37 / 78
第2章 ラクスマリア城とラクシャータ王女の剣
21話 底知れぬ殺意
しおりを挟む痛かった。
痛くて痛くて仕方がなかった。
どうしたらこの痛みから救われるのか、どうしたらこの痛みから解放されるのか、そればかりの考えていた。
でも大した事など思いつくこともなく、思いついたとすればそれは最悪の方法。
『このまま死んで、痛みから抜け出してしまおうか?』
すぐにでもアルバートに「殺してくれ」と懇願しようか、もしそれが叶わないなら自分で剣を心臓に突き刺してしまうか…そんな碌でもない手段が俺の脳にチラついていた。
『ふざけるな…ふざけるな…』
ただそんな思いとは直ぐにも掻き消されて、俺は自身に言い聞かせるようには命令した。
『生きよ』と。
ここで死んだら何になる?俺は何の為に異世界に来たんだ?
何の為にアルテマの全てを奪ったんだ?
違うだろ、俺が本当に望むものって…そんなもんじゃねーだろ、なぁっ!?
『生きねば』
生きたい、誰よりも長く生きたい、誰よりも楽しく生きたい、生前に叶わなかったことの全てを、この異世界ベルハイムで叶えたい。
その為には生きなければならない。
その為に、俺は目の前にいる敵と向き合わなければならない。
そう決意した次の瞬間にも、俺は力が失われていく体を必死に正して、アルバートに凭れかかっていた体を必死に持ち上げて、アルバートを激しく睨んだ。
「おや、何ですかその目は?」
そう言ったアルバートは、まるで「無様な」とは言ってるかの如し冷徹な瞳を浮かべて、俺の肩に突き刺した[アルバートの隠しナイフ]を再度グリグリと捩込ませた。
「がぁっ…はぁ…」
俺は嗚咽を零して、すぐにもぶっ飛んでしまいそうな意識を、強い意思を持ってしては持ち堪えていた。
『大丈夫…まだ大丈夫だ…』
よく考えろ俺、別に心臓を刺されたわけじゃないんだ。
確かに痛い、痛いが、刺されたのは左肩、右手で剣を持つ分には何ら支障はねぇ。
生前見たアニメとか映画とかじゃまだまだ軽症の範囲じゃねーか。
だから、まだやれる。諦めるな俺。
まだだ、まだまだやれる、やれるやれるやれる。
『まだ、いける!』
---------------------------
【通常スキル】
・熱血心
[概要]
自身の精神状態を瞬間的に安定、向上せせるスキル。その向上具合はレベルによって比例する。
----------------------------
レベルは2。然程高くはない。
それでも今の沈んだ精神状態よりはずっとマジだろうよーー
俺はスキル[熱血心]を発動、その瞬間、フツフツと湧き上がる強い感情が芽生え始めていた。
精神安定、精神向上のスキル。
そんなものもあるのか、とは素直に感心。
感心して、俺は強く「生きる」という感情を胸に抱かせた。
抱かせて、俺は勢いよく眼前のアルバートの顔面に頭突きをお見舞いする。
「ぐぅっ…」とは軽く悲鳴をあげるアルバート。不意の一撃に対処はできなかったみたいだった。
よし、これはどうやら効いたようだ。でもまだまだ、こんなもんじゃ終わらせねーぞ…
俺は一瞬頭を仰け反らせたアルバートに対し、直ぐさま強く体当たり、その行動も見事に成功、足元を崩して後ずさりするアルバートのお腹に渾身の前蹴りをぶち込んだ。
クリーンヒット、アルバートは堪らず俺の肩から[アルバートの隠しナイフ]を引き抜くと、そのまま後退して距離を離した。
[アルバートの隠しナイフ]が引き抜かれた俺の肩からはドピュッと勢いよく血が噴き出していた。
そんな肩の血を覗いて、生前、戦闘もの映画で刀や矢を体に受けた場合、そのままにしておいた方が流血を防げるとはよく言っていたものだ。
『成る程、これがその現象か』
普段ならあまりの血の流失に 眩暈を起こしてしまいそうな場面である。だけどそこはスキル[熱血心]の強い意思にて持ち堪えるしかない。
左肩は傷は深く、力が戻らない。直ぐにでも止血の必要があるだろう。
故に長期戦は望めない、ただ、それでもーーー
『愚痴愚痴言ってられないだろう俺。だって、ここで勝たなきゃ、どの道死ぬんだからよ…』
残った右肩を上げて、右手のみにて剣を構え直した。
剣先にアルバートを捉えて、見据える。
「…くく、あはははは、まだやる気でしたか?そうですよね、そうじゃなきゃ面白くないですもんね!?」
アルバートは五月蝿い奇声のようにはそう叫んで、恍惚そうな笑顔をうかべた。
「…なぁ、アルバート。お前を殺すに聞いておきたいんだが、いいか?」
「はぁ?殺す?貴方が?私を?」
絶対に無理だと言わんばかりにはケタケタと笑うアルバート。
「まぁ、そういうことにしておいてもらっても構いませんが…その方が殺り甲斐があるってもんですしね…で、聞きたいこととは?」
「お前は、どうして人を殺める道を決めたんだ?だってさ、鍛冶職人の道を歩んでいたのは事実だろ?しかもだ、剣をたくさん触ってきた俺が言うが、お前の剣は一流のそれだよ。ただ何となくやってきた奴じゃ決して辿り着けない境地、それこそ才覚と呼べるものがあったに違いない」
「…何を言うのかと思えばそんなことですか…」
「答えろ、アルバート・ジックレイ。お前に一体何がーーー」
と、俺が言い終わるよりも先に、俺の顔脇を[アルバートの隠しナイフ]を飛び掠めた。
そうしてアルバートは足元に落ちた[アルバートの短剣]を拾い上げ、持ち直すと、鋭い眼光を放っては俺を睨む。
「…復讐…ただ、それだけです」
アルバートは低い声ではそう言って、続けて、
「…私はこの手を血に染めた瞬間から、人の成るべき姿など捨てたのです。例え私がどうであれ、私が例え鍛冶職人の道を極めようと、例え私に愛する妻ができようとも、世界は平気でそれら全てを踏み躙り、壊してしまう。私はそこに気付いた。気付いて、ふと思ったんですよ。だったら私も、壊してしまえばいいじゃないか…とね」
そう言ったアルバートに、嘘偽りはないように思えた。
「私から全てを奪った奴等に報復を、苦痛なる死を、断罪の凶刃を持って救いを、私はねたけし…人を殺すことでしか、最早生きられなくなったわけです」
ニヤリと笑って、アルバートは姿勢を低く落とした。
その体勢から、次の瞬間にも俺に向け飛びかかってくるだろうことが予測される。
「…お前に何があったかは分からない。分からないが、要するに、お前はこれからも人を殺し続ける、そうなんだな?」
