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7巻
7-3
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俺は必死にハキムの攻撃を受け流す。
しかしそれでも、少しずつ押されつつあるのが分かった。
なにせ、地力が違うのだ。
圧倒的な実力差を、俺は命まで使って無理やり縮め、対抗しているにすぎない。
そのことを剣を合わせるうちに徐々に理解したらしいハキムは、少しばかりがっかりした顔になった。
「……ふむ。どうやら、このあたりが限界のようじゃの?」
「まだ、まだだ……」
そう言ってみたが、声にあまり力がない。
確かにハキムの言う通り、これ以上は厳しいのは間違いなかった。
「まぁ、お主はよくやったほうじゃろうな……ここらで終わりにするとしよう」
そう言って、ハキムは木剣を構える。
どうやら、止めを刺すつもりらしい。
ハキムの体から、今までよりももっと濃密な殺気が放たれる。
本気のようだった。
だから、俺はそれに対抗するために構える。
それを見たハキムは、少しだけ感心したように言った。
「まだ、諦めんか……根性だけは評価できるの。ま、それでもどうにもなるまい。受けるがいい」
そして、剣を振り上げた。
第4話 ハキムの回想
――ガキが二人か。珍しいこともあるもんじゃ。
最初に見た時、ハキムは単純にそう思った。
まだ若い、十代半ばほどの少年が二人。
片方は育ちの良さそうな顔立ちをした、しかし、それだけでない器の大きさを感じさせる貴族らしき少年。
もう片方は子供なのにそうは思えないような、妙な気配を漂わせる少年だった。
まぁ、ここに来た二人の子供がおかしな雰囲気を持っていること、それ自体はあまり不思議ではない。
ハキムが住んでいるのは、そのへんの子供には登頂することなど不可能な、陸の孤島と言っても差し支えない険しい山の山頂付近だ。
もしかするとハイキング程度の山登りなら子供でも何とかなるかもしれないが、この辺りには強力な魔物が数多く出現するし、山道を進むだけでも相当に困難なのである。
訓練もしていない普通の子供が登ろうとしても、おそらく二合目辺りで限界に達してしまうだろう。
しかし、目の前の二人の少年は、見事にハキムのところまで登ってきた。
それに加えて、ハキムの住居である小屋の入り口に仕掛けてあった侵入者用の罠を易々と避けたのだ。
罠は、仕掛けた場所こそ分かりやすく単純なものだが、初見であればそれなりの修業を積んだ剣士ですら避けられないほどの速度で斬撃が放たれる、相当に物騒なものである。
知り合いの魔導具職人に無理を言って作らせたもので、これまでにハキムを訪ねてきた剣士たちが幾人もあれを避けられずに命を落としていた。ちなみに、彼らの亡骸は小屋の裏に埋めてある。
ともかく、あれを避けられる人間はそれだけで一端の戦士であることを証明しているわけだ。
つまり、やってきた二人はただのガキではない、ということである。
実際、中に通して話を聞いてみれば、彼らは面白いことを語った。
曰く、これからの人類の未来は暗い。
なぜなら、現在からしばらくの後、魔族が組織立って人類を攻撃してくるからだ。
それに対抗するためには、どうしてもハキムの力がいる。
だから協力してくれないか、と言ったのだ。
なぜそんなことがお前たちのような子供に分かるのかと聞けば、二人のうちの一人、妙な雰囲気を漂わせる黒髪の少年が、実は一度その未来を経験し、死に、そして過去の自分へと生まれ直したからだと言うのである。
これを面白いと言わずして何と言うか。
とにかく、話を聞いているだけでわくわくしてきたハキムだった。
ただ、だからといってそれをまるきり心の底から信じられるかと言われれば、話は別である。
物語や吟遊詩人の詩を耳にするような心持ちで聞けば興味深い話であったが、それを事実として受け入れて動くためには、確証が必要だった。そうでなければ、どうにも気が進まない。
大体、過去に戻って生まれ直すなど、どんな英雄譚でも聞いたことのない話だ。
――いや、よくよく考えてみると、一度だけ聞いたことがあった。
神都エルラン。遥かなる古代から存在する宗教都市。あそこで似たような話を、エルランの長オリステラから直接聞いていた。
しかしオリステラは、それは極めて特殊な事例であり、そんなことはこれから先、起こることはないだろうとも言っていた記憶がある。詳しい話を聞いて、それについてハキム自身もそうだろう、と思った覚えも。
だが、もしも二人のガキのうちの一人、ジョンと名乗る少年の話がすべて事実だとするのなら――
〝時戻り〟の奇跡が起こったとしても、不思議ではない。
であれば、本当にジョンの言うことがこれから起こるのかもしれない。
仮にそうだとして、ハキムはどうするべきか。
彼らに協力するべきか、それとも……
悩ましい問題だった。
なぜかといえば、それはやはり、彼らの言葉の裏づけとなるものがないからだ。
