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閑章 村人たちの暗躍
フィル②
しおりを挟む「フィ、フィル! 大変だ!」
血相を変えてやってくるテッドに、僕はなんとなく珍しいものを感じた。
ガキ大将をやっていただけあって、彼はかなり腹が据わってる質である。
そうそう慌てたりはしないし、どちらかと言えばずっしり構えて手下に色々やらせてうまいこと解決を付けるタイプの性格をしているのだ。
なのに今日はそうではない。
これは非常に珍しいことで、僕は首を傾げる。
「どうしたんだ、テッド。そんなに慌てて……君にしては珍しいじゃないか」
そんな風に尋ねたのも、いつものように彼らしい冷静さでもって何が起こったのかを説明してくれた方が事態を把握するのにいいと思ったからだ。
けれど、彼から改めて話を聞いて、そんなことを言っている場合ではなさそうであり、テッドが汗だくになりながらわざわざやってくるのも分かるとすら思った。
彼の話は驚くべきもので、早急に手を打たなければならない、そんなものであったからだ。
それは、僕たち、タロス村の住人にとって非常に重要な話だった。
僕たちタロス村出身の魔法学院生全員が、ジョンのご両親の好意と協力を持って手にした、もっとも大きな財産。
特別製の魔力触媒の話だったのだから。
◇◆◇◆◇
「触媒を盗まれただって?」
僕がそう尋ねると、テッドは首を縦に振ってその問いに肯定を示した。
「あぁ……カレンがな……」
改めて話をして、少し落ち着いたらしいテッドの口から出てきた名前に意外なものを覚える。
なぜなら、カレンはタロス村の出身者の中ではもっともそつがない性格をしているイメージがあるからだ。
滅多に失敗はせず、いつの間にか周りを巻き込んで、もっともいい形に着地させてしまうような、そういう要領の良さを生まれつき持った娘なのだ。
それなのに、そんな彼女が、みすみす誰かに魔力触媒を奪われたりするものなのか、そう思った。
けれど、よくよく話を聞いていくと、それも仕方がないのかも知れないと感じた。
テッドの話によれば、どうも最近のカレンは非常に忙しいというか、あわただしい日々を送っていたらしい。
それは静かに授業と魔法の考察に時間の大半を費やしてきた僕とは異なり、波瀾万丈というか、どうやったらそこまでやっかいなことになるのかと聞きたいくらいの日々だ。
貴族のサロンに出入りしたり、公爵家の令嬢と仲良くしたりと、そんな平民にはあまりないめまぐるしい毎日を過ごしていたようなのである。
ただ、それだけなら、かつて険悪だったジョンとテッドたちとの間をうまく泳いだ彼女の世渡り上手な性質により事態は丸く収まったかも知れない。
けれど、その貴族のサロンの人間たちと、公爵家の令嬢との間がカレンの知らぬ間におかしな方向にこじれてしまい、結果としてカレンは片方ーー公爵家の令嬢の方に肩入れせざるを得ない事態に陥ったのだという。
そのために、"人鬼の森"にまで単身乗り込む羽目になり、そこからの脱出劇というおよそ学院に入ってあまり日が経っていない生徒が行うようなものではない強烈な経験をする羽目になったということだが、その際に、あまりに急いでいたため、自前の魔力触媒を寮の自室に置きっぱなしで出ていったらしい。
触媒なしで魔法を使用したということは、それはつまりカレンがジョンの魔法を人前で使ったという事である。
本来、あれはできる限り秘密にすべきもの、ということで僕らタロス村出身の生徒の間では話がついていたはずだ。
しかし、どうしようもないとき、使うべきと感じたときにまで温存しておく必要はないということでも合意していたことだ。
つまり今回、カレンはそういう、ジョンの魔法を使わなければ収集が着かないほどの事態に巻き込まれてしまった、ということだろう。
そして、それほど急いでいた、事態が切迫していたという事なら、触媒に気を払えなかったと言うのも仕方がない話だと言える。
事実、詳しく話を聞くに、その公爵令嬢は相当危険な状況に陥っていたようであるし、一歩間違えれば、というかカレンの到着があと数分遅れていたら、おそらくは重傷か、最悪の場合は死亡していたということも考えられないではなかったらしいのだから、その切迫性に疑うべき点はないと言っていいだろう。
それに、カレンが自らを省みずにしたその選択は、決して悪いものではなかっただろう、と僕は話を聞いて思った。
たとえその場において考える時間が十分に与えられていたとしても、カレンはそうすべきであったのではないかとすら思う。
