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第4章 騒乱と死闘

5話 誤った選択肢

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 それは幼い声。
 もちろんバホメットのものではない。
 少女のような声ではあったが、どちらと言えば声変わり前の男の子のような声であった。
 

 声の聞こえた付近、それは物陰の辺りから。
 つまりだ、やはりといって物陰の潜む何者かとは子供であったということであろうか?まだそれは分からない。


「…出てこい」
 俺は一言そう言って、俺火剣をそのままには物陰への警戒心を怠らなかった。
 そうした俺の言葉に、今度こそは反応した物陰に潜む何者か。
 そいつはオズオズといった様子では、物陰から姿を見せる。


「…やはり、子供か」


 火剣の明かりに照らされて、俺は物陰から顔を覗かせたそいつを凝視し、観察した。
 歳は見た感じ10歳かそこら。やけにくすんだ頰に、重ったるしい程に伸び切った目元を覆う程の癖毛、身なりはスラム街特有の貧相なもので、骨に皮をくっ付けただけのようなガリガリの体型である。


「…どうして隠れていた?」


 そう尋ねた俺に対し、少年はカサカサにした乾燥しきった唇をゆっくりとは開いた。


「…お兄さんが、怖い人だと…思ったから…」


「怖い人?」


 どういうことだ?


「…お兄さんも、僕たちを傷付けに来たんでしょ?」


「傷付けにきた?」


 傷付けに来たという表現には引っかかるものがあったが、ラクスマリア王国にあだなす脅威を排除しにやって来たのは確かだ。
 ただ、それがこんなにも幼い子供であったとは思いもしてなかった。
 ブッタ斬ってしまおうとした手前、何言ったって無駄かもしれないが…
 俺は火剣を解除し、剣を鞘に収めた。こんなものチラつかせたんじゃあ説得力も糞もねぇからな。
 一応、弁明をしておこうと思った。


「…別に無害な者を一方的に傷付けに来たってわけじゃない。それにそれが子供だったらならば尚更だ」


「…じゃあ、何しにここに来たの?」


「いや、それは…だからだなぁ…」


「たけし君」
 戸惑う俺をを見兼ねてか、背後からバホメットが俺の名を呼んだ。
 呼んで、俺の隣までツカツカと歩みよると、少年を指差しては、


「こいつもここにいるってことは反乱軍の一味よ。そうでしょう、坊や?」


「……は、反乱軍じゃない!僕たちはただ…」


「ただ?」


「……」
 少年はバホメットに気圧されてか、口籠った。


「おいおいバホメット、お前こんな少年に向かって何もそんな言い方は…」


「何言ってるのたけし君。子供だろうが何だろうが、反乱軍であることに変わりはないわ。さぁ、殺しなさい」
 冷徹な口振りでそう言ったバホメットに反応して、少年の体はビクッと震えた。


「こ、殺すって、バホメット、お前それ本気で言ってるのか!?」


「当たり前でしょ?貴方こそ今更何を躊躇っているのかな?って、あれはその程度の覚悟なの?」


「違う!違うけど、だって」


「だっても糞もない。たけし君がこれからやろうとしていることはね、人を殺めても、それでも自身の利益を優先するっていう.ただただ無慈悲な事なのよ?」


「……」


 何も言い返せなかった。
 何故なら全く、その通りだったからだ。
 俺はこの場に来てまで、何を迷うと言うのだろうか?
 ただ相手が子供で、ラクシャータと同い年ぐらいの少年だったっていうだけで、敵は敵だ。
 殺すべき敵だ。
 迷っていい筈がない。
 他人の不幸を乗り越えたって、俺は邁進まいしんすると決意した。
 

 決意しといて、今更ただ相手が子供だったからという理由だけで止まっていいわけがない。
 何を迷う必要がある。
 鬼となれ俺。
 修羅と化せ。
 例え子供であろうと、それが脅威とあるならば、殺せ。
 殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せーーー