確かに、彼らはハキムのことを知っていた。
ただの子供が知りうるものではない様々な事実を把握しており、さらにあの年齢にしては腕も相当に立つことは見れば分かる。
易々と、「お前たちなど信用できない」と切り捨てられる相手ではないことは確かだ。
しかし、それでもまだ、確信には至らない。
この間隙をどう埋めるべきか。それが問題だった。
そこまで考えて、ハキムの頭に一つの案が浮かぶ。
いや、ハキムの場合、こういうことに関しては一つしか案が浮かばない。
ハキムが人を理解する時、今まで一体どうしてきたか。
簡単だ。
剣を合わせて理解してきた。
それによって相手がどんな人物で、何を考えているのか、たちどころに分かった。
心根の良し悪し、人生に対する姿勢、背負っているものの軽重、品性の高低。
そのすべてを、剣を交えることによって知ることができる。
剣以外に、ハキムは他人を理解する術を持ち合わせていなかった。
長く生きてきて他に手段を持たないことを自嘲したくなるが、これなら二人の子供の言葉の真偽に確信を持てるのは間違いない。
剣についての絶対の自信が、ハキムの人生を支えていた。
それに、ジョンは言っていた。
〝ハキム〟を知っていると。
人格、技、強さ、そのすべてを本人から身をもって教えてもらったと。
それならば、という思いがあった。
ジョンが言うには、未来において、ハキムは歴史上最強の剣聖として敬われている、らしい。
今現在の実力からして、本当にいずれ名乗れるようになるのかと自問すると首を傾げたくなるが、ジョンが言うにはそうなれるとのことだった。
どうやったらなれるのか甚だ疑問であるが、しかしジョンはまるで自分のことを自慢するかのような表情でそう言い切ったのだ。
もしも彼が本当に未来の自分の弟子だというのなら、また面白い人間を弟子にしたものだと思う。
そしてそれが事実ならば、ジョンと戦っても彼が死ぬことはまずあるまい、とも考えた。
つまり、何にせよ、戦ってみるのが一番だという結論に達したのである。
ジョンにそう提案して受け入れられたのは、意外なようであり、また納得でもあった。
ハキムの実力を知っていれば、戦いたくないと普通は思う。
しかし同じくハキムの性格を知っているのなら、戦わなければ話が進まないと理解しているはずだ。
実際にジョンが浮かべた表情は、その二つの感情を抱いたことによる、微妙なものだった。
勘弁してくれという雰囲気と、やっぱりこうなったかという諦観の両方が表情に含まれていて、やはりハキムのことを知っていると考えたほうが納得できる反応だったのだ。
話せば話すほど、信憑性が増していく。心の底からそう思った。
それにしても、本当にジョンが未来を知っているというのなら、彼の価値は千金に勝るだろう。
しかも、知っている内容が内容である。
人類の存亡をかけた争い、その詳細について知っているというのは、まさに国家のみならず、世界の行く末を左右する情報を彼ただ一人が持っているということに他ならない。
そう簡単に他人に話していい内容ではないはずである。
それを打ち明けられたのだから、ハキムはかなり信用されているということだろう。
といっても、信用を得ているのは 〝今の〟ハキムではなく、ジョンの知っている〝未来の〟ハキムなのだろうが。
振り返ってみれば、人を信じようなどという気持ちは、ここ数十年抱いていない。
すべてを疑い、そして斬り倒すことばかりを積み上げてきた気がする。
そんな自分が、未来において、こんな少年にここまで信頼されるだけのものを与えられたらしい、というのが一番意外だった。
弟子などほとんどとったことがなく、とったとしても皆、数日、長くて数週間で去っていった。
それなのに、ジョンの話によれば、彼は数日どころか数年はハキムの弟子として修業の日々を過ごしたという。
しかも彼一人ではなく、大勢の兵士たちも同様に、だ。
そんなことが果たしてありうるのか。
いや、ないだろう、と今のハキムは思ってしまう。
しかし、そんな未来があるのなら、むしろ願ってもないことだった。
別にハキムは、自らが磨いてきた剣術を誰にも教えたくないと思って生きてきたわけではない。
ただ、ハキムの持っているものをすべて伝えようとすると、どうしても修業が過酷になる。
それに耐えられる人間に、ハキムはこれまで出会うことができなかったのだ。
しかし、未来にはそういう人間がたくさんいるという。
それを望まないわけがない。
だから、最後に後押しとなるものが欲しかった。
必ずそんな時代が訪れるのだという確信。
教え子たちがハキムの研鑽してきた剣術を振るい、敵を倒すところを自身の目で見てみたかった。
そのために、ジョンと戦うのだ。
とはいえ、本当に未来の自分がジョンの言う通りの状況にあったとして、どれほどの技術を弟子に叩き込めるのかは未知数である。
もしやるとしたら、どんな状況でも諦めず、食らいつき、生き残れる剣術を教えるだろう。
