平兵士は過去を夢見る

丘野 優

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1巻

1-2

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 魔法といえば、この世界の兵士であれば「火種を起こす」とか「水を生み出す」といった生活魔法と言われる魔法はほぼ全員が使える。ただし、攻撃魔法となるとまた話は別となる。
 攻撃魔法は生活魔法と比べて発動・維持に多量の魔力を消費する。しかし、攻撃魔法を使いこなせるほどの魔力を持つ者はあまり多くない。
 数年に一度、それだけの魔力を持つ者がいないか、国が小さな村にまで出向いて調査しているくらいだ。そこで攻撃魔法の使用に耐える多量の魔力保持者であると明らかになると、その村の属する領地もしくは王都に存在する魔法学院から、入学通知が届く。
 魔法学院は魔術師――この場合は攻撃魔法を使用できる者のこと――として必要な知識・技術を専門的に教える公的な教育機関であり、多量の魔力保持者はここに入学することを強制される。
 それは国が抱える魔術師の数が軍事力、ひいては国力に直結すると理解されているからだ。そのため通知が来た場合、入学を断ることは基本的にできず、将来は軍や騎士団、魔術師団へ所属することが決定事項になる。
 だが入学が強制である以上、授業料は無料だし、平民が出世するための登竜門とも言われているから、入学通知が届くことはむしろ名誉であった。
 前世において、俺は魔術師としての才能を認められられなかった。だから魔法学院に入学することもなく、王国兵士の採用試験を受けて一般兵として平兵士人生をスタートし、そして死ぬまで平兵士だった。今回はどうだろうか。
 ちなみにこの時代――というか魔族との戦争がある程度の段階に至るまで、魔法にしろ技術にしろ派閥のようなものがいくつもあり、技術や知識はその内部で秘匿されている場合がほとんどだった。そのため研究は遅れ、魔力の多い少ないは生まれつきのものだとされていたのだが、これは後に完全に否定されることとなる。成人するまでの期間に魔法を使うことにより、魔力量が徐々に上昇していくことが明らかになるからだ。
 上昇率は人それぞれではあったが、幼少期から訓練を重ねれば、一般的な攻撃魔法を使えるくらいの魔力量に至ることが可能とわかったのだ。
 そして魔力の上昇率は、年をとればとるほど徐々に低くなっていき、そして成人に至るとゼロになる。
 実際俺の魔力量も、毎日植物に回復魔法をかけたりしているだけだが、前世に比べてかなり多くなっている。今なら、攻撃魔法を使うことも問題なく可能だろう。いずれ練習を始めたいところだが、村で火の玉を放ったりすればとてつもなく目立ってしまうから、森に入れるようになってからにしようと考えている。


 こうして一心不乱に植物に回復魔法をかけ続けていると、いつの間にか日が落ちて、夕陽が辺りを朱色に照らしていた。

「そろそろ帰るか……」

 ぽつりと呟く。今日もまた、友人はできず。
 あわよくば同年代の友人ができないものかと、子供を見つけたら積極的に話しかけているのだが、やはり避けられている。
 なぜだ。中身はともかく見た目は子供なのに……
 とぼとぼと家路につく。

「おかえり、ジョン。夕飯できているわよ」

 家に入ると、母さんが俺を迎えた。家の中には温かい空気と夕飯のいい匂いが満ちており、一日中歩き回ってお腹が減りに減っていた俺の食欲を刺激する。

「ただいま。母さん。今日も友達はできなかったよ……」
「あら……そんな落ち込まないで。今日はたまたまよ、たまたま。きっと明日にはできるわ! ジョンはいい子だもの」

 母さんはそう言って俺を慰める。だがしかし、この会話は結構前から毎日繰り返されているのだ。
 息子のぼっち具合を毎日確認する羽目になっている母さんは、どういう気分だろうか。非常に申し訳ない気持ちでいっぱいである。
 ちなみに今、家に親父はいないので、母さんはその細腕――まだ細腕なのだ――で、家の万事を取り仕切っている。意外にも力仕事も結構自分でやってしまうので、男手がないこともそれほど問題にはなっていない。それに、男手がどうしても必要なら、村の男達に頼めば快く手伝ってくれる。ド田舎の村のいいところは、村人達がみな顔見知りで、助け合って生きていることだろう。
 母さんが食卓にてきぱきと皿を並べていく。その手料理の数々は、味もさることながら、栄養のバランスがよく品数も豊富だ。
 親父が言うには、結婚した当初は壊滅的な腕前だったらしいが、毎日書物を読み、村の女達から学びながら研究を重ね、母さんは料理の腕を上げていった。
 今では村の郷土料理について誰より詳しく、また美味しく作れるのは母である。
 村に来た租税徴収官などの重要人物に、村長宅で料理を振る舞う時に呼ばれるのも、村に一軒だけある宿の亭主と母さんだ。二人の合作はそれは美味しく、見た目も美しいため、租税徴収官は満足して帰っていくらしい。それで税金を安くしてくれるということはないが。

