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楽園創造編
魔王となりました
しおりを挟むわたしは、夢を見ていた。
夢の始まりは、灰狼勇華団がこの島へとやってきて、わたしを庇ったザラトが殺されそうなった瞬間から。
その夢の中で、わたしはとてつもない力を覚醒させていたのだ!
具体的には、ザラトの傷ついた体を一瞬で治癒したり、襲ってきた灰狼勇華団をあっさり返り討ちにしていたのである。
それに夢の中のわたしは大人びていて、堂々としていて、本当にカッコ良かった。
そう言えば、夢の中のわたしは自身こそが新しい魔王だと宣言していたっけか?
でもわたしが魔王って……いやいや、あり得ないよねそんなこと……。
あれは全部、夢の中だから起こり得た奇跡に過ぎない。
目が醒めたら、きっといつも通りの日常が始まるはずだ──
「ビルマ様」
「……んっ、ザラト?」
目覚めると、ザラトがわたしの顔を覗き込んでいた。どうやらわたしは、いつの間にか眠っていたらしい──って。
「ザラト、顔近い」
「ああ、申し訳ございません」
わたしは、迫り寄るザラトの顔を押し除ける。そして、辺りを見回す。玉座の間だった。
「てかさ、どうしてみんなここに集まってるの?」
どういうわけか全員集合。しかも、みんな片膝をついてわたしに向けて頭を下げていた。なんだか仰々しい態度だった。
「どうしたの、みんな……? もっと楽にしていいよ?」
「「「はっ、魔王様‼︎」」」
一斉に叫んで、魔族たちがその場に正座をする。
いやいや、なにこれ?
「……えっと、もしもし? 今、わたしのこと魔王様って呼ばなかった?」
「「「はっ! その通りでございます! 第7代目魔王、ビルマ・マルクレイド様!」」」
「……んん⁉︎ みんな何言っちゃってんの⁉︎ わたしが第7代目って──」
と、わたしが言い切るよりも先に、ザラトが魔族たちに言った。
「『祝いの言葉一つないのかこの愚か者共め』、というビルマ様の意思を理解しなさい愚か者ども」
「「「も、申し訳ございません! ビルマ様、第7代目魔王ご就任、おめでとうございますッ‼︎」」」
ザラトは、やれやれと肩を竦めた。
「空気の読めない者たちで申し訳ありません。ビルマ様、あまり気を悪くしないでくださいね?」
「いやいやいやいや、空気を読めてないのはザラトだから! わたし、そんなこと微塵も思ってないからね⁉︎」
「そうなのですか? では、何故そんなにも浮かない顔を?」
浮かないもなにもない。
「わたしは、どうしてこうなってんのって聞きたいの。それにわたしが魔王って、冗談にしてもやり過ぎだよ」
「冗談ではありませんよ。大体、自身こそが魔王だと名乗り上げたのは、ビルマ様ご自身ではありませんか」
はい⁉︎ なんのこと⁉︎
◾️
ビルマが目覚めた同時刻──
王都エルシャンドラにある、リバー宮殿の一室では、此度の『ディスガイア攻略作戦』における緊急会議が行われていた。
円卓の席を囲む、その者たち──最強格の五クランを納めるクランマスター『五天』の面々であった。
こうして彼らが同じ卓を囲むのは久しく、それこそ魔王リリスを降伏するまで追い詰めた魔族殲滅作戦以来のことであった。
当時も、今と同様の重々しい雰囲気が場を支配していた──と言うのも、彼らの仲は昔からすこぶる険悪。それは、彼らが一介の冒険者だった頃から続く因縁のようなものである。
「本日はわざわざご足労いただき、誠に感謝いたしますわ」
そんな中、進行役を任される若い女が、一人飄々とした態度で話を進めていく。
「皆さまも知っての通り、ディスガイアへ送り込んだ灰狼勇華団の皆さんですが、再起不能の状態となって帰って参いりましたわ。残念なことにまともな会話をすることも、どのように帰ってきたのかも分かっていない有り様でして──」
「ふん、こんなことになるだろうと思っておったわい」
そう言って鼻で笑う、大魔法士クラン『月影』を束ねる【大賢者ナガル・ドウスイ】である。
