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第5章
6
しおりを挟むすっかり出来上がった二人の女性はグラスを片手に、トロンとした瞳を浮かべ向き合っていた。
そんな彼女達の周りで、卓を囲む冒険者達。
彼等もまた彼女達同様には、アルコールの酔いに顔を赤らめていた。
「俺は地上ではそこそこ有名だった」
「いや、俺の方が」
「私は実は名のある魔法使いの家系で」
冒険者達各々が自分語りに華を咲かせ、酔い浸る。
そんな彼等、冒険者達とその二人の女性に違いがあるとすれば、それは会話の内容ほかならない。
二人の女性、ヒポクリフトとボムズの会話には、度々かの異端な存在が見え隠れする。
「で、あいつは冒険者達を皆殺しにしたと、そう言うんだね?」
すっかり骨だけとなった手羽先へと齧り付くボムズは訊いた。
「ええ、ええ、そうなんですよ!しかもですよ!?虫だとか良い囮だとか、そんな事を言うんです!酷くないですか!?」
と、普段と比べれば些か様子のおかしいヒポクリフトとは、慣れないアルコールにすっかり溺れていた。
いつもより何トーンも高い声を発して、ボムズの顔へ詰め寄ると。
「私、もう何が何だかよく分からなくて!一体、ガンスレイブさんが何を考えているのか、サッパリなんですよ!」
ヒポクリフトは叫んだ。
叫んだその声が、酒場中に良く通り、一瞬酒場がシンと静まり返っていた。
「まぁまぁ、ちょっと声を落としてヒポちゃん?」
ボムズは周りを見流して、訝(いぶ)かしげな冒険者達の目線に頭を下げ回る。
そんなボムズを見て、冒険者は各々の宴を仕切り直していた。
「あ、すみません……つい」
「いやいいんだけどさ、酒の席には有りがちだから」
あはははと、気にもとめていない様子でボムズは笑った。
「話を戻すけど、あいつ、何でそんな事をしたんだろうね?」
「さぁ、私も分かりません。寝て起きて、じゃあダンジョンマスター(階層主)を倒しに行こうって、そんな時に突然だったので……」
ヒポクリフトは俯き、言った。
「でも、ガンスレイブさんが何も考えなしに殺生するなんて、どうしても思えなくて…でもでも、ガンスレイブさんは何を言ってくれないし……はぁ、私、一体どちらのガンスレイブさんの信用すれば……」
「どちらの、とは?」
「それは、普段のガンスレイブさんと、あの時見た怖い顔をしたガンスレイブさんで、」
「…それって、よく分からないな……いやね?私からすれば、普段のあいつも何も、あいつはあいつで、あの毛むくじゃら顔のままだからさ。だってほら、獣の、頑なに感情を表には出さないじゃない?」
不思議そうな尋ねるボムズに、「そんな事ないですよ」とヒポクリフト。
「ガンスレイブさんは確かに分かりづらい方ですけど、あれでもたまに楽しそうに笑ったり、怒ったり、寂しそうしてたり、色々、あるんです」
「そう、かな?」
「そうですよ。少なくとも私の知っているガンスレイブさんは、そんな方です」
ピシャリと、ヒポクリフトはそう言い切った。
やけに断定的な物言い。
そんなヒポクリフトを見て、ボムズはただただ困惑の顔を作っていた。
あいつって、そんな奴だっけか?ーー
少なくとも、ボムズにとってのガンスレイブに、そんな印象は見受けられなかった。
ガンスレイブはいつもぶっきらぼうで、冷たい口調で、いつも退屈そうな瞳を浮かべて、明後日の方向ばかりを見ていて、心ここに非ずといった具合で。
大体、私、あいつの名前、今初めて知ったしーー
ガンスレイブ。ヒポクリフトは獣のをそう呼んでいた。
ではそれがあの毛むくじゃらの名前で、それをヒポクリフトに教えたことになる。
私には教えてくれなかった。