「そういえばね」

 食事を取りながら、母さんが嬉しそうに話す。どうやらいい知らせがあるらしいということは、声を聞くだけで分かる。

「うん。なに?」
「アレン――お父さんから、休みがとれたから帰ってくるって手紙が来たわ」
「本当!?」

 思わず食卓に手をついて立ち上がる。
 親父が、帰ってくる。それは様々な意味で喜ばしい知らせだった。
 前回帰ってきたのは、半年ほど前だった。久しぶりに会う親父。前世でも総合してほんの数カ月程度しか家にはいなかった。
 その親父が、帰ってくるのだ。嬉しくない訳がない。
 それに、今回は俺が森へ単独で出入りできる許可を得られるかどうかがかかっているから、なおのこと期待も高まる。攻撃魔法の訓練をできるだけ早く始めておきたいから、人目の少ない森への外出許可はなるべく早く欲しい。

「手紙は今日届いたんだけど、出したのは五日前の日付になっているわ。六日くらいで着くだろうって書いてあるから、帰ってくるのはきっと明日ね」

 母さんは本当に嬉しそうである。そりゃあ、愛する夫が帰ってくるのだから嬉しいだろう。そのことに不思議はない。ただ、食事のスピードが上がっているように思えるのは気のせいだろうか。
 いつもはあまりお代わりをしない母さんが、もう三度ほどしている。嬉しいと、食欲も増すんだろうか。ふと、キッチンの方に目をやれば、明らかにいつもより多い料理が見えた。まさかあれ全部食べる気か。
 怪訝そうな目を向ける俺に、母さんは言う。

「明日は、アレンがあなたを森に連れて行くと思うわ。今日はいっぱいご飯を食べておきなさい。明日の朝もね」

 なるほど、そういうことか。
 確かに親父は、家に帰ってくるとまず俺と一緒に森に出かける。そこで獲物を仕留めて村への土産にするのが、親父が帰ってきた際の定番だった。
 村全体への土産にできるほどの大きさのものを仕留めるのである。親父は猟師ではないから、通常の動物を効率よく捕らえるのは得意ではない。そんな親父が狙うものと言ったら、一つしかない。

「久しぶりに魔物が夕飯に並ぶのね……楽しみだわ」

 母さんが機嫌よさそうに言った。
 そう。親父が仕留める獲物。それは魔物に他ならない。
 魔物は通常の動物とは異なる生態で、また強力さにおいてもその比ではない。彼らは魔力を使用することができるからだ。使用方法は魔物によって千差万別で、無意識的に身体強化するものもいれば、人間のように攻撃魔法を発動させるものもいる。普通の人間では太刀打ちすることが難しいため、村の猟師も魔物にはおいそれと手を出さない。
 ただ、魔物をあまり放っておくと通常動物を駆逐してしまう場合があるので、うちの村のように森を切り開いて作られた村では、定期的に魔物を駆除することが必要だ。
 普通なら、それ専門の冒険者協会や騎士団などに金銭を支払って対処するのだが、うちの村には親父がいる。半年に一度帰ってくる親父が村にいる間の仕事は、森の浅いところにいる魔物の駆除なのだ。
 まず初日に魔物がどの程度増えているか、どの程度森の生き物に影響を与えているかを調べ、それから計画的に狩っていく。
 狩った魔物は村に定期的にやってくる行商人に売却し、それによって得られた金銭の半額が村の収入になり、半分が我が家へと入る。親父には兵士としての俸給もあるから、この村において我が家はそれなりに小金持ちだ。
 ただ、母さんの方針で贅沢していないため、家は普通の民家だし、衣食も村の平均レベルを出ない。極端に贅沢をして村人達の顰蹙ひんしゅくを買うよりはよほど賢いだろう。
 それに、なぜ無駄遣いをしないのか、実は俺は知っている。
 前世において、俺が訓練期間を終えて晴れて一般兵になった時、母さんと親父は貯めたお金で俺に高価な武具を贈ってくれたのだ。見た目は通常の武具にしか見えないものだったが、実のところそれはかなり上質なもので、それこそ死ぬ直前まで使用し続けた。
 その品質の高さを知ったのは、武具を貰って、だいぶ経ってからのことだった。
 数年間兵士をやってそれなりに評価された結果、天狗になりかけて、もっといい武具が欲しいと、工房を訪ねた。
 もちろん、両親から貰った武具を売ったり処分したりする気はなく、もう使わないにしても、記念品として持っておくつもりだった。ただ、自分は昔より強くなったのだから、いい武具が欲しいという、それだけだった。
 すると、そこの工房の中で最も偉そうで貫禄に満ちた眼光鋭い親方が、俺のところにやってきてこう言った。

