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第3章 とある冒険者は街へ繰り出す

第4話

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 喫茶店を後にしたルイードとルチェットの足が再び城下町の街道へと向かっていた。

 それはしんみりと空気を変えようという、ルチェットの提案からである。

「暗い話ばかりしてすまなかったな。何より、今日はお前の休暇だ。お前の行きたい場所へ行こうじゃないか?」

 と、朗らかな笑みを全面にルチェットは言った。ルイードはルチェットの隣に並んで、ニッコリと笑っては応えた。

「ええ、お気遣いありがとうございます。では、に寄りたいのですが…構いませんか?」

 そう言ったルイードは指差した先に、一軒の宝石商が店を構えていた。宝石商といっても、仰々しいものではなく、どことなく寂れた雰囲気を放つ小さな石壁の宝石店である。

 ルチェット一瞬返事に迷って、次の瞬間にも「ああ、そうか」とは自ずと察していた。

「そういえばルイード、お前はトレジャーハンターであったな?」

「はい、今はこのような身ですが、実はそうなのです」

 ルイードは胸を張って応えた。エッヘンとは言いだけに、誇らしそうには鼻息を鳴らした。

「やはりトレジャーハンターというものは宝石に眼がないものなのか?」

「いえ、そういうではありませんが…ただ、このセントクルス王国周辺では稀少な宝石が沢山あると聞いていたもので…」

「成る程。ではそれを買い付けておいて、他国に持ち込み転売して稼ぎにする…そんなところか?」

 ルチェットが想像していたのは、いわゆる転売と呼ばれる商法の一つであった。それはトレジャーハンターではないにしても、商人の中では有り触れた商法として知られ、このセントクルス王国にはそういった転売目的でやってくる商人なども少なくはない。

このセントクルス王国周辺は世界的に見ても珍しい鉱物や草花がたくさん存在すると有名で、もちろんそれらを無断で荒らす事はセントクルス王国の許可なくして無理なワケだが、だったらこのセントクルス王国で買い付けようという、いかにも商人らしい考えである。

何でも、このセントクルス王国で生産された物品は他国にて高額で取引きされるとかされないとか…実際には他国へ出たことのないルチェットでも、それぐらいの知識は持ち合わせていた。

 ルイードとて何も観光でこのセントクルス王国にやってきたわけでもあるまい、トレジャーハンターと聞けば尚のこと、ルイードもまたこのセントクルス王国に買い付け目的でやってきたのではないか、とルチェットは考えたわけである。

 ただルイードはそれを否定するようには首を横に振って、

「私がこのセントクルス王国にやって来たのはただの好奇心からですよ」

 と、そう言うのである。ルチェットの目論見は外れた。

 だったら何故?ーールチェットは不思議そうには尋ねた。

「贈り物です」

「贈り物?」

「はい、王子にお土産にとは思ったのですが…変ですか?」

 ルイードの言葉に、ルチェットは吹き出していた。

「な、何故笑うのですか!?」

「い、いや…悪い!悪気はないんだが…あはははは!!」

 止めどなく込み上がる可笑しさにルチェットは腹を抱えてはその場に蹲った。

「もう、一体何が可笑しいんですか!?私、ルチェットさん笑わせるようなこと言ってませんよね!?」

「いやな、せっかくの休日だと言うのにも関わらず王子にお土産とな…くくく、さてはルイード、お前は王子に惚れているな?」

「は、はい!?」

 ルイードは途端に赤面した。あわあわと慌てふためいて、言い訳を口に出していた。

「ち、違いますよ!何でそうなるんですか!?」

「だって、さっきからお前の話は王子の事ばかりではないか?」

「そ、それは…」

 しまったとはルイード、顔を引きつらせていた。ルチェットの言うように、ルイードの話題は王子が中心であったと自身でも気づいたからである。

「と、とにかく、違うったら違いますからね!?誤解ですからね!?」

「くくく、では、しといてあげようかな?」

「もう、意地悪はやめて下さい!」

 ルイードは唇を尖らせては言って、拗ねて一人宝石商の元へ足を進めていった。

 何だかんだ行くのかーールチェットはやはり笑いがこみ上げてくるようで、笑いを堪えてはルイードを追って歩き出した。




 宝石がズラリと並べられたガラスケースを覗くルイードの口から一息、うっとりとした溜息が溢れでていた。

「美しい…」

 トレジャーハンターを始めてそう最近の話ではないルイードからしても、その宝石達は珍しいものばかりであった。

虹色の輝きを反射させる宝石や、深緑のマダラ模様が特徴的な宝石などなど、噂には聞いていたが実際に目にするのは初めての宝石ばかりで、ルイードにとってそれらは希少価値の高いお宝のようには映っていた。

