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第2章 ラクスマリア城とラクシャータ王女の剣

21話 底知れぬ殺意

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 痛かった。
 痛くて痛くて仕方がなかった。
 どうしたらこの痛みから救われるのか、どうしたらこの痛みから解放されるのか、そればかりの考えていた。


 でも大した事など思いつくこともなく、思いついたとすればそれは最悪の方法。


『このまま死んで、痛みから抜け出してしまおうか?』


 すぐにでもアルバートに「殺してくれ」と懇願しようか、もしそれが叶わないなら自分で剣を心臓に突き刺してしまうか…そんなろくでもない手段が俺の脳にチラついていた。


『ふざけるな…ふざけるな…』


 ただそんな思いとは直ぐにも掻き消されて、俺は自身に言い聞かせるようには命令した。
 

 『生きよ』と。


 ここで死んだら何になる?俺は何の為に異世界に来たんだ?
 何の為にアルテマの全てを奪ったんだ?
 

 違うだろ、俺が本当に望むものって…そんなもん死による救いじゃねーだろ、なぁっ!?


 『生きねば』


 生きたい、誰よりも長く生きたい、誰よりも楽しく生きたい、生前に叶わなかったことの全てを、この異世界ベルハイムで叶えたい。
 その為には生きなければならない。


 その為に、俺は目の前にいるアルバート・ジックレイという殺人鬼と向き合わなければならない。
 そう決意した次の瞬間にも、俺は力が失われていく体を必死に正して、アルバートにもたれかかっていた体を必死に持ち上げて、アルバートを激しく睨んだ。



「おや、何ですかその目は?」


 そう言ったアルバートは、まるで「無様な」とは言ってるかの如し冷徹な瞳を浮かべて、俺の肩に突き刺した[アルバートの隠しナイフ]を再度グリグリと捩込ねじこませた。


「がぁっ…はぁ…」


 俺は嗚咽を零して、すぐにもぶっ飛んでしまいそうな意識を、強い意思を持ってしては持ち堪えていた。
 

『大丈夫…まだ大丈夫だ…』


 よく考えろ俺、別に心臓を刺されたわけじゃないんだ。
 確かに痛い、痛いが、刺されたのは左肩、右手で剣を持つ分には何ら支障はねぇ。
 生前見たアニメとか映画とかじゃまだまだ軽症の範囲じゃねーか。
 だから、まだやれる。諦めるな俺。
 まだだ、まだまだやれる、やれるやれるやれる。


『まだ、いける!』



---------------------------

【通常スキル】
・熱血心

[概要]
自身の精神状態を瞬間的に安定、向上せせるスキル。その向上具合はレベルによって比例する。

----------------------------

 
 レベルは2。然程高くはない。
 それでも今の沈んだ精神状態よりはずっとマジだろうよーー
 俺はスキル[熱血心]を発動、その瞬間、フツフツと湧き上がる強い感情が芽生え始めていた。


 精神安定、精神向上のスキル。
 そんなものもあるのか、とは素直に感心。
 感心して、俺は強く「生きる」という感情を胸に抱かせた。
 抱かせて、俺は勢いよく眼前のアルバートの顔面に頭突きをお見舞いする。


 「ぐぅっ…」とは軽く悲鳴をあげるアルバート。不意の一撃に対処はできなかったみたいだった。


 よし、これはどうやら効いたようだ。でもまだまだ、こんなもんじゃ終わらせねーぞ…


 俺は一瞬頭を仰け反らせたアルバートに対し、直ぐさま強く体当たり、その行動も見事に成功、足元を崩して後ずさりするアルバートのお腹に渾身の前蹴りをぶち込んだ。


 クリーンヒット、アルバートは堪らず俺の肩から[アルバートの隠しナイフ]を引き抜くと、そのまま後退して距離を離した。


 [アルバートの隠しナイフ]が引き抜かれた俺の肩からはドピュッと勢いよく血が噴き出していた。
 そんな肩の血を覗いて、生前、戦闘もの映画で刀や矢を体に受けた場合、そのままにしておいた方が流血を防げるとはよく言っていたものだ。