「お前が身につけているものよりいい武具は、今ここにはねぇ。それにもし本当に欲しいなら白金貨が必要になるが、お前にそれが払えるのか」

 白金貨と言えば、一枚で王都に家が建つようなとんでもない価値の貨幣であり、当然平兵士に過ぎない俺にそんなものを出せる訳がない。そして、俺の持っている武具は、それに匹敵する価値を持っていると親方が言ったのだ。
 驚いた俺が、これはそんなにいいものなのかと尋ねると、親方は納得したような顔で深く頷いた。

「確かに見た目は普通だからな。そんなにいいものに見えねぇのも分かる……両親に貰った? ははぁ……いい親じゃねぇか。ぱっと見じゃ分からないだろうがこいつはな、剣も鎧も、ミスリル銀と銀竜の鱗を特殊な方法で合わせた素材を、おそらくは年単位で鍛えたものだ。その割に普通の鉄の武具にしか見えねぇのは、作った奴のポリシーなんだろうよ。実用品の武具に余計な装飾はいらねぇってか。良くも悪くも頑固な奴が作ったんだろうが……それかお前の両親からそういう風に作れと言われたのかもな。ともかく、これはいい武具だ。一生もんだ。大切に扱えよ」

 久しぶりにいい武具を見たと満足そうに笑う親方を、周りにいた弟子達は絶句して見つめていた。たぶん、普段はあまり笑わない人なのだろう。職人らしい。
 色々なことを教えてもらい、感謝の言葉を何度も言いながら店を出ようとする俺に、親方はこう言った。

「その剣も防具も、傷んだら俺のところにもってこい。ぎも直しも格安で引き受けてやる。なに、いいものを見せてもらった礼だ」

 そしてまた口の端を上げて笑ったのだった。


 この後に、なぜ教えてくれなかったのかと実家の母さんと砦の親父にそれぞれ手紙を書くと、別々に届いた返事には同じ言葉が書かれていた。

「大事な息子の命を守るものなのだから、手に入る最上級のものを贈りたかった。ただ、値段を言うと使うのに躊躇ちゅうちょするだろうと思って、特に告げずにいた」

 俺はこの親心を、非常にありがたいと思った。確かに白金貨を出さなければ買えないような武具だと知っていたら、余計な緊張で戦いに身が入らなかったかもしれない。あるいは、壊してはいけないと、使わなくなってしまったかもしれない。そういう妙に小心者な俺の性格を、両親は正確に把握していたのだろう。
 今まで問題なく使っていた品だから、値段を知った後も特に気負わずに使うことができた。俺が最後まで生き残れたのは、この武具の力も大きかったと思う。


 しかし、今世では、おそらく俺には魔法学院から入学通知が送られるはずだ。そうすると、俺は魔術師となるべくこの村を出ることになる。その場合、前世で愛用したその武具を今世で手にすることはないのかもしれない。少しさびしいような気もしたが、仕方のないことだろう。
 値段が値段だから、まさか強請ねだる訳にもいかない。今世では諦めることにしよう。


 翌日の早朝、親父がうるわしの我が家に帰宅した。
 帰宅しての一言目は、

「おう、元気だったか、ジョン、エミリー」

 だった。豪快な笑みを浮かべながらそんなことを言う親父に、生まれてからの数年間で慣れたとはいえ、未だに涙が出てきそうになる。
 幸せな日々だ。とてつもなく。
 母がいて、父がこうして五体満足で家に帰ってくる。
 それだけのことがこれほどまでに幸せだったのだと、どうして以前の俺は気付かなかったのだろう。
 きっと、平凡な日常が愛しいことは分かっていても、それを涙が出るほどに幸せなことだと感じるには、人間の生活というのはあまりにも平坦なのだ。
 全ての平凡が、日常が、奪われて初めて、俺はそれを理解した。


