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第2章 英雄となったゴブリン
終末歴1820年 9月26日
しおりを挟む山賊を討伐したキングは、教会に残されていた金品全てを大袋に詰め込み、村へと持ち帰りました。
肌寒い朝方のことです。
キングの帰りを知った村人の誰かが、大きな叫び声を発しました。
「キング殿が帰ったぞ!」
村長マドゥークは、キングを自宅へと招きます。
キングは事の経緯を事細かに説明しました。
教会に山賊が潜伏していたこと。
山賊を一人残らず殺したこと。
人質は残されていなかったこと、あったのは金品だけで、どれが村の財産なのか分からなかったから全て持ち帰ってきたこと。
そして、
「すまない。俺は、目的をこなせなかった」
キングはその場に集まった皆に向き直り、頭を下げ、謝罪しました。
謝罪の意図を理解できないマドゥークは、村人を代表して尋ねます。
「キング殿。何故、謝るのですか?」
「囚われた村人を連れ帰ることができなかった。つまり、それは目的を達成できなかったということだ」
「……なにを。キング殿、頭を上げてください」
マドゥークはキングの肩に手を置き、また涙目を浮かべました。
「キング殿が謝ることではありません。むしろ、謝るのは我々の方です」
マドゥークは村人たちへと目配せしました。
村人たちもまた、マドゥーク同様申し訳なさそうな瞳を見せています。
「我々は、キング殿を誤解していました。半ば、諦めのような気持ちです。一人であの恐ろしい山賊たちと戦い勝つなど、無理だと思っていたのです。ですから……今回キング殿が無事帰還されたことを、夢のように感じているのです」
キングは、マドゥークより語られることを黙って聞いていました。
マドゥークは言葉繋ぎます。
「帰れなかった仲間たちのことは……残念で仕方がありませんが、それはキング殿のせいではありません」
「そう、なのか」
「ええ、ええ……そうですとも。キング殿は、人に誇れる立派なことをしたのです」
キングは顔を上げて、まずはマドゥークの優しげな瞳を見て、次に自身へと注がれる村人たちの尊敬の眼差しを見て、複雑な気分に浸っていました。
俺は、そんなにも感謝されることをやったのか?
「胸を張って下さい。あなたは我々にとっての、英雄なのですから」
「俺が、英雄?」
「その通り。キング殿の偉業は、この村の伝説として永遠に語り継がれることでしょう」
そうは言われたところで、やはりキングには事の大きさを理解できません。
俺はただ、提示された目的をこなす為に動いたまでだ。
山賊を殺したまで。
迷宮で死闘を繰り返してきた俺にとって、なにも難しいことではなかった。
それがどうして、こんなにも祝福されているのか。
俺には、分からない。
ふと、キングは迷宮で共に過ごしたアイルのことを想起させていました。
アイルは、いつもキングのことを『特別な存在』であると、そのように語っていました。
その度に、キングは困っていました。
俺のなにが、特別なのか?
その答えを知らぬまま、アイルは迷宮の底にて命を枯らせてしまいました。
『あなたはさ、きっとなにか、強い使命を帯びてこの世界に生まれたのよ』
アイルよ、教えてくれ。
強い使命とはなんだ。
どうして、俺は魔物としてこの世に生を受けたのだ。
超新星とは、一体なんなのだ。
アイルよ、俺はこれからどうして生きていけばいい。
その夜、村はお祭り騒ぎでした。
キングの偉業を讃え、村人たちが宴会を始めたのです。
キングはよくも分かぬまま、祝いの上座にて、首を傾げ続けていました。
マドゥークは酒杯をキングに渡しますが、キングは首を横に振ります。
「俺はいい」
不器用な人だ、ぶっきら棒なキングの態度を受けたマドゥークとはそう思えて仕方がありません。
そこがまた、粋なお方であるとも。
「時にキング殿。昨日、ヴァレンタイン様がこの村を訪れました」
マドゥークは、ヴァレンタインより伝えられた内容をキングへと伝達しました。
「そうか」
キングは知った風に頷きましたが、実のところ話をよく理解できていませんでした。
どうも、ヴァレンタインなる冒険者がキングと面会したいと言っているらしい。
山賊狩りより帰還した暁には、一度マルドゥック冒険者組合のある西の都ルマンドへと立ち寄れとのこと。
目先の目的を失ったキングにとって、それは好都合なことでした。
単純なキングとは、そのことに対して全く疑念を抱いていません。
自身が偽りの冒険者であり、また魔物である事実など、この時ばかりはなにも考えていなかったのです。
ただただ、次の目的が出来たと上機嫌な気分に浸っていました。
次の日の昼前にも、キングは村人たちより盛大に見送られながら村を後にしました。
村人たちは口々に、キングを英雄と褒めちぎり、偉大なる英雄との別れを惜しんでいるようでした。
最後に、マドゥークはキングに言いました。
「キング殿。またいつか、この村にお立ち寄り下さい。その時はまた、あなたを歓迎いたします」
キングは黙ったまま頷き、そのまま彼らに背を向け、のしのしと歩き始めた。
鳴り止まぬ村人たちの歓声を受けて、俄かに心が満たされる気分を味わうキングでした。
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