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楽園増強編

新たなる脅威がやってきました

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「ビルマ様、マドルフの様子はどうですか?」
「うん、今やっと落ち着いて寝たところ」

 わたしは、マドルフの穏やかな寝息を立てるマドルフの顔を覗き込んで、ほっと息を吐く。

 あの後、マドルフはわんわんといつまでも泣き続けていた。「ごめん」と「ありがとう」を繰り返し、謝罪したいのか感謝したいのか、よく分からない状態だった。でもきっと、その両方だったとは思う。

 魔族と共に過ごすことで、今まで築いてきた価値観に疑問を抱いてしまったのだろう。

 冒険者とは、魔族を倒す存在。そうして人間と魔族は、絶対に分かり合えない……という、これまでの常識と現実の狭間で、ずっと格闘していたのだろう。かつてのわたしもそうだったから、マドルフの気持ちはよく分かる。

「……全く、世話の焼ける駄犬です」

 と、ザラトはベッドですやすやと眠るマドルフの頬を、指先でぐりぐりと押した。するとマドルフが、「う~ん」と苦しそうは呻き声を上げて、

「っ!」

 突然、マドルフがザラトの指に噛み付いた。一瞬起こしてしまったのかとヒヤヒヤしたが……鼻ちょうちんを膨らませるマドルフ。どうやら、先ほどのあれは寝ぼけていたらしい。

「父上……」

 寝言を呟いたマドルフが、わたしの膝に顔を埋めてくる。その目尻に光る水滴が、するりと頬から流れ落ちた。

 もしかしたら、お父さんの夢を見ているのかもしれない。剣王グルンガスト・オーガスとの決闘の果てに敗れ、そうして死んだ父との思い出を。

「マドルフはお父さんの仇を討つために、ずっと一人で頑張ってきたんだね……可哀想に」
「それも、駄犬が選んだ道。自身で選択したことです」
「うん、分かってるけど……でも、マドルフは相談する相手とか、悩みを聞いてくれる友達とか、きっといなかったはずだから。お父さんの仇を討つって自分に言い聞かせてないと、生きるのが辛かったんだよ」

 握りしめるマドルフの手のひらには、すごくゴツゴツとしている。そのくらい剣を握って、たくさん修行に明け暮れてきたのだろう。たった一人で、ずっと。

 そして、そんな思いをして生きてきたのはなにも彼女マドルフだけではない。このディスガイアにいる全員がそれぞれの事情を抱えて、今やっとここで落ち着いているのだ。みんなが強いのは、強くないと生き残れない環境だったのだろうと、今ではそれが分かる。

「そう言えば、ビルマ様」

 ふと、ザラトが首を傾げながら聞いてきた。

「覚えているのですね、先ほどのこと」
「どういう意味?」
「以前にもお伝えした通りです。覚醒状態のビルマ様は、その時の記憶を、覚えていない。違いましたか?」
「ああ、そのこと」

 わたしは唇に手を開けながら、

「最近はね、そのと、情報を少し共有できるようになってきたの。この子がなにを考えているのかも、少しくらいは。さっきもほら、いきなりわたしに変わったでしょ? あれもね、わたしが出たいって思ったから、あの子が変わってくれたの」
「初耳です……」
「ごめんね、黙ってて。わたしもよく分からないけど、さ……これだけは分かる。すごく優しい子。いつもあなたたちのことを考えていて、それにわたしのことも……」

 はじめは、もう一人のわたしなんて気味悪いと思っていた。でも、彼女の考えを少しは理解できてきて、その考えも変わった。

「この子はね、弱いわたしの心をおぎなってくれていると思うの」
「それは、どういう意味ですか?」
「だからね、この子が初めて表に現れた……ザラトが、やられそうになったとき。あの時ね、わたし神さまに願ったの。なにもできないわたしに、力を貸してくださいって。そうしたら、この子が出てきたんだけど。その後のことは、ザラトも知っての通りだよ。この子が、わたしが眠っているうちに全部終わらせてくれた。それはね、きっとこの子が、わたしが傷つかないで済むよう、嫌な役目をこの子が全部引き受けているじゃないかって、そう思うの」
「そう、ですか……」
「うん。でもね、いつまでも甘えてちゃダメだって……そうも思うの。だから、もっとしっかりしなきゃ、わたし」

 握り拳を作り、やる気を見せるわたし。そんなわたしを見てぽかーんと口を開けていたザラトだったが、直ぐにも口元に手を当ててクスクスと笑い声を漏らした。

「ええ、その意気ですよビルマ様。魔王系女子として活躍するビルマ様を、期待しております」
「むぅ、だからその魔王系女子ってなに? わたし、魔王だよ! ま・お・う!」
「ふふ、そうですね。ではそんな魔王様に、早速ですがお仕事です」

 と、ザラトはにっこりと笑いながら、

「ディスガイアの各地にて、どこからか魔獣クリーチャーどもがウジャウジャと湧いてきております。一応全て駆除はしましたが、現場の状況はそれはもう酷いもので、ええ」
「え、魔獣⁉︎」

 魔獣クリーチャー──それらは、太古の昔より存在するとされる原生生物たちの総称だ。自我はないとされ、ただひたすら暴れる。姿形はそれぞれ異なっており、この目で確認したことはないが人型までいるとか。一説によれば、魔獣はこの地上を満たす魔素の、その原型だったのでは~とか。その真相が未だ解き明かされていない、未知の生命体である。

「でも、一体どこから……」
「さあ。もしかすると、外界からなにかがよくないものが──」

 と、ザラトがそこで言葉を止めた──次の瞬間だった。ザラトが、瞬時にわたしとマドルフを抱えて後ろへと下がった。直後、窓を破り飛んできたが、先ほどまでわたしたちがいたベッドを貫いていた。

 これは──

「敵襲です、ビルマ様。しかもこの魔力反応……まさか……」

 と、ザラトが呟いた。その時だった。

「さすがの反応速度だな、ザラト……気配は完全に殺していたはずだが」

 その男の声は、破壊された窓の向こうから聞こえてきた。

 咄嗟に窓の方へ目線を向けると──ちょうど、声の主がこの部屋に降り立っていた。

 灰色の髪に、赤い皮膚。切り長めの黒い瞳が、真っ直ぐとわたしたちを捉えている。濃紫の外套を身に纏うその男は、「ククク……」と声を押し殺すように笑っていた。

「……ザラト、知り合い?」

 ザラトは「ええ」と、ゆっくりと頷いた。

「彼は、……アスラ・ザラ・ロクティスです」
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