 親父が帰ってくると、母さんは今までにも増して料理に力を入れるようになった。
 決して今までが適当だったという訳ではないが、これは恋する女の習性というものなのだろう。色々すったもんだの末に一緒になった二人であるらしいが、あまりその経緯を語りたくないであろうことは雰囲気から察せられた。五歳の俺は年に不相応のエアリーディングスキルを発揮し、深くまで探ろうとはしないため、たまに本人達が断片的にぽつぽつ語ることを組み合わせた知識があるだけだ。二人が結婚して何年経ったのかも正確には知らないが、俺が生まれたのだから少なくとも五年以上が過ぎているのは間違いない。
 そんな二人が未だに甘々な雰囲気で食事をしているのを見ていると、結婚とはいいものなのだなという気がしてくる。前世においては縁のなかった結婚だが、今世ではできるといいな。

「はい、あーん」
「お、おい、ジョンが見てるんだぞ……」
「別にいいじゃない。お母さんとお父さんが仲むつまじいのはいいことよね、ジョン?」
「あ、う、うん……そうだね」

 とはいえ、二人が発するこんな空気を毎日味わうのは、なんとなく辛いものがある。
 前世、幾度となく味わったこの気持ち。戦争前は勿論、戦争の最中でさえ、カップルというものは至るところに跋扈ばっこし、俺のような独り身に厳しい精神攻撃を加えてきた。
 心から祝福できたのは、俺の部隊の副隊長が、長らく友達以上恋人未満だった女魔術師と魔王城の直前でようやく付き合った時ぐらいだ。それ以外の時は常に恨みつらみでいっぱいであった。
 今この場においても、発散したくてたまらない陰気なストレスが、俺の体内を漂っている。

「はい、あーん」
「お、おい……」

 テーブルを挟んだ俺の対面で、隣に座る親父の口元に笑顔でさじを持っていく母さん。
 幸せそうな二人を見ていると、まぁ、仕方がないかとため息が出た。



 第3話 放り込まれた爆弾達


「よし、準備はいいか!?」

 朝食を終えた後、森の前で、親父はそう聞いた。
 親父は、いつも仕事でまとっている王国軍支給のミスリル銀製の鎧を、砦に置いてきていた。
 国を守るためにこそ身に着けるのを許されるものであって、それ以外の用途に使うべきではないからである。
 というのは建前で、以前、金に困った兵士の一人が家に持ち帰り、そのまま売っぱらってしまったことがあったらしい。それ以来、自宅に持ち帰るのは禁止という規則ができたのだそうだ。
 ミスリル銀は性能が高く、また稀少で価値も高い。そのため、これでできた装備は王国軍兵士の中でも特に危険な地域に赴任する者にのみ貸与される。
 鎧を身に纏っていた兵士が辞職したり、退役した場合には、次に赴任する兵士に譲られる。大体そういう危険地帯の砦には錬金術師と鍛冶師がいるものなので、サイズ合わせもそれほど難しくないということだ。
 親父が身に纏っているのは、帰宅する時に着てきた革製の軽鎧である。魔物の皮をよくなめしてあって、魔力を通せばその耐久性は一般の鉄鎧に勝るとも劣らない。
 親父は約束通り、これから俺を狩りに連れて行ってくれるらしい。朝食をとってあまり時間も経っていないのに大丈夫なのかと聞けば、

「腹ごなしにちょうどいい」

 と豪快に笑った。我が父ながら化け物のようである。


 光があまり差し込まない森は暗く、恐ろしげな雰囲気を漂わせている。
 見上げると首が痛くなるほど高い木々が、天上より降り注ぐ成長のかてたる日光を、全てむさぼり尽くしているらしい。
 ただ、そのお陰で地表には比較的背の低い樹木や貧弱な木々しか生えておらず、慣れてしまえば歩きやすい。そんな森林の中を、親父に連れられて歩いて行く。

「……アレンさん、魔物はまだですか」

 そして、この探検にはもう一人、道連れがいた。

「おう、テッド。まだだな。出てきたら教えてやるから、それまでは森を注意深く見とけ」
「だけど……」
「お前を預かるに当たって求められたことはただ一つだ。お前に森を見せてやれ、とな。まぁ、グスタフ――お前の親父にもできることだが、あいつは狩りで忙しいからな。ある程度実力がつくまで、お前は俺達と森歩きだ」

 テッドは、今年で十歳になる。彼の父親であるグスタフは村一番の猟師と評判であり、一度森に入れば、まず手ぶらで帰ってくることはない。
 そんな男の息子なら、父親に鍛えてもらうのが当然のような気もするが、グスタフにできるのは通常動物の狩りであって、魔物の狩りではない。彼ですら、魔物が出現したら逃げるのである。そんな場に足手まといがいたら、彼の能力をもってしても、逃げられるかどうか分かったものではない。
 だから、魔物がどれほどのものかという危険性を肌で覚えさせるために、グスタフはテッドのお守りを親父に頼んだのだ。
 俺の親父は、強い。それはもう、強い。村の森に出てくる魔物など、鼻歌交じりで倒せるほどに強い。足手まといが一人二人いようとも、被害を全く受けずに魔物を倒せるくらいに。
 そんなことができる男は、村には親父しかいない。俺の誇りである。
 だからこそ、グスタフは安心してテッドのお守りを親父に任せたのだ。
 けれど、テッドには問題があった。それは何かといえば……