なぜなら、カレンは今回のことでその公爵令嬢に対する多大なる影響力を手に入れたと言って間違いないからだ。
カレンのことである。
もしかしたらそれほど黒いことは考えてはいなかったかもしれない。
もちろん、多少そういう下心もあったかもしれないが、かといってそれが全てではなく、おそらくはその行動に出た理由の七割方は正義感やそれに類する感情に基づいているものと考えられる。
そして、そういう無償の善意こそが人の心を強く動かすものなのである。
事実、カレンとその公爵令嬢の中は現状、かなり良いらしく、むしろカレンに依存し賭けているような状態にあるようである。
公爵令嬢とパイプができる、と言うのは、これからのことを考えると非常に望ましく、ジョンの魔法を広めたり研究するに当たって大きく作用することだろう事は間違いない。
だから、カレンの行動は正しい。
したがって、彼女を攻める必要はない。
僕はそう考え、カレンの行動には拍手を送っておくことにする。
あとの問題は、彼女の魔力触媒をどうやって取り返すか、この一点に尽きるのだが、そのためには一体誰がそれを盗んだのか、というところから調査しなければならない。
そこまで考えて、そのあたりはすでに判明しているのかにつき、僕はテッドに質問する。
「触媒をとられたことそれ自体は仕方がない。カレンを責めるのも話を聞く限り筋違いみたいだしね……でも、すぐに取り返さなければならないのも間違いないことだ。僕らの触媒は特別製だから……分解してしかるべきところで売ればいいお金になるし、そうなってしまったらもう二度と取り戻すことは出来ないような一点物だからね。……そのためには、テッド、盗んだのが誰なのか探さなければならないけど、それは分かっているのかい?」
僕の質問にテッドは答えた。
「あぁ。そのあたりについては今調べているところだ。話の経緯からして、怪しいのは間違いなくカレンの出入りしていたサロンの奴らの誰か、だからな。その盟主から、カレンは一度触媒について尋ねられたらしい……」
まだカレンの触媒が盗まれてからそれほどの時間は経っていない。
なのに、すでに調べはじめているところに、僕はテッドの有能さを感じた。
こういうことについての手回しは昔からいいから、彼はガキ大将なんてやってこれたのだろう。
実際に調べているのは誰なのか、といえば今回のこの問題の詳細を明かせる者がタロス村の住人しかいないことからして明らかである。
「ということは、そのサロンの盟主が犯人?」
一番怪しいのはそこだろう。
カレンの行動を監視していた可能性もある。
けれどテッドは首を振って、別の可能性を提示した。
「いや、たぶん違う。そいつは聞いてはみたが、それほど興味はない様子だったらしいからな……それよりも、そいつに近い誰かが犯人、という可能性が高いと俺は思う。確証はない。ただの勘だから、裏はとらないとならないが……」
そんなことを話しているテッドの後ろから、今度はコウとオーツがやってきた。
テッドは彼らが来たことに微笑み、そして尋ねた。
「おう。来たって事は、分かったのか? 犯人が」
そんな風に。
テッドが実際に調査させていたのは彼らだったのだろう。
タロス村出身者の中でそういうことが得意なのは彼らをおいて他にいないからだ。
特にヘイスが人に取り入るのが非常にうまいことは昔からである。
コウが指示してヘイスが入り込み、オーツが細々としたサポートを行う。
昔から変わらない三馬鹿の手管である。
魔法学院においてもその手腕には少しのかげりもないらしく、テッドの質問に、コウがにやりと笑いながら答える。
「まだ確実じゃねぇが、糸口は掴んだ」
その言葉に、僕とテッドは身を乗り出して興味を示す。
コウはそんな僕たちに囁くようにして報告した。
「今、ヘイスが例のサロンに入り込んでるところでな……盟主の男、ロランという奴な、こいつはやっぱり白だ」
テッドの予測通り、というわけである。
ヘイスが明らかにした事実によれば、ロランは平凡な貴族子息であり、それなりの権威はあるのは確かだが、だからといって積極的に悪事に手を染めるようなタイプでもなく、平民に対する差別意識すらほとんど持っていないという。
この差別意識がほとんどない、というのは差別しない、ということではなく、そもそもその存在に対して何も思うところがない、ということだ。
石ころに気を払う人間はいないということである。
それはそれで非常に問題がある気はするが、今重要なのはそこではない。
つまりロランはそのような人間であり、平民の杖を盗む、というような手で来るのではなく、もし必要だと思ったなら直接差し出させるだろうということだ。