「だからワシは、落ちぶれの灰狼勇華団を送るのは反対だったのじゃ──」
「けっ、よく言うぜナガルのジジイ」
すかさず口を挟んだのは、獣人のみで構成されたクラン『獣王無尽』の長、【百獣王・クドー・バレガンス】だ。
「ビルマ・マルクレイドの元仲間だから油断するかもしれないって、あんたも賛成していたくせによぉ」
「お主らがどうしてもと言うから、年長者として身を引いてやっただけのこと」
「あーそうかい。そりゃあ悪うございましたよ大賢者さま」
睨み合う二人。
「まあまあ、その辺にしなさいなご両人。いずれにせよ、灰狼勇華団を送り込んだのは我々の総意に代わりありませんよ」
一方で、『妖精武闘』の美しき隊長【妖麗姫・リアン・アーツ】が含み笑いを浮かべながら言った。
「最も、私が賛成したのはかの麒麟児マドルフがいたからではありますが。でもまさか、そのマドルフがいながら失敗に終わるなんて、ねぇ……人類最強の男とは名高き、剣王グルンガストの愛弟子ということでしたので期待していましたのに、まさか肉片の一片も見つかっていないとは、心中お察し致します」
「マドルフは、死んでおらん」
その男──最強の冒険者クランとの呼び声たかい『金獅子旅団』の団長、【剣王・グルンガスト・オーガス】が長い沈黙を破る。
「かなり悪運の強いやつだ。そう易々と死んだりはせん」
「あれまぁ、よっぽどマドルフさんのことを信頼されてらっしゃるのね……では、マドルフさんは魔族側に寝返ったでも?」
「知らん。仮にそうだったにせよ、敵ならば斬り捨てるまで」
グルンガストの放つ覇気に押され、その場に再び緊張感が走る──
「静粛に。今回皆さんに集まっていただいたのは、このような小競り合いをしていただく為ではございませんわ。実を言うとですね、灰狼勇華団の乗っていた船に、こんなものが残されていましたの」
進行役の女の手には、紫色の結晶石が握られていた。
「解析したところ、どうもこれには特殊な魔法が込められているみたいですわ。魔力を流し込むと、この通り」
と、進行役の女が魔力を結晶石へ送り込んだ、次の瞬間──結晶石から発せられた光が、魔法映像となり再生された。
『どうも皆さま、ご機嫌よう』
そこには重厚な椅子に足組み座り、妖艶な笑みを浮かべるビルマ。またその背後には、ここ三年間消息を経っていた上級魔族たちの錚々たる顔ぶれが勢揃いしていた。
その中心で一人、肘掛けにもたれ、頬杖を付き、足を組みビルマは悠然と話し始める。
『今回は警告を込めて、このメッセージを送るわ。あなたたちがいくら戦力を注ぎ込んだところで、わたしたちには決して敵わないの。いい加減、無駄な争いはやめにしないかしら? わたしたちはただ、わたしたちの作った国で静かに暮らしたいだけなのよね』
ため息を漏らすビルマは、心底ウンザリしている様子。
『とは言っても、頭の硬いあなたたちは理解してくれなさそうだから、これからはあなたたちがこの島に二度と上陸できないよう、徹底した防衛設備を整えるからそのつもりで。それでも抗おうとする愚か者は、そちらへ送り返した灰狼勇華団たちのようになってしまうから、くれぐれもバカなことは考えないことね』
と、ビルマが立ち上がった──直後、魔族たちの雄叫びが煩く鳴り響いた。
『独立国家ディスガイアの建国。並びに、わたしビルマ・マルクレイドが、第7代目魔王へ就任したことをここに宣言するわ』
最後に、ビルマは不敵な笑みを浮かべてこう言った。
『それと、リリス。どこかで見ているんでしょう? あなただけは、絶対に許してあげないから、そのつもりで。それじゃあ」
そこで、魔法映像は終わる。
「……ふん、これじゃあまるで、『攻めてきてください』と言ってきてるようなものじゃのう」
「俺たちも舐められたものだぜ、なぁオイ」
「ふふ、そうね。宣戦布告のつもりなのかしら」
「面白い。ならば、金獅子旅団が直々に相手をしてやることとしよう」