「テッド。狩りってやっぱり難しいのか?」

 俺がそう尋ねると、テッドは少し逡巡しゅんじゅんしてから答えた。

「……父が言うには、気配を気取られないようにする技術を身につけるのが難しいらしい」

 どことなく、俺とは会話したくなさそうな雰囲気がにじみ出ている。前世ではあんなにたくさん酒をみ交わしたのに、実に寂しい反応である。
 そう。このテッドこそが村のガキ大将であり、俺を避けて通る子供筆頭なのである。
 三人で森を歩きながら、テッドは時々俺のことを気味の悪そうな目で見る。俺が彼を見つめ返そうとすると、ふいと視線を逸らす。
 明らかに避けられていた。しかし興味がない訳ではないらしい。
 誰も人間のいない森の中を長い間一緒に歩いていると、うまく言葉にはできないが、親近感のようなものが湧いてくる。
 テッドも次第に俺に対する視線を隠そうとはしなくなり、たまに目が合うようになってきた。
 まるで見世物小屋の檻にいる魔物と心が通じ合ったような、妙な感覚を覚えた。テッドにしてみれば、それこそこういう森や野原で思いがけず出会った魔物と、目が合ってしまったような気分かもしれない。自分には屈強な護衛がいて安全であり、危害が加えられることはないだろうと知ってはいるが、それでも大丈夫だろうかと不安になる、そんな表情をしていた。
 そんな妙な空気を打開しようとしたのは、俺でもテッドでもなく、俺達を先導するただ一人の大人だった。そして、彼は三人のうち誰よりも豪快な男だった。
 親父――アレンは俺とテッドを交互に見ながら、呟くように言った。

「お前等、お互いに気になってるのか? 付き合いたいのか?」

 男同士はやめとけよな、とまで言ったところで――

「おい! やめてくれよ親父!」
「そいつは勘弁してくださいよ! アレンさん!」

 二つの非難が一斉に親父に向けられた。
 気になっているというのは確かに正しいが、少なくとも俺もテッドもそちらのはない。俺としては仲良くしたいのに間違いはなかったが、そういう目で見たことは一度もないのである。
 もちろん、同性愛そのものは否定しないけれど、とにかく俺にはそっちの趣味がないということだけは親父に分かってもらわねばならなかった。
 テッドも同様の気持ちだったらしく、憤慨というよりは焦りのこもった表情で親父に弁解している。事ここに至っては、俺達の普段の関係など問題ではなかった。共通の敵を前に、お互いの意思が無言のうちに通じ合っていた。
 そんな俺とテッドに、親父は何でもないことのように話を続ける。あっけらかんとした、特に含むところのない、そんな声色で。

「なんだ、じゃあ、他に好きな女でもいるのか? 俺は当然エミリーが好きな訳だが」

 これは救いである。ここではっきりと「いる」と言えば、親父の誤解は晴れる――なにを血迷ってかそんな結論に至った俺とテッドは、二人して同時に言い放っていた。

「「いるに決まってるだろ! 俺が好きなのは、カレンだ! ……え?」」

 言いながら、全く同じ言葉がお互いの口から流れ出たことに驚く。カレンとは村の女の子のことで、俺とテッドの幼馴染であるのだが、今はそんなことはどうでもいい。
 お互いの顔を見合わせ、自分が何を言ってしまったのかに気が付いて、しまった、という表情を浮かべる俺達。
 俺とテッドが瞬間的に親父の方を向くと、親父は今にも吹き出しそうな表情でこちらを見ていた。そして、全てが親父の策略であったことを俺達は理解したのだった。
 親父は、豪快に笑い出した。

「はっはっは! お前等、随分と気が合うじゃねぇか! それなのにさっきからお互いに牽制し合って……今のでお前等には共通の秘密ができた。いい友達になれるんじゃないか?」

 そう言いながら、親父はまだ笑っている。
 俺とテッドは親父の台詞に唖然とし、それからその言葉の意味を考えて愕然がくぜんとした。
 俺はテッドが誰を好ましく思っているのかを、そしてテッドは俺が誰を好ましく思っているのかを知ってしまった。
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