眠っていても敵の攻撃を察知し、意識が朦朧としても剣を振るい続けられる、そんな技術を身につけさせるはずだ。
それができないのなら、ハキムの弟子ではない。
ジョンは、ハキムのことを信頼していた。それほどの信頼を寄せる相手からの教えなら、しっかりと身につけているはずだ。
だから本気で挑んでも、きっと彼は生き残るだろう。
ハキムはそう思った。
これはジョンにしてみれば勘弁してほしいと言いたくなる考えだが、ハキムは本気でそう思っていたのだ。
だからこそ、すぐに戦おうとしたわけだが、ジョンは疲れを理由にそれを拒否した。
これは、普通ならいくら頼まれようとも受け入れないことだったが、少し腹を立てたハキムに対してジョンが口にしたのは、ハキムが常日頃から思っていること。
敵は準備が整うまで待ってはくれない、という人生哲学だった。
その言葉を聞いて、やはり、しっかり学んでいると思った。
嬉しくなったハキムは、機嫌が良くなってジョンの申し出を認めることにした。
今日にしろ明日にしろ、試合の内容は変わらないだろう。
だから、本来はどちらでも構わなかったのだ。
ただ、うずうずして眠れそうになく、気が急いてしまって、すぐにと思っただけである。
たまには、眠れない夜を過ごすのも悪くない。
とりあえず二人を寝床に案内しようとしたところ、孫娘のカトラがハキムとジョン、ケルケイロの会話を盗み聞きしていたことが発覚した。
孫娘はカトラ・スルトと言い、ハキムの娘が嫁いだ貴族のところでずっと、令嬢として過ごしてきた。
ハキムの娘は父とは異なりごく普通の人間で、武術になど全く興味を示さずに成長し、そして結婚してしまった。
武術を仕込むつもりだったにもかかわらず、そんな風になってしまった娘に少し寂しい思いを抱いたが、他者の人生を思うようにできるわけでもない。
それくらいは分かっていたから、娘が結婚する時ばかりは、常識外れのハキムも普通の人間のふりをして密かに披露宴に出席した。
表立って父として参列しなかったのは、これまでハキムがやってきた数々の行いが理由である。
娘はそんなハキムに気づいて笑い、隣に立つ夫はどうして妻がそんな表情をしているのか分からずに困惑していたのを覚えている。
つまり、ハキムはそれだけうまく披露宴の招待客の中に溶け込み、目立たない振る舞いをしていた、というわけだ。
娘の結婚を機に、ハキムは娘と、もうこれ以上会うまいと思った。
なにせ、ハキムは裏街道を歩いてきた人間である。
彼とつながりがあると分かれば、誘拐される恐れすらあるのだ。
そんな状況で関わりなど持てるはずがなく、ハキムは娘の前から姿を消し、連絡も一切断った。
ハキムと娘との繋がりを把握している組織は一つ残らず潰し、また個人については信用できる者を除いて葬った。
それくらいやらなければ、不安だった。
結果として、ハキムと娘の繋がりを知る者はいなくなり、ハキムは安心して修業の日々を送っていたのだが――
ある日、ハキムに友人伝いで連絡が入った。
――誰からだ?
手紙の封を開けてみれば、そこには娘の名前で簡潔に用件が書かれていた。
ハキムの孫娘カトラが剣術にのめりこんで手がつけられなくなっている、そういうことだから、ハキムのところに送った、と。
第5話 ハキムと家族
「貴方が私の祖父か?」
ある日、娘の手紙の内容通り本当にハキムの孫娘が家にやってきて、藪から棒にそう尋ねられた。
どうやらハキムのことをかなり胡散臭く思っているようだ。
これまでの経緯を細かく聞いてみると、ハキムの娘がカトラをほとんど無理やりここに送り込んだということが明らかになった。
その際の台詞は「そんなに剣術が好きならお祖父さまのところに行ってきなさい! 貴方の剣なんて、あの人の前では児戯も同然よ!」だったらしい。
それを聞いた時、ハキムは頭を抱えた。
まぁ、娘の言葉は、そんなに間違っていないかもしれない。
目の前にいる孫娘カトラを見るに、おそらくハキムと剣を合わせても、さして持ちこたえられない程度の実力しかないと思われる。
しかし、言い方というものがあるだろう。
きっと、カトラは自分の剣術の腕にそれなりの自信があるはずだ。
才能ある若者特有の、自信に満ちた雰囲気が彼女からは感じられる。
かつて、ハキムはこのような若者を多く見てきた。だから、分かるのだ。
ハキム自身は、と言えば、そもそも才能など持ち合わせていなかったから、むしろこういうタイプに叩きのめされるほうだった。
それでも、剣術を磨いた後に全員完膚なきまで叩きのめしてやったのだが。
ともかく、そんな自信に満ちた若者に煽るような台詞を言ってもいいことなどないのを、ハキムは経験上知っていた。
おそらくカトラはハキムを見て、大したことがなさそうだ、と思っているだろう。
ハキムの体はそれなりに引き締まっているとはいえ、見た目はかなり年をとった老人にすぎない。
かつては確かに強かったのかもしれないが、今では若者に一歩譲るくらいの実力者――そんな感じに見えているはずだ。
それ自体は、別に構わない。
