晴れた空に虹がかかる

雅川 ふみ

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1話

キミの笑顔ステキだね

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 どこまでも続きそうな田舎道。わたしは車窓から広がる風景を眺めつつ、緑の多さに思わず「わぁ」と声が漏れてしまっていた。目を輝かせるわたしに楓ちゃんはクスリと笑みを浮かべた。今まで地方都市と呼ばれるところに住んでいたこともあって、どこまでも続いている畑道や遠く見える多くの雑木林や山々がとても新鮮に感じがする。窓を開くと、風が舞い込み二つに結った髪を揺らし、土や葉っぱの匂いが香って来てとても心地よい。今まで感じていた窮屈さを感じることはなかった。心なしに微笑みがこぼれてしまう。この感覚はいつ振りだろうか。本当に久しぶり気がする。どこを見ても絵に残したくなる。わたしは小さいころから絵を描くことが好きだ。きっかけは本当にシンプルなことだ。楓ちゃんが家に遊び来て、わたしに楽しんでもらおうとたくさん絵を描いてくれていた。楓ちゃんはイラストレーターなのだ。かわいい絵を楽しそうに描く楓ちゃんにつられて、わたしも絵を描くようになって行った。二人で夢中になって絵を描いて、母さんに叱られることもあった。でも、それも楽しい思い出の一つだ。小学校に入ってから、何度か絵で賞をもらえることもあった。中学校に上がって、わたしは美術部に入部し親友となる女の子とも出会うこと出来た。それなのにわたしはどこで失敗をしてしまったのだろう。わたしの心にはまだ影がかかっている感じだ。ちょっとしたことでも気分が落ち込んでしまう。数日前も寝込んでしまうこともあった。母さんや楓ちゃんのサポートもあって、なんとか引っ越しの準備を終えることが出来た。それがとても情けなく、自分ではどうすることもできない子どもなのだと自覚させられてしまう。悔しくて仕方がない。心なしにスカートをギュッと握りしめた。

「ハル、家に着いたらさ、一緒にお昼食べようか」

「う、うん」

「何が食べたい?」

「なんでもいいよ。楓ちゃんが作る料理はなんでもおいしいから」

「うれしいこと言ってくれるじゃない。そうだねぇ、じゃあ山菜のパスタにしようかね」

「楽しみ」

「あたしが準備している間に、部屋の整理進めておきなね」

 楓ちゃんの指示に、わたしは「了解しました」と返事をした。
 わたしは料理がとてつもなく苦手分野だ。以前、母さんと一緒に料理をした際に、小火を起こしてしまったという前科があり、それ以来おにぎりを握ること以外は携わることはなくなってしまった。これに関しては自分が悪いことは理解している。当時は本当に申し訳なかった。
 いくつか住宅を通り過ぎてしばらく進んでいき、ようやく楓ちゃんの家に到着をした。大正もしくは昭和初期ぐらいに建てられたと思うぐらい歴史を感じられ、まるでドラマや映画などで出て来そうなぐらいの立派な木造建築の家で、いつも驚いてしまう。でも風通しがよくて、わたしはこの家が好きだ。楓ちゃんの「ハール」と呼ぶ声に、わたしは「はーい」と返事をして中へと足を運んだ。



 部屋の整理の大半を終わらせ、フーと一息ついた。もともと荷物は多いほうではない。生活する上での最低限のものやスケッチブック、イラスト集や好きな少女マンガぐらいだ。椅子に腰を下ろして、一休みをすることにした。キッチンのほうから、香ばしくおいしそうな匂いが漂ってくる。反射的にお腹からぐぅという音がなってしまった。気恥ずかしさはあったけれどなんだか心地がいい。クスリと笑みがこぼれた。そっと窓を開けて、外の風景を眺めた。そこから穏やかな風が流れ込んで来る。なんだか心がくすぐられる感じがして、笑みかこぼれてしまう。わたしは空を見上げた。とても晴れた青い空が、気持ちがいい。雲が少なく、とても爽やかな空だ。こんな平穏な気持ちが続けばいいのにと思えてくる。リビングに向かおうと、部屋の襖に手をかけたときだった。玄関から「楓さんいるー?」という男の子の声が聞こえて来た。わたしはビクッと肩を震わせ、襖から手を放した。年の近い人と出くわすのは、正直恐かった。それに相手は男の子だ。力で勝てるはずもない。わたしは息を殺し存在を悟られないように部屋に閉じこもった。変な汗や体の震えがとまることはなく、心臓もバクバクと踊っていた。わたしの心は恐怖に支配されている。自分ではどうすることも出来ない。今にでも泣き出しそうだ。何か話している声が聞こえたあと、軽い足音がこちらにやって来る。おそらく楓ちゃんだ。ノックを二回されたあとに襖が少しだけ開かれた。楓ちゃんは暖かい笑顔をわたしに向けてくれた。

