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第4章
第3話 そのマシュマロは確かに美味かった
しおりを挟む問題はどう抜け出すかだが、その事についてはこのビルマに尋ねるのがベストだろう。
ただビルマ言っていた。ここからは出れないのだと。魔術式異空間であると。
その意味を知る事になるのは、脱出を試みようとした俺が地下を歩き出した後のこととする。かれこれ30分は歩いただろうか、地下を歩き進み、俺はいよいよ頭がこんがらがってしまっていた。
「どうして前へと進めない!?」
俺は歩き出して、計にして16回は拝んだだろうビルマの退屈そうな顔を眺め言った。
「だから言った。ここからは出れないと。歩いて出られるならウチがとっくに出ている。バンキス、貴方やっぱり頭の弱い子。クスクス」
と、笑われていた。幼女に笑われるというロリコン歓喜なイベントでも、俺からすれば苛立つばかりだ。何故ならば、俺はロリコンじゃないから。ロリコンになりかけただけだから…
「ビルマ、お前はここが魔術式異空間だと言ったな?それってのはつまりどういうことだ?」
「うん、可哀想だから教えてあげる。魔術式異空間とは、要するに魔術によって創り出された異空間という、そのままの意味。魔術で創られた実態のない異空間である以上、歩行での脱出は無理。歩いても歩いても、結局起点であるこの場所へとは辿り着くの、だから無駄なの」
成る程な…
「じゃあどうすれば出れる?」
「方法は一つ。この魔術式異空間を解除する必要がある。でも、それってのは途方も無い魔力量が必要ってことになる。というのもこの魔術式異空間とは、当時の大魔法士達が数百人規模で創り出した大魔術式。その踏破は並大抵の魔力量がないと無理。ウチは可能だったけど」
ん、可能だった?
「そう、ウチはマシュマロの腐敗を防ぎ事に魔力を全振りしている。魔力供給がカットされたこの空間で、それは自殺行為。でもウチ、マシュマロないと生きていけないから。マシュマロ選んだ」
と、ビルマは背に山積みとなったマシュマロを鷲掴みするとモキュモキュと美味そうには食っていた。
「いる?あげないけど」
「じゃあ聞くな!」
「ウチ優しいから、一応聞いておこうかなって、ウチ天才だから」
「もう勝手にしろ…」
でもいいことを聞いた。魔力さえあればこの異空間から脱出できるということならば、桁違いの魔力を有した俺なら脱出は容易だろうよ。
「で、具体的にはどうしたらいい?」
「魔力を放出して、この異空間を圧迫、破壊すればいい。ただそれだけ」
「案外簡単そうで助かるよ、じゃあ…」
と、魔力を放出しようとして、ふと、ビルマの事が気になった。というのも、ビルマ自身はこの異空間を脱出したいのかという疑問を抱いていたのだ。
一緒に出たいというのであれば次の瞬間にもこの異空間を破壊してしまえばいいが、出たくないのであれば話は別。
何故なら俺は、ビルマの住処を奪ってしまうことになるのだから。
「なぁビルマ…もしもだぞ?お前がこの場所が出れるとして…お前はこっから出たいとか思ったりするのか?」
「どうして、そんなことを聞く?」
ビルマは首を傾げてそう訊いてきた。当然過ぎる反応と言えばそうで、そもそもビルマはこの空間から脱出できるわけないと自覚しているようだし、ましてや、
「お前は言っていたよな?人間達に封印されてしまったのだと…ということはつまりだよ?もしもお前が地上に戻るということは、再び人間達と合間見えてしまうということと同義だ。それに俺だって人間だし、」
と、俺が言いかけた、その時だ。
ビルマは不意に、クスクスと無邪気そうに笑っていた。
「な、何かおかしな事言ったか?」
「ううん、別に。ただ、バンキスが言っていることは、まるで夢物語のようだし、あたかも本当に脱出できるかのような感じだし、それに…」
「それに?」
「魔王であったウチを心配するとか、愚かな人間だなって、そう思ったの」
と、ビルマはマシュマロを一個を俺へと差し出した。
「バンキスは特別に、一個だけマシュマロをあげる。特別だよ?」
やけに満足そうな顔ををしていた。何て顔をしてやがる、俺を生粋のロリコンにするつもりか?この忌々しい糞カワ幼女め。
俺はマシュマロを受け取り、口にした。うん、悪くない。
「中々いけるな、コレ」
「でしょ?人間達もウチを哀れんでか、名のあるマシュマロ職人に作らせた極上の逸品なのだろう。人間とは不思議なもんだ、残虐なる行動の中に於いても、完全にその感情を捨て切ろうとはしない…全く、困った困った」
ビルマは頭上を仰ぎ見た。
「この上では、今も人間達が各々の生活を送っているのだろう?そこにウチの居場所は、もうない。いや、いてはならないと、そう思う。魔物を従える魔王として、一度は世界征服を企んだウチとは、この場所がお似合いなの」
それに、とはビルマは続ける。
「ウチね、ものごっつ凄いマジックアイテム持ってるから…地上に戻らなくても、平気やよ…見たい?」
と、ニヤニヤ悪戯な笑みを浮かべていた。
「見たいか見たくないかと言えば見たいが、見せてくれるのか?」
「バンキスには、特別に見せてあげる。どうせ、貴方はここで死ぬし、短い命だから、可哀想だし」
「勝手に殺すな」
「ふふふ、ごめんね。じゃあこれ、どうぞ?」
そう言って、ビルマは薄汚れた手鏡を寄越して見せてきた。これが何なのかを尋ねて、ビルマは得意げには喋る。
「地上の様子を見れるよ」
「地上の様子か…そりゃあ凄いな」
「でしょ?バンキスも見て見なよ…といっても、バンキスがこの場所に来て一時間くらい経つから、地上では1ヶ月過ぎた頃だけど」
嫌な事に聞いちまったな。
「何が見たいのか、頭の中で想像してみて。そしたら、バンキスの見たいものが見れるよ」
だそうだ。
でもそうだな、俺が地上から存在を消して1ヶ月も流れているとなると、気になる事は彼女達のその後でしかない。
彼女達とは、もちろん俺の仲間で、各々が超絶な経歴やら能力を持つじゃじゃ馬姫達の事だ。
マルシャにルクスにガイル、あいつらは俺がいなくなった後でも、元気にやっているのだろうか?
いや別に?あいつらその後どうしていようがだなんて俺の知るところじゃないし?こうなってしまったのなら実質俺はパーティを離脱したようなもんだし?関係ないし?
でも、何故だろうか…
『何故俺は、こうも彼女達の事が気になってしまうのだろうか?』
「どうしたの、バンキス?見たくないの?」
心配そうにビルマが尋ねてきた。俺は慌てて笑顔を取り繕う。
「何でもない、ただ、もしも、あいつらが…少しでも俺の事心配してくれたらいいなって、そう思っただけだ」
「あいつら?」
「ははは、あれだよ、仲間みたいなもんだよ?俺はこれでも冒険者だからな、仲間がいたんだ。地上に」
「そう…だったら、死ぬ前に、どうか見ておくという。そして、未練タラタラのままには死ぬといい」
「ひ、酷いこと言うなよ…」
「ふふ、冗談。じゃあバンキス、その仲間達を順に思い浮かべてみて」
俺はビルマからその手鏡を受け取った。そして、
かつての仲間達の、その後を想像した。
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