上 下
37 / 43
最終章

1

しおりを挟む

 静まり返った地下8階層の街並みの、そんな夜道を歩く、漆黒の影が一つ。
 物音の一切を殺して、その者の足が止まった。
 締め切った扉の、何の変哲も無い建物の前。
 その者はドアノブへと手を掛ける。
 無論、開くはずはない。
 分かっていた。
 次にその者はボソボソと、魔法祝詞(のりと)を口ずさむ。
 口ずさんだ直ぐ後、その者の掴んだドアノブが途端に回った。
 その者は建物の中に足を進め、ゆっくりと扉を閉める。
 そして、ドアノブを力任せにグニャリと曲げ捻(ねじ)る。
 これで誰も侵入できまいーー
 その者は、足を建物の奥へと向けて歩き出した。
 廊下の突き当たりから、仄かな明かりと、男達の笑い声が多数。
 その者の足は迷う事なく、その場へ吸い込まれるかの如く。
「よぉ、遅かったなグラジオ」
 男達の中の、酒ジョッキを片手にした誰かは、その者に笑みを向けて言った。
 また違う誰かは「一人か?」と、やはり笑みを浮かべていた。
 その者、無言でコクリと頷いた。
 数にして二十数人。
 室内所狭しいった様子で、男達は宴の真っ最中であった。
 そんな男達とは、フードを深々と被ったその者に対し、何ら警戒心はない。
 彼はグラジオで間違いないと、その巨体を流し見には憶測のみで決め付けていたからである。
 何より、その者とて否定はしなかった。
 まるで自身はグラジオであるかのような佇まいで、おずおずとした足取りで空いたソファに座ったのである。
 何だよグラジオの奴、機嫌でも悪いのか?
 だんまりを貫くその者を視界先に、ひそひそと、数人の男達は囁き合う。
 故にその場に居合わせた誰一人として、それ以上直接話しかけようとはしなかった。
 それはグラジオという、乱暴な男の事をよく知っている彼等であるからこそ。
 機嫌の悪いグラジオとはかなり達が悪い。
 だったら、そっとしておくのが一番。
 そんな暗黙の共通認識が芽生えていた。
 そして、
「よし、皆揃ったな」
 グラジオの訪れをきっかけに、一人の男が立ち上がる。
 隻眼(せきがん)のその男の言葉を受けて、室内は一気に静まり返っていた。
 会合の音頭をとるその隻眼の男とは、今夜の集まりの発起人にして、数ある裏組織を束ねる中心的な存在であった。
 名をバンク。
 皺の多い初老の、白が混じりの黒髪を一つに結った、並々ならぬ風格を醸し出す。
 今現在も尚、ダイスボードの攻略組として一線級の働きを見せるその男、隻眼のバンクに対し皆の視線一切は集中していた。
 余計な言葉を発する者は、誰一人としてない。
 発してはいけないと、皆は分かっているのだ。
 このダイスボードに於いて、バンクにだけは逆らってはいけない。
 隻眼のバンクを目の前にすれば、誰だってそう思うだろう。
 少なくともその場に居合わせた男達は。
 故の畏敬の眼差しと、固く閉じた唇。
 彼等は静かに、バンクの次の言葉を待っていた。
 刹那、
 その場に集まった男達の注目を浴びたバンクの口が、、ゆっくりと開いた。
「今日集まってもらったのは他でない。例の少女が、この8階層に訪れたとの情報が入った。喜べ、俺たちの活動が遂に日の目を浴びる時が来たのだ」
 バンクの高らかに笑って、両手を大きく広げた。
「少女の名はヒポクリフト!なぁに、何の変哲も無い人間の少女さ!ただ言って、彼女には秘密がある!お前らだってよく知っているだろう?」
 目線を焚(く)べるグラジオを眺めて、一同は無言で頷き答えた。
 ああ、もちろん。よく知っているとも。
「……くくく、そうさ。その少女とは、ある至極の宝を所有しているという。だからさ、その宝さえあれば、俺たちは何もこんな場所でコソコソする必要なんてない。地上へと戻り、一国を築く事だって夢じゃない!そうさ、地上だ!」
 集まる男達の歓声が、轟々と鳴り響く。
「……地上を追われ、逃げ込むように訪れたこのダイスボード。魔物と財宝、ただの其れだけしかない迷宮での日々。ただひたすらにじっと耐えて、力を溜めて、財宝を掻き集めて、いつか必ず地上の愚か者供に復讐してやろうと、俺はそのように我慢してきた。お前達とて、そうだろう?」
 集まる男達の歓声が、怒号となって鳴り響く。
「ここに集まった者達とは、そんな土と血の味を知る者達だけだ。言ってそれは、屈辱。俺たちにその屈辱を齎した奴らは、今でも地上で幸せな日々を送ってやがる。なぁ……そんな幸せが許せられていいのか?許されちゃいけねぇよなぁあああああ!?」
 叫ぶバンクの声。最早それは人間の声とは呼べない。
 言うならば、野獣の咆哮に近い。
 バンクとは、地上に恨み辛身を連ねた一匹の野獣と成り果てていたのだった。
 バンクに呼応する男達もまた、同様に。
 バンクの周りに、男達は立ち寄り集まった。
 手には酒ジョッキではなく、それは劔。斧。ナイフ。
 各々がこれまで屈辱の日々を共にしてきた、生きるために用いた凶器だ。
 彼等は凶器を掲げ、一つに重ねた。
 そんな凶器の中心で、バンクの愛刀がギラリと妖光を放っていた。
 それが復讐開始の合図となって、
「行くぞ者共!!今宵、俺たちの時代が始まるのだ!!」
 バンクの号令が、室内に木霊したーー
 その時だった。
「おい」
 冷めた声が鳴る。
「あぁ?」
 バンクがその声にして、一同の視線が揺れ動いた。
 動いた先に、ソファに座る巨体の、漆黒のローブ姿は映る。
 彼だけが、決起する男達から離れていた。
「何だグラジオ?何かあんのか?あぁ!?」
 一人俯(うつむ)いたその者に、バンクの矛が向く。
「なぁグラジオよ。貴様の実力はこの俺とて高く評価している。これまでも、そして今現在に至ってもだ…だからこそ、貴様の勝手を許してきてやったのだが……」
 そろそろ、死んでみるか?
 そう言ったバンクの言葉に、嘘二言は全くと言ってなかった。
 次のその者の言葉次第では、バンクは本気で怒りの矛先を向けてしまうことだろう。
 緊迫した空気が流れる。
 バンクを除く一同は、固唾を飲んでその者の言葉を待っていた。
 おい、余計な事は言うなーー
 誰しもがそう思っていた。
 バンクをこれ以上怒らせるなと、そうも思っていた。
 それなのに、
「どこにも行かせない」
 その者は、揺るぎない態度を貫き通していた。
 そして、ゆっくりと立ち上がると、その巨体を揺らして、
「貴様ら蛆虫(うじむし)の愚行を、この俺が許すと思うか?」
 そう言って、バンクの前に立ちはだかる。
 その時になって、皆はやっと理解した。
 違う、こいつは……
 グラジオじゃない。
「まさかと思ったが。そうか……貴様、」
 バンクが言った。
 次の瞬間。
 バンクの突き出した剣先が、その者のフード奥を捉え、貫く。
「おいおい、マジかよ……」
 剣先で、ゆらゆらと、主人を失ったフードが、黒いローブが揺れる。
 揺れるローブの奥に、その者は真の姿を現していた。
「…断罪だ」
 その者ーー獣顔は一言、呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