ハキムは舐められるのも侮られるのも全く苦ではなく、腹が立つことも特にないからだ。
しかし問題は、カトラがそんな風に侮っていた相手と戦って負ければ、立ち直れなくなるかもしれない、ということにある。
自分の腕に自信を持つのはいい。
しかし、その自信を肥大化させると、後々取り返しのつかない失敗とともに、二度と立ち上がれなくなることがよくあるのだ。
ハキムの周囲にも、そういう人物は大勢いた。
才能を称えられてきたにもかかわらず、ちょっとした油断で敗北し、そして自らの腕に対する自信を喪失して剣すら握れなくなる。そういう人物を、ハキムは何人も見てきた。
カトラも、そうならないとは限らない。
だというのに、あの娘の台詞ときたら。
――いや。
もしかしたら、娘はむしろそれを見越して煽るような言葉をカトラに言い、そして実際に敗北してすごすごと実家に戻ってくることを望んでいるのかもしれない。
ハキムの娘は武術に興味を示さない、ごく普通の人間だった。
しかし、ハキムというとんでもない人物と長年共に過ごした影響か、穏やかそうな見た目とはまるで正反対の狡猾な精神を持っており、侮れない一面がある。
場合によっては、ハキムより質の悪いところがあったほどだ。
彼女は人の心の動きを読み取り、うまく操って自分の思い通りの結果を実現してしまう。そういう、妙な才能を持っていたのだ。しかも、それを他人に気づかせない。
だから、カトラもそんな娘の権謀術数に嵌ったのかもしれない、とハキムは思った。
実際、それは正しいだろう。
カトラの目は、どう見てもハキムと戦うつもりである。ハキムと戦って勝利を収めれば、母親に認めてもらえるとでも思っているに違いない。
試しにハキムは言葉をかけてみた。
「……お主、パメラの娘か。元気にやっとるのか、あのじゃじゃ馬は」
そう尋ねると、カトラは苦々しそうな顔つきになる。
「……やはり、貴方が私の祖父か。母様ならとても元気でいらっしゃるよ……ん、じゃじゃ馬? 母様は私には厳しいものの、普段は非常におしとやかな方だが……?」
カトラの返答を聞いて、やはり、とハキムは思った。
予想していた通り、カトラと、ハキムの娘であるパメラの間にはそこそこの確執があるらしい。
それにしても、パメラはその本性を娘には相当うまく隠しているようだ。
あの娘を、言うに事欠いて「おしとやか」とは!
そのように振る舞える能力と知性があったのは確かだが、彼女の本質にはハキム譲りの苛烈さがある。
そういう部分をあえて娘には隠しているのか、それとも貴婦人になったために、そのようなところを出す機会がないのか……
まぁ、おそらくはその両方だろう、とハキムは思った。
いざとなれば誰よりも勇敢に他人と接するような娘であるが、ハキムと異なり、力の使いどころをよく理解していた。
出す必要がなければ、胸の奥深くに色々なものを沈めておくくらいのことは朝飯前だということだろう。
それにしても、このカトラをどうしたものか。
ハキムは、あまり娘からの頼みを聞いた記憶がない。
敏い娘だったゆえか、ハキムが普通の人間と同じ営みなどできない人物であることを、幼い頃から察していたようなところがある。だから、ハキムに何か頼もうとは思わなかったのかもしれない。
そんな娘からの、おそらくは初めてであろう押しつけ。
それが孫娘の性格矯正とは問題な気もするが、まぁ、聞いてやるのにやぶさかでない。
実際にそれができるのかどうか、ハキムには分からなかったが、パメラのことである。ハキムの性格もよく知った上でのことだし、ダメならダメでいいだろう。
そう考えたハキムは、とりあえず孫娘カトラに言った。
「元気ならいいんじゃ……それより、お主はおそらくじゃが、わしと戦いに来たのじゃろう? 早速、やるか?」
そんなハキムの言葉にカトラは目を見開いた。
「い、いいのか?」
きっと、ハキムが高齢に見えるため、事前の準備もなしに剣術の試合をするのは難しいとでも考えていたに違いない。
それを見透かしたハキムは不敵に笑う。
「年寄りだと思って油断するでないぞ? それと、一応これは勝負じゃ。勝っても負けても何もなしではつまらん。何か賭けようではないか。望みのものはあるか?」
この言葉にカトラは、迷わず答えた。
「では、私が勝った場合、母様に口添えしてもらえないだろうか。カトラは剣術に生きる覚悟だ、貴族の娘の役割など果たせない、と」
パメラとの確執の原因はそんなところにあったらしい。
ハキムは、カトラの願いに頷いて言う。
「よし、分かった。ではわしが勝った場合は、そうじゃな……今日の食事を準備してもらう。それでよいか?」
「……そんなことでいいのか? 私の願いと釣り合っていないような……?」
「そうでもない。まぁ、こういうのは釣り合いなぞ気にする必要はない。お互いに欲しいものが同じ重さとは限らんでな。では、戦おうぞ……そこの広場で構わんか?」
「あぁ! よろしく頼む!」
そうして、ハキムはカトラと戦うことになった。
