13 / 34
第2章 ミシラス湖の特異個体
9
しおりを挟むフルートと共にモンスターと戦う事は、何も今日に始まった話ではない。
それこそ問題のあるモンスターの噂を聞きつければフルートに跨り現地へ。問題となっているモンスターの深刻さに合わせた対処を行なってきた。その結果として、モンスターの命を奪ったことだってある。
モンスターと争うってのは、勝ち残った者だけが己が存在を突き通せるという単純明解過ぎる結果しか残らない。敗北は死を意味する。分かり易い。
それがモンスターとしての在り方、弱肉強食。
故に私達に、敗北は許されなかった。
未だ私達は、敗北の味を知らない。
「ぐぬぬぬ……フルート、頑張れ!」
私はワイルドガルルの足に組み付き、せめてもの加勢を試みていた。もちろん何の手助けになっていないのは百も承知だ。
ただそれでも、フルートの背で一人悠々と戦況を眺める上品さなど私は持ち合わせていない。
ワイルドガルルへと特攻したフルートのその後とは、やはり力負けして馬乗りにされていた。
現状、フルートへ馬乗りしたワイルドガルルの牙がフルートの喉元を噛み砕かんとガチガチ音を鳴らしていた。何とかワイルドガルルの体を押し退けようと、フルートはジタバタもがき暴れていた。
持ち堪えていられるのも時間の問題、どうにかしてワイルドガルルをフルートから引き剥がしたいものだけど。
「くっそ!離れろこの怪力馬鹿!」
ポコスカ殴ってみたところで、相手にしてもくれない。犬笛を鳴らしてみたりもしたが、学習したのか見向きもされなかった。
私は最早眼中にないってか……畜生め!
いよいよ打つ手なしと焦り始めていた、そんな時。
「うわぁあああああああああ!」
甲高い奇声を発するウボーが、ワイルドガルルの体へと体当たりーー体当たりした後、ウボーは跳ね返り地面へとうつ伏せに倒れ込んだ。かなり痛そうである。
「ウボー!大丈夫!?」
「は、はい……いててて」
ウボーは腰をさすりながら起き上がると、再びワイルドガルルへと体当たり。またもや跳ね返されていた。
起き上がったウボーの鼻から、一筋の赤い線が流れ落ちる。
「ちょっとウボー!貴女なーにやってんのよ!?」
「なにって、加勢ですよ加勢!アポロさんとフルートちゃんが頑張ってるのに、助手である私が一人呑気にもしてられません!」
「貴女がそこまでするは必要はないから!危ないから、お願いだから退がって」
「嫌です!」
「なっ!?」
強情なのは分かってたけど、まさかここまで!?
「アポロさん!水臭い事言わないで下さいよ!?それに、アポロさん前に私達は『一蓮托生』だってそうは言ってくれたじゃないですか!?」
「いやそれは貴女が勝手に言い出したことじゃ、」
「記憶にございません!」
うそーん!?
「……これは実習じゃないの!下手したら死ぬかもしれないんだから!分かってよ!」
「それは……アポロさんだって同じじゃないですか!?どうしてそうやって一人で全部抱え込もうとするんですか!?大体、こうなったのもアポロさんが誰かに頼ろうとしなかったせいだし、アポロさんだって悪いし、あ……違います!別にアポロさんを責めてるわけじゃなくて……あれ?」
言葉に詰まったウボーの目から、一筋の涙が流れた。
「あれ、あれ……私、何で泣いてるんだろ?おかしいな……ああー、変だよ私……もう……どうだっていいから……いいからフルートちゃんから離れてよぉお!コンチキショー!」
ウボーは泣きじゃくりながらも、必死でワイルドガルルの体に体当たりを繰り返し続けていた。
ウボーがそこまでする理由は正直言って本当に分からない。だけど、本気で私とフルートの力になりたいと思っているだろう事に充分に伝わってきた。
彼女は彼女なりに戦っているんだ。私達の為に戦ってくれているんだ。
「はぁ……何やってんだ、私」
今やるべき事はウボーを遠ざけることじゃない。むしろこんなにも偏屈で頼りない私と、そんな私と一緒に戦ってくれるウボーに感謝する場面じゃないのか?
それなのに、私は……
「くっそぉおおお!何が上級テイマーじゃボケ!調子こいてんじゃねーぞ私!」
握り拳を作り、私は怒りの矛先をワイルドガルルに向けて殴り続けた。いくらウボーが加勢しようが私が殴り続けようが状況は一向に好転などしていない。分かってる。分かってるけど、私はただひたすらにワイルドガルルを殴り続けた。
その理由は一つでしかない。
そうさ、答えは既にここにあったんだ。私は何も一人で全てを熟せる優秀な人間なんかじゃなかった。だからこそ、誰かの手を借りたり、信じたり、そうやって誰かと共に協力しなきゃってーー彼等がそれを教えてくれたんだ。だから、今はただ私は私の持てる全力を尽くすんだ。
「私達も戦ってるんだから、だから無視すんなよこの野郎!」
そして、私は私の持てる渾身の一発をフルートを抑えつけるワイルドガルルの前脚にぶつけた。もちろんビクともしちゃいない。だけれど、ワイルドガルルの気をひくことぐらいはできたようだ。
不快さを醸し出したワイルドガルルと目が合う。怒りに満ち溢れた鋭い眼光の一切を浴びる。
そして、
「…GYAaaaaaaッ!」
ワイルドガルルの前脚がフルートから離れた。変わりに、私に向けて振り上げられた。
あ、やばい。これ、死んだかも。
「ア、アポロさぁあああん!」
ワイルドガルルの咆哮に混じる、ウボーの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
うん、死んだわ私。でも、これで良かったんだよ。
だって最後の最後で、自分に足りなかった大事なものに気付けたんだから。
私は一人じゃなかった。ただその事に気付けただけでも、以前よりは随分マシになった筈でしょ?