「ハル、お昼出来たよ。リビングにおいで」

「で、でもお客さんが…来ているんでしょ。わ、わたし、お部屋で待ってるよ」

「大丈夫。悪い奴じゃないし。それにハルと同じクラスになる可能性がある子だよ」

 同じクラスになる。ということは、わたしと同じ中学二年生ということだろう。より一層に顔を青くさえてしまう。楓ちゃんはそんなわたしにやさしく頭を撫でてくれた。繊細な指な小さな手から温もりが伝わってきた。楓ちゃんの手は不思議だ。触れられただけで、心が安心をしてしまう。まるで彼女は親鳥のようだ。ようやくわたしは楓ちゃんの顔を見ることが出来た。楓ちゃんは微笑んで「一緒にお昼食べよ」と声をかけた。彼女の目は「大丈夫だよ」と言っているような暖かいまなざしで、わたしはうつむいて小さく「うん」と呟いた。わたしは楓ちゃんに手を引かれながら、リビングに向かった。そこにいたのは、百七十センチぐらいのすらりとした体型で、クセッ毛のある髪に黒縁メガネがトレードマークと思われる男の子だ。思わず、楓ちゃんの背中に隠れてしまう。男の子は、そんな様子を見て、おかしそうに笑みをこぼした。

「はじめまして、小久保駿人です。えーと、そうだな。よくみんなから『ボン』って呼ばれてます。よろしくね」

 簡単に自己紹介した彼は、わたしに近づいて手を指し伸ばした。わたしは楓ちゃんの背中に隠れながらも自己紹介をした。

「えっと、その…。み、水森晴香って言います。えっと、その、よく『ハル』って呼ばれています。えっとその、よ、よろしくお願いします」

 わたしは、指し伸ばされた手を恐る恐る握った。大きくてゴツゴツしていて、男の子なんだなと思ってしまう。正直、男の子は苦手だ。言葉も荒いし、声だって大きい。それに体も大きいからぶつかっただけでもこちらが押されてしまう。声かけられただけでもビクッとしまう。今も恐くて、彼の顔もまともに見れていない。楓ちゃんはにこやかに笑い「あんたも食べていくでしょ」と声をかけた。彼もまんざらでもないように「いいんですか。ごちそうになります」と返事をしていた。わたしは彼に弱々しく睨めつけるが、男の子の暖かな微笑みでかわされてしまった。わたしも観念をして、彼に「どうぞ」と椅子に促した。彼は「ありがとう」とお礼を言って、椅子に腰をかけた。向かい側に座るのを避け座ろうとする楓ちゃんが「ごめんねハル。ここはねあたしの特等席なんだ」と言われ、しぶしぶ彼の向かい側に座ることになった。絶対にわざとわたしと彼を向かい席にしたのだろう。少し頬を膨らませた。それからというものわたし自身、ずっとうつむいている感じで、駿人さんとはまともに目も合っていない。そんなわたしが彼と何を話せばいいのだろうか。話題があまり思いつかなかった。この場から離れるのも、なんだか違う気がして、席から立つことが出来なかった。クスクスと笑う声が聞こえてきて、ビクッと肩を震えた。変な子だなって思われていないか心配になってしまう。そんな心配を押しぬける問いかけだった。

「ねぇハルちゃん。ハルちゃんは休みの日とは何して過ごしているの?」

「えっと、その、絵を描いたり散歩に出かけたりですかね。え、えっとそのしゅ、駿人…さんは?」

「ボンでいいのに。そうだねぇ、写真撮ったり、友達をバスケしたりかな。あれ、なんか似てるね僕達」

「そう…ですかね」

 わたしは少しだけ顔を赤くして、よりうつむきになってしまった。未だに彼に警戒心を抱いているけれど、なぜかさっきよりは恐怖心などは感じることはなかった。むしろ安心感が強いに等しいだろうか。わたしは少しずつ顔を上げて、彼の顔を見た。彼はうれしそうに笑った。不意な笑みのせいで、わたしの胸がドキッと跳ね上がり、顔を赤く染めた。不思議な人だ。あったばかりなのに、恐怖心を抱かせないだなんて。なんと言えばいいのだろうか。不安から期待に変わる春のような人だろうか。

「やっと目を合わせてくれたね」

「そ、そんなことはないです」

「まぁそういうことにしいてあげる。ハルちゃんさ。どんな絵を描くの。すごく気になるな」

「そ、そうですね。えっと、その風景画とかです…かね」

「へぇ、観てみたいなぁ。ハルちゃんの絵」

「そ、そんな…、観せられるものじゃないです」

 必死に否定していると、脇から山菜パスタが現れた。わぁと目を輝かせていると頭をわしゃわしゃと撫でられた。犯人なんて他の誰でもない楓ちゃんだ。むぅと彼女を睨めつけたが、楓ちゃんはお日さまのような暖かくやさしい笑みをこちらに向けられた。彼女のその笑みを向けられると、いつも怒れなくなってしまう。その笑顔に救われたから。

「ハルは、自分の絵に自信を持ちな。あんたの年にしてはうまいほうだよ」

「楓ちゃん、お世辞はいいよ」

「お世辞じゃないさ。もっと基礎を固めていけば、もっとうまくなるよハルは」

 そう言われると、なんだか胸のあたりがこそばゆい。駿人さんのほうを見ると、にんまりと微笑みが浮かんでいた。そんな表情を浮かべられると、ドキッとしてしまう。この人も男の子と思い出すと、はずかしくなってしまう。男の子に素の部分を見られるのは、あまり慣れていない。それ以前に一緒に食卓に座っているというのが初めてかもしれない。

「つくづく見たくなっちゃったな。今度、描いた絵を見してよ」

「えっと、その、あの…」

「やっぱりイヤかな。僕、もっとハルちゃんのことを知りたいんだけどな」

「……べ、別にイヤじゃないです。でも、その、本当に人に観せられるものじゃないですよ」

「いいよ。お昼食べたら観せてよ」

「じゃあ、あとで持ってきますね」

 彼はクスリと笑い、「了解」と返答した。



 お昼ごはんを食べ終えたわたし達は、少しだけリビングで食休みを行い、それぞれの時間に過ごすことになった。楓ちゃんの計らいで、絵はわたしの部屋で観ることになり、駿人さんを自室へ案内をした。男の子を部屋に入れるのは、やはり緊張する。地味とか変とか思われないだろうかと心配してしまう。それに男の子との二人きりのだ。余計に緊張をしてしまう。その心配をよそに駿人さんは「なんかホッとする」と言ってくれていた。その言葉にわたしはそっと胸を撫でおろした。駿人さんに椅子へ座ってもらい、わたしはカラーボックスからスケッチブックを取り出した。絵を見せると約束したのだから、守らなかったら彼に失礼だろう。緊張のせいか体がとてつもなく熱い。わたしは恐る恐る彼にスケッチブックを渡した。人に見せるのは、久しぶりだ。評価されるわけではないのに、胸がドキドキと踊っている。この音が彼に聞こえてしまっていないだろうか。聞こえてしまっていたら、わたしは耐えられずここから消え去りたくなる気分になってしまうだろう。駿人さんは絵を一枚一枚じっくりと観てくれていた。とても真剣な目をしていて。声をかけるだなんて愚かな行為に等しいだろう。わたしはただ絵を観る駿人さんをジッと眺めることしか出来なかった。さっきまで気にしていなかったけれど、肌白でまつ毛がとても長い。体格だって肩幅が広く逞しくてすごく男の子らしい。身長だって、わたしなんかより遥かに大きい。わたしなんて平均身長すら届いておらずかつ華奢な体格だ。コンプレックスというわけではないけれど、体格差に落ち込んでしまう。駿人さんは一通り観終えて、フーと息を吐いた。穏やかな表情を浮かべて、わたしのことを見つめた。

