結びの物語

雅川 ふみ

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1話

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 川沿いの桜並木が、淡く咲き誇り、まるで雪のようにハラハラと舞い散らしてした。わたしは桜の花が一番好きだ。キレイなのに、どこか儚さがある。その儚さの中にやさしさがあるように感じていた。『優美な女性』という花言葉はすごくお似合いだと思う。
 四月と言えども、風吹けば肌寒さが襲ってくる。しかし風に乗ってやってくる春のやさしい匂いは、すごく安心感に満たされている。なんだか心の中がくすぐったくなってしまう。どうにもこの季節はキライにはなれない。黄昏ていると、バシッと頭に痛感が走った。こんなことをする犯人は、確認するまでもなく、確信している。振り向けば、そこには、黒縁メガネと天然パーマがトレードマークの少年・ソウ兄こと立原壮馬氏が立っていた。家が近所ということもあって、ずっと仲良くしてもらっている。まだ春休みとは言え、今月から高校三年の受験生だ。神社の勉強がしたいと、父に頼み込んで、神主の見習いとして、アルバイトをしてくれている。

「ソウ兄。頭叩くのやめてって言ってるでしょ」

「なにニヤニヤしてるんだよ」

「そ、それは、その、お、乙女の秘密」

「お前の口から乙女という言葉が出てくるとは」

 なんて失礼なこと言うのだろう。わたしにだって、それぐらいの思考はある。幼なじみだということもあって、お互いに遠慮がない。そのおかげもあって、わたし自身も、裏表ない彼に対して、何も隠さずさらけ出せることができている。彼自身、かなりの自由人ということもあって、掴みどころはない。ただ悪意のあることは一度もしたことはない。小さいころ、わたしがイジメられていたときに、ぬらりくらりと現れては、イジメっ子を懲らしめてくれていた。わたしにとって、ヒーローのような存在になっていった。

「勉強はどうだ?」

 不意に問われて、胸が高鳴った。わたしは学校には行ってはいない。いわゆる不登校というやつだ。特別イジメがあったというわけでもなく、勉強に付いて行けなかったわけでもない。あることがきっかけで、わたしは学校じゅうから話題になってしまい、徐々に学校から足が遠のいてしまった。部屋の引きこもるようになってから、父さんから神社の手伝いをしてもらいたいと頼まれた。父さんは一度も引きこもるようになった理由を聞いてくることはなく、ただいつものように、暖かく見守ってくれていた。なんとなく、どこか察しているようであった。小さいころから、わたしは神社の手伝いをするのは好きであった。よく袴姿の父さんのうしろに付いて回って、その度に巫女さんの仕事の手伝いを頼まれ、携わっていくようになっていった。そのときは、お守りやお札には触らせてはくれながったが。そのときの時間がとても暖かく流れていくように感じられていた。それは今でも変わりはしない。
 鳥居を潜ると、いっきに空気感が変わる。まるで違う世界に迷い込んだかのよう錯覚してしまいそうになる。まだ朝が早いということもあり、あまり参拝者はいない。散歩がてらに立ち寄るご老人があいさつを交わし、「デートかい」と微笑ましそうに声かけられ、まっ赤になるわたしを横目にソウ兄は「そうだといいんですけどねぇ」と愛想よく返答をしていた。ますます体が熱くなって、バシッとソウ兄の腕を叩いた。

「暴力はんたーい」

「もう知らない」

 スタスタとソウ兄を置いていくように歩いていった。彼は本当に乙女心をわかっていない。いや、おちょくっているのだろうか。昔から掴み処がなくて、すごく困ってしまう。そこが、ソウ兄のいいところでもあるのだけど。小さいころは、よく兄妹みたいと言われることもあったけれど、今は、なんだか前みたいな関係ではないと感じてしまっている。そう思っているのは、わたしだけかもしれないけれど。心の中がツンとなる。



 袴に着替えを済ませて、境内の掃き掃除を始めた。ソウ兄は一足先に着替えを済ませていて、本殿の雑巾かけを行っていた。さっきとは比較的に真剣の表情を浮かべていて、つい見入ってしまう。普段はふざけている感じにしているクセに、真剣な表情を浮かべるときの彼は、素直にかっこいいと思ってしまう。
手伝いをしているとき、わたしはソウ兄に『もっとこの表情を浮かべていれば、女の子からモテるんじゃないの』と言ったことがあった。そしたら、ソウ兄は冗談のように『オンオフをはっきりしてないと潰れちまう』と言っていた。よく言えば要領がいいのだろう。普段、あまり勉強をしていないのに、いつも高得点を取っている。要領が悪く人付き合いが苦手なわたしとは大違いだ。
 風が強く吹き、木々を揺らした。

「ねぇ、あなたが相楽愛美さん?」

 突然声をかけられて、反射的に振り向いた。そこには、ソウ兄と同じくらいの控え目そうな女性が立っていた。確かに相楽愛美というのは、わたしの名前だ。親しい人からよく『マナ』と呼ばれている。わたしは戸惑いながらも頷いた。
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