[完結]回復魔法しか使えない私が勇者パーティを追放されたが他の魔法を覚えたら最強魔法使いになりました

mikadozero
ファンタジー
3月19日 HOTランキング4位ありがとうございます。三月二十日HOTランキング2位ありがとうございます。 ーーーーーーーーーーーーー エマは突然勇者パーティから「お前はパーティを抜けろ」と言われて追放されたエマは生きる希望を失う。 そんなところにある老人が助け舟を出す。 そのチャンスをエマは自分のものに変えようと努力をする。 努力をすると、結果がついてくるそう思い毎日を過ごしていた。 エマは一人前の冒険者になろうとしていたのだった。

ざまあ~が終ったその後で BY王子 (俺たちの戦いはこれからだ)

mizumori
ファンタジー
転移したのはざまあ~された後にあぽ~んした王子のなか、神様ひどくない「君が気の毒だから」って転移させてくれたんだよね、今の俺も気の毒だと思う。どうせなら村人Aがよかったよ。 王子はこの世界でどのようにして幸せを掴むのか? 元28歳、財閥の御曹司の古代と中世の入り混じった異世界での物語り。 これはピカレスク小説、主人公が悪漢です。苦手な方はご注意ください。

何もしてないなんて言われてクビになった 【強化スキル】は何もしていないように見えるから仕方ないけどさ……

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はヒューイ 強化スキルを持つ僕は、チーム【インヴィンシブルランス】の回復兼支援役をやっていた 何もしていないように見える僕にリーダーのスカイはクビを言い渡してくる ろくに分け前も渡してこないくせにこの言い草 さすがの僕も堪忍袋の緒が切れた。こんなチーム、こっちから辞めてやる そんな僕の冒険者生活、うまくいくかな~…… ーーーー どうも寄っていただきありがとうございます カムイイムカです 楽しんでいただければ幸いです^^

【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇

藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。 トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。 会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

世界で俺だけがダンジョンを攻略できるだと?! ピコハン頑張る!

昆布海胆
ファンタジー
村の不作で口減らしにダンジョンに捨てられたピコハンは世界でただ一人、魔物を倒すとその存在力を吸収して強くなれる存在であった。 これは世界に存在するダンジョンを唯一攻略できるピコハンがダンジョンを攻略していく物語。

私は、忠告を致しましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。  ロマーヌ様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ?

処理中です...