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第2章 ミシラス湖の特異個体

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 フルートと共にモンスターと戦う事は、何も今日に始まった話ではない。
 それこそ問題のあるモンスターの噂を聞きつければフルートに跨り現地へ。問題となっているモンスターの深刻さに合わせた対処を行なってきた。その結果として、モンスターの命を奪ったことだってある。
 モンスターと争うってのは、勝ち残った者だけが己が存在を突き通せるという単純明解過ぎる結果しか残らない。敗北は死を意味する。分かり易い。
 それがモンスターとしての在り方、弱肉強食。
 故に私達に、敗北は許されなかった。
 未だ私達は、敗北の味を知らない。
「ぐぬぬぬ……フルート、頑張れ!」
 私はワイルドガルルの足に組み付き、せめてもの加勢を試みていた。もちろん何の手助けになっていないのは百も承知だ。
 ただそれでも、フルートの背で一人悠々と戦況を眺める上品さなど私は持ち合わせていない。
 ワイルドガルルへと特攻したフルートのその後とは、やはり力負けして馬乗りにされていた。
 現状、フルートへ馬乗りしたワイルドガルルの牙がフルートの喉元を噛み砕かんとガチガチ音を鳴らしていた。何とかワイルドガルルの体を押し退けようと、フルートはジタバタもがき暴れていた。
 持ち堪えていられるのも時間の問題、どうにかしてワイルドガルルをフルートから引き剥がしたいものだけど。
「くっそ!離れろこの怪力馬鹿!」
 ポコスカ殴ってみたところで、相手にしてもくれない。犬笛を鳴らしてみたりもしたが、学習したのか見向きもされなかった。
 私は最早眼中にないってか……畜生め!
 いよいよ打つ手なしと焦り始めていた、そんな時。
「うわぁあああああああああ!」
 甲高い奇声を発するウボーが、ワイルドガルルの体へと体当たりーー体当たりした後、ウボーは跳ね返り地面へとうつ伏せに倒れ込んだ。かなり痛そうである。
「ウボー!大丈夫!?」
「は、はい……いててて」
 ウボーは腰をさすりながら起き上がると、再びワイルドガルルへと体当たり。またもや跳ね返されていた。
 起き上がったウボーの鼻から、一筋の赤い線が流れ落ちる。
「ちょっとウボー!貴女なーにやってんのよ!?」
「なにって、加勢ですよ加勢!アポロさんとフルートちゃんが頑張ってるのに、助手である私が一人呑気にもしてられません!」
「貴女がそこまでするは必要はないから!危ないから、お願いだから退がって」
「嫌です!」
「なっ!?」
 強情なのは分かってたけど、まさかここまで!?
「アポロさん!水臭い事言わないで下さいよ!?それに、アポロさん前に私達は『一蓮托生』だってそうは言ってくれたじゃないですか!?」
「いやそれは貴女が勝手に言い出したことじゃ、」
「記憶にございません!」
 うそーん!?
「……これは実習じゃないの!下手したら死ぬかもしれないんだから!分かってよ!」
「それは……アポロさんだって同じじゃないですか!?どうしてそうやって一人で全部抱え込もうとするんですか!?大体、こうなったのもアポロさんが誰かに頼ろうとしなかったせいだし、アポロさんだって悪いし、あ……違います!別にアポロさんを責めてるわけじゃなくて……あれ?」
 言葉に詰まったウボーの目から、一筋の涙が流れた。
「あれ、あれ……私、何で泣いてるんだろ?おかしいな……ああー、変だよ私……もう……どうだっていいから……いいからフルートちゃんから離れてよぉお!コンチキショー!」
 ウボーは泣きじゃくりながらも、必死でワイルドガルルの体に体当たりを繰り返し続けていた。
 ウボーがそこまでする理由は正直言って本当に分からない。だけど、本気で私とフルートの力になりたいと思っているだろう事に充分に伝わってきた。
 彼女は彼女なりに戦っているんだ。私達の為に戦ってくれているんだ。
「はぁ……何やってんだ、私」
 今やるべき事はウボーを遠ざけることじゃない。むしろこんなにも偏屈で頼りない私と、そんな私と一緒に戦ってくれるウボーに感謝する場面じゃないのか?
 それなのに、私は……
「くっそぉおおお!何が上級テイマーじゃボケ!調子こいてんじゃねーぞ私!」
 握り拳を作り、私は怒りの矛先をワイルドガルルに向けて殴り続けた。いくらウボーが加勢しようが私が殴り続けようが状況は一向に好転などしていない。分かってる。分かってるけど、私はただひたすらにワイルドガルルを殴り続けた。
 その理由は一つでしかない。
 そうさ、答えは既にここにあったんだ。私は何も一人で全てを熟せる優秀な人間なんかじゃなかった。だからこそ、誰かの手を借りたり、信じたり、そうやって誰かと共に協力しなきゃってーー彼等がそれを教えてくれたんだ。だから、今はただ私は私の持てる全力を尽くすんだ。
「私達も戦ってるんだから、だから無視すんなよこの野郎!」
 そして、私は私の持てる渾身の一発をフルートを抑えつけるワイルドガルルの前脚にぶつけた。もちろんビクともしちゃいない。だけれど、ワイルドガルルの気をひくことぐらいはできたようだ。
 不快さを醸し出したワイルドガルルと目が合う。怒りに満ち溢れた鋭い眼光の一切を浴びる。
 そして、
「…GYAaaaaaaッ!」
 ワイルドガルルの前脚がフルートから離れた。変わりに、私に向けて振り上げられた。
 あ、やばい。これ、死んだかも。
「ア、アポロさぁあああん!」
 ワイルドガルルの咆哮に混じる、ウボーの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
 うん、死んだわ私。でも、これで良かったんだよ。
 だって最後の最後で、自分に足りなかった大事なものに気付けたんだから。
 私は一人じゃなかった。ただその事に気付けただけでも、以前よりは随分マシになった筈でしょ?
「だけど、やっぱ死にたくないよぉお……助けて、フルートぉおおおお!」
「uuuuuuuッ!」
 え?
「GUuuuuuッ!」
 未だかつて聞いたことのないフルートの轟声を聞いた。聞いた後の展開とは、実に夢現な光景でーー
 ワイルドガルルの体の巨体を持ち上げ空を羽ばたくフルートを見た。
 えっと、これは夢か?
「フルートちゃん!」
 いつの間にやら私の傍らにウボーはいて、泣き腫らした目を上空のフルートに向けている。
 つまり、これは夢じゃない。
 嘘、なにこれ?
「フルート、あんた……」
 あの巨体を持ち上げて飛んでるって何よそれ。
 火事場のクソ力ってやつ?いやそれしたってさぁ……
「あんた、ほんと最高だよ。フルート!」
「GUuuu!」
 フルートはワイルドガルルの体を上空へと攫う。そして白い息を吐き続けては、ワイルドガルルの巨体を氷漬けにしていた。
 氷漬けとなったワイルドガルルがミシラス湖に沈んでいくのは、その直ぐ後。
 私達は勝利の雄叫びをあげた。

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