だからこそ、驚いていたのである。何故ならこの宝石商に並ぶ宝石達は、どれも比較的安価では取引きされていたからだ。

「どうだルイード、セントクルス産の宝石も悪くはないだろう?」

 そのルチェットの言葉に、ルイードは感嘆の息を漏らして応えた。

「ええ、とっても…こんな宝石がこれ程安値で取引きされているなんて…一体どうなっているのでしょうか?」

 と、ルイードの疑問に答えるように、宝石商の店主は歩み寄ってきていた。見るからに優しそうな、白いひげを生やした老店主である。その老店主にルイードは短く会釈して、ルチェットは目を見開いて驚いていた。

「ほっほっほ、それはのぅ、これらの宝石はこの辺りじゃ珍しくはないからじゃよ」

「な、なんと!?」

 ルイードは老店主の言葉に驚いていた。

「じゃあ、これらはこの辺りじゃよく採掘されると?」

「左様、これらはセントクルス王国に於いては有り触れた宝石じゃ」

 と老店主は一つの宝石をガラスケースから摘まみ取ると、ルイードに寄越し見せた。ルイードはその宝石を掌に乗せて、まじまじとは見つめる。それは一見どこにでも存在するガラス水晶のようで、よく見ると水晶の中に黄金色の煌めきが幾重にもなって輝いていた。あまりの美しさに、ルイードの口からうっとりとした溜息が零れ落ちていた。

「誰かに贈り物ですかな?」

 老店主は優しい眼差しを向けてルイードに尋ねた。

「そうです」

「成る程…それは恋人か何かかのう?」

「こ、恋人!?いえ、そんなんじゃないですよ!?」

 ルイードは慌てふためいて否定した。また赤面しては恥ずかしそうには俯く。そんなルイードを見て、老店主はさらに可笑しそうには笑った。

「そうかそうか、恋人ではないのか…では、思い人と言ったところかのう?ほっほっほ、いいのう、お嬢ちゃんような可愛い女子に好かれるその者とはさぞハンサムな男なんだろう」

「だ、だから違いますよ!?」

「ほっほっほ、冗談じゃ冗談!」

 すっかり老店主のペースに乗せられたルイードはただたじろぐばかりであった。

「からかってすまない。珍しいお客人なもんでのぅ、ついつい気が舞い上がってしまった」

 老店主は謝罪して、視線をルイードの掌の宝石へと移した。

「まぁどちらにせよじゃ、その宝石は贈り物として申し分ないだろう。のう、お連れの方もそう思うじゃろ?」

「え?」

 不意に尋ねられ、ルチェットは驚いていた。心ここに在らずといった様子で、ルチェットはただただ動揺の顔色を浮かべる。

 ただ次の瞬間にも気を持ち直しては、そうですね、と短く老店主に返事をして、

「ブリジットストーン…確か石言葉は『親和の歩み』、親交を深めたい相手に贈るにはこれ以上のものはないと思います」

「へぇ!この宝石にはそんな石言葉が秘められているのですね!」

 ルイードは感心して言った。そんなルイードを流し見て、「ただ…」とはルチェットは続ける。

「ブリジットストーンはこのセントクルス王国に於いて稀少な部類の宝石に入る。しかもそれ程の大きさのものとなればかなりの値打ちとなるのでは?」

「ほっほっほ、詳しいのう」

 老店主は愉快そうには笑っていた。

「え、それじゃあ…」

「残念だな、今のルイードでは手も足も出ない程の高額な宝石だろうな」

 ルチェットは鼻息混じりには答えた。その口振りとはルイードに諦めろとは語っているようである。

「そうですか…」

 ルイードは残念そうに呟いた。そして、老店主へと宝石を返そうとして、老店主は首を横に振った。

「よいよい、今回は特別じゃ」

 そう言って、指を三本立てた。そんな老店主にルイードは首を傾げて訊く。

「き、金貨3枚…ですか?」

 金貨一枚あれば一般庶民は働かずとも数年は暮らせるだろう。それが3枚となれば…ルイードは考えてみて、あんぐりと口を開けていた。

 とてもじゃないが手も足もでない。安くしてその金額なのであれば元値はどれ程の価値があるのかーーーそれが分からないルイードではない。何よりルイードはトレジャーハンターだ、宝石の希少価値についてはよく理解している。理解しているからこそ、やっぱり無理だ、とは断念せざるを得なかった。

 ただそんなルイードの考えとは裏腹に、老店主はニッコリと笑って、

「金貨3枚じゃと?おいおい、何を勘違いしておる?」

「え!?で、では…純金貨3枚!?」

「違う違う、それでは安いも何もないじゃろうが。つまりだのう…銅貨3枚でいいと、そういう意味じゃ」

「ど、銅貨3枚ですか!?それでは他の安い宝石と変わらないのでは…」

「だからそれでいいと申しておる。さぁ、買うのか、買わないのか…どちらじゃ」

 老店主はルイードに選択を迫る。

 ここでルイードが断る道理などない。ただそうだというのに、ルイードは返事を躊躇っていた。本当にそんな安価でいいのかとは、宝石の価値をよく知るルイードだからこそ躊躇いであった。