聞いたって、無言の眼差しを向けるだけ。
ただ黙り込んで、「教える義理はない」とは言いたげで。
私と同じ永遠の寿命を持つ、呪われた存在ーー
ボムズにとってのガンスレイブとは、ただのそんな異常者でしかなかった。
また、ボムズ自身、ガンスレイブの素性について知ろうとも思ってはいなかった。
またボムズとは、ガンスレイブがどうせ碌(ろく)でもない素性の持ち主である事に変わりはないと、薄々にも勘付いていた。
伝承の魔獣、そしてダイスボードに突然現れたという魔獣の男、ウルフマン。
その辺りに関連するだろう獣の男とは、生半可に気持ちで関わっていい存在であるわけでないーー
「ヒポちゃん、やっぱあんたの方が凄いわ…」
言ったボムズとは、心の底からそう思っていた。
「……ど、どうしてですか?」
「いや……なんか、あんたにはかなわないなって、そう思った」
ボムズは溜息をついて、まじまじとヒポクリフトを観察する。
見た目は普通の、ただの人間の少女で、一介の冒険者。
だがこのヒポクリフトとは、この場にいる冒険者達とは全く違う、特別なものを感じるボムズ。
それが何なのかは分からないが、ガンスレイブは、ヒポちゃんに、何かを感じとっていたのかなーー
「ボ、ボムズさん?」
「あ、ごめんごめん!しんみりしちゃった!いやぁ、にしてもヒポちゃんは獣の……いや、ガンスレイブの事をよく見ているんだね。私の知らない奴の事を、よく知っていらっしゃる」
ボムズはグラスに口をつけて、中身は既に空であった。
「あ、追加、頼みますか?」
「え?ああ、いいのいいの!今日はこの辺にしとくよ。飲みすぎも良くないからね」
「……ですか」
「あははは、じゃあ勘定してくるよ!」
そう言って、ボムズは席を立つ。
ヒポクリフトもそれに続こうとして、ボムズは「いや大丈夫」だと、やんわり断った。
酒場を離れて。
時刻は昼過ぎで、外は未だ冒険者で賑わいを見せていた。
これからどこかに出向く元気もないヒポクリフトとボムズは、真っ直ぐ帰路へと向かっていた。
そんな帰り道。
「……ヒポちゃん、さっきの話だけどさ」
徐(おもむ)ろに、ヒポクリフトへと向き直ったボムズが話始めた。
「え?あ、はい」
「私はさ、その…冒険者達を殺したっていうガンスレイブが、何を考えていたかなんて、やっぱり分かんないや」
力になれなくてごめんね。
ボムズは頭は下げて言った。
「そんな……頭を上げてくださいボムズさん!話を聞いて貰えただけでも、私は気が楽になりましたんで!わざわざ付き合ってもらって、有難う御座いました」
丁寧なお辞儀を見せるヒポクリフト。
ボムズはそんなヒポクリフトが、愛おしく思えて仕方がなかった。
ははは、やっぱり、可愛いなぁ、ヒポちゃんはーー
忘れていた筈の母性が、途端にボムズへ襲いくる。
守ってあげたくなっちゃうなぁとは、その事を口にする事はなかったが。
「じゃあヒポちゃん。これはボムズお姉さんからの助言としてだけど、聞いてくれる?」
「はい」
「自分が信じるもの、信じたいものを、ただ真っ直ぐ信じればいいんじゃないのかな?」
「……信じたい、もの」
「そうそう、あいつがさ、ヒポちゃんにとって理解し難い事をしたのは分かるよ?でもね、それもまたあいつ自身で、あいつなりの考えがあったんじゃないのかなって、ボムズお姉さんは、そう思うかな?」
ボムズはヒポクリフトの手を握って、微笑んだ。
「ヒポちゃんの信じるガンスレイブを、信じてあげれば、それでいいんだよ」
「………」
ヒポクリフトは、何も答える事ができなかった。
◆◇◆◇
大方の情報を聞き出して、ガンスレイブは席を立った。
サーチはやたらと大きな図体をしたガンスレイブの背を見て、尋ねた。
「あんた、一体何もんだい?」
