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楽園破壊編

魔王の弟がやってきました

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「リリスの、弟……?」

 わたしはザラトの言葉に耳を疑いながら、不敵な笑みを浮かべるその魔族を改めて見た。

 特徴的な燃えるような赤い肌に、額から生えた金色の瞳。そしてその切長い瞳は、なるほど確かにリリスとよく似ていた。

 なにより、彼から発せられる並々ならぬ闘気が、初めてリリスと対峙したときの緊迫感を彷彿とさせる。

 名を、アスラ・ザラ・ロクティスと言ったが──

「あんたが、噂の第7代目魔王ビルマ・マルクレイドか。ふむ、人間の女とは聞いていたが……」

 そう言って、ロクティスはわたしの全身を舐めるように見つめて、ニヤリと白い歯を覗かせた。

「なんと、脆弱そうな娘。あんた風情がよもや偉大なる魔王を名乗るとは……片腹痛い」
「黙りなさい、ロクティス。ビルマ様へのこれ以上の侮辱は許しませんよ」
「ほう。誰が、許さないって?」

 ロクティスが、ゆったりとした歩調でわたしたちへと歩み寄ろうとした──その直後のことだった。割れた窓の向こうに、もう一人の闖入者の姿が。

「侵入者を確認。対峙を駆逐する」

 それは独立起動魔導兵器『武甕雷』が、物凄い勢いでロクティスへと飛び掛かっていく──が、瞬時に身を翻したロクティスは、軽々しく武甕雷の特攻を避ける。

 速い──

「妙な反応だ。これは魔導人形ゴーレム……いや、それとは違う、別のなにか」

 宙を旋回し、再び特攻を仕掛ける武ちゃんを注意深く観察したロクティスは、

「ククク……いずれにせよ、蚊蜻蛉に過ぎん。いいだろう、まずはお前からだ」

 ロクティスの姿が視界から消えた──と思ったのも束の間、一瞬にして武甕雷の背後に現れると、ガラ空きとなったその背中へ拳が放たれて、

「誰が蚊蜻蛉だ、雑種め」

 武甕雷は、その拳を瞬時に旋回して受け流す。

 ロクティスは、なぜか嬉しそうだった。

「これは驚いた。よく、俺の動きに反応できたものだ」
「その程度の動きが、この武甕雷に通用すると思うな」

 武甕雷は苛立ち混じりに言って、ロクティスへ翳した手のひらに魔法陣を展開させようとして──

「ならば、お前の反応できない速度で動くまでのことだ」

 ──武甕雷の腕が、音を立ててひしゃげた。

「武ちゃん⁉︎」

 早すぎて、一体なにが起こったのか分からなかった。ただ、実際にもロクティスが千切れた武甕雷の腕を持っていて、まるでお手玉で遊ぶように投げて取ってを繰り返している。

 武甕雷は、舌打ちをしながら言った。

「ビルマ様、ご安心ください。この程度、かすり傷程度です」

 とは言うが、どう見ても武甕雷を圧倒しているのはロクティスの方だ。それにまだ、ロクティスは本気を出している様子でもない。

「やぶさかだが、仕方のない……おいザラト、力を貸せ」
「負けそうなのに偉そうですね。『お願いですザラト・リッチ様。このままではやられそうなので、どうか力をお貸しください』と土下座をするのが筋でしょう?」
「誰がするかバカ」
「全く、素直ではない。が、しかし──」

 ザラトは、肩をすくめながらも武甕雷の隣に立つ。瞬時な巨大な鎌を精製して構えた。

「不本意ではありますが、これもビルマ様を守るため仕方のないこと。武甕雷、くれぐれも足だけは引っ張らぬように」
「抜かせ」

「話は済んだか?」

 余裕の態度でロクティス。

「ザラト、お前が加わったところで結果は変わらん。何故ならば、俺は強い」
「ほう。あの泣き虫ロクティスが、言うようになったものですね」
「いつの話をしている……今の俺は、あの頃とは違う」

 刹那、ロクティスの雰囲気が変わった。全身から、赤黒い魔力が溢れ出す。実際に戦わずとも分かるくらいの、凄まじい力の現れだった。全身に悪寒が走る。

 あまりに突然のことで頭が追いつかないが、このディスガイアへ訪れて以来の最大の危機だということは理解できた。

「ビルマ様、ここは私たちが対処致しますので、駄犬を連れてどうかお逃げください」
「そ、そんなことできない!」
「できずとも、やるのです。大丈夫。もう以前のような遅れは取りませんので」

 ザラトは、この状況では不釣り合いなほど穏やかな笑みを見せて言った。

「ビルマ様、私を信じてください」

 信じる──もちろん、信じてはいる。

 ザラトは強い。それに武甕雷もいる。2人が共闘して負けるなんてこと、考えられない。

 ただそれは、決して

 信じるとは、ある種の願望だ。そうあって欲しいという、自己暗示かもしれない。

 でももしも、ここで逃げて取り返しのことになったら……それこそ、わたしは絶対後悔するだろう。

 それでもわたしには、ロクティスと戦えるだけの力はない……そう、──分かっている、わたしは無力なんだ。

 だから……。

(いつもいつも、ごめん……でも、今のわたしが頼れるのは、あなたしかいないの)

 わたしは、目を瞑り自身に言い聞かせた。厳密には、自身の中にあるへ。頼りっきりにしたくないと言っておきながら、早速この様だ。わたしは、魔王失格かもしれない。

 ただ、それでもと──

(お願い。わたしに、力を貸して……もうなにも、奪われたくないんだッ!)

 意識のブレを感じる。そのブレが、次第にわたしの意識の奪っていく。

 ──そして、わたしの世界が暗点した。

◾️

 拍子抜け──ロクティスが魔王ビルマに抱いた感触とは、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 これまで、ロクティスは数多くの強者と死闘を繰り広げてきた。だからこそ察する。ビルマと対峙した瞬間にも伝わる──それは無のオーラであった。

 ロクティスはこういったパターンの敵と相対した時、二パターンを想定する。

 一つは、強大過ぎる力を悟らぬが為に力を敢えて抑えつけている場合。

 そしてもう一つは──正真正銘、場合。あまり微量過ぎる力が故に、感知不能といったパターンだ。

 ビルマに該当するのは、明らかに後者のパターンだろう。

(無駄足だった、か……こいつらに、

 と、ロクティスが失意の嘆息を漏らした、次の瞬間だった。

「不法侵入罪。並び、器物破損罪に公務執行妨害の罪……極刑に値するわね」
「──ッ⁉︎」

 空気が、がらりと変化した。

 そして、見た──黒より深い。深過ぎて、吸い込まれそうになる闇のような黒い翼。

 ロクティスが感じる、それは恐ろしい程の寒気。その寒気を放つ先で、不敵に笑う少女が一人。

「覚悟はできているのでしょうね、ロクティス」
「あんたは……何者だ?」
「なにを言っているの? わたしは、ビルマ・マルクレイド。この国ディスガイアを統治する、偉大なる魔王」
「あんたが、ビルマ……だと?」

 違う、そんなはずはない。何故ならば、ロクティスが今この瞬間感じ取っていたのは、無ではない。

 無の、さらにその奥──底のない、深淵だ。その奥になにが潜んでいるかなど、想像するも難しい。また、こうも言えるだろうか……

 ロクティスの口元が、僅かに緩む。くつくつと、腹の底から湧き出る笑い声。

(これが、魔王ビルマの本領発揮……なんと、面妖な!)

 今のロクティスに、もはや込み上げる笑いを制するなど不可能に近った。

「見つけたぞ。やっと、見つけた……」
「なによ突然笑い出して。バグったのかしら?」
「ククク……これが、笑わずにいられるか。愉快、愉快、愉快……実に愉快ッ! これ程の高揚は、久方ぶりだぞ! 魔王ッ!」
「情緒不安定で、実に気持ち悪いわ。そんなことより、許さないわよ」

 愉悦にも不快にもとれる無感情の笑みを浮かべて、ビルマは言った。

「わたしの創造クリエイトしたものを壊した罪、その身でとくと味わうがいいわ」
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