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最終章
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しおりを挟むヒポクリフトの視界中に、燃え盛る家々はある。
次第に燃え広がって火の手とは、ヒポクリフトの心をざわつかせていた。
もしかしたら、あそこにガンスレイブさんはーー
ヒポクリフトは走った。
心臓が破裂するんじゃないか、そう思うぐらいには全力で足を走らせた。
息が苦しい。足が悲鳴を上げている。ただそれでも、走らなければならない。
ヒポクリフトは休む事をしなかった。
その果てに、ヒポクリフトは血だらけとなったガンスレイブを見た。
燃え盛る家屋の一つから、扉を蹴破り現れたガンスレイブ。
おずおずと、いつも変わりない足ぶりでその身を揺らす、強く気高き獣顔。
「ガンスレイブさん!」
ヒポクリフトは叫んで、その獣顔の名を呼んだ。
呼ばれたガンスレイブはヒポクリフトの存在に気付くと、変わらないゆっくりとした動作で近づいて来る。
そうして、ヒポクリフトの目の前に歩みを止めた。
「何故来た?」
不快そうに、ガンスレイブは言った。
「何故って…なんで一人で勝手に行っちゃうんですか!?」
ヒポクリフトは目に涙を溜めて、ガンスレイブに詰め寄った。
「自身の行動は自身で決める。当たり前だ」
「当たり前じゃありません!ここまで…ずっと一緒にやってきたのに……そんなの、あんまりじゃないですかぁ!?」
酷いですよ。
ヒポクリフトは呟き言って、血で汚れたガンスレイブの懐に顔を埋め、泣きじゃくった。
「やめろ。お前が、汚れてしまう」
「やめません!いいんですよそんなの…」
「…そうか」
「そうですよ」
「……」
ガンスレイブは黙って、ただ呆然とヒポクリフトを見つめていた。
どうしたらいいか、分からなかったとも呼べる。
ガンスレイブは泣く者の諭し方を知らなかった。
また諭したいとも思った事はなかった。
そんなガンスレイブとは、この場に於いて頭を悩ませていた。
泣かないでほしいと、そう思うガンスレイブであった。
「ヒポクリフトよ。帰ろう」
「……ガンスレイブさん、」
「?」
「本当に、迷惑ばかりかけてごめんなさい」
「迷惑、か……」
初めはそう思っていた。
「だが、今は違う。俺は自分の意思で、お前の救うと、そう決めただけだ。それを迷惑とは、呼ばない」
「それは契約、だからですか?」
泣き腫らした目を上げて、ヒポクリフトは尋ねた。
ガンスレイブは「どうだろうか?」と、首を捻る。
「契約、だと思っている」
「そう、ですか……」
「そうだ」
「……」
ヒポクリフトはジッと、ガンスレイブの顔を眺めていた。
次の瞬間。
クスクスと、ヒポクリフトは口元を緩め笑った。
「……じゃあ、その契約を、果たしてもらってもいいですか?」
「契約を、果たす?」
「そうです。ガンスレイブさん、私を……これからも守って下さい」
ガンスレイブ、疑問に思う。
「これからも、とは?」
「……分かりません。ただ、ガンスレイブさんが思う私の進むべき道を、生き抜く術を、教えて下さい。それまで…私を側に置いて下さい」
ヒポクリフトは、ガンスレイブに巻きつかせた腕に力を込めた。
そんなヒポクリフトとは、最早地上に自分の行き場などどこにもないと、薄々には感じとっていた。
また母親に託された魔浄の石とは、その実、奇跡(ゴッドブレス)である事をボムズとガンスレイブの会話から知り得てしまっていた。
またそんな石を巡って、ガンスレイブがこんなに傷ついてしまったのだろうとは、自責の念に駆られていた。
本当は自分なんていない方がいいのかもしれない。
その方が、ガンスレイブにとっては良いのかもしれない。
そんな事は、ヒポクリフト自身重々(じゅうじゅう)に承知していた。
以前のヒポクリフトなら、潔く身を引いたに違いない。
それは自分よりも他人の事を一番に考えるヒポクリフトであればこそ。
だと言うのにも関わらず、ヒポクリフトは懇願する。
一緒に連れてってほしい、と。
言って、それは我儘(わがまま)だ。
ヒポクリフトは生まれて初めての、我儘(わがまま)を口にしたのだった。
「我儘なのは、わかっています。間違っているのは、私です……ただ、それでも……だからこそ、これからは自分の意思に従って生きたいと、今はそう思うんです」
私の住んでいた国は、今どうなっているんだろうか?
私に奇跡(ゴッドブレス)を託した母とは、何を思ってその石を私に寄越したのだろうか?
その後、国は、皆は、母は、どうなったんだろうか?
母の言った大義って、どうすればいいのかな?
「自分がこれからどうやって生きていけばいいのか……わからないんです。分からない事ばかり。それってのはつまり、私がずっと、人に甘えて生きてきたからに違いないんです……」
誰かがやってくれるから、私は何もしなくとも生きてこられた。
ただ人の支えを失った時にも、私は本当に無力だった。
私の無力が、ガンスレイブさんを傷つけてしまった。
「変わりたいんです、私……」
ヒポクリフトは真っ直ぐと、ガンスレイブを見つめて、
「駄目、ですか?」
目元の涙を拭って、強く強く、そう言った。
その言葉に、生きる意思を、精一杯生きたいという願望を乗せて。
ガンスレイブは、変わらぬ瞳をヒポクリフトにぶつける。
やはり何を考えているのか、その瞳からは何も分からない。
ヒポクリフトは静かに、ガンスレイブの次の言葉を待った。
待って、無言なるガンスレイブの態度こそがその答えだと諦めかけていた、
そんな時だった。
「契約だ」
ガンスレイブはヒポクリフトの頭を撫でる。
ヒポクリフトの頭よりも大きな掌を動かして、優しく。
「契約者の願いは、従うしかあるまい」
「……ありがと、う……ございます……」
「泣くな。お前に涙は似合わん」
「……はいッ!」
「では、行くぞヒポクリフトよ」
「はい……はいッ!」
ヒポクリフトは返事をして、ガンスレイブの大きな手をギュッと握りしめた。
そんな彼等の後ろ姿は、まるで親子のように。
後、彼等は燃え盛る家屋を背して、何処かへ向けて消えていった。
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