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閑章 村人たちの暗躍
カレン⑥
しおりを挟む魔法学院はその生徒全てが寮生活をしている全寮制である。
これについては例外が無く、貴族も皆、寮に入らなければならない。
たとえどれだけ身分が高くても、それは変わらないのだ。
もしも王族が入ってきたらその理は曲げられるかもしれないが、今現在学院内に王族はいない。
したがって、例外も起こってはいないというわけだ。
つまり、ロランのサロンを出た私の行き先は、授業が全て終わっている時点で基本的に寮であるということになる。
たまに図書室に行ったりもするが、今日は何か書物を、という気分でもないのだ。
寮は学院建物から少し歩いた場所にある。
結構な大きさなのは、学院生徒がそれなりの人数がいるから当然だろう。
また、貴族は確かに寮生活をしているが、その部屋は優遇、というか上乗せ料金を支払ってグレードの高い部屋に変えてもらっている。
私は全額無料というローズちゃんーーナコルルの言葉に従ってここにいるわけであるから、上乗せ料金など払うはずが無く、最もグレードの低い、一般的な部屋に住んでいる。
これは、二人一部屋であるため、同室に住人と馬が合わなければかなりきつい学生生活が待っている。
私の場合、同室の住人は悪くはなかった。
貴族ではなく平民の女の子で、性格も特に問題があるわけではない、控えめな子だ。
だから、今のところ仲良くやっていけてるし、これからも問題ないと思っている。
ただ、それでも村育ちの私にとって、誰かと一緒にいる狭い空間というのがたまに無性に息苦しくなる瞬間というものがあった。
別に同室のその女の子が悪いわけではない。
そうじゃなくて、開けた場所で、一人で、ゆっくりと息を吸いたい。
無性にそう思うときがあるのだ。
村では、人というのが王都のように沢山はいなかった。
だから、望めばいつまでも静かな場所に出ることが出来たし、もちろん、何か危険な人物に襲われる心配もする必要がなかった。
けれど、王都は違う。
夜になったら人攫いが跋扈する。
特に若い女の子とくれば、危険は男の子より遙かに増大するし、人の数も尋常ではないから一度浚われれば簡単には見つからない。
危険がいっぱいなのだ。
だから必然的に外に出ること、特に夜に外出することはできないし、学院からも禁じられていて、寮では日が落ちてからは外出は原則禁止されていた。
それでも、私は自分の部屋にいるのが息苦しい瞬間があったから、どうにかできないかと模索し続けた。
そして、発見した。
私の部屋は、五階建ての寮の最上階、つまりは五階にある。
そこには大きな窓があって、開け放つことが出来るのだ。
そこから紐を垂らして下に……とやってしまうと、間違いなく下の階の住人に見つかってしまうからそれはやらなかった。
そうではなく、私は上を目指したのだ。
最上階の窓から外に出て、上に。
そこには屋根があった。
あまり傾斜がきつくなく、それほどの労力を割かなくても登れるように思えた。
だから、私は実際に登ってみた。
屋根は歩きやすく、剣術で鍛えたバランス感覚はここから落ちることはまずないと言うことを伝えている。
強風でも吹かない限り、いや、仮に吹いたとしても問題がないことが理解できた。
なので私は屋根の中程まで行き、そこに腰掛けた。
辺りは暗く、静かだった。
時間は日が落ちてから、かなり経っていることからもう真夜中近いことがわかる。
空には星が瞬いていて、きれいだった。
王都から見る星空と、タロス村から見るそれは、変わりなく、星の位置も同じだった。
部屋で感じていた息苦しさが、少しずつ解れていく。
しばらくこうしていれば、戻ってゆっくり眠れそうだと思った。
しかし、そんな時間は突然の闖入者にじゃまされることになる。
屋根の端の方から、人が来るのが見えたのだ。
もしや寮の管理人かと身構えるも、来ているものを見ればそれは寝間着のようだった。
つまり、私と同じだ。
あれは生徒であると理解して、安心する。
しかし、いったい誰がこんな屋根に登るなどという無謀を行ったのだろう。
相当なおてんばなのではないか、と自分のことは棚に上げて考える。
それから、その人物は屋根に先客として存在していた私に驚いて目を見開くと、そのまま近づいてきて言った。
「……隣、空いてて?」
どことなくプライドの高そうな、ツンとした声だった。
ただ、そこまで嫌な感じはしない。
むしろ、そうやって色々なものに虚勢を張っていないと生きていけないような内面が透けて見える気がした。
だからだろう。
私は素直に言った。
「空いてるよ。座る?」
誰なのかは知らない。
ただ、わざわざこんなところまで登ってきて一人になろうとする子だ。
私と同じように、何かに、息苦しさを感じていたのだろう。
それが私と同じ理由なのかどうかはわからないが、何とも言えない共感を感じたのも確かである。
だから、特に名乗らずとも、そして何も言わなくても、いいような気がした。
気まずさも、そこにはなかった。
辺りにはぽつぽつと灯る街の家々の窓と、それから月の柔らかに照らす空に光るいくつもの星々があるだけで、それ以外は何もない。
そんな景色をぼんやりと見つめながら、息をゆっくりと吸う。
ほどけていくものがある。
そんな時間がどれくらい経っただろう。
そろそろ戻ろうか、と思った矢先、隣に腰掛けていた少女が、口を開いたので、上げた腰を元に戻した。
「……ここ、見てくださる?」
そう言って、屋根の一部分を指したので、見てみる。
するとそこには何か文字が掘ってあるようだった。
「……1305年度入学生E……1290年度入学生N……他にもいくつか書いてあるね。これは……?」
「かつて、私たちのようにここに登った学生がいたということでしょうね」
「なるほどね……」
「知らないでここに登りましたの?」
少女は不思議そうにそう聞いてきた。
なので私は答える。
「知らなかった。ただ部屋にずっと籠もってるのが少しだけ息苦しくてね。だから外出出来ないか、と思ったんだけど、紐を垂らして下に降りたら下の階の生徒に丸見えでしょ? そういうわけにもいかないから、だったら上かなって」
「合理的……なのかしら? わからなくはないけど」
「貴女は?」
「私は、お姉さまに聞いたの。つらくなったら、登るといいわって。そのために、部屋は最上階にしてもらった……」
してもらった、ということは学院に希望を出してそれが通ったということだ。
部屋割はランダムで決まる、という話だったが別に希望を出すこと自体が認められていないとは言われてはいない。
もしかしたら希望を出せば他に希望者がいなければそれが通るものなのかもしれなかった。
しかしそれにしてもお姉さまに聞いた、とは。
姉妹そろって魔法学院に通っているということだろうか。
優秀なのか、それとも……。
「お姉さんも魔法学院を?」
「ええ。卒業生ですわ。厳密に言うと、姉、ではなく、親戚なのですが、妹のように可愛がってもらってますの。だから、ここのことも教えてくれて……」
「ふーん。それで、つらいのは収まった?」
そう聞くと、少女は、はっとした顔でこちらを見つめる。
私は、私の顔に穴が空くんじゃないか、と感じられるほど凝視されたので首を傾げる。
「どうしたの?」
「そんなこと聞かれるとは思っても見なかったので……少し驚きました」
「だって、つらいときにのぼれって言われて、ここに来てるんでしょう?」
「貴女には遠慮というものがないのですか?」
「遠慮、遠慮ねぇ……村ではそういうものを持ってるとめんどくさいことになるからね」
そう。
ジョンみたいに。
思えばジョンのあれは全て遠慮から来ていたように思う。
遠慮して、それでうまく事を納める人間というのは確かにいるが、ジョンはそう言うタイプではない。
ジョンは不器用で、だから遠慮なんかしてるとどんどん泥沼にはまっていく感じだ。
だからこそ、周りはこんなにも遠慮のない人間だらけになってしまった。
私、テッド、フィルにコウたち。
誰一人として、今ではジョンに遠慮していない。
そんなもの、するだけ無駄だとわかっているからだ。
「村、ですか。貴女はどこかの村から?」
村、という単語が目の前の少女にとっては新鮮だったようで、少女はそんなことを聞いてくる。
魔法学院では貴族が幅を利かせているから、田舎の出身ということを大々的に吹聴するような人間はあまりいない。
けれど、別に隠すようなことではない。
私はタロス村の出身だと言うことをほこりに思っているので、正直に言う。
「タロス村って知ってるかな。そこから来たの」
「タロス村……聞いたことがあるような気がしますわね。しかし、どこでだったか……?」
少女は頭を押さえてうーんうーんと唸っていたが、結局思い出せないようであきらめてしまった。
ただ、引っかかりを覚えていただけ、この少女の方がロランよりよほど優秀だろう。
おそらくこの少女は貴族だとこの時点で私は予想していた。
言葉遣いが丁寧にすぎるし、見た目も典型的な貴族のものだ。
さらに言うなら来ている寝間着の質が恐ろしいほど良い。
総合すると、経済的にもかなり裕福な貴族であるという事になる。
それは力のある貴族であるという事だった。
とはいえ、魔法学院においては貴族とか平民とか言う身分差は無視される。
それを考えていると模擬戦や実技訓練が難しくなってくるからだ。
だから私も本人から言い出さない限り、そのことに触れる気はなく、結局少女はその日、屋根を降りるまで自分の身分について語ることはなかった。
それから、私とその少女は屋根の上で何度も会った。
だまって星を見上げ、街を見て。
それから少しだけ、他愛もない話をして。
それだけの関係だったが、ずいぶんといやされる時間を過ごしたような気がする。
これからもこんな時間が続けばいいなと思った。
けれど、人生というのはうまくいっている、と思った矢先に急転直下、色彩ががらりと変わってしまうものだということを、私はそのとき知った。
ロランのサロンに入り浸り、その人間関係やら何やら色々調べるつもりだったのだが、そんなことも言っていられない自体になったのだ。
それは、ある日のこと……。
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