「どうした、お気に召さないのか?」

「いえ、そうではないのです。出来るなら購入したいのですが…店主の好意を素直に受けいれていいものかと思いまして…」

「……ほっほっほ、優しいのうお嬢ちゃん。では、言い方を変えよう。このブリジットストーンを、受け取ってはくれないか?」

「え?」

 老店主の唐突な提案に意表を突かれるルイード。
 そんなルイードを置き去りに、老店主は静かに語り出した。

「このブリジットストーンはの、かつてわしがとある愛する者に贈ったものなのじゃ。あれは何十前の事になるかのう…当時のわしはこの宝石を手にして、その人に結婚を申し込んだのじゃ。それはそれは美しい人じゃった。わしなんかじゃ絶対に手の届かないような気高きお人じゃ。それでも、わしは止まれなかった。なけなしの財産をはたいてはこの宝石を握りしめて、そして求婚した。結果は惨敗じゃったがの?」

 老店主は当時を懐かしむようには言って、笑う。儚げには笑っていた。

「でも、その人と近付くきっかけにはなった。その時は駄目だったとしても、わしの気持ちにその人はゆっくりではあったが答えてくれた。そうしていつしかわしとその人は契りを交わした。ブリジットストーンの石言葉、『親和の歩み』は確かなものであったとは証明してくれたのじゃ」

 それは老店主の恋の記憶。かつてはこの老店主も誰かに恋をしては、その思いの丈をブリジットストーンに込めたという。甘くも苦い、ときめくような恋物語である。

 ルイードは感動していた。何て素敵な話だろうとは想像を膨らませ、目をうっとりとさせる。ただ次の瞬間にも冷静さを取り戻して、

「…だったら、尚更この宝石は受け取れません。店主にとって、この宝石は思い出の品なのでしょう?それを何故私が受け取ることができますか…できませんよ、そんなこと」

「よい。思い出とは物に籠るものではない、心に刻むものじゃ。わしの心の中には、今も尚当時の思い出はしっかりと刻まれておる。その宝石がなくとも別にその思い出が色褪せることなどはない。それに…言ったであろう?そのブリジットストーンは『親和の歩み』であると。ブリジットストーンとはの、誰かに贈られてこそ初めてその輝きに意味を成すのだ。わしがお嬢ちゃんにブリジットストーンを贈り、お嬢ちゃんがまた違う誰かにブリジットストーンを贈る…そうやって、そのブリジットストーンはここにあるのじゃよ。言うなれば、これはブリジットストーンのお導きじゃ」

「お導き?」

 首を傾げるルイードに、老店主は頷いて応えた。

「そうじゃ、お導きじゃ!ブリジットストーンがお嬢ちゃんを呼んだのではないかとわしを思うとる。その証拠に、見なさい?」

 老店主は視線をブリジットストーンに落として、ルイードも老店主に続いて目線をブリジットストーンへ。

 その時、ブリジットストーンがキラリと煌めいた。理屈は分からない。でもその輝きはルイードが今まで見てきたどんな宝石よりも美しく、尊きもののようには光り輝いて見えていた。

「綺麗じゃろ?ブリジットストーンが喜んでおる証拠じゃ」

「はい!」

 すっかりその宝石に魅入られたルイードとは即決して返事をする。そんなやり取りを眺め、ルチェット微笑ましそうには見守っていた。またその心のうちで、「王家の人間に贈り物とはな…」と、身分階級を気にしないルイードの素直な気持ちにの姿を連想させていた。

 つくづくルイードとは亡き王妃に似ているーールイードとは一介の冒険者であり、王妃は正当な王家の血筋の人間である。身分も違えば育ち方もまるで違う二人はどうしてこうも似ているのかルチェットには分からない。

分からないし、理解できるようなものではない。それが出来ていたのなら、今自分は王国憲兵などしていないだろうなーー

「どうか致しましたか、ルチェットさん?」

「えっ?」

 ルチェットは素っ頓狂な声を上げた。そんなルチェットの顔を不思議そうには覗き込むルイード。手には紙袋を下げていて、既に会計を済ませた後であった。

「いや、何でもない!終わったなら直ぐに出るぞ!」

「?」

 ルイードはルチェットの心中を知る事はなく、ルチェットもまたその心中を明かすことをしなかった。二人はそうして老店主に見送られて宝石商を後にした。街道へと戻っていく、そんな時。

「それにしたって、店主はどうして私にこんなにもよくしてくれたのでしょうか?」
 
 ルイードは抱いた疑問を素直にはルチェットに漏らしていた。そんなルイードを横目にして、ルチェットはフッと笑みをこぼして、宝石商へと振り返る。宝石商の前で、未だ老店主はこちらへと手を振り続けていた。老店主の顔は幸せそうにはルチェットの目に映る。

「さぁな…大方、お前が店主の愛した妻とやら似ていたのではないか?」

 ルチェットはそれだけ言って、何故か笑っていた。

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