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第2章 ラクスマリア城とラクシャータ王女の剣
20話 命の危機
しおりを挟む余裕そうには振る舞うアルバート。
そんなアルバートを見ては、俺は一抹の疑問を問わずにはいられなかった。
「…どうしてだ」
「はい?」
「どうして俺の分身を見破ることができたんだ…」
「ああ、そんなことですか…」
そんなこと、そう言ったアルバートの言葉の裏には「言うまでもないでしょう?」という嘲る意味合いが含まれているように思えてならなかった。
「匂い…ですかね」
匂い、だと?
「あなたの実態にはあって、分身にはないもの。それが匂いだったってだけなんですよ。戦闘はね、ただ視覚だけがモノを言うわけじゃない。視覚、聴覚、嗅覚、それは全てを欺かなければあんなものは通用しませんよ?」
「…成る程な…」
糞が、癪に触って仕方ねーが良い勉強になったよ。
確かにアルバートの言うことは最もだ。
ただの分身だと分かっていれば対策は容易にできる。それが今回は「匂い」だったってだけで、その他にも対策の仕様はいくらでも存在する。
もしもあの「影分身」を成立させるならばだ、実態から漂う匂いを消して、尚且つ実態と同じ様には動作音を発生させて、それでやっと通用するかしないかのレベルに達する、ということだろう。
「…おかしいですね、そんな戦闘の初歩を今に於いて忘れるなんて…あなたーーー」
アルバートはそう言っては首を傾げて、続けて、
「ーーー本当に、ラクシャータ王女の劔、たけしですか?」
そんなアルバートの言葉を聞いて、俺の背筋は凍りついた。
自身の素性について、決して暴かれる筈はないだろうと思っていた。それだけに俺の心は激しくグラついていた。
『俺がたけし…いやアルテマじゃないとバレた?』
たかだか少し戦闘を交わしただけで、こいつーーアルバートは俺の本性に気付いたというのか?
「…ふざけた事を…」
いや、そんなはずねぇ…
絶対にあり得るわけない。
え…あり得ないよな?
あり得ないあり得ない…え、マジであり得ないよなぁ…なぁ!?
「くす、冗談のつもりで言ったのですが…何をそんなに動揺していらっしゃるのですか?」
嘲笑うアルバートの顔が苛ついて仕方なかった。
ふざけやがって…俺はたけし、ラクスマリア城王位継承者『ラクシャータ・ラクス・アリア王女』の劔
、たけしだ!
アルテマじゃねぇよ、俺なんだよ俺!
今は俺がラクシャータの劔なんだよ!
抜け目なんてない筈、落ち度なんてない筈、俺はちゃんとアルテマとしてやっている…筈。
確かにまだまだ足りない部分はあるかもしれない、でもスキルだって使えてる、剣だって振るえている、今こうしてアルバートと渡りあっている…筈!
「戯れ言を抜かしやがって…糞がぁ!」
俺は剣をアルバートに向けて特攻した。
特攻して、アルバートに向けて考えなしには剣を振るった。
そんな俺の剣を前にして、アルバートは依然とした余裕の態度で俺の剣を受け流した。
それが尚の事、俺の苛立ちを加速させる。
何故そんなにも平然としていられる?
命のやり取りをしてるんだぞ?
この俺をーー天賦の才能と血滲む努力の果てに完成したアルテマ・スコットスミスという青年、そんなアルテマの全てを奪ったこの俺を前にしてるんだぞ?
そのまま戦況は剣と剣による乱戦。
剣撃による攻防の繰り返し。
真っ向では敵わないと分かっていた。だからスキルを使った戦法を活かす戦いに踏み込んだ。それも通用しなかった。通用するどころか馬鹿にされて、頭に血が上って、今こうして無謀な真っ向勝負に挑んでいた。
当然の如く、俺の剣はアルバートの体に届く事はなかった。
苛立ちは募るばかりだ。
「…手、抜いてますよね?」
「…黙れ」
「いやね、あまりにも貴方の剣が温いもんだから、どうしたもんかと…」
「…挑発のつもりか?」
「挑発…ですか?ふふふ、まさか。ただ思ったことを素直に述べたまでですよ。貴方の剣は確かに鋭い、それこそ幾千、幾万の修練に会得した剣技といっても過言ではないでしょう。ですが、ただその程度ってだけに過ぎない。だからほら、私風情に刃の端さえ届かない」
アルバートの言ったことは事実として、俺の刃は擦りさえしていなかった。
アルテマの剣技は完璧にトレースしているつもり…なのにあと一歩も二歩もアルバートには届かない。
森の中でアルテマを始めて見たあの日の、ただただ洗礼され尽くしたアルテマの剣技を再現できていなかったのだ。
何故なんだ、何が足りないんだ?
どうして、俺はアルテマなのに、アルテマの力全ては俺のものなのに…
分からない…分からない分からない分からない…いくら考えたって…
『分からない』
「スキルは一級品、貴方は確かに強い。強かった…」
アルバートがそう吐き捨てた、その時だった。アルバートの周囲一体に漂う空気が、瞬間的に変わったように思えた。
そんな空気を肌でビリビリと感じてーー
ーーやばい、そう思った時には既に遅かった。
「…それでも、貴方は私に負けるんですよ?」
それは一瞬のことだった。
俺の剣がアルバートの短剣に弾かれて、体の軸がグラりと崩れかけた場面、隙と呼べる程のものでもなかった。俺自身絶対に大丈夫だろうと思っていた。
だけど、アルバートからすればそうじゃないようだった。
というのも、アルバートは笑っていたのだ。
それは先ほどまで見せていた嘲笑いでも、卑屈そうな笑いでもなく、ただただ無味なる笑顔。
そんなアルバートの笑顔を受けて、俺は直感的に理解した。
『違う、アルバートは笑ってなんかいない』
その笑顔の下に隠された真の気持ちとはーー
純粋なる殺意。
アルバートが求めていたのは今この瞬間にこそあった。揺るぎない程の貪欲の先に、俺の命はある。
アルバートはこの時この瞬間に、勝敗の活路を見出していたのだ。
だからこそ俺は、やばいと、そう思ったのだ。
アルバートはノーモーションのままには[アルバートの短剣]を手から離した。
不意の動作、予測なんてものはできないに等しかった。
そうしてアルバートは袖からスルリと何かは現れて、その何かとは[アルバートの隠しナイフ]。
アルバートは[アルバートの隠しナイフ]を瞬時にキャッチ、そのまま勢いのまま俺との間合いを詰めて、[アルバートの隠しナイフ]を突き出した。
「がぁあっ!!」
俺の肩にのめり込むようには突き刺さった[アルバートの隠しナイフ]。
突き刺ささって、俺の口から声にならない嗚咽が自然と溢れ出していた。
痛い、痛い痛い痛い痛い…
正気ではいられない程の痛覚と動機が瞬時に俺を襲う。
そのまま俺の体とはバランスを崩し、アルバートに凭かかるよう倒れた。
そんな折、俺の耳元でアルバートがぼそっと囁いた。
「…チェックメイトです」
その間、俺は…何もできなかった。
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