「いやー、ハルちゃん、すごいね。僕、感激しちゃったよ。同い年の子でこんなにキレイな絵を描けるだなんて、すごいよ」

「そんなことないですよ。わたしよりも上手に描ける人なんてたくさんいますし」

「それはそうかもしれないけれど、でもやっぱり尊敬しちゃうな。僕、こんなにキレイな絵描けないよ。それに僕にはない視点を持っているし。きっと心がキレイな人なんだろうなって思わされたよ。やっぱりハルちゃんはすごいよ」

 どうしてこんなことを言ってくれるんだろう。わたしなんて、尊敬に値するほどではないのに、自分ができないことだからと言ってくれている。それが心の底からうれしく思えた。はじめて言われ、この湧き出される感情はなんだろうか。心が徐々に暖かくなっていく。なんでか視界も滲んで来て、次第には泣き出してしまった。彼は少し困った様子を見せたけれど、やさしく微笑んでわたしの頭を撫でてくれていた。まだ出会って間もない男の子に、こんな姿を見せるだなんてはずかしくて仕方がないのに、泪をとめることが出来なかった。わたしはただただ泣き続けた。男の子の前だというのに、そんなことに気にすることなく泣いたのは初めてのことだ。わたしは駿人さんの暖かいやさしさに触れながら、心のままに泪を流した。また立ち上がって、前に進む一歩を踏み出すために。少しだけ、溺れている感じがなくなった気がした。わたしの心の中は、まるで悲しみの海から顔を出して、キレイな青い空が広がっていた。



 夕暮れどき、夕日の影響で風景がオレンジ色に染められていた。駿人さんを見送るために、玄関まで一緒に向かった。しばらく泣き続けたあと、楓ちゃんが入って来て「駿人~、何うちの娘っ子を泣かしているのよ~」と彼を弄る様子があった。駿人さんも「ち、違いますって、なんというか、えっと~」となんとか反論をしようとしていたけれど、たじたじになっていて、とても愛らしく見えた。二人のやりとりがおかしくて、わたしはついクスクスと笑みをこぼしてしまった。そんなわたしを見て、二人も笑い出した。この幸せの時間がいつまでも続けばいいのにと思えた。笑い合ったあと、楓ちゃんは駿人さんからスケッチブックを受け取り、わたしの絵を観始めた。駿人さんとは、また違う緊張感だ。でもこうして人に観てもらえるなんて久しぶりだ。前がよく親友と描いた絵を観せ合っていた。あのときは、楽しい時間がいつまでも続くものだと思っていた。どこで違ってしまったのだろう。繋がりたいキモチはあるけれど、やっぱり許せないという思いがあった。今、彼女はどうしているのだろうか。それを知る由もない。楓ちゃんはスケッチブックを閉じると、わたしの頭を撫でて「キレイに描けているんだから、もっと自信を持ちな」と言ってくれた。頬を微かに赤く染めつつも「はい」と返事をした。そのあとは三人でお茶をして、現在に至る。オレンジ色に染まる駿人さんに、つい見入ってしまう。同い年と聞いているけれど、とても大人っぽく見える。彼と比べたら、わたしはまだまだ子どもに違いないだろう。ぼーとしていると、急に頬に手を添えられドキッとしてしまった。

「ハルちゃん、もっと自分に自信を持ってもいいよ。キミはとても素敵な人だと思うよ。人のことを落とすようなことを言わないし、むしろ人のことを褒めているんだから。話してて、きっと心がキレイな人なんだろうなって思っていたもん」

「い、いえ、そ、そんなことないですよ。全然キレイなんかじゃありませんよ。わたしにだって、ドロドロしているところもありますよ」

「僕、ハルちゃんのそういうところ好きだなぁ」

「しゅ、駿人さん!」
「ハルちゃん、僕に『さん』なんてつけなくていいよ。『ボン』って呼ぶのに緊張してしまうのであればさ。そうだな『駿人くん』で呼ぶのはどうだろうか」

「え、えっと、じゃ、じゃあ、しゅ、駿人…くん」

「はい、よく出来ました」

 何げないやりとりに二人で笑い合った。男の子とこうして話せるだなんて、夢のように感じる。駿人くんを見ると、ほんのりと頬が赤くなっているように見えた。

「ハルちゃん」

「は、はい」

「キミの笑顔、とても素敵だよね」

 突然の彼の言葉に、わたしの頭がショートしてしまった。彼は天然なのだろうか。それとも本気で言っているのだろうか。そんなことを言われたら、勘違いしてしまうではないか。それに『キミの笑顔、素敵だよね』だなんて、恋愛ドラマや少女マンガだけのセリフかと思っていた。リアルで言われると、どう反応していいのかわからなくなってしまう。顔を赤くし口をパクパクしていると、駿人くんはおかしそうに笑い「ハルちゃん、またね」と手を振って帰路に就いてしまった。理解が追いつかないまま、わたしは小さく彼に手を振った。彼の姿が見えなくなったころに、わたしの頭にポンッと手が置かれた。本当にどうしてこの人の手はこんなにもやさしいのだろう。不思議で仕方がない。

「悪い奴じゃなかったでしょ。駿人の奴」

「う、うん。駿人くん、すごくやさしい人だった。なんとなくどこか暖かいというか…」

「もしかして、好きになっちゃった。やるなあいつ」

「ち、違うから! もう」

 赤くなった頬を隠すようにして、わたしは家の中へと入っていった。楓ちゃんもいたずらげに笑みを浮かべて、中に入り、玄関を静かに閉めた。
 これからどんな出会いをするかは、まだわたしには想像することは出来ない。だけれど、彼女達と一緒ならば、再び前に進むことが出来るかもしれない。どこかそんな期待をしていた。
 夜空に光る星達はそのことを知る由もないだろう。



 懐かしい夢を見た。
 わたしがまだ小さかった頃、楓ちゃんに絵を描く楽しさを教えてくれたときの夢だ。あのときも、今と変わらず人と関わるのが苦手で、すぐに母さんのうしろに隠れてしまうような子だった。最初は、楓ちゃんが遊びに来たときも人見知りをしていて、母さんのうしろから出ようともしなかった。楓ちゃんがわたしを愛らしそうに見て「一緒に絵を描かない」と声をかけてくれた。けれどわたしは首を横に振って、より母さんから離れようとはしなくなってしまった。母さんは溜め息を吐いて「一緒にお茶淹れに行こうか」とキッチンへと連れて行った。その間に楓ちゃんはスケッチブックを取り出し、リビングのソファに座って、なんらかの絵を描き始めた。その様子をキッチンから眺めていた。楓ちゃんが絵を描いているときの姿がときてキラキラとしていて、わたしはそれに引き寄せられるように、彼女のもとへと歩いて行った。

「ねぇ、何を描いているの?」

「そうだねぇ、動物さん達の絵かな。ハルは動物さん好きかな?」

「うん大好き! わたしね、うさぎさんとかねこさんとか大好き!」

 楓ちゃんはやさしく微笑んで、わたしに描いた絵を見せてくれた。かわいらしい動物達の絵。わたしはその絵を観てパァと目を輝かせた。楓ちゃんは目を細めて「一緒に描くかい」という声かけに、わたしは元気いっぱいに「うん!」と返事をした。これが、わたしが絵を描くことが好きになったターニングポイントとなった。それからわたし達はたくさん絵を描いた。動物達の絵、お花の絵、両親の絵。たくさんの絵が床に踏み場がないくらいに散らばっていて、母さんから「少しは片づけなさい」とお叱りを受けた。わたし達は顔を見合って、ニカッと笑った。母さんは呆れた様子で「一緒に片づけるよ」と言って、わたし達は散らばった絵を片づけた。この時間がすごく楽しかった。
 わたしは定期的に楓ちゃんから絵の描き方などを教えてもらいながら、描くことを続けた。小学校の高学年に上がる頃にはコンクールで賞をもらえるようになった。楓ちゃんに報告すると、一緒になって喜んでくれていた。中学生のときにもコンクールで金賞をもらったときには、楓ちゃんが出したイラスト集を『ハル、金賞おめでとう』というメッセージカード付きで送ってくれていた。
 楓ちゃんはわたしにとって、憧れの人で、背中を追いかけて行きたい人。わたしは今、その人と一緒に暮らしている。わたしは、これからこの人のもとで、見失っていた光を再び見つけようとしている。すぐに見つけるのは難しいかもしれない。だけれど、それでいい。自分のペースで光を見つければいいのだから。その光は以前のモノよりも輝かしいモノだと思うから。

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