「だけど、やっぱ死にたくないよぉお……助けて、フルートぉおおおお!」
「uuuuuuuッ!」
え?
「GUuuuuuッ!」
未だかつて聞いたことのないフルートの轟声を聞いた。聞いた後の展開とは、実に夢現な光景でーー
ワイルドガルルの体の巨体を持ち上げ空を羽ばたくフルートを見た。
えっと、これは夢か?
「フルートちゃん!」
いつの間にやら私の傍らにウボーはいて、泣き腫らした目を上空のフルートに向けている。
つまり、これは夢じゃない。
嘘、なにこれ?
「フルート、あんた……」
あの巨体を持ち上げて飛んでるって何よそれ。
火事場のクソ力ってやつ?いやそれしたってさぁ……
「あんた、ほんと最高だよ。フルート!」
「GUuuu!」
フルートはワイルドガルルの体を上空へと攫う。そして白い息を吐き続けては、ワイルドガルルの巨体を氷漬けにしていた。
氷漬けとなったワイルドガルルがミシラス湖に沈んでいくのは、その直ぐ後。
私達は勝利の雄叫びをあげた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
今度のヒーローは……悪の組織の戦闘員!?
marupon_dou
ファンタジー
時は現代。世には悪の秘密結社"フェイスダウン"が夜の闇に潜み人々を襲っていた。
人造人間"フェイス"戦闘員を擁し、人間が持つ感情エナジーを奪う彼らと戦うのは――
その"フェイス"戦闘員だった!
精霊の力を宿した、不屈の戦士《ヒーロー》・アルカー。
彼と肩を並べ戦う、正義に目覚めた悪の戦闘員《ヒーロー》、ノー・フェイス!
人々を守り、フェイスダウンに狙われた少女を守る戦闘員の物語が今、始まる――。
※最初の五話は挿絵がつきますが、以後は不定期(ときたま)になります。
※第一部は毎日連載します。
※90~00年代のライトノベルの作風を目指して執筆中です。
※イメージの源流は特撮ヒーローですが、パロディ・オマージュ作品ではありませんので
パロディ・オマージュ・お約束などは非常に薄めです。
※第一章~第二章は以下のサイトでも公開しております。
カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/1177354054883360465
エブリスタ:http://estar.jp/_novel_view?w=24664562
Pixiv:https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8269721
ドグラマ3
小松菜
ファンタジー
悪の秘密結社『ヤゴス』の三幹部は改造人間である。とある目的の為、冷凍睡眠により荒廃した未来の日本で目覚める事となる。
異世界と化した魔境日本で組織再興の為に活動を再開した三人は、今日もモンスターや勇者様一行と悲願達成の為に戦いを繰り広げるのだった。
*前作ドグラマ2の続編です。
毎日更新を目指しています。
ご指摘やご質問があればお気軽にどうぞ。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
魔導書転生。 最強の魔導王は気がついたら古本屋で売られていた。
チョコレート
ファンタジー
最強の魔導王だったゾディアは気がついたら古本屋に売られている魔導書に転生していた。
名前以外のほとんどの記憶を失い、本なので自由に動く事も出来ず、なにもする事が無いままに本棚で数十年が経過していた。
そして念願の購入者が現れることにより運命は動き出す……
元最強の魔導書と魔導が苦手な少女の話。
精霊徒然日記
へな
ファンタジー
ある一部の地域で存在する精霊の長、カエデとその補佐である小鹿の霊、シキは霊達を管理する仕事を請け負っていた。 そんなある日、隣町の長の不穏な動きから、秘められた過去が暴かれていく――
心温まる和風ファンタジー短編小説。
異世界に飛ばされた警備員は持ってた装備で無双する。
いけお
ファンタジー
交通誘導の仕事中に突然異世界に飛ばされてしまった警備員、交 誘二(こう ゆうじ)
面倒臭がりな神様は誘二の着ていた装備をチート化してしまう。
元の世界に戻る為、誘二は今日も誘導灯を振るい戦っている。
この世界におけるモンスターは、位置付け的にMMOの敵の様に何度でもリポップする設定となっております。本来オークやゴブリンを率いている筈の今後登場する予定の魔族達も、人達と同じ様に日々モンスターを狩りながら生活しています。
この世界における種族とは、リポップする事の無い1度死んでしまうと2度と現れる事の出来ない者達とお考えください。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ゴブリンロード
水鳥天
ファンタジー
ファンタジー異世界のとある国に転生しユウトは目覚める。その国ではゴブリンを見くびりはびこらせながらも反撃し、ついに種としてのゴブリンを追い詰めていた。
そんな世界でユウトは戦闘中に目覚めると人に加勢しゴブリンを倒す。しかし共闘した人物の剣先は次にユウトへ向けられた。剣の主はユウトへ尋ねる。「オマエは〝ゴブリン〟か?」と。ユウトはゴブリンへと転生していた。
絶体絶命から始まるゴブリン人生。魔力あふれるファンタジー異世界でユウトはもがき、足掻き、生き延びることをあきらめない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる