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第2章 ラクスマリア城とラクシャータ王女の剣

25話 帰還

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 鍛冶屋を出る頃、空はすっかり夕焼け模様へと移り変わった後だった。
 鍛冶屋に着いたのが大体昼過ぎ辺りだったから…嘘、もうそんな時間?
 

『…さーて、急いで帰りますか…』


 そうした次の瞬間にも俺は城へと急いで足を走らせた。
 まさかここまで時間を食うなんて思わなんだ、俺は脇目もふらずに一心不乱にはルコンド城下町の人混みをスイスイとは掻き分け進んでいった。


 来た時こそ迷ったルコンド城下町の道なりも、今ではすっかり把握済みで迷うことはしない。
 そうしてラクスマリア城の城門が見えた頃、帰還した俺の目にグインの姿が映った。
 どうやら城門の前で待っていてくれていたらしい。
 グインもまた俺の姿に気がついたのか、大きく手を振っては出迎えてくれた。
 出迎えて、心底驚いていた。多分、それは俺の肩にべっとりと染み付いた血の跡を見たからであろう。


「たけし!!その傷は!?」


「はは、ちょっとしくじってね…でも、情報はちゃんと持ち帰ってきたぜ?」


「そんなものはいい!とりあえず、大事はないんだな!?」


「もちろんだよ。だって俺だぜ?」
 そう言ってハハハと軽い調子では笑って見せたーー次の瞬間、頬に痛烈な痛みが走った。


 あまりに突然の事で理解が追いつかなかったが、一先ず状況を整理して…理解。
 成る程、どうやら俺はグインの平手打ちをくらってしまったらしい。
 こんなにも唐突な打撃を食らったのは異世界に来てこれで二回目である。一回目はラクスマリア城で目覚めた瞬間にもラクシャータから受けた痛恨なる右ストレートだ。


 何々、何なのさ!?
 ラクスマリア城の女性陣はそんなに俺の事殴りたいわけ?
 
 
「お、おいグイン!何でつんだよ!?」


「あれ程無理はするなと口が酸っぱくなる程言いましたよね…なのに何ですか、その傷は?」


 グインは冷静沈着な口調で、怒ってるんだか心配してんだか定かではない曖昧な表情を浮かべた。


「俺って今怒られてるの?心配されてるの?」


「両方です」


「え、えー…」


「私がラクシャータ様に怒られたらどう責任取るおつもりですか?」


 そっちの心配かよ!

 
「ま、まぁ無事だからさ…」


「無事とは言えません!とりあえずたけし、急いで城内へ。傷の手当を…」


「あ、そうしてくれると助かる…」


 といっても、痛みは少し残ってるぐらいだし流血は治まっているようだ。
 つまりあの後戦闘後、傷口はどうしてだか分からないが塞がっている…のか?
 何がどう作用したのかは俺自身では把握はできていないが…


 そのままグインに連れられて、俺たちは城門を迂回して裏口へと向かった。
 どうして迂回して入る必要があるのか…と少し考えて、そういえばだが、俺がこうして行動している事実を知っているのはグインだけだという事に今更ながらに再認識。
 

 そのままラクスマリア城の裏口へと回って城内へ。グインはキョロキョロと辺りを見回して人がいない事を確認すると、そのまま1つの部屋へと通してくれた。


 その部屋は客人用の一室のようで、きちんと清掃の行き届いた綺麗な部屋である。俺は2つある内のベッドの1つに腰を下ろすと、恐る恐る服の袖を捲くって傷口を確認。


 傷口はやはり塞がってはいるようだ。
 が、べっとりと付着した血の跡とはそのままの状態で残されており、負った傷の深さを明確に表していた。


『このレベルの傷は初めてじゃないか?にしても…直に見る思いの外グロテスクだな…』


 生前でもこれ程の傷を負ったことない。てか傷を負うような危ない目に合うことがまずなくて、それは俺がどうしようもない程のニートだったからってなのがそもそもの理由なわけで…こうして異世界ベルハイムの生活に着いてるとついつい自分がニートだったって事を忘れそうになる。いや忘れたいのだ。
 黒歴史なんてなかった…そうありたい。


「どうしたたけし?やはり傷口が痛むのか?」


 ひょんな拍子で思い出してしまった暗い過去に影響されて、どうやらその事が顔に現れていてしまったようだ。グインの心配する瞳が俺を見つめていた。


「いや違うんだ…ちょっと昔の事を思い出しちまっただけ」


「昔?」


「そう、過ぎた事だ。気にしないでくれ」


 いかんいかん。
 何うつつ抜かしてんだ俺。
 今こうして『たけし』として生きているだけいいじゃねーか。
 今の俺には帰る場所がちゃんとあって、傷を手当てしてくれる美女がいて、うん、言うことねぇ。


 ただ、そんな楽観的思考を抱いてる俺とは裏腹に、グインは晴れない顔色の様子。
 そうしておもむろに口を開いたかと思えば、「…すまなかった」と予想外の言葉を口をするのだった。
 

「え?どうして謝るんだ?」


「いや、だって…こうなる事負傷する事態は充分に考えられた筈なのに、私はそれでも君に頼ってしまった…またその所為で昔の嫌な記憶まで思い出させてしまったというのであれば…」


 いやいやグイン、あんた考え過ぎだろ。
 

「…何もグインが謝ることじゃねーよ。俺がやりたくてやったことだ。それに、この傷だって俺の力不足が招いて結果に過ぎない」


 そうさ。
 結局は全て俺の問題。
 誰かが悪い、なんてことはまずないんだよ。
 むしろそこまで考えてくれて有難いとさえ思ってるぐらいだ。
 
 
 俺はそれだけでも充分に幸せだと感じている。
 手段はどうであれ(アルテマには悪いと思うが)、俺は生前に得られなかったことを今こうして手にする事ができたんだからよ。
 

「…君はいつもそうだな…やれ自分が悪い、やれ努力が足りなかったと、そういって自己犠牲の元には己を律する。こんな機会だから言わせてもらうが、君はどうしてそういつも自分一人で全てを抱え込もうとする?何が君をそうさせるんだ?」



「おいおい、突然たれたかと思えばいきなり反省し出したり、今度は説教か?」


「はぐらかさないでくれ。私は本当に心配してるんだ…」


 グインは冗談が嫌いだ。また冗談が通じないことを承知済み。
 分かってる。分かってるけどさ…何も言えねーよ。
 何て言えばいいか本当に迷っちまうんだよ。
 

「しょうがないだろ?そういう人間なんだよ、俺は」


「……」
 グインの無言が心に響いて仕方がない。


「ま、まぁその話はまた今度ということで…とりあえず、な?」
 そう言って、俺は治療して下さいという暗喩を込めて傷口を指差した。
 グインはそうした俺の仕草の意味を悟ったのか、はっと我に返った様子だ。
 

「…すまない、頭に血が上っていた。そうだな、まず治療が先だったよ。ほんと、何やってんだな私は。一人で空回りして…」


 全くその通りだ。
 でも、正直言って悪い気がしなかった。
 自分のことをこんなにも心配してくれるグインの存在とは、かけがえないの繋がりといっても過言ではないだろうよ。


 だからこそ、俺はつくづく実感した。



 『幸せだな、俺って…』


「グイン?」


「ん?」


 俺の不意な呼び掛けに対し、少し遅れて反応するグイン。
 そうしたグインと目を合わせて、やはりといって申し分ないグインの美しさに心を奪われながらも、とりあえず、これだけは言っておこうと思った。



「…ただいま。心配してくれてありがとな」


「……」


 返事はない。
 予想はついてたが、やはりスルーするのかグイン…


『ま、いいだけどな。別に俺が言いたくて言っただけだし、うん』


 そんなすぐ後、グインは無言のままには俺の傷口に手を添えると、短い魔法提唱を唱える。
 唱えて、仄かな温もりを肌で感じた。
 それが何なのかを理解したのは、肩の重さがズイズイと解消されていく感覚を感じて。つまり、これは回復魔法というやつなのだろう。
 塞がった傷口といっても、やはりといって損傷はしていたということだ。回復魔法を受けた肩がさっきよりもずっと楽に感じているのはそのせいか。
 

 そうして魔法が終わったのか、グインはスッと手を引くと、俺の正面へと向き直った。
 グインはバツの悪そうな顔を浮かべて、何か言いたげで、口をモゴモゴとははっきりしていない。
 
 
『な、今度は何を言い出すのか…』

 
 数秒はそんな状態が続いて、ついに痺れを切らした俺が口を開こうとしたーーそんな刹那。
 まじまじと俺の顔を覗くグインの口がそっと開いた。


「…おかえり、たけし…」


 そう言って、照れ臭そうには笑う。
 俺がそんなグインに萌えを抱いたのは言うまでもない。

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