「勝手に決めるな若造め。奴らの始末は我ら月影が請け負う」
「バカ言ってんな! あれは、俺たち獣王無尽の獲物だッ! けけけ、久々の美味しいご馳走だぜ!」
「はぁ、あなたたちのような野蛮人ではダメに決まっているでしょう? こんな時こそ、冷静にならなくちゃ。あれらの掃討は、私たち妖精武闘が行くから、あなた方は休んでいなさいな」
「盛り上がっているところ申し訳ないのですが、実を言うと新魔王ビルマ討伐部隊は、既に決まっていますわ」
そう言ったのは進行役の彼女──冒険者であり、歴史上最年少にて最上級冒険者の頂き『五天』へと上り詰めた若きクランマスター──【鮮血の探求者・ハスラー・ハイクラッド】であった。
「今回の一件につきましては、我々『教会聖騎士団』が担当することになりまして。わたくしとしては、是非ともみなさまの誰かに譲ってあげたいのですが、貴族たちからの直々の推薦でして──」
「白々しいな、ハスラー。はじめからそうなるよう仕組まれていた、そうじゃろう?」
貴族たちは、彼ら冒険者クランへ出資をするスポンサーたちだ。彼ら貴族たちの援助がなければ、彼らクランマスターがここにいることはなかっただろう。そのくらい、彼ら貴族とは強い権力と財力を持ち合わせていた。
そして、貴族たちの傀儡こそがハスラー率いる『教会聖騎士団』他ならない。
「まさか、とんでもありませんわ。わたくしはただ、命令されたことを忠実に遂行する道化に過ぎませんわ。新魔王ビルマ・マルクレイド討伐の功績など、欲していませんので、ええ。今回のことは、きっとディスガイアの利権を狙った貴族たちの事情に違いありませんわ」
なるほど、そういうこと。どうも貴族たちは、忠実な手駒である『教会聖騎士団』を動かし、功績と利権を根こそぎ掻っ攫おうという魂胆らしい。いかにも強欲な貴族たちの考えそうなことだ──五天の面々は、瞬時に状況を察していた。
「反対がないということは、みなさまの合意を得られたということでよろしいですね?」
飽くまでも仕方なく、そういった雰囲気を漂わせるハスラー。
「茶番じゃのう」
「ちっ、帰る」
「そうね、これ以上は無駄かしら」
途端に冷めたクランマスターたちが、部屋を出ていく。ただ、その男だけを除いて。
「ハスラー」
グルンガストは、強い眼光を放ちながら、
「あれは、お前らには無理だ」
「……どうして、そう思われるのですか?」
「勘だ。俺の勘は、よくあたる」
ハスラーは、にっこりと笑った。
「そうですか。ならば、剣王グルンガストのその勘とやらが、いかにてきとうであるかを証明してやらねばなりませんわ」
◾️
「……と、言うことがあったんですよ」
ザラトの説明によると、灰狼勇華団を圧倒的な力で粉砕したわたしは、彼らを転移魔法で送り返し、おまけに冒険者を挑発するような映像を送りつけたのことだ……。
うん、全く覚えていない。
「それ、本当にわたしだったのかなぁ」
「なにを仰いますか。正真正銘、第7代目魔王ビルマ・マルクレイド様で間違いありませんよ」
「だから、その言い方やめてよ!」
「あっ、これは気付かずに申し訳ありません。閣下と、そうお呼びした方がよろしかったでしょうか?」
「だーかーらー、んもぅ、ちっがーうッ!」
「……ふふふ、冗談ですよ」
ザラトは片膝をついて、こうべを垂れた。
「私にとって、ビルマ様はビルマ様。魔王だろうがなんだろうが、今さら態度を変えるつもりはございませんので」
「なによ。だったら、初めからそうしなさいよ」
「精神衛生を保つためです。それほどに、別人となったビルマ様の放つ覇気は凄まじいものでした。それこそ、この中には耐えきれず失神した者もくらいです」
わたしは、魔族たちへと目配せする。すると魔族がビクッと体を震わせ、わたしから目線を逸らした。中には、額からダラダラと冷や汗を流し、今にも倒れそうな子もいる。
どうやら、みんなはわたしの一挙手一投足が気になって仕方がないようだ。そのくらい、別人と化したわたしは恐ろしかったのかな?