結果はと言えば、カトラはハキムを一歩たりとも動かすことができずに敗北し、夕食の準備をすることになった。
しかしそれでも、少しずつ押されつつあるのが分かった。
なにせ、地力が違うのだ。
圧倒的な実力差を、俺は命まで使って無理やり縮め、対抗しているにすぎない。
そのことを剣を合わせるうちに徐々に理解したらしいハキムは、少しばかりがっかりした顔になった。
「……ふむ。どうやら、このあたりが限界のようじゃの?」
「まだ、まだだ……」
そう言ってみたが、声にあまり力がない。
確かにハキムの言う通り、これ以上は厳しいのは間違いなかった。
「まぁ、お主はよくやったほうじゃろうな……ここらで終わりにするとしよう」
そう言って、ハキムは木剣を構える。
どうやら、止めを刺すつもりらしい。
ハキムの体から、今までよりももっと濃密な殺気が放たれる。
本気のようだった。
だから、俺はそれに対抗するために構える。
それを見たハキムは、少しだけ感心したように言った。
「まだ、諦めんか……根性だけは評価できるの。ま、それでもどうにもなるまい。受けるがいい」
そして、剣を振り上げた。
第4話 ハキムの回想
――ガキが二人か。珍しいこともあるもんじゃ。
最初に見た時、ハキムは単純にそう思った。
まだ若い、十代半ばほどの少年が二人。
片方は育ちの良さそうな顔立ちをした、しかし、それだけでない器の大きさを感じさせる貴族らしき少年。
もう片方は子供なのにそうは思えないような、妙な気配を漂わせる少年だった。
まぁ、ここに来た二人の子供がおかしな雰囲気を持っていること、それ自体はあまり不思議ではない。
ハキムが住んでいるのは、そのへんの子供には登頂することなど不可能な、陸の孤島と言っても差し支えない険しい山の山頂付近だ。
もしかするとハイキング程度の山登りなら子供でも何とかなるかもしれないが、この辺りには強力な魔物が数多く出現するし、山道を進むだけでも相当に困難なのである。
訓練もしていない普通の子供が登ろうとしても、おそらく二合目辺りで限界に達してしまうだろう。
しかし、目の前の二人の少年は、見事にハキムのところまで登ってきた。
それに加えて、ハキムの住居である小屋の入り口に仕掛けてあった侵入者用の罠を易々と避けたのだ。
罠は、仕掛けた場所こそ分かりやすく単純なものだが、初見であればそれなりの修業を積んだ剣士ですら避けられないほどの速度で斬撃が放たれる、相当に物騒なものである。
知り合いの魔導具職人に無理を言って作らせたもので、これまでにハキムを訪ねてきた剣士たちが幾人もあれを避けられずに命を落としていた。ちなみに、彼らの亡骸は小屋の裏に埋めてある。
ともかく、あれを避けられる人間はそれだけで一端の戦士であることを証明しているわけだ。
つまり、やってきた二人はただのガキではない、ということである。
実際、中に通して話を聞いてみれば、彼らは面白いことを語った。
曰く、これからの人類の未来は暗い。
なぜなら、現在からしばらくの後、魔族が組織立って人類を攻撃してくるからだ。
それに対抗するためには、どうしてもハキムの力がいる。
だから協力してくれないか、と言ったのだ。
なぜそんなことがお前たちのような子供に分かるのかと聞けば、二人のうちの一人、妙な雰囲気を漂わせる黒髪の少年が、実は一度その未来を経験し、死に、そして過去の自分へと生まれ直したからだと言うのである。
これを面白いと言わずして何と言うか。
とにかく、話を聞いているだけでわくわくしてきたハキムだった。
ただ、だからといってそれをまるきり心の底から信じられるかと言われれば、話は別である。
物語や吟遊詩人の詩を耳にするような心持ちで聞けば興味深い話であったが、それを事実として受け入れて動くためには、確証が必要だった。そうでなければ、どうにも気が進まない。
大体、過去に戻って生まれ直すなど、どんな英雄譚でも聞いたことのない話だ。
――いや、よくよく考えてみると、一度だけ聞いたことがあった。
神都エルラン。遥かなる古代から存在する宗教都市。あそこで似たような話を、エルランの長オリステラから直接聞いていた。
しかしオリステラは、それは極めて特殊な事例であり、そんなことはこれから先、起こることはないだろうとも言っていた記憶がある。詳しい話を聞いて、それについてハキム自身もそうだろう、と思った覚えも。
だが、もしも二人のガキのうちの一人、ジョンと名乗る少年の話がすべて事実だとするのなら――
〝時戻り〟の奇跡が起こったとしても、不思議ではない。
であれば、本当にジョンの言うことがこれから起こるのかもしれない。
仮にそうだとして、ハキムはどうするべきか。
彼らに協力するべきか、それとも……
悩ましい問題だった。
なぜかといえば、それはやはり、彼らの言葉の裏づけとなるものがないからだ。
確かに、彼らはハキムのことを知っていた。
ただの子供が知りうるものではない様々な事実を把握しており、さらにあの年齢にしては腕も相当に立つことは見れば分かる。