今回、彼はカレンとかなり近づいていたのであり、そういうことはやろうと思えば可能だった。
やったとしても、カレンは断っただろうし、学院の一応の規則として平民も貴族も同権であるというのがあるから、その主張は通ることになっただろうが、それでも彼はやるときはやる。
けれど、彼はやらなかった。
だから、彼は犯人ではないと言ってほぼ間違いないだろう、ということであった。
では、誰が犯人か、ということについて、コウは興味深い事実を述べた。
「……ロランは犯人じゃない。じゃあ、誰が犯人なのか。この点についてだが……ロランがカレンにどうしてその所有する触媒について尋ねたのか、ということが問題だ。と言っても簡単な話なんだけどな。ロランはサロンの他の奴に、触媒について尋ねるように言われたんだよ。あれは良い触媒ですから、製作者でもお尋ねになっては? ってな……」
魔力触媒の質は、製作者の技量と材料の質で決まる。
この時代、材料というのは金を払えば手に入るものであり、問題となるのはそ製作者の腕であることが多い。
もちろん、今タロス村出身者たちが持っている触媒は材料からして金をいくら積もうとも手にはいるようなものではないのだが、一般論を述べるなら、そうだ、という話である。
そしてその観点からすれば、製作者の名を尋ねるというのは、いい職人を知ると言うことであり、魔術師として大成するためには重要な情報を得ると言うことに他ならない。
だからこそ、その提案にロランは軽く乗ったのだろう、ということだった。
であれば、そんな質問をさせた者が犯人である可能性が高いのではないか。
何せ、タロス村出身者たちの持つ触媒は、その実質はともかく、外装としては一般的な魔力触媒と大差ないものだ。
ナコルルのように、長く深く魔術に携わっている者ならともかう、魔法学院生徒くらいの、未だ魔術師としてひよっこであると言ってもいいような者にその善し悪しが分かるようなものではないのである。
にもかかわらず、その質を見抜いた眼力、というのは中々将来有望なものと言えるし、そして滅多にいないとも言えるものである。
つまり、カレンの触媒を見て、普通とは違う特別なものだから、製作者について尋ねたらどうか、と聞けるような人物がその辺にごろごろ転がっているはずはなく、盗んだ者はその触媒の価値を分かっている者であ留と考える以上は、その提案者こそが犯人であると考えるのが論理的に正しいと言えるのではないか。
コウが言うのはつまりそう言う話だった。
ただ、当然のことながら、それはただの推論にすぎない。
裏付けがない推論に証拠としての価値はないのである。
それを理由に触媒をどこにやったのか、と尋ねても答えない可能性が高い。
だからこそ、裏付けが必要だった。
そうコウに言うと、彼は言った。
「それは全くその通りだな。……だから、ヘイスが今、それを探している。とは言っても、ほとんど決まりなんだが……」
「それは、誰なんだ?」
先をもったいぶるコウに、僕が尋ねると、コウは答えた。
「ロランのサロンの中で比較的ロランに近しかった奴が一人、ついさっきロランのサロンを抜けて他の派閥のサロンに移ったらしい……おそらくは、こいつが犯人だろう。盟主にばれる前にとんずらってことだろうな。いくら温厚そうな盟主だろうと、利用されてたって分かったら怒るぜ。にもかかわらず、そんなことをしたってことは、理由も自ずと分かるってもんだ」
そんなコウの言葉から、僕は推論する。
わざわざロランをだしにして魔力触媒を手に入れようとするそのやり方、そしてそんなことをした以上、ばれればそのサロンにいられなくなることは明らかだ。
にもかかわらずそう言った危険を冒して、しかもばれる前にさっさと逃げるようなことをする……。
つまりそれは、はじめからそのつもりでロランのサロンに入ったという事だ。
そしていかに平等を語っている学院とは言え、貴族の集合体に面と向かって逆らえるのは、対立組織の貴族の集合体だけ。
「つまりその逃げた奴というのは、ロランのサロンではない、別のサロンに元々所属していたか何かして、そこから指示を受けてカレンの触媒を狙ったという事かな……?」
僕のその答えに、コウは満足そうに頷いた。
「その通りだ。多分な。確証は……」
そう言ったそのとき、部屋にヘイスがやってきたのだった。
「やっぱりだったよ」
その一言が、確証に他ならなかった。
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