『殺せ』


「…く、くそ…できない…やっぱり俺には…子供を殺すなんて…俺には…」


「……はぁ、ほんと馬鹿ね、貴方って」
 肩を落とすようにはバホメット、そのまま少年へと直進。
 直進して、ガタガタと震えて身を縮こませる少年へと迫っていた。
 その行動一切に迷いはなく、あるのは揺るぎない行動理由だけ。
 バホメットが、少年を殺す気でいるのがヒシヒシと伝わった。


「や、やめろバホメット!!」


「…たけし君にはガッカリだわ。でも、協力関係を結んだのは事実だからね、この程度のことぐらいだったらしてあげる」


 「でも、これで最後よ?」とはバホメット。少年の顔面に向け、手をかざした。
 翳して、バホメットの手にフツフツと真っ白な光が形成されていく。それは魔力。魔法。
 どういった魔法かは分からないが、ただ分かることはあるーー


『このままでは、少年が殺されてしまう』


「お、お兄さん!!助けてぇえ!!」
 大粒の涙を零して、訴えるように叫んだ少年。
 恐怖に歪んだ顔をくしゃくしゃにしては、必死に俺に助けを求めていた。
 

 もう自分でもどうしていいか分からなかった。
 心がグチャグチャだった。
 ただそれでも、今動かなければ少年は死ぬ。
 死んで、俺はもしかしたら後悔するかもしれない。
 あの時ああすれば良かったって、一生…


『後悔するかもしれない』


 








「…何のつもり?」
 冷めきった目線くべて、バホメットはさげすむようには俺に言った。
 

「殺させない…」
 俺は少年をかばうようにはバホメットの前に飛び出して、バホメットと対峙する。


「…その選択で、本当に良かったのね?」
 バホメットはどこまでも低い声色でそう吐き捨てて、手に形成された魔力を解除した。


「…分からない。俺も…よく分からない」
 そう言った俺の言葉は真実、果たしてこの行動が正しかったのかは自分でもよく分からなかった。
 ただ、俺の背にすがりつくようには泣く少年の命を救えたのは事実だった。


「バホメット、少しだけ…少しだけ待ってくれよ。まだ少年が反乱軍のは一味だなんて分からないじゃねーか?それをいきなり殺すだなんて…そんなの、あんまりじゃねーか…」


「……たけし君がその選択を選ぶなら、私はもうこれ以上何も言わないわ。人にはそう言った情けに準じる感情があることぐらい、私だって分かってるから」
 

「……」


「でもねたけし君、よく覚えて起きなさい。甘さと情けは、時に人を殺すのよ。貴方はその選択を見誤った。誤ったから、貴方は後悔するのよ?」



『後悔?』
 と、バホメットに尋ね返そうとした、その時だった。


「お兄さん」
 それは少年の声。
 背中にギュッと、キツイぐらいにはしがみついた少年から発せられた無垢のような声である。
 俺は徐に振り返った。
 振り返って、先ほどの恐怖に歪んだ顔が嘘のように晴れ切った、少年の満面の笑みを覗いた。


「ありがとう、優しい優しいお兄さん」


「あ、ああ…」


 何かがおかしいと、そう思った。


「僕、お兄さんの優しさを忘れないよ。ずっと、忘れないからね?」


 ニヤニヤと、気色悪い程の笑みを浮かべた少年。
 その笑みはどこまでも恐ろしく、恐怖という感情すら生温いことを、俺を知った。


「さよなら、お兄さん」


「えっーーー」


「ノブナガ様に、栄光あれーーー」
 それが少年の最後の言葉にして、少年の真意。
 次の瞬間、少年の体がブクブクとは風船のようには膨れ上がっていった。また異常な程の熱量を帯びていた。
 

 ただそれを見たところで、もう既に全ては遅かった。
 

 少年の体が爆発した瞬間を、しかと目に焼き付けた後ではーー


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