易々と、「お前たちなど信用できない」と切り捨てられる相手ではないことは確かだ。
しかし、それでもまだ、確信には至らない。
この間隙をどう埋めるべきか。それが問題だった。
そこまで考えて、ハキムの頭に一つの案が浮かぶ。
いや、ハキムの場合、こういうことに関しては一つしか案が浮かばない。
ハキムが人を理解する時、今まで一体どうしてきたか。
簡単だ。
剣を合わせて理解してきた。
それによって相手がどんな人物で、何を考えているのか、たちどころに分かった。
心根の良し悪し、人生に対する姿勢、背負っているものの軽重、品性の高低。
そのすべてを、剣を交えることによって知ることができる。
剣以外に、ハキムは他人を理解する術を持ち合わせていなかった。
長く生きてきて他に手段を持たないことを自嘲したくなるが、これなら二人の子供の言葉の真偽に確信を持てるのは間違いない。
剣についての絶対の自信が、ハキムの人生を支えていた。
それに、ジョンは言っていた。
〝ハキム〟を知っていると。
人格、技、強さ、そのすべてを本人から身をもって教えてもらったと。
それならば、という思いがあった。
ジョンが言うには、未来において、ハキムは歴史上最強の剣聖として敬われている、らしい。
今現在の実力からして、本当にいずれ名乗れるようになるのかと自問すると首を傾げたくなるが、ジョンが言うにはそうなれるとのことだった。
どうやったらなれるのか甚だ疑問であるが、しかしジョンはまるで自分のことを自慢するかのような表情でそう言い切ったのだ。
もしも彼が本当に未来の自分の弟子だというのなら、また面白い人間を弟子にしたものだと思う。
そしてそれが事実ならば、ジョンと戦っても彼が死ぬことはまずあるまい、とも考えた。
つまり、何にせよ、戦ってみるのが一番だという結論に達したのである。
ジョンにそう提案して受け入れられたのは、意外なようであり、また納得でもあった。
ハキムの実力を知っていれば、戦いたくないと普通は思う。
しかし同じくハキムの性格を知っているのなら、戦わなければ話が進まないと理解しているはずだ。
実際にジョンが浮かべた表情は、その二つの感情を抱いたことによる、微妙なものだった。
勘弁してくれという雰囲気と、やっぱりこうなったかという諦観の両方が表情に含まれていて、やはりハキムのことを知っていると考えたほうが納得できる反応だったのだ。
話せば話すほど、信憑性が増していく。心の底からそう思った。
それにしても、本当にジョンが未来を知っているというのなら、彼の価値は千金に勝るだろう。
しかも、知っている内容が内容である。
人類の存亡をかけた争い、その詳細について知っているというのは、まさに国家のみならず、世界の行く末を左右する情報を彼ただ一人が持っているということに他ならない。
そう簡単に他人に話していい内容ではないはずである。
それを打ち明けられたのだから、ハキムはかなり信用されているということだろう。
といっても、信用を得ているのは 〝今の〟ハキムではなく、ジョンの知っている〝未来の〟ハキムなのだろうが。
振り返ってみれば、人を信じようなどという気持ちは、ここ数十年抱いていない。
すべてを疑い、そして斬り倒すことばかりを積み上げてきた気がする。
そんな自分が、未来において、こんな少年にここまで信頼されるだけのものを与えられたらしい、というのが一番意外だった。
弟子などほとんどとったことがなく、とったとしても皆、数日、長くて数週間で去っていった。
それなのに、ジョンの話によれば、彼は数日どころか数年はハキムの弟子として修業の日々を過ごしたという。
しかも彼一人ではなく、大勢の兵士たちも同様に、だ。
そんなことが果たしてありうるのか。
いや、ないだろう、と今のハキムは思ってしまう。
しかし、そんな未来があるのなら、むしろ願ってもないことだった。
別にハキムは、自らが磨いてきた剣術を誰にも教えたくないと思って生きてきたわけではない。
ただ、ハキムの持っているものをすべて伝えようとすると、どうしても修業が過酷になる。
それに耐えられる人間に、ハキムはこれまで出会うことができなかったのだ。
しかし、未来にはそういう人間がたくさんいるという。
それを望まないわけがない。
だから、最後に後押しとなるものが欲しかった。
必ずそんな時代が訪れるのだという確信。
教え子たちがハキムの研鑽してきた剣術を振るい、敵を倒すところを自身の目で見てみたかった。
そのために、ジョンと戦うのだ。
とはいえ、本当に未来の自分がジョンの言う通りの状況にあったとして、どれほどの技術を弟子に叩き込めるのかは未知数である。
もしやるとしたら、どんな状況でも諦めず、食らいつき、生き残れる剣術を教えるだろう。
眠っていても敵の攻撃を察知し、意識が朦朧としても剣を振るい続けられる、そんな技術を身につけさせるはずだ。
それができないのなら、ハキムの弟子ではない。
ジョンは、ハキムのことを信頼していた。それほどの信頼を寄せる相手からの教えなら、しっかりと身につけているはずだ。
だから本気で挑んでも、きっと彼は生き残るだろう。
ハキムはそう思った。
これはジョンにしてみれば勘弁してほしいと言いたくなる考えだが、ハキムは本気でそう思っていたのだ。
だからこそ、すぐに戦おうとしたわけだが、ジョンは疲れを理由にそれを拒否した。
これは、普通ならいくら頼まれようとも受け入れないことだったが、少し腹を立てたハキムに対してジョンが口にしたのは、ハキムが常日頃から思っていること。
敵は準備が整うまで待ってはくれない、という人生哲学だった。
その言葉を聞いて、やはり、しっかり学んでいると思った。
嬉しくなったハキムは、機嫌が良くなってジョンの申し出を認めることにした。
今日にしろ明日にしろ、試合の内容は変わらないだろう。
だから、本来はどちらでも構わなかったのだ。
ただ、うずうずして眠れそうになく、気が急いてしまって、すぐにと思っただけである。
たまには、眠れない夜を過ごすのも悪くない。
とりあえず二人を寝床に案内しようとしたところ、孫娘のカトラがハキムとジョン、ケルケイロの会話を盗み聞きしていたことが発覚した。
孫娘はカトラ・スルトと言い、ハキムの娘が嫁いだ貴族のところでずっと、令嬢として過ごしてきた。
ハキムの娘は父とは異なりごく普通の人間で、武術になど全く興味を示さずに成長し、そして結婚してしまった。
武術を仕込むつもりだったにもかかわらず、そんな風になってしまった娘に少し寂しい思いを抱いたが、他者の人生を思うようにできるわけでもない。
それくらいは分かっていたから、娘が結婚する時ばかりは、常識外れのハキムも普通の人間のふりをして密かに披露宴に出席した。
表立って父として参列しなかったのは、これまでハキムがやってきた数々の行いが理由である。
娘はそんなハキムに気づいて笑い、隣に立つ夫はどうして妻がそんな表情をしているのか分からずに困惑していたのを覚えている。
つまり、ハキムはそれだけうまく披露宴の招待客の中に溶け込み、目立たない振る舞いをしていた、というわけだ。
娘の結婚を機に、ハキムは娘と、もうこれ以上会うまいと思った。
なにせ、ハキムは裏街道を歩いてきた人間である。
彼とつながりがあると分かれば、誘拐される恐れすらあるのだ。
そんな状況で関わりなど持てるはずがなく、ハキムは娘の前から姿を消し、連絡も一切断った。
ハキムと娘との繋がりを把握している組織は一つ残らず潰し、また個人については信用できる者を除いて葬った。
それくらいやらなければ、不安だった。
結果として、ハキムと娘の繋がりを知る者はいなくなり、ハキムは安心して修業の日々を送っていたのだが――
ある日、ハキムに友人伝いで連絡が入った。
――誰からだ?
手紙の封を開けてみれば、そこには娘の名前で簡潔に用件が書かれていた。
ハキムの孫娘カトラが剣術にのめりこんで手がつけられなくなっている、そういうことだから、ハキムのところに送った、と。
第5話 ハキムと家族
「貴方が私の祖父か?」
ある日、娘の手紙の内容通り本当にハキムの孫娘が家にやってきて、藪から棒にそう尋ねられた。
どうやらハキムのことをかなり胡散臭く思っているようだ。
これまでの経緯を細かく聞いてみると、ハキムの娘がカトラをほとんど無理やりここに送り込んだということが明らかになった。
その際の台詞は「そんなに剣術が好きならお祖父さまのところに行ってきなさい! 貴方の剣なんて、あの人の前では児戯も同然よ!」だったらしい。
それを聞いた時、ハキムは頭を抱えた。
まぁ、娘の言葉は、そんなに間違っていないかもしれない。
目の前にいる孫娘カトラを見るに、おそらくハキムと剣を合わせても、さして持ちこたえられない程度の実力しかないと思われる。
しかし、言い方というものがあるだろう。
きっと、カトラは自分の剣術の腕にそれなりの自信があるはずだ。
才能ある若者特有の、自信に満ちた雰囲気が彼女からは感じられる。
かつて、ハキムはこのような若者を多く見てきた。だから、分かるのだ。
ハキム自身は、と言えば、そもそも才能など持ち合わせていなかったから、むしろこういうタイプに叩きのめされるほうだった。
それでも、剣術を磨いた後に全員完膚なきまで叩きのめしてやったのだが。
ともかく、そんな自信に満ちた若者に煽るような台詞を言ってもいいことなどないのを、ハキムは経験上知っていた。
おそらくカトラはハキムを見て、大したことがなさそうだ、と思っているだろう。
ハキムの体はそれなりに引き締まっているとはいえ、見た目はかなり年をとった老人にすぎない。
かつては確かに強かったのかもしれないが、今では若者に一歩譲るくらいの実力者――そんな感じに見えているはずだ。
それ自体は、別に構わない。
ハキムは舐められるのも侮られるのも全く苦ではなく、腹が立つことも特にないからだ。
しかし問題は、カトラがそんな風に侮っていた相手と戦って負ければ、立ち直れなくなるかもしれない、ということにある。
