2 / 11
第一幕:悪役令嬢? お断りです!
02. 十六歳春、運命を知らされる
しおりを挟む* * * * * *
「……ちょっと待って!! わたし死んじゃうの!?」
わたしは衝撃のラストに本を落として頭をかかえソファに項垂れる。
アリスティア・シュネーハルト、十六歳。
大陸の中央を治めるルクランブルク王国にある公爵家の娘である。
「国の名前に登場人物の名前、それに設定まで何もかもわたしの生きている世界と同じ。一体どういう事……?」
恋愛小説【ユリの花束を君に】
並外れた魔力を持った男爵令嬢リリィが、王太子ラファエルと恋に落ち、封印が解かれた悪竜をリリィの聖なる力で浄化したのち、王太子と結ばれる、というラブストーリー。
もちろん恋愛小説に悪役は付き物で、二人の恋仲を邪魔するのが王太子の婚約者である公爵令嬢アリスティア……
そう、わたしなのだ。
小説の中のアリスティアはありとあらゆる手で主人公のリリィへ嫌がらせをする。
物が無くなるなんて典型的なものは優しい方で、害虫を食べさせようとしたり、毒を盛ったり、監禁したり、暗殺を目論んだり……あらゆる犯罪のオンパレード。
もちろんその度にリリィと恋仲であるラファエル王太子よって助けられるのだが。
嫉妬に狂ったアリスティアは、最北の大神殿に眠るとされている悪竜の封印を解き、国ごとリリィを消し去ろうとする。
「ちょっと、ティア! アンタにこんな度胸があったなんて知らなかったわ! アタシしか友達のいないティアが社交会の華? ククク……傑作ね!」
落としたはずの本がふわふわと浮き、その周りを飛ぶ小さな竜がケラケラと楽しそうな声を上げた。
「なによ、オルフェだって悪竜だって書かれてるじゃない……」
「失礼ね! アタシは聖竜よ。しかも封印されているんじゃなくて、北の地を守っているんだから!」
彼は聖竜オルフェウス。
この国ができる遥か前から氷で覆われた北の地を守る聖なる竜である。
白銀の美しい鱗にサファイアのように美しいブルーの爪をした見た目、ダイヤモンドのような輝く瞳は感情によって美しく色を変える。
「毎日毎日大神殿で迷子になってピーピー泣いてたティアを見つけて、助けてあげてたのはアタシなんだからね!」
悪竜といわれた事がひどく気に入らなかったらしいオルフェは、息巻きながらわたしへ向かって本を飛ばした。
手元に戻ってきた本を見つめながらわたしは呟いた。
「オルフェしか話す相手のいないわたしが、他の令嬢達と結託して、こんなこと出来るのかしら……?」
オルフェが守る北の地は我がシュネーハルト家が治める極寒の領地。
三歳から社交界デビューをす十二歳まで、前公爵であるお祖父様と一緒に北の領地に住んでいた。
北の地にある大神殿は魔力によってその領地を守る役目があり、その魔力を補給し管理するのが領主一族なのだ。
お祖父様に連れられて大神殿に行った時に迷子になったわたしを助けてくれたのがオルフェで、またわたしもその美しい竜と仲良くなりたい一心で大神殿へ毎日通った。
しかし、聖竜という神聖な生き物にそう簡単に出会えるわけもなく、散々探し回った挙句迷子になり泣くわたしをオルフェは毎回叱って助けてくれた。
そして季節がひとつ終わる頃には、すぐにオルフェを見つけられるようになっていた。
十二歳になり社交界デビューをするため、王都の邸宅へ住まいを移す際にも一緒についてきてくれた。
王都へ来てからも会話をするのは侍女や執事、そして一緒について来てくれたオルフェくらいだ。
小説に登場した取り巻きにできるような令嬢など想像もつかない。
「タリア伯爵家マリアンヌ様、シュヴェーデル侯爵家カロリーネ様、彼女達も実在する人物なのよね」
小説中でアリスティアの取り巻きとして一役買う令嬢二人。最終的には捨て駒にされたのだけれど……。
「でも確かこのコたち、この間の夜会でティアに嫌味飛ばしてなかったかしら?」
「そうだっけ? 名前と顔は一致するのだけれど、何を話したかまでは覚えていないの」
「アンタ本当に興味のない事には無関心よね……」
目の前をくるくると飛び回っていたオルフェは、やれやれと言いながらテーブルに置かれたマカロンに手を伸ばした。
「興味がないんじゃなくて不必要だったのよ。多分」
紅茶を一口飲んで、お祖父様の言葉を思い出す。
『真実を見極めろ』
お祖父様の口癖だった。
社交よりも魔法や領地運営などを学んでいたために、どうしても令嬢たちのする上部だけの会話は好きではないのだ。
「真実……か。ねぇ、オルフェ、この小説に登場する人物は実在する人ばかりよね?」
「ん、そうね」
オルフェはマカロンを食べる手を止める事なくそう返事をする。
「この本を書いた方、捕まってしまわないかしら?」
わたしがそう呟くと、ダイヤモンドのような瞳をカッと見開いてこちらを見た。
