24 / 39
楽園破壊編
魔王の弟がやってきました
しおりを挟む「リリスの、弟……?」
わたしはザラトの言葉に耳を疑いながら、不敵な笑みを浮かべるその魔族を改めて見た。
特徴的な燃えるような赤い肌に、額から生えた金色の瞳。そしてその切長い瞳は、なるほど確かにリリスとよく似ていた。
なにより、彼から発せられる並々ならぬ闘気が、初めてリリスと対峙したときの緊迫感を彷彿とさせる。
名を、アスラ・ザラ・ロクティスと言ったが──
「あんたが、噂の第7代目魔王ビルマ・マルクレイドか。ふむ、人間の女とは聞いていたが……」
そう言って、ロクティスはわたしの全身を舐めるように見つめて、ニヤリと白い歯を覗かせた。
「なんと、脆弱そうな娘。あんた風情がよもや偉大なる魔王を名乗るとは……片腹痛い」
「黙りなさい、ロクティス。ビルマ様へのこれ以上の侮辱は許しませんよ」
「ほう。誰が、許さないって?」
ロクティスが、ゆったりとした歩調でわたしたちへと歩み寄ろうとした──その直後のことだった。割れた窓の向こうに、もう一人の闖入者の姿が。
「侵入者を確認。対峙を駆逐する」
それは独立起動魔導兵器『武甕雷』が、物凄い勢いでロクティスへと飛び掛かっていく──が、瞬時に身を翻したロクティスは、軽々しく武甕雷の特攻を避ける。
速い──
「妙な反応だ。これは魔導人形……いや、それとは違う、別のなにか」
宙を旋回し、再び特攻を仕掛ける武ちゃんを注意深く観察したロクティスは、
「ククク……いずれにせよ、蚊蜻蛉に過ぎん。いいだろう、まずはお前からだ」
ロクティスの姿が視界から消えた──と思ったのも束の間、一瞬にして武甕雷の背後に現れると、ガラ空きとなったその背中へ拳が放たれて、
「誰が蚊蜻蛉だ、雑種め」
武甕雷は、その拳を瞬時に旋回して受け流す。
ロクティスは、なぜか嬉しそうだった。
「これは驚いた。よく、俺の動きに反応できたものだ」
「その程度の動きが、この武甕雷に通用すると思うな」
武甕雷は苛立ち混じりに言って、ロクティスへ翳した手のひらに魔法陣を展開させようとして──
「ならば、お前の反応できない速度で動くまでのことだ」
──武甕雷の腕が、音を立ててひしゃげた。
「武ちゃん⁉︎」
早すぎて、一体なにが起こったのか分からなかった。ただ、実際にもロクティスが千切れた武甕雷の腕を持っていて、まるでお手玉で遊ぶように投げて取ってを繰り返している。
武甕雷は、舌打ちをしながら言った。
「ビルマ様、ご安心ください。この程度、かすり傷程度です」
とは言うが、どう見ても武甕雷を圧倒しているのはロクティスの方だ。それにまだ、ロクティスは本気を出している様子でもない。
「やぶさかだが、仕方のない……おいザラト、力を貸せ」
「負けそうなのに偉そうですね。『お願いですザラト・リッチ様。このままではやられそうなので、どうか力をお貸しください』と土下座をするのが筋でしょう?」
「誰がするかバカ」
「全く、素直ではない。が、しかし──」
ザラトは、肩をすくめながらも武甕雷の隣に立つ。瞬時な巨大な鎌を精製して構えた。
「不本意ではありますが、これもビルマ様を守るため仕方のないこと。武甕雷、くれぐれも足だけは引っ張らぬように」
「抜かせ」
「話は済んだか?」
余裕の態度でロクティス。
「ザラト、お前が加わったところで結果は変わらん。何故ならば、俺は強い」
「ほう。あの泣き虫ロクティスが、言うようになったものですね」
「いつの話をしている……今の俺は、あの頃とは違う」
刹那、ロクティスの雰囲気が変わった。全身から、赤黒い魔力が溢れ出す。実際に戦わずとも分かるくらいの、凄まじい力の現れだった。全身に悪寒が走る。
あまりに突然のことで頭が追いつかないが、このディスガイアへ訪れて以来の最大の危機だということは理解できた。
「ビルマ様、ここは私たちが対処致しますので、駄犬を連れてどうかお逃げください」
「そ、そんなことできない!」
「できずとも、やるのです。大丈夫。もう以前のような遅れは取りませんので」
ザラトは、この状況では不釣り合いなほど穏やかな笑みを見せて言った。
「ビルマ様、私を信じてください」
信じる──もちろん、信じてはいる。
ザラトは強い。それに武甕雷もいる。2人が共闘して負けるなんてこと、考えられない。
ただそれは、決して絶対ではない。
信じるとは、ある種の願望だ。そうあって欲しいという、自己暗示かもしれない。
でももしも、ここで逃げて取り返しのことになったら……それこそ、わたしは絶対後悔するだろう。
それでもわたしには、ロクティスと戦えるだけの力はない……そう、今のわたしには──分かっている、わたしは無力なんだ。
だから……。
(いつもいつも、ごめん……でも、今のわたしが頼れるのは、あなたしかいないの)
わたしは、目を瞑り自身に言い聞かせた。厳密には、自身の中にあるもう一つの意識へ。頼りっきりにしたくないと言っておきながら、早速この様だ。わたしは、魔王失格かもしれない。
ただ、それでもと──
(お願い。わたしに、力を貸して……もうなにも、奪われたくないんだッ!)
意識のブレを感じる。そのブレが、次第にわたしの意識の奪っていく。
──そして、わたしの世界が暗点した。
◾️
拍子抜け──ロクティスが魔王ビルマに抱いた感触とは、それ以上でもそれ以下でもなかった。
これまで、ロクティスは数多くの強者と死闘を繰り広げてきた。だからこそ察する。ビルマと対峙した瞬間にも伝わる──それは無のオーラであった。
ロクティスはこういったパターンの敵と相対した時、二パターンを想定する。
一つは、強大過ぎる力を悟らぬが為に力を敢えて抑えつけている場合。
そしてもう一つは──正真正銘、なにもない場合。あまり微量過ぎる力が故に、感知不能といったパターンだ。
ビルマに該当するのは、明らかに後者のパターンだろう。
(無駄足だった、か……こいつらに、彼らを託すことはできない)
と、ロクティスが失意の嘆息を漏らした、次の瞬間だった。
「不法侵入罪。並び、器物破損罪に公務執行妨害の罪……極刑に値するわね」
「──ッ⁉︎」
空気が、がらりと変化した。
そして、見た──黒より深い。深過ぎて、吸い込まれそうになる闇のような黒い翼。
ロクティスが感じる、それは恐ろしい程の寒気。その寒気を放つ先で、不敵に笑う少女が一人。
「覚悟はできているのでしょうね、ロクティス」
「あんたは……何者だ?」
「なにを言っているの? わたしは、ビルマ・マルクレイド。この国を統治する、偉大なる魔王」
「あんたが、ビルマ……だと?」
違う、そんなはずはない。何故ならば、ロクティスが今この瞬間感じ取っていたのは、無ではない。
無の、さらにその奥──底のない、深淵だ。その奥になにが潜んでいるかなど、想像するも難しい。また、こうも言えるだろうか……なにが潜んでいても、不思議ではない。
ロクティスの口元が、僅かに緩む。くつくつと、腹の底から湧き出る笑い声。
(これが、魔王ビルマの本領発揮……なんと、面妖な!)
今のロクティスに、もはや込み上げる笑いを制するなど不可能に近った。
「見つけたぞ。やっと、見つけた……」
「なによ突然笑い出して。バグったのかしら?」
「ククク……これが、笑わずにいられるか。愉快、愉快、愉快……実に愉快ッ! これ程の高揚は、久方ぶりだぞ! 魔王ッ!」
「情緒不安定で、実に気持ち悪いわ。そんなことより、許さないわよ」
愉悦にも不快にもとれる無感情の笑みを浮かべて、ビルマは言った。
「わたしの創造したものを壊した罪、その身でとくと味わうがいいわ」
1
お気に入りに追加
990
あなたにおすすめの小説
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
【完結】転移魔王の、人間国崩壊プラン! 魔王召喚されて現れた大正生まれ104歳のババアの、堕落した冒険者を作るダンジョンに抜かりがない!
udonlevel2
ファンタジー
勇者に魔王様を殺され劣勢の魔族軍!ついに魔王召喚をするが現れたのは100歳を超えるババア!?
若返りスキルを使いサイドカー乗り回し、キャンピングカーを乗り回し!
経験値欲しさに冒険者を襲う!!
「殺られる前に殺りな!」「勇者の金を奪うんだよ!」と作り出される町は正に理想郷!?
戦争を生き抜いてきた魔王ババア……今正に絶頂期を迎える!
他サイトにも掲載中です。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
半神の守護者
ぴっさま
ファンタジー
ロッドは何の力も無い少年だったが、異世界の創造神の血縁者だった。
超能力を手に入れたロッドは前世のペット、忠実な従者をお供に世界の守護者として邪神に立ち向かう。
〜概要〜
臨時パーティーにオークの群れの中に取り残されたロッドは、不思議な生き物に助けられこの世界の神と出会う。
実は神の遠い血縁者でこの世界の守護を頼まれたロッドは承諾し、通常では得られない超能力を得る。
そして魂の絆で結ばれたユニークモンスターのペット、従者のホムンクルスの少女を供にした旅が始まる。
■注記
本作品のメインはファンタジー世界においての超能力の行使になります。
他サイトにも投稿中
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる