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4話
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もう春の空気などどこにもない。あるのは初夏の匂いと、変わりゆく日々。風が運んでくる青葉の匂いが、とても心地よく感じてしまう。わたしは再び学校へ通うようになった。最初はクラスメイトの人達から、驚かれたが関わりを持っていく内に普通のように接してくれるようになってくれていた。一部のクラスメイトは、気まずさもあってか、未だに打ち解けることができていなかった。でも仕方がないのかもしれない。あのときのわたしは本当に弱かった。あのとき、わたしが無暗にも『結びの力』を使わなければ、もっと自分を持っていたら、不登校にはならなかったと思う。わたしは、もっと自分のことを知らなくてはいけないのかもしれない。そして強くならなくてはいけない。でもわたし一人ではどうにかできないこともある。あのときとは違うことがある。今のわたしには手を指し伸ばしてくれる親友がいる。心配して駆けつけてくれる想い人がいる。どんな壁に当たろうとも、きっと大丈夫だと思う。もうわたしは独りではないのだから。
「愛美はさ。もう志望校は考えてるの?」
「ずっと学校に来れていなかったし。受からないと思うけど。考えてるところあるよ」
「あぁ。わかった。立原さんと同じところでしょ」
彼女の言葉に、赤面しながらも頷いた。ソウ兄の学校はいわゆる、進学校だ。偏差値もとても高いところだ。今から努力しても間に合うかわからない。でもソウ兄のことが好きだと自覚してから、彼と同じ高校に通いたいと思うようになった。でもわたしと彼は三つ離れているから、どうしても入れ違いになってしまう。どうしようもないことなのだけれど、切ない気持ちになってしまう。一度でもいいから、一緒の制服で、登校したり、一緒に買い物とかに行ってみたい。そのような願いを考えたりしてしまうのだ。
「でも愛しの幼なじみが勉強教えてくれてるんでしょ」
「そうだけれど」
「何よ。煮え切らないわね」
「わたし言ってないの。志望校」
「どうしてよ。ちゃんと学校に来るようになったし。成績だって申し分ないんだから」
「学校に来れているのは、近藤さんのサポートがあってこそだし、勉強の成績はソウ兄のおかげだよ」
近藤さんは大きく溜め息を吐いた。
彼女の呆れた表情に、わたしは顔を青くなってしまった。自分の臆病さが、本当に厄介だ。こうして大事な親友に悪い気分をさせてしまっている。胸のあたりが抉られているぐらい、すごく痛かった。
「愛美! とにかくあんたは、自分に自信がなさすぎる。そのままじゃ、いつまでも可愛い妹分だし。ただの幼なじみだよ」
「そうだよね。ごめんなさい」
彼女の言う通りだ。わたしは自分に自信がなさすぎる。だからすぐに臆病になってしまう。もう周りの人に守ってもらってばかりではいけないのだ。再び学校へ登校するようになったのだから、自分で戦う術を覚えていかならければならない。
「あと愛美。いい加減。苗字に『さん』付け止めない」
「え?」
「だってうちだけ下の名前呼び捨てだし。距離感を感じちゃうのよ」
「う、うん。そうだよね。え、えっと、ち、ち、千春…ちゃん」
「う~ん。『ちゃん』付けかぁ。まぁ、いっか。許そう」
近藤さん…。いや千春ちゃんは、グッと親指を突き上げた。
*
夕方、学校から帰宅し、すぐに神社へ向かった。今は受験生ということもあって、手伝いはお休みにすることにした。二年間の内申がない分を取り戻さないといけないからだ。奏さんもさびしそうな表情を浮かべていたけれど、応援してくれると言ってくれていた。奏さんも勉強に協力してくれると言ってくれていた。
神社の境内は、やっぱり落ち着ける場所だ。鳥居を括る前とは違う空気や周りの音がまるで違う。別世界に迷い込んだ気分になる。父に聞いたことがあった。なんで宮司になろうと思ったのか。
『親父、いやおじいちゃんの背中を見ていたということもあるけど。だけど一番は神社が好きだからかな』
父は自分が好きなことを仕事にした。そのためにもたくさんの進路を考えて行動をしてきたのだろう。
――そういえば、なんでソウ兄は宮司を目指そうと思ったんだろう。
今まで考えてこなかった。ずっと自分のことしか考えられていなかったかもしれない。最近は余計かもしれない。自分のことで頭の中がいっぱいで、ソウ兄がどう進路を決めたなんて考えていなかった。他愛ない話しや一緒にご飯食べたりしたのに、知ろうともしなかった。自由人だけれどやさしいお兄ちゃん。そしてわたしの想い人。それなのに彼の知らないところがあったことが、すごく悲しく感じてしまう。気持ちが沈んでいると、頭に痛感が走った。振り返らずとも犯人はわかっている。
「何、暗い顔してるんだよ。いじめられたのか?」
「ソウ兄、頭叩くのやめてよ」
「メンゴメンゴ。で、今度は、何に悩んでるんだ」
ソウ兄は腰を下ろして、わたしに目線を合わせた。視線がぶつかり、胸がドキッと跳ね上がった。きっと顔も赤くなっているだろう。
「顔が赤い。風邪か?」
「ち、ちがっ」
「そうか。なら奥の部屋で話すか。そこだったら、話しやすいだろ」
ソウ兄は笑顔で、社務所へ歩いていった。少しづつ離れていく彼の背中が、すごく恋しい。一歩二歩をゆっくり歩み、すぐに速足で追いかけソウ兄を背中から抱きしめた。
「ソウ兄、どうして、宮司になろうと思ったの?」
泪ながら問いかけると、ソウ兄は少し間を開けて、答えを口にした。
「宮司になったら、マナをずっと守ってやれるだろ。そしたらお前は独りで殻にこもらなくたって済むだろ」
――わたしのために?