「……答える義理はない」
「まぁそう言ってくれるなよ。だって気になるじゃないか?こんな大金を持つ冒険者なんて、俺は聞いたことないんだ」
サーチはガンスレイブに歩み寄る。
その心に、疚(やま)しい感情を灯して。
こいつは、もしかしたらいい鴨(かも)になるかもしれないーー
大量の金貨を持ち歩く冒険者、そしてその金貨に糸目もつけない決断力。
少なくとも一介の冒険者では決してない。
時の富豪、又は闇組織の頭か、様々な憶測が考えられる。
どうであったにせよ、この冒険者がまだまだ莫大な資金を持っていることは確かであろう。
そうでなきゃ、こうもあっけらかんに金を出せるものか。
故に、この者の情報もまた、金になる。
間違いないーー
そう思うサーチとは、手に持った金貨の山では飽き足らず、さらなる財を得ようと考えていた。
それはこの冒険者の情報で、「莫大な資金を蓄えた奴がいる」と、その情報を高値で売りつけるのだ。
故にどんなに些細な情報であれ、引き出せるまでは引き出す覚悟のサーチ。
何ならこの金貨をいくらか返しても構わない。
何故ならこの冒険者の情報があれば、その何倍かは直ぐにも稼げるだろうから。
彼が何処に拠点を持っていて、普段はどんな生活を送っていて、どのようにして資金貯めているのか、またどうして一人行動しているのかーー
引き出したい情報は幾らだってある。
だからこそサーチ、このままむざむざガンスレイブを帰すつもりはなかった。
最悪、こいつを襲ってでもーー
サーチがニヤニヤと笑みを浮かべ、ガンスレイブの背に手を触れようとした。
その時だった。
「おい」
フードの奥から、声が鳴る。
何処までも低い、身がすくみそうになる恐ろしい声だった。
「あ、いや」
サーチはたじろぎ、手を下ろした。
「余計な真似はするな。その命を数秒でも長引かせたいのならな」
「え?それは、どういう、」
サーチの言葉はそこで詰まる。
刹那、
「こういうことだ」
ガンスレイブがフードを剥ぎ取り、ギラつく赤い眼光をサーチへと向けた。
薄暗い室内に、赤い二つの閃光。獣顔。
魔獣の男、ガンスレイブ。
「は……はは、被り物か?」
よく出来てるな?
こめかみに冷や汗を垂らしたサーチはそう尋ねようとして、途端に悲鳴を上げた。
悲鳴を上げたサーチの瞳に、背負った大剣を引き抜くガンスレイブは映る。
「お、おい…冗談、だよな?」
「冗談、ではない」
ガンスレイブは一蹴して、大剣を振り上げた。
「ま、待てよ!?どうしてこうなる!?」
「どうして?愚問だな情報屋。これ以上貴様に情報をばら撒かれては困ると、つまりはそういうことだ。俺がこの場に来た瞬間から、貴様の命はなかったんだよ」
「ふ、ふざけるな!!なぁ!?俺はちゃんと情報は売っただろ!?何なら、まだまだ情報を売ってやってもいい!いや、無償で構わない!だから!」
「いらん。目ぼしい情報は粗方(あらかた)聞いた。それに対する金貨も支払った。安心しろ、貴様を殺したとしても、その金貨を奪ったりはせん。あの世で悠々自適には暮らすといい」
最も、あの世でその金貨が使えるかは知らんがな。
ガンスレイブは、そう語尾につけたし言った。
そして、
「感謝するぞ、情報屋」
ガンスレイブが大剣を振り下ろした。
「ま、待てよ!冗談はーー」
言いかけて、サーチの体はグシャリと叩き潰される。
それは切り裂くと言うよりは、やはり叩き潰すといった表現が正しいか、無残な姿へと変わり果てたサーチが、それ以上口を開くことはなかった。
代わりに、ガンスレイブは、静かに呟いた。
「悪いな、俺は冗談が嫌いなんだ……」
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