「まさか、アンタも小説版アリスティアのように暗殺業者を雇って著者を始末するつもりじゃ……!?」
わたしは思わずガチャリとカップから音を立ててしまった。
「そんなわけないでしょう! 一体どこにそんな伝手があるっていうの! わたしは一応、公爵令嬢だし、他に登場する令嬢や令息たちもそれなりに権力のある家よ。いくら趣味で面白おかしく書いていたとしても、問題になるのではないの?」
「小説の中の王太子もなかなかのクズっぷりだったしねぇ」
先ほどまで大きく見開いていた瞳を細めて楽しそうに笑うオルフェに溜息をついた。
「とにかく、ラファエル殿下や国王陛下の名前まで出ている以上、王室に見つかったら反逆罪も問われかねないわ」
「あら? クズっぷりだったのは否定しないのね?」
瞳を淡いローズ色に染めてこちらを見るオルフェ、楽しんでいる時の色だ。
本に目を移してわたしはボソリと呟く。
「婚約者がいるのに、まず先に婚約破棄もせずに恋仲になるのはどうかと思ったわ……」
オルフェの瞳の色がローズ色から元の色に戻る。
「小説はそうだったとしても、現実はどうかしらね……」
オルフェがそう言いながら部屋の扉へ視線を向けた時、扉がノックされる音が響いた。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
【完結】転生したら悪役令嬢だった腐女子、推し課金金策してたら無双でざまぁで愛されキャラ?いえいえ私は見守りたいだけですわ
鏑木 うりこ
恋愛
毒親から逃げ出してブラック企業で働いていた私の箱推し乙女ゲーム「トランプる!」超重課金兵だった私はどうやらその世界に転生してしまったらしい。
圧倒的ご褒美かつ感謝なのだが、如何せん推しに課金するお金がない!推しがいるのに課金が出来ないなんてトラ畜(トランプる重課金者の総称)として失格も良い所だわ!
なりふり構わず、我が道を邁進していると……おや?キング達の様子が?……おや?クイーン達も??
「クラブ・クイーン」マリエル・クラブの廃オタク課金生活が始まったのですわ。
*ハイパーご都合主義&ネット用語、オタ用語が飛び交う大変に頭の悪い作品となっております。
*ご照覧いただけたら幸いです。
*深く考えないでいただけるともっと幸いです。
*作者阿呆やな~楽しいだけで書いとるやろ、しょーがねーなーと思っていただけるともっと幸いです。
*あと、なんだろう……怒らないでね……(*‘ω‘ *)えへへ……。
マリエルが腐女子ですが、腐女子っぽい発言はあまりしないようにしています。BLは起こりません(笑)
2022年1月2日から公開して3月16日で本編が終了致しました。長い間たくさん見ていただいて本当にありがとうございました(*‘ω‘ *)
恋愛大賞は35位と健闘させて頂きました!応援、感想、お気に入りなどたくさんありがとうございました!
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
【完結】悪役令嬢の反撃の日々
アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
乙女ゲームのヒロインに転生したらしいんですが、興味ないのでお断りです。
水無瀬流那
恋愛
大好きな乙女ゲーム「Love&magic」のヒロイン、ミカエル・フィレネーゼ。
彼女はご令嬢の婚約者を奪い、挙句の果てには手に入れた男の元々の婚約者であるご令嬢に自分が嫌がらせされたと言って悪役令嬢に仕立て上げ追放したり処刑したりしてしまう、ある意味悪役令嬢なヒロインなのです。そして私はそのミカエルに転生してしまったようなのです。
こんな悪役令嬢まがいのヒロインにはなりたくない! そして作中のモブである推しと共に平穏に生きたいのです。攻略対象の婚約者なんぞに興味はないので、とりあえず攻略対象を避けてシナリオの運命から逃げようかと思います!
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい
小達出みかん
恋愛
私は、悪役令嬢。ヒロインの代わりに死ぬ役どころ。
エヴァンジェリンはそうわきまえて、冷たい婚約者のどんな扱いにも耐え、死ぬ日のためにもくもくとやるべき事をこなしていた。
しかし、ヒロインを虐めたと濡れ衣を着せられ、「やっていません」と初めて婚約者に歯向かったその日から、物語の歯車が狂いだす。
――ヒロインの身代わりに死ぬ予定の悪役令嬢だったのに、愛されキャラにジョブチェンしちゃったみたい(無自覚)でなかなか死ねない! 幸薄令嬢のお話です。
安心してください、ハピエンです――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる