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閑章 村人たちの暗躍
フィル①
しおりを挟む最近ジョンはとても忙しそうだ。
ナコルル学院長と一緒に何かの研究を行っているようなのだが、それがなんなのかは僕ら一般生徒には知らされていない。
ただ、それは少し不満だった。
なぜなら、僕は他の一般生徒とは違う。
ジョンとは村にいたときからの幼馴染であり、その魔法の研究にも協力してきたのだ。
だからこそ、僕にもジョンの行っている研究に参加させてほしい、そう思う。
けれどそう言った僕に、ジョンは言ったのだ。
「今やってる研究は魔法の研究とは厳密に言うと少し違うんだ。だから、これについては俺とナコルル、そしてブルバッハ幻想爵だけで完成させないとならない。フィル、お前はその間にこの世界の魔法について、俺の魔法とどれだけ違うのか、しっかり確認しておいてくれ。いずれお前に頼る日も来る」
こんな風に言われたら、僕――タロス村のフィルとしても、無理に一緒に研究させてくれとは言いにくかった。
そもそも、ジョンの魔法は、ジョンの好意で教えてもらったに過ぎない。
ジョンにはその魔法を誰にも教えないと言う選択も出来たのだ。
それをしないで僕に教えてくれ、魔術師としての道を開いてくれただけでも、僕はジョンに感謝すべきだ。
そして実際に僕はたぶん、村から来た他の幼馴染五人よりもずっと、感謝をしているだろう。
なぜかと言えば、それは、僕が王都に来るきっかけを作ってくれたからだ。
僕はずっと村を出たかった。
別に、村が嫌いだったわけじゃない。
あの村はそれなりに豊かだったし、のんびりとした生活も決して嫌いではなかったからだ。
けれど、僕にはそんな村でゆっくりと暮らし、そして死んでいくという選択は出来なかった。
僕には知りたいことがあった。
この世界の在り様について。
なぜ、この世界には魔法があり、迷宮があり、精霊がいて、魔物がいるのか。
それをどうしても僕は僕の人生が終わるその前に明らかにしたいと、物心ついた時からずっと思っていたのだ。
なぜそう思ったのか、今も変わらずその思いが消えないのか、それは分からない。
けれど、僕のその感情は、ほとんど妄執に近い。
どこにいても、何をしていても、その気持ちが消えることはない。
いくら忘れようとしても、頭の隅でそのことについて思索し続けている自分に気付き、諦めようとしても、次の日起きるとまたそのことについて考えようとしている自分の行動に苦笑するのだ。
仮に僕がこの人生に何か目標があるのか、と聞かれたら僕は迷わず応える。
この世界の在り様を解き明かすこと。
それだけが、僕のこの世界に生まれてきた目的だと今は思っている。
そのためには、少なくとも村は出なければならない。
あの小さな村にいたのでは、僕は何も知ることが出来ない。
家にある本は片っ端から読んだし、それを全て終えたら、村に存在する書物を皆把握して読んだ。
それでも、僕の目標は達成できなかった。
そんなとき、僕は思いついたのだ。
世界を解き明かす、この世の何もかもを。
探求を人生とし、人生を探求とする、そんな存在が、この世界のどこかになかっただろうかと。
そんな場所の名を、僕は、良く知っていた。
子供なら誰もが一度は泣かされるあの都市の名を。
学術都市ソステヌー。
それこそが、この世のすべての知識の殿堂であり、僕が目指すべき地であると、思いついた。
だから、僕はジョンに魔法を学ぶまでずっと、ある程度の年齢になったらソステヌーに行こうと、そう考えていた。
ただし、両親に馬鹿正直にそんなことを告げれば止められる。
そんなことは分かっていたから、方法は色々考えていて、その中に、王都で行われる官吏登用試験を受けて王都に身を移したのち、しばらくしたらソステヌーに行こうかと、そんなことを考えていたのだ。
ただ、その選択は結局実行に移されることは無かった。
ジョンが僕に魔法を教えてくれ、魔術としての力を与えてくれた。
実際に知ったその力は、何かこの世界の不思議の一端に触れているようで、僕はこの力を知る事こそが、この世界の根源の理解へとつながるのではないかと考える様になっていた。
だからこそ、魔法学院へと来たのだ。
ソステヌーではなく。
その選択がよかったのか悪かったのかは、分からない。
ただ、それでも村にいるときより遥かに多くの事に触れられるようになっている。
知識が増えていくにつれ、僕は近づいていると思っている。
この世界の、源へ。
なぜこの世界があるのかについて。
そんなところに。
ただ、それでも、僕のソステヌーへの興味は尽きなかった。
学問の都、学術都市、そう言われるあそこならば、僕の知りたいことを知っている人がもしかしたら既にいるかもしれない。
そんな気がするからだ。
僕があの人に会ったのは、そんな風に、自分の選択について学院の図書室で本を読みながら、ぼんやりと物思いに耽っていた時のことだった。
◆◇◆◇◆
「やややぁ。君が、ふぃ、フィル君だね……?」
そう、話しかけられて僕は振り向く。
すると、そこにいたのは、漆黒のローブととんがり帽子を被った、痩せ形の男だった。
どこか不吉な印象のする暗いオーラを感じさせる妙な男で、こちらを見つめるその目にも何か狂気のようなものが宿っているように感じられた。
「……そうですが、なにか僕に用でも?」
とは言え、ナコルルが学院全体に結界を張っているため、学院に不審人物など入ってこれるわけがなく、そうである以上は目の前にいるこの男はこの学院の関係者であるという事になる。
だから僕は不審に思いつつも、返事をした。
すると男は僕の対面の椅子に腰かけ、言ったのだ。
「あ、あぁ。じじ実は、じょ、ジョンに聞いてね。きき君が、ソステヌーにき興味を抱いていると。せ説明してくれと、頼まれたんだ」
……ジョンが。
つまり目の前のこの男はジョンの知り合いだという事だ。
そして、ソステヌーについて説明できると言っている。
ソステヌーについての関係者であり、ジョンの知り合いと言えば、それは一人しかいない。
「……ブルバッハ幻想爵?」
思いついた名前に、目の前の男はぶるんぶるんと首を振ると微笑んだ。
「そそそうだ。私は、ぶぶブルバッハ。そ、ソステヌーで幻想爵をいい頂いている、平凡な、おお男だよ」
ソステヌーで幻想爵と言えば、最高位の称号だと本で読んだことがある。
そしてそんな爵位を与えられる存在は、ソステヌーにおいてかなり少数であり、文字通りソステヌーの支配者の一人であるとも。
そんなものに任じられるような人間が、平凡な男とは聞いてあきれる。
僕がそんな風に思っていることを呼んだのか、ブルバッハは言った。
「わ、私はね、げげ幻想爵、などというものをな名乗っているはい、いるが、ソステヌーの、しし支配者は私などでは、ななない」
「……? ソステヌーの最高位は幻想爵では? 本でそう読みましたが」
僕がそう言うと、ブルバッハはにやりと笑い、しかしゆっくりと首を振って答えた。
「そそそれは、間違ったち、知識だ。そそソステヌーの支配者は、げ幻想爵などではなく、お、≪王≫だ」
「≪王≫……?」
ソステヌーにそんなものがいるなどという話は初耳だった。
どんな本にもそんなことは書いてはいなかった。
だから、他の誰が言ったとしても、僕はこの話を信じられなかっただろう。
けれど、目の前にいるのは、ソステヌーの人間であり、しかもその最高位にまで登り詰めている学者である。
嘘をついているようには見えなかったし、その必要もあるとは思えなかった。
だから、僕は続きを聞きたくなった。
「それは、なんですか? どうして、本には書いていないのですか?」
「だだ誰も、い、言わないからだ。そそソステヌーに来た者は、みみみ皆、いずれ、ソステヌーに呑みこまれるからだ。わ、私もかつては、ソステヌーに偶然足を踏み入れただけの、ひひ一人の農民にすす過ぎなかった……」
「……まさか、子供を怖がらせるあの話の類は、真実だと言うのですか?」
ソステヌーに関する逸話の数々、それ全てが嘘だとは思っていなかった。
けれど、誇張や誤解も多分に含まれている話だと、僕は今までずっと思っていた。
なにせ、ソステヌーに行けば人格が変わるだの、それまで全く学問に興味がなかった人間がそれ一色に染まるだの、いかにも眉唾臭い話だろう。
それが真実だと、一体誰が信じると言うのか。
ソステヌーに対し、国家が手出ししないのも、他に何らかの理由、たとえば学問の都だけあり、非常に都合の悪い歴史的事実を事細かに知っているとか、そんな理由ではないかとすら考えていたくらいだ。
なのに、ソステヌーに住む目の前の男は、そんな逸話を全て事実だと言っている。
「ああの街は、おかしい。ふ不思議だ。そそそう言われて、一体どのくらいのつ、月日が過ぎ去ったことか。そのお、おかしさは、遥か昔から、≪王≫がくく君臨し、あの街を、し、支配してきたからだ」
「遥か昔から……?」
「げ幻想爵よりも上の存在が、あああの街にはいて、あの街のす、すべてを支配し、しているのは、≪王≫なのだ」
「それは、一体どのような人物なのですか?」
「わ、わからない。ただ、たたまに、こ声が聞こえるのだ。ソステヌーにあ、足を踏み入れた者、そそ素質のある者には、あの方の、こ声が聞こえる。私もか、かつて聞いた……」
「声……」
ブルバッハの話に僕は強い興味を覚えてた。
ソステヌーがなぜあるのか、その理由に迫っているような気がしたからだ。
そしてそう考えたら、なおのこと僕はあの街に行ってみたいと言う意欲が強くなった。
どうにかして、そう、魔法学院を卒業したら、ソステヌーに言って学者になるという道もあるのではないか……。
そう思ったのだ。
けれど、目の前のブルバッハは、そんな僕の肩を突然がっと掴んだ。
凄い力で、僕は驚く。
肩に熱を感じるほど、手が熱かった。
それから、彼は全くどもらずに、言ったのだ。
「君は、来ては、いけない。ジョンと、共に、探求するのだ……」
それだけ言って、ブルバッハは図書室を出て行ってしまった。
肩には、彼の掌の残した熱さが残っている。
ソステヌー。
結局、その時のブルバッハの話からは何も分からなかった。
ただ、ブルバッハはそれから頻繁に図書室に来るようになった。
そして、それはどうやら僕と話すためのようだった。
ジョンから言われたからと、まるでお使いを頼まれた子供のような素直さで僕と会話しにくる彼。
魔法について聞けば、難解な理論を極めて詳細に語ってくれる彼だが、その性格はまるで疑いを知らない子供のようだった。
不思議だった。
ただ、話すのは楽しく、僕はそれからなんどもブルバッハと会った。
そのうち、ブルバッハが学院に研究室を与えられていることが分かり、それからは、わざわざ研究室に招いてくれたりもした。
ソステヌーについての話は、それからあまり出来ずに、そのままになっていた。
聞きたくはあった。
けれど、聞くのが少し恐ろしくなったのだ。
だから、今は聞かないでおこう。
そう思うようになった。
そんなころだ。
僕のところに、テッドが血相を変えてやってきたのは。
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