彼はわたしのために、自分の進路を決めてくれたというのか。自分が彼を縛りつけてしまっているのか。
「ソウ兄、ごめんなさい。ごめんなさい」
「どうして謝る? お前は悪いことなんてしてないだろう」
「わたし、ソウ兄が好き。幼なじみとしてじゃなくて一人の男の子として好きです。でもこれ以上、ソウ兄を縛りつけたくない」
溢れ出る泪が彼のブレザーを濡らした。これ以上、彼を苦しめたくないのに、もっと自由になってほしいのに、自分の想いがどんどん募っていってしまう。
――どうして恋って、こんなにも苦しいの?
小さい子どものように声を上げて、泣いてしまっていた。ソウ兄は困ったように頭を摩り溜め息を吐いた。
「俺は別にお前に縛られているというわけじゃないよ。俺が自分の意志で決めたんだよ。妹分としてじゃなくて、一
人の女の子として、お前を守りたいって」
「本当に?」
「あぁ。俺もお前が好きだ。幼なじみとしてじゃなくて、一人の女の子としてな」
思いがけない言葉にわたしは顔を上げた。彼がわたしに対して恋心を抱いてくれいたとは思いもしていなかった。胸が暖かくなるのがわかった。だけれどソウ兄の表情が少し曇っているのがわかった。
「だけどごめんな。来年からしばらく傍にいてやれないかもしれない」
「どうして?」
「俺、東京の大学に行こうって考えてんだ。できれば下宿する方向で」
来年から、ソウ兄はすぐ会えるような存在ではなくなってしまう。わたしの心の中がまっ白になっていっていった。
「愛美はさ。もう志望校は考えてるの?」
「ずっと学校に来れていなかったし。受からないと思うけど。考えてるところあるよ」
「あぁ。わかった。立原さんと同じところでしょ」
彼女の言葉に、赤面しながらも頷いた。ソウ兄の学校はいわゆる、進学校だ。偏差値もとても高いところだ。今から努力しても間に合うかわからない。でもソウ兄のことが好きだと自覚してから、彼と同じ高校に通いたいと思うようになった。でもわたしと彼は三つ離れているから、どうしても入れ違いになってしまう。どうしようもないことなのだけれど、切ない気持ちになってしまう。一度でもいいから、一緒の制服で、登校したり、一緒に買い物とかに行ってみたい。そのような願いを考えたりしてしまうのだ。
「でも愛しの幼なじみが勉強教えてくれてるんでしょ」
「そうだけれど」
「何よ。煮え切らないわね」
「わたし言ってないの。志望校」
「どうしてよ。ちゃんと学校に来るようになったし。成績だって申し分ないんだから」
「学校に来れているのは、近藤さんのサポートがあってこそだし、勉強の成績はソウ兄のおかげだよ」
近藤さんは大きく溜め息を吐いた。
彼女の呆れた表情に、わたしは顔を青くなってしまった。自分の臆病さが、本当に厄介だ。こうして大事な親友に悪い気分をさせてしまっている。胸のあたりが抉られているぐらい、すごく痛かった。
「愛美! とにかくあんたは、自分に自信がなさすぎる。そのままじゃ、いつまでも可愛い妹分だし。ただの幼なじみだよ」
「そうだよね。ごめんなさい」
彼女の言う通りだ。わたしは自分に自信がなさすぎる。だからすぐに臆病になってしまう。もう周りの人に守ってもらってばかりではいけないのだ。再び学校へ登校するようになったのだから、自分で戦う術を覚えていかならければならない。
「あと愛美。いい加減。苗字に『さん』付け止めない」
「え?」
「だってうちだけ下の名前呼び捨てだし。距離感を感じちゃうのよ」
「う、うん。そうだよね。え、えっと、ち、ち、千春…ちゃん」
「う~ん。『ちゃん』付けかぁ。まぁ、いっか。許そう」
近藤さん…。いや千春ちゃんは、グッと親指を突き上げた。
*
夕方、学校から帰宅し、すぐに神社へ向かった。今は受験生ということもあって、手伝いはお休みにすることにした。二年間の内申がない分を取り戻さないといけないからだ。奏さんもさびしそうな表情を浮かべていたけれど、応援してくれると言ってくれていた。奏さんも勉強に協力してくれると言ってくれていた。
神社の境内は、やっぱり落ち着ける場所だ。鳥居を括る前とは違う空気や周りの音がまるで違う。別世界に迷い込んだ気分になる。父に聞いたことがあった。なんで宮司になろうと思ったのか。
『親父、いやおじいちゃんの背中を見ていたということもあるけど。だけど一番は神社が好きだからかな』
父は自分が好きなことを仕事にした。そのためにもたくさんの進路を考えて行動をしてきたのだろう。
――そういえば、なんでソウ兄は宮司を目指そうと思ったんだろう。
今まで考えてこなかった。ずっと自分のことしか考えられていなかったかもしれない。最近は余計かもしれない。自分のことで頭の中がいっぱいで、ソウ兄がどう進路を決めたなんて考えていなかった。他愛ない話しや一緒にご飯食べたりしたのに、知ろうともしなかった。自由人だけれどやさしいお兄ちゃん。そしてわたしの想い人。それなのに彼の知らないところがあったことが、すごく悲しく感じてしまう。気持ちが沈んでいると、頭に痛感が走った。振り返らずとも犯人はわかっている。
「何、暗い顔してるんだよ。いじめられたのか?」
「ソウ兄、頭叩くのやめてよ」
「メンゴメンゴ。で、今度は、何に悩んでるんだ」
ソウ兄は腰を下ろして、わたしに目線を合わせた。視線がぶつかり、胸がドキッと跳ね上がった。きっと顔も赤くなっているだろう。
「顔が赤い。風邪か?」
「ち、ちがっ」
「そうか。なら奥の部屋で話すか。そこだったら、話しやすいだろ」
ソウ兄は笑顔で、社務所へ歩いていった。少しづつ離れていく彼の背中が、すごく恋しい。一歩二歩をゆっくり歩み、すぐに速足で追いかけソウ兄を背中から抱きしめた。
「ソウ兄、どうして、宮司になろうと思ったの?」
泪ながら問いかけると、ソウ兄は少し間を開けて、答えを口にした。
「宮司になったら、マナをずっと守ってやれるだろ。そしたらお前は独りで殻にこもらなくたって済むだろ」
――わたしのために?
彼はわたしのために、自分の進路を決めてくれたというのか。自分が彼を縛りつけてしまっているのか。
「ソウ兄、ごめんなさい。ごめんなさい」
「どうして謝る? お前は悪いことなんてしてないだろう」
「わたし、ソウ兄が好き。幼なじみとしてじゃなくて一人の男の子として好きです。でもこれ以上、ソウ兄を縛りつけたくない」
溢れ出る泪が彼のブレザーを濡らした。これ以上、彼を苦しめたくないのに、もっと自由になってほしいのに、自分の想いがどんどん募っていってしまう。
――どうして恋って、こんなにも苦しいの?
小さい子どものように声を上げて、泣いてしまっていた。ソウ兄は困ったように頭を摩り溜め息を吐いた。
「俺は別にお前に縛られているというわけじゃないよ。俺が自分の意志で決めたんだよ。妹分としてじゃなくて、一
人の女の子として、お前を守りたいって」
「本当に?」
「あぁ。俺もお前が好きだ。幼なじみとしてじゃなくて、一人の女の子としてな」
思いがけない言葉にわたしは顔を上げた。彼がわたしに対して恋心を抱いてくれいたとは思いもしていなかった。胸が暖かくなるのがわかった。だけれどソウ兄の表情が少し曇っているのがわかった。
「だけどごめんな。来年からしばらく傍にいてやれないかもしれない」
「どうして?」
「俺、東京の大学に行こうって考えてんだ。できれば下宿する方向で」
来年から、ソウ兄はすぐ会えるような存在ではなくなってしまう。わたしの心の中がまっ白になっていっていった。
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