は、ふうっと息を吐いて呼吸を整える。
「……こんなに笑ったのは久しぶりです。本当に花が咲くような立ち居振る舞いをされるおふたりに、こんな一面があっただなんて。わたくし、ますますおふたりを好きになりました」
茶会の席では、不必要に言葉を発さず、紅茶に口をつけることさえも緊張していたエカテリーナ王女の笑顔を見たクリスティーナの心は、少しばかりほっとしていた。
「わたくしはおふたりのように、自分の好きな事もやりたい事も、なにかに秀でた才能もありません。まだまだ子どもで、陛下はわたくしなどお相手にされないでしょう」
自嘲気味にそう言いったエカテリーナ王女の言葉を、ベアトリーチェがとっさに否定する。
「そんなことはないと思いますわ。わたくしは父の手伝いで王宮にあがっておりますが、あの忙しくて、女嫌いで、最近では男色なのではなんてお噂の出てきたあの陛下が! エカテリーナ様のためにお時間を作って、この国や世界の歴史などについてお教えくださっているではありませんか」
「それは……わたくしがお尋ねするものだから仕方なくだと思われます。それに、妹君のマリーテレーズ姫とわたくしは三つしか変わりませんから、妹のように思われているのかと……」
ベアトリーチェの国王に対する不敬とも取られかねない発言に、顔を引きつらせそうになるのを抑えながら、クリスティーナはエカテリーナ王女の手を握って問う。
「陛下のお気持ちは、陛下にしかわかりません。でも、エカテリーナ様は陛下のことがお好きなのですよね」
クリスティーナの手をぎゅっと握り返して、王女はこくんと頷く。
「でしたら、わたくしたちと一緒に自分磨きをいたしませんか?」
「自分磨き……ですか?」
「はい。エカテリーナ様のお作法は美しいですが、ルクランブルク王国のものとたまに違う時があります。ルクランブルクの王妃に相応しいよう、王国の礼儀作法をわたくしと一緒にお勉強いたしませんか?」
「……! クリスティーナ様にお教えいただけるだなんて、とても嬉しいです!」
エカテリーナ王女は花が咲いたように顔を綻ばせて返事をした。その愛らしい笑顔にクリスティーナも笑顔になる。
「国王陛下とより深い会話ができるように、ベアトリーチェ様にも王国や周辺国の歴史や政治などご教授していただきましょう。もちろん良いですよね、ベアトリーチェ様?」
クリスティーナがベアトリーチェに視線を向けると、ベアトリーチェもエカテリーナ王女の手を取って言った。
「もちろんですわ! お慕いする方と結ばれるために努力するなんて、素敵じゃありませんか! 喜んでお手伝いさせていただきますわ」
「ベアトリーチェ様……。ありがとうございます……!」
ベアトリーチェの言葉にエカテリーナ王女は目を潤ませる。
「わたくしは、あとひと月ほど王都に留まりますから、その間一緒にレッスンいたしましょう。三週間後に開かれる新年の晩餐会で陛下にさらにお美しくなったお姿を見ていただけるように」
「まあ! 良いアイデアですわね! エカテリーナ様、一緒にがんばりましょう!」
繋がれた両手をもう一度握り返したエカテリーナ王女は、しっかりと顔を上げ、輝くエメラルドの瞳で言った。
「……クリスティーナ様、ベアトリーチェ様、本当にありがとうございます……。わたくし、陛下のお心を掴むためにがんばります!」
こうして、可愛らしい王女の陛下を虜にするための自分磨き大作戦が始まったのだった。
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