「無論です」
「そうか…そうなんだな…うん」
やはり、もう救いようはないな。
「…それを聞いてどうすると言うんですか?私を救ってくれるとでも言うんじゃないでしょうね?」
「はぁ?おいおい何生温いこと言ってんだよ…」
そう言った俺の口は、緩み、笑みを零していた。
それは本当に自分でもよく分からない感情で、何故笑っているのか自身でもよく分からなかった。
それでも、俺は思ってしまったのだーー
「…アルバート、お前はどうやら救いようのねぇ屑野郎のようだな。良かったよ、もしもお前に少しでも良心が残っていたらどうしようかと思っちまったじゃねーかよ…」
最早、迷う余地はない。
「…これでお前を、思う存分に殺せる。やっぱり、どうふさ殺すならお前のようなどうしようねぇ腐った奴に限るよ…なぁ?アルバート」
俺は、アルバート・ジックレイを殺す。
0
お気に入りに追加
161
あなたにおすすめの小説
魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど
富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。
「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。
魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。
――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?!
――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの?
私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。
今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。
重複投稿ですが、改稿してます
受験生でしたが転生したので異世界で念願の教師やります -B級教師はS級生徒に囲まれて努力の成果を見せつける-
haruhi8128
ファンタジー
受験を間近に控えた高3の正月。
過労により死んでしまった。
ところがある神様の手伝いがてら異世界に転生することに!?
とある商人のもとに生まれ変わったライヤは受験生時代に培った勉強法と、粘り強さを武器に王国でも屈指の人物へと成長する。
前世からの夢であった教師となるという夢を叶えたライヤだったが、周りは貴族出身のエリートばかりで平民であるライヤは煙たがられる。
そんな中、学生時代に築いた唯一のつながり、王国第一王女アンに振り回される日々を送る。
貴族出身のエリートしかいないS級の教師に命じられ、その中に第3王女もいたのだが生徒には舐められるばかり。
平民で、特別な才能もないライヤに彼らの教師が務まるのか……!?
努力型主人公を書いて見たくて挑戦してみました!
前作の「戦力より戦略。」よりは文章も見やすく、内容も統一できているのかなと感じます。
是非今後の励みにしたいのでお気に入り登録や感想もお願いします!
話ごとのちょっとしたものでも構いませんので!
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
機械仕掛けの最終勇者
土日 月
ファンタジー
アンドロイドっぽい幼女女神に担当され、勇者として異世界転生することになった草場輝久は、説明の付かないチート能力で異世界アルヴァーナを攻略していく。理解不能の無双バトルにツッコむ輝久。だがそれは、六万回以上ループする世界で自身が求め続けた、覇王を倒す究極の力だった。
二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?
小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」
勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。
ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。
そんなある日のこと。
何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。
『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』
どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。
……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?
私がその可能性に思い至った頃。
勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。
そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……
俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)
南野海風
ファンタジー
気がついたら、俺は乙女ゲーの悪役令嬢になってました。
こいつは悪役令嬢らしく皆に嫌われ、周囲に味方はほぼいません。
完全没落まで一年という短い期間しか残っていません。
この無理ゲーの攻略方法を、誰か教えてください。
ライトオタクを自認する高校生男子・弓原陽が辿る、悪役令嬢としての一年間。
彼は令嬢の身体を得て、この世界で何を考え、何を為すのか……彼の乙女ゲーム攻略が始まる。
※書籍化に伴いダイジェスト化しております。ご了承ください。(旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)
お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。
---------
掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる