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第二章 かっぱの頭
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さて、後日の営業終わりのことだった。ピロリン──スマホに、メッセージは入る。
蘭子ちゃんからだった。
「お疲れさまです、龍之介さま! このあとは大丈夫そうでしたか?」
先日連絡先を交換して以来、蘭子ちゃんとはちょくちょくとやり取りを交わしていたのだ。そして昨日のこと「明日の夜空いてますか?」との連絡を受けていた。明日の夜とは、つまり今夜である。
「大丈夫そうでしたら、『河童お寿司』に来て下さい!」
そんなお誘い。「河童お寿司」と言えば、湖太郎くんのご両親がやっているという老舗お寿司屋さんだ。聞いた話では、回らないお寿司屋さんらしい。その時点で足踏みしてしまいそうだが、蘭子ちゃん曰く「あたしは特別なので」ということらしい。なにが特別なのかは定かではないが、きっと湖太郎くんの件が絡んでいるのだろう。普段からよく面倒を見てくれているからとか──そういう意味では、確かに蘭子ちゃんは特別なのかもしれない。
「ここか」
創業明治年間の、物々しい雰囲気を漂わせるお寿司屋さん。その店名には、某大型チェーン店を連想するものの、まあそこは考えないことにした。
遠慮気味に中へと入ってみると、『凹』の字型のカウンター席のど真ん中に革ジャンを着た男性が一人だけって……ん?
「えっと、大吾?」
「……ん? は、龍之介!?」
まるで幽霊でも見たかのように飛び退いた大吾の手から、どさっと漫画本が落ちた(見るからに少女漫画だ)。とんでもない動揺が見てとれる。
「龍之介、なんでお前がここにいんだよ!?」
「なんでって、蘭子ちゃんに呼ばれたんだよ」
「蘭子? ちっ……あいつ、ハメやがったな」
苛立ち気味に舌打ちを鳴らす大吾。その口振りから、どうやら大吾もまた蘭子ちゃんに召喚されたようだ。
「あ、龍之介さま! お待ちしておりました」
カウンターの奥から聞き慣れた声が鳴る。見ると、そこには制服姿に真っ白なエプロン姿という出で立ちの蘭子ちゃんが厨房に立っていた。
「大将は常連のお客様のご挨拶も兼ねて、配達に行ってます。ここ、配達もやってますから。あ、でも安心してください! 付き出しくらいは私でも出せますし、適当なものなら用意してますので」
と、そういうことらしい。なんでも蘭子ちゃんとはこの「河童お寿司」でも定期的にバイトをしていて、こうして店番をすることもそう珍しくないとの話だ。頑張り屋さんもここまでくれば心配になってくる領域である。
だが、僕が蘭子ちゃんを心配する一方で、蘭子ちゃんが心配しているのはこの僕だ。だからこそこの場が設けられたのだろう。つまりは大吾と距離を縮めろと、そういうことだ。
「いやぁ、それにしても龍之介さまが来てくれたおかげで美容室も盛り上がってきたし、本当に良かったです。ね、大吾もそう思うでしょ?」
カウンターに立つ蘭子ちゃんが大吾に話を振る。その言葉の節々から、僕と大吾の仲を取り持とうとする意思が伝わってくる。
ただ一方で、大吾はあまり乗る気ではないみたい。腕組み足組み明後日の方向を向いては、黙り込んでいた。
「大吾~?」
「……」
「はぁ。あんたねぇ、少しは反応しなさいよ? せっかくタダ飯食わせてあげてるのに、失礼にも程があるわよ」
「けっ、頼んだ覚えはねえよ」
気まずい雰囲気だ。大吾とは二席空いているが、そばにいなくともその不機嫌オーラはひしひしと伝わってくる。
その後もなんというか、ぎこちない会話のやり取りでしかなかった。
「それでですね~、あはははは!」
「……」
必死に蘭子ちゃんが場を繋げようとあれこれ話しているが、うまく会話が成立しない。
そんなにも嫌な空気が、場を制圧し切った折。
「良い機会だから言っとくぞ、龍之介」
大吾は、静かに話を切り出す。
「なにを企んでいるかは知らないがな、ここはお前がいた大都会東京なんかじゃねえ。お前のやり方が、いつまでも通用するとは限らねーからな」
それは攻撃的な口調そのもので。
「ここはな、お前のようなエリートくんがいていい場所じゃないんだよ。そんなに腕に自信があるなら、東京に帰ればいいだろうが。あやかしみたいな日陰者たちの髪なんか切らないで、有名芸能人さんたちでも美しくしてきたらどうだ?」
大吾の苦言は、尚も止まらなかった。
「大体、なんでこんななにもないとこに帰ってきたんだよ。まさかあれ、都落ちってやつか? ははっ、だったら悪かったな。こんな田舎にまで逃げてきて、カリスマだなんだってチヤホヤされたかったんなら話は別だ」
「……」
「図星か? あーすまんすまん、悪かったよ。だったら、これからも存分に頑張ってくれ。お前のママも、英雄の凱旋でさぞ鼻が高いんだろうからさ──」
と、大吾がそう言いかけた時。
「大吾のばかぁッ!」
厨房から、蘭子ちゃんの怒声が鳴り響く。突然のことに、大吾は驚いたのか目を丸くさせていた。
「あんたねぇ、龍之介さまのことなにも知らないくせに、勝手なことばかり言ってんじゃないわよ! 龍之介さまだって……いろいろと事情があって、仕方なく帰ってきたに決まってんじゃない」
「な、なんでお前がキレてんだよ!?」
「うるさい黙れバカ大吾ぉ!」
結局こうなってしまう。やはり、僕の存在とは争いの種となってしまうみたいだ。申し訳ない気持ちがふつふつ湧いてくる。また、ちょっぴり悲しかった。
「もういいよ、蘭子ちゃん」
僕は口喧嘩真っ最中の二人へ向き直る。
「大吾、きみの言う通りだよ。僕は、東京から逃げてきたんだ」
それは、なにも嘘ではない。僕は、東京という底知れない巨大な街のうねりに飲み込まれ、カリスマ美容師という肩書きに酔っている時が確かに存在した。でも、そこから逃げ出したのだ。結果としてこうなっただけで、大吾に言われたことは何一つ間違っていない。母さんのことだけを、除けば。
そうして、再びの沈黙が流れ始めてすぐにも。
「帰る」
居心地が悪くなったのだろう。大吾は席を立つと、そのまま店の外へと出て行ってしまった。
「ちょ、大吾っ! ……はぁー、もう」
蘭子ちゃんは肩を落として、無念そうに顔をしかめた。
「龍之介さま。なんかその、すみません……あたしが、余計なこと言っちゃったから」
「ううん、蘭子ちゃんが悪いわけじゃないよ。むしろ気を遣わせちゃったみたいで、僕の方こそゴメンね」
蘭子ちゃんはため息を吐く。
「はぁ~、もう、なんでこうなるのかな」
全くだと、つくづくそう思わされた。
蘭子ちゃんからだった。
「お疲れさまです、龍之介さま! このあとは大丈夫そうでしたか?」
先日連絡先を交換して以来、蘭子ちゃんとはちょくちょくとやり取りを交わしていたのだ。そして昨日のこと「明日の夜空いてますか?」との連絡を受けていた。明日の夜とは、つまり今夜である。
「大丈夫そうでしたら、『河童お寿司』に来て下さい!」
そんなお誘い。「河童お寿司」と言えば、湖太郎くんのご両親がやっているという老舗お寿司屋さんだ。聞いた話では、回らないお寿司屋さんらしい。その時点で足踏みしてしまいそうだが、蘭子ちゃん曰く「あたしは特別なので」ということらしい。なにが特別なのかは定かではないが、きっと湖太郎くんの件が絡んでいるのだろう。普段からよく面倒を見てくれているからとか──そういう意味では、確かに蘭子ちゃんは特別なのかもしれない。
「ここか」
創業明治年間の、物々しい雰囲気を漂わせるお寿司屋さん。その店名には、某大型チェーン店を連想するものの、まあそこは考えないことにした。
遠慮気味に中へと入ってみると、『凹』の字型のカウンター席のど真ん中に革ジャンを着た男性が一人だけって……ん?
「えっと、大吾?」
「……ん? は、龍之介!?」
まるで幽霊でも見たかのように飛び退いた大吾の手から、どさっと漫画本が落ちた(見るからに少女漫画だ)。とんでもない動揺が見てとれる。
「龍之介、なんでお前がここにいんだよ!?」
「なんでって、蘭子ちゃんに呼ばれたんだよ」
「蘭子? ちっ……あいつ、ハメやがったな」
苛立ち気味に舌打ちを鳴らす大吾。その口振りから、どうやら大吾もまた蘭子ちゃんに召喚されたようだ。
「あ、龍之介さま! お待ちしておりました」
カウンターの奥から聞き慣れた声が鳴る。見ると、そこには制服姿に真っ白なエプロン姿という出で立ちの蘭子ちゃんが厨房に立っていた。
「大将は常連のお客様のご挨拶も兼ねて、配達に行ってます。ここ、配達もやってますから。あ、でも安心してください! 付き出しくらいは私でも出せますし、適当なものなら用意してますので」
と、そういうことらしい。なんでも蘭子ちゃんとはこの「河童お寿司」でも定期的にバイトをしていて、こうして店番をすることもそう珍しくないとの話だ。頑張り屋さんもここまでくれば心配になってくる領域である。
だが、僕が蘭子ちゃんを心配する一方で、蘭子ちゃんが心配しているのはこの僕だ。だからこそこの場が設けられたのだろう。つまりは大吾と距離を縮めろと、そういうことだ。
「いやぁ、それにしても龍之介さまが来てくれたおかげで美容室も盛り上がってきたし、本当に良かったです。ね、大吾もそう思うでしょ?」
カウンターに立つ蘭子ちゃんが大吾に話を振る。その言葉の節々から、僕と大吾の仲を取り持とうとする意思が伝わってくる。
ただ一方で、大吾はあまり乗る気ではないみたい。腕組み足組み明後日の方向を向いては、黙り込んでいた。
「大吾~?」
「……」
「はぁ。あんたねぇ、少しは反応しなさいよ? せっかくタダ飯食わせてあげてるのに、失礼にも程があるわよ」
「けっ、頼んだ覚えはねえよ」
気まずい雰囲気だ。大吾とは二席空いているが、そばにいなくともその不機嫌オーラはひしひしと伝わってくる。
その後もなんというか、ぎこちない会話のやり取りでしかなかった。
「それでですね~、あはははは!」
「……」
必死に蘭子ちゃんが場を繋げようとあれこれ話しているが、うまく会話が成立しない。
そんなにも嫌な空気が、場を制圧し切った折。
「良い機会だから言っとくぞ、龍之介」
大吾は、静かに話を切り出す。
「なにを企んでいるかは知らないがな、ここはお前がいた大都会東京なんかじゃねえ。お前のやり方が、いつまでも通用するとは限らねーからな」
それは攻撃的な口調そのもので。
「ここはな、お前のようなエリートくんがいていい場所じゃないんだよ。そんなに腕に自信があるなら、東京に帰ればいいだろうが。あやかしみたいな日陰者たちの髪なんか切らないで、有名芸能人さんたちでも美しくしてきたらどうだ?」
大吾の苦言は、尚も止まらなかった。
「大体、なんでこんななにもないとこに帰ってきたんだよ。まさかあれ、都落ちってやつか? ははっ、だったら悪かったな。こんな田舎にまで逃げてきて、カリスマだなんだってチヤホヤされたかったんなら話は別だ」
「……」
「図星か? あーすまんすまん、悪かったよ。だったら、これからも存分に頑張ってくれ。お前のママも、英雄の凱旋でさぞ鼻が高いんだろうからさ──」
と、大吾がそう言いかけた時。
「大吾のばかぁッ!」
厨房から、蘭子ちゃんの怒声が鳴り響く。突然のことに、大吾は驚いたのか目を丸くさせていた。
「あんたねぇ、龍之介さまのことなにも知らないくせに、勝手なことばかり言ってんじゃないわよ! 龍之介さまだって……いろいろと事情があって、仕方なく帰ってきたに決まってんじゃない」
「な、なんでお前がキレてんだよ!?」
「うるさい黙れバカ大吾ぉ!」
結局こうなってしまう。やはり、僕の存在とは争いの種となってしまうみたいだ。申し訳ない気持ちがふつふつ湧いてくる。また、ちょっぴり悲しかった。
「もういいよ、蘭子ちゃん」
僕は口喧嘩真っ最中の二人へ向き直る。
「大吾、きみの言う通りだよ。僕は、東京から逃げてきたんだ」
それは、なにも嘘ではない。僕は、東京という底知れない巨大な街のうねりに飲み込まれ、カリスマ美容師という肩書きに酔っている時が確かに存在した。でも、そこから逃げ出したのだ。結果としてこうなっただけで、大吾に言われたことは何一つ間違っていない。母さんのことだけを、除けば。
そうして、再びの沈黙が流れ始めてすぐにも。
「帰る」
居心地が悪くなったのだろう。大吾は席を立つと、そのまま店の外へと出て行ってしまった。
「ちょ、大吾っ! ……はぁー、もう」
蘭子ちゃんは肩を落として、無念そうに顔をしかめた。
「龍之介さま。なんかその、すみません……あたしが、余計なこと言っちゃったから」
「ううん、蘭子ちゃんが悪いわけじゃないよ。むしろ気を遣わせちゃったみたいで、僕の方こそゴメンね」
蘭子ちゃんはため息を吐く。
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