『成る程、これがその現象か』



 普段ならあまりの血の流失に 眩暈めまいを起こしてしまいそうな場面である。だけどそこはスキル[熱血心]の強い意思にて持ち堪えるしかない。
 左肩は傷は深く、力が戻らない。直ぐにでも止血の必要があるだろう。
 故に長期戦は望めない、ただ、それでもーーー


『愚痴愚痴言ってられないだろう俺。だって、ここで勝たなきゃ、どの道死ぬんだからよ…』


 残った右肩を上げて、右手のみにて剣を構え直した。
 剣先にアルバートを捉えて、見据える。


「…くく、あはははは、まだやる気でしたか?そうですよね、そうじゃなきゃ面白くないですもんね!?」


 アルバートは五月蝿い奇声のようにはそう叫んで、恍惚そうな笑顔をうかべた。


「…なぁ、アルバート。お前をに聞いておきたいんだが、いいか?」
 

「はぁ??貴方が?私を?」


 絶対に無理だと言わんばかりにはケタケタと笑うアルバート。
 

「まぁ、そういうことにしておいてもらっても構いませんが…その方が殺り甲斐があるってもんですしね…で、聞きたいこととは?」


「お前は、どうして人を殺める道を決めたんだ?だってさ、鍛冶職人の道を歩んでいたのは事実だろ?しかもだ、剣をたくさん触ってきた俺が言うが、お前の剣は一流のそれだよ。ただ何となくやってきた奴じゃ決して辿り着けない境地、それこそ才覚と呼べるものがあったに違いない」


「…何を言うのかと思えばそんなことですか…」


「答えろ、アルバート・ジックレイ。お前に一体何がーーー」
 と、俺が言い終わるよりも先に、俺の顔脇を[アルバートの隠しナイフ]を飛び掠めた。
 そうしてアルバートは足元に落ちた[アルバートの短剣]を拾い上げ、持ち直すと、鋭い眼光を放っては俺を睨む。


「…復讐…ただ、それだけです」


 アルバートは低い声ではそう言って、続けて、


「…私はこの手を血に染めた瞬間から、人の成るべき姿など捨てたのです。例え私がどうであれ、私が例え鍛冶職人の道を極めようと、例え私に愛する妻ができようとも、世界は平気でそれら全てを踏み躙り、壊してしまう。私はそこに気付いた。気付いて、ふと思ったんですよ。だったら私も、壊してしまえばいいじゃないか…とね」


 そう言ったアルバートに、嘘偽りはないように思えた。


「私から全てを奪った奴等に報復を、苦痛なる死を、断罪の凶刃を持って救いを、私はねたけし…人を殺すことでしか、最早生きられなくなったわけです」


 ニヤリと笑って、アルバートは姿勢を低く落とした。
 その体勢から、次の瞬間にも俺に向け飛びかかってくるだろうことが予測される。
 

「…お前に何があったかは分からない。分からないが、要するに、お前はこれからも人を殺し続ける、そうなんだな?」


「無論です」


「そうか…そうなんだな…うん」


 やはり、もう救いようはないな。


「…それを聞いてどうすると言うんですか?私を救ってくれるとでも言うんじゃないでしょうね?」


「はぁ?おいおい何生温いこと言ってんだよ…」


 そう言った俺の口は、緩み、笑みを零していた。
 それは本当に自分でもよく分からない感情で、何故笑っているのか自身でもよく分からなかった。
 それでも、俺は思ってしまったのだーー


「…アルバート、お前はどうやら救いようのねぇ屑野郎のようだな。良かったよ、もしもお前に少しでも良心が残っていたらどうしようかと思っちまったじゃねーかよ…」


 最早、迷う余地はない。


「…これでお前アルバートを、思う存分に殺せる。やっぱり、どうふさ殺すならお前のようなどうしようねぇ腐った奴に限るよ…なぁ?アルバート」


 俺は、アルバート・ジックレイを殺す。


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