でも、今のわたしはわたしだ。
そしてみんなは、単なる手下なんかじゃない。このディスガイアを共に作った戦友──
「自分の口から、ちゃんと伝えてあげれば、良いのでは」
「え?」
「ビルマ様は、ビルマ様。どんな立場であると我々の知る魔王系女子ビルマ・マルクレイドであることを証明してあげればいいのではと、そう思いまして」
魔王系女子って……まあ、それは一先ず置いといて。
自分の口から伝える、か。こんな重々しい雰囲気の中、みんなに一体どんな言葉をかければいいのやら、よく分からないけど……。
「えーと、そのぉ、あのね」
わたしは、素直な気持ちを伝えることにした。
「いっぺんに色んなことがあったから、みんな戸惑ってるのかもしれないけど……それは、わたしも同じ。これからどうなるんだろうって、不安な気持ちでいっぱいなんだよ」
今後、冒険者がどのような動きにでるのかはまだ分からないけれど、ただ黙って見ているわけでないはず。きっと、なにかしら仕掛けてくるはず。わたしたちは、これからそんな侵略者たちからこのディスガイアを防衛しなければならない。
それに、魔王リリスの存在。彼の裏切りがこれからどのような事態を招くのか、考えただけで嫌になる。それに、なんと言ってもみんなが一番動揺しているのはそこだろう。魔王が冒険者側に寝返ったということは即ち、彼に就く他の魔族たちもわたしたちの敵に回ったということだ。
不安要素は、たくさんある。
解決しないといけない問題も、大いに残っている。
だけど、
「わたしは、みんなのこと、仲間……いや、家族だって、そう思ってるよ。そしてこの島……ディスガイアは、わたしたちの故郷だって、そうも思うの」
わたしたちは血が繋がっているわけじゃないし、なんだったらわたしは人間でみんなは魔族。本当の家族には、なれないかもしれない。でも、みんなと一緒にいると、本当に楽しいのだ。
ここ、ディスガイアには、そんなみんなと苦楽を共にした思い出が、たくさんある。
「奪われたく、ない。もう、自分の居場所を……わたしたちで創り上げたこの島を、失いたくない。わたしの望みは、ただ一つだけ。これからもみんなと一緒に、このディスガイアで楽しく、暮らしていきたいよ。だから、お願い、力を貸して欲しいの」
わたしは、ぎゅっと目を瞑り、俯く。
それから、どのくらいそうしていただろうか。場が、しーんと静まり返っていた。息遣いすら聞こえない。
もしかして、みんな呆れて出ていったのかも──
「ビルマ様、顔を上げてください」
ザラトが、いつもの調子で声をかけてくる。わたしは顔を上げて、恐る恐る目を開く。目撃する。
みんなが、腕をお腹に添えて、丁寧なお辞儀をしていた。まるで、王に忠誠を誓う騎士みたいに。
そして、みんなが一斉に顔を上げて──
「「「ビルマ! ビルマ! ビルマ!」」」
腕を上げながら、わたしの名前をコールし始めた。なんか、かなり盛り上がっている。えっと……。
「ビルマ様、これが皆の総意ですよ。もう、リリス様がどうとかは関係ありません。我々は、ビルマ・マルクレイド様に忠誠を誓った僕。ビルマ様の言葉を借りれば……家族と、そういった存在です」
ザラトは、恥ずかしそうに「家族」と、そう言ってくれた。
みんなも、誰一人欠けることなく残ってくれている。
すごく、嬉しい……。
「うわぁぁあああん(泣)」
「「「び、ビルマ様⁉︎」」」
これから、また大変になるかもしれないけれど、みんなとなら乗り越えられるって、そう思った。
絶対に、奪わせない。
奪わせてたまるもんか!
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