自分の腕に自信を持つのはいい。
しかし、その自信を肥大化させると、後々取り返しのつかない失敗とともに、二度と立ち上がれなくなることがよくあるのだ。
ハキムの周囲にも、そういう人物は大勢いた。
才能を称えられてきたにもかかわらず、ちょっとした油断で敗北し、そして自らの腕に対する自信を喪失して剣すら握れなくなる。そういう人物を、ハキムは何人も見てきた。
カトラも、そうならないとは限らない。
だというのに、あの娘の台詞ときたら。
――いや。
もしかしたら、娘はむしろそれを見越して煽るような言葉をカトラに言い、そして実際に敗北してすごすごと実家に戻ってくることを望んでいるのかもしれない。
ハキムの娘は武術に興味を示さない、ごく普通の人間だった。
しかし、ハキムというとんでもない人物と長年共に過ごした影響か、穏やかそうな見た目とはまるで正反対の狡猾な精神を持っており、侮れない一面がある。
場合によっては、ハキムより質の悪いところがあったほどだ。
彼女は人の心の動きを読み取り、うまく操って自分の思い通りの結果を実現してしまう。そういう、妙な才能を持っていたのだ。しかも、それを他人に気づかせない。
だから、カトラもそんな娘の権謀術数に嵌ったのかもしれない、とハキムは思った。
実際、それは正しいだろう。
カトラの目は、どう見てもハキムと戦うつもりである。ハキムと戦って勝利を収めれば、母親に認めてもらえるとでも思っているに違いない。
試しにハキムは言葉をかけてみた。
「……お主、パメラの娘か。元気にやっとるのか、あのじゃじゃ馬は」
そう尋ねると、カトラは苦々しそうな顔つきになる。
「……やはり、貴方が私の祖父か。母様ならとても元気でいらっしゃるよ……ん、じゃじゃ馬? 母様は私には厳しいものの、普段は非常におしとやかな方だが……?」
カトラの返答を聞いて、やはり、とハキムは思った。
予想していた通り、カトラと、ハキムの娘であるパメラの間にはそこそこの確執があるらしい。
それにしても、パメラはその本性を娘には相当うまく隠しているようだ。
あの娘を、言うに事欠いて「おしとやか」とは!
そのように振る舞える能力と知性があったのは確かだが、彼女の本質にはハキム譲りの苛烈さがある。
そういう部分をあえて娘には隠しているのか、それとも貴婦人になったために、そのようなところを出す機会がないのか……
まぁ、おそらくはその両方だろう、とハキムは思った。
いざとなれば誰よりも勇敢に他人と接するような娘であるが、ハキムと異なり、力の使いどころをよく理解していた。
出す必要がなければ、胸の奥深くに色々なものを沈めておくくらいのことは朝飯前だということだろう。
それにしても、このカトラをどうしたものか。
ハキムは、あまり娘からの頼みを聞いた記憶がない。
敏い娘だったゆえか、ハキムが普通の人間と同じ営みなどできない人物であることを、幼い頃から察していたようなところがある。だから、ハキムに何か頼もうとは思わなかったのかもしれない。
そんな娘からの、おそらくは初めてであろう押しつけ。
それが孫娘の性格矯正とは問題な気もするが、まぁ、聞いてやるのにやぶさかでない。
実際にそれができるのかどうか、ハキムには分からなかったが、パメラのことである。ハキムの性格もよく知った上でのことだし、ダメならダメでいいだろう。
そう考えたハキムは、とりあえず孫娘カトラに言った。
「元気ならいいんじゃ……それより、お主はおそらくじゃが、わしと戦いに来たのじゃろう? 早速、やるか?」
そんなハキムの言葉にカトラは目を見開いた。
「い、いいのか?」
きっと、ハキムが高齢に見えるため、事前の準備もなしに剣術の試合をするのは難しいとでも考えていたに違いない。
それを見透かしたハキムは不敵に笑う。
「年寄りだと思って油断するでないぞ? それと、一応これは勝負じゃ。勝っても負けても何もなしではつまらん。何か賭けようではないか。望みのものはあるか?」
この言葉にカトラは、迷わず答えた。
「では、私が勝った場合、母様に口添えしてもらえないだろうか。カトラは剣術に生きる覚悟だ、貴族の娘の役割など果たせない、と」
パメラとの確執の原因はそんなところにあったらしい。
ハキムは、カトラの願いに頷いて言う。
「よし、分かった。ではわしが勝った場合は、そうじゃな……今日の食事を準備してもらう。それでよいか?」
「……そんなことでいいのか? 私の願いと釣り合っていないような……?」
「そうでもない。まぁ、こういうのは釣り合いなぞ気にする必要はない。お互いに欲しいものが同じ重さとは限らんでな。では、戦おうぞ……そこの広場で構わんか?」
「あぁ! よろしく頼む!」
そうして、ハキムはカトラと戦うことになった。
結果はと言えば、カトラはハキムを一歩たりとも動かすことができずに敗北